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第二十九話

「カタリ様! カタリ様! カーターリー様!!」

「なんだよ、大きな声出して。そんな慌てなくても俺はここにいるよ?」


 ある日の事だった。

 あいも変わらず手持ち無沙汰ながら魔力はすっからかんの俺は特にする事もなく自室で読書を楽しんでいた訳だが、その穏やかな時間を破るかの様にティアさんが乱入してくる。


「ちょっと、こっちに来なさい! 早く来るのです!!」


 憤怒の表情のティアさん。

 本日はなんの要件だろうか?

 最近はもう顔を合わせる度に怒っている様な気がしないでもない彼女に少々困りながらもまぁまぁと宥め話を聞こうと席を立つ。

 だがそんな俺の行動も逆に彼女を苛立たせるだけだったようで、彼女は俺の手を取るなりグイグイと女の子らしからぬ剛力でどこぞへと引っ張っていく。


「分かった、分かった。だから引っ張るなよー」


 プリプリと怒りを露わにしている彼女はそんな俺の困惑も一顧だにもせずに「知りません!」と言い捨て更に力を込め俺を引きずらんばかり勢いで引く。


 ああ、今度は何の件で怒られるのかな?

 頭の中で最近の行動を振り返ってみる。

 心当たりが多すぎて正直何が彼女の逆鱗に触れたのか全く予想がつかない。

 とりあえず彼女が導くがままに付いて行けば答えは出るだろう。

 やがて、ティアと歩調を合わせて早足で歩くこと数分。

 到着したのは普段王宮の兵士達が訓練などを行う練兵場だった。


「何ですかこれは!」


 ババっと片手でその光景を指差し問い詰めてくるティアさん。

 何ですかこれは、とは何ですか。

 彼女の指差す方向には数百人程の特徴的な装備に身を包んだ兵士が居る。

 彼らこそフローレシアが誇る王立近衛兵団……つまり精鋭中の精鋭の人達だ。その部隊が美しい統制をもって整列していた。


 フローレシアの近衛兵は少し特殊だ。

 ティア本人が生半可な相手では傷ひとつ付ける事ができない程強力な力の持ち主の為、本来近衛兵が担う"君主の警護"という仕事が全く意味を成さない。

 その為彼ら近衛兵はそのティア姫直属というその権力を十二分に発揮してティアさんの邪魔となるありとあらゆる存在を撃破するのだ。

 近衛兵ながら超攻撃的な思想で運用されるこの部隊はどの国の記録にも詳細な事が伝わっていないにもかかわらずどの国からも強い警戒をもって注視されている。

 彼らが活躍した記録は国内では常に破棄されていて確認する事ができないが、相当強いらしい。

 俺も少し手合わせした事があるが、外道公配下の暗部とまではいかずとも全員がかなりの手練であろう事は容易に分かった。


 そんな彼ら近衛兵。フローレシアの国民でありながらちゃんと整列を行うという超難題を難しげもなく行う精鋭を感心しながら見つめる。

 普通の兵士だったらこうはいかない。

 流石エリート中のエリート、王立近衛兵団だ。

 ドヤ顔で自慢気に整列する彼らを眩しげに見ていた俺であったが、整列する彼らの間より犬耳がひょっこり見えたかと思うと、あっという間に目の前にやって来る。


「やっほーカタリちん!」


 目の前に現れたのは何を隠そう我らがエリ先輩だ。

 彼女がここにいるということは全ての作業がつつがなく終了したらしい。

 俺は最近行っているプロジェクト――もちろん勝手に行っているのだが、その進捗が問題なく完了したことをエリ先輩の表情から感じ取ると、喜び露わにハイタッチを交わす。


「やっほーエリ先輩! おお、完成したんだ!」

「バッチリだよ、最強軍団爆誕だねー」

「最強軍団爆誕じゃないですよ! 何をやったんですか!?」


 ティアさん激おこ。

 今から説明しようとしていたのに……もう少し落ち着いて俺の話を聞いて欲しい物だ。

 ――そう。

 彼女が怒った原因こそが今目の前にいる王立近衛兵団の皆様だ。

 彼らはフローレシアが支給した強化鋼鉄製の装備とは違い、俺が能力によって作り出した強力な武器防具を装備しているのだ。


 武器はオリハルコンと銀の混合金属であるアーモナイト製のブロードソード。

 防具は堅牢な防御力を誇るダマスカス鋼に魔術文様を刻み込んだフルプレートアーマー。

 インナーは動きやすさと魔術耐性を考慮して一部ハルモニア銀糸を編みこんでいる。

 今回は大量生産の為、大雑把に創りだした後御用達鍛冶職人や服飾師に任せた感じであるが無駄に高いスペックのフローレシア国民らしくその能力を遺憾なく発揮してくれたみたいで量産品とは決して思えぬ威風を漂わせている。


「いや、エリ先輩と一緒に近衛兵団を強化してたんだよ。これ全部一から作り上げたんだよ? メチャクチャ疲れた……」

「でもここまで強力な装備をした部隊なんて世界広しと言えどもここにしかないよ。全員が一流冒険者レベルの装備だ!」

「向かう所敵なしだなー!」

「敵なしだね!!」


 エリ先輩と一緒に、「ねーっ」と笑顔を向け合う。

 近くでブチリと何かが切れる音が聞こえた気がしたが気のせいだろう。


「むがー! この人達はー!!」


 ティアの我慢はどうやらここで限界に達したらしい。

 近くにいた近衛兵を苛立ちを発散するようにどこか遠くへ投げ飛ばしながらティアさんがジタバタ暴れまくる。

 自らの叫び声と他の近衛兵達の爆笑をもって遠くに投げ飛ばされる哀れな兵士を見送りながら俺は怒りゲージが限界を突破してしまったティアさんを慌てて宥めすかす。

 エリ先輩にも手伝ってもおうとしたのだが、彼女はうまい具合に近衛兵を盾にして既に俺を生贄にする算段だ。

 こういう時にエリ先輩の行動は早さは嫌いじゃない。

 だがそもそもが俺にも原因がある事なので、ここはやはり俺がどうにかするべきだろうと恐る恐るティアさんに話しかける。


「そ、そんなに怒らないでよ。別に部隊が強くなることは悪い事じゃないでしょ? 機嫌直して欲しいなー、なんて!」

「悪いことではないですが! あんまりやり過ぎると、他国を刺激する事になるんです! いらぬ詮索をされたらどうするんですか!?」

「お、大げさだなー、その時はその時で考えればいいじゃないか」

「きっとティアちんはカタリちんがいろんな人に装備品を貢ぐのが気に入らないんだよ!」


 エリ先輩が余計な事を言う。

 瞬間、エリ先輩と近くにいた哀れな近衛兵がどこか遠くへ投げ飛ばされる。

 ああ、さようならエリ先輩。お元気で。

 口は災いの元、悲劇的な結末を迎えてしまったエリ先輩に思いを馳せながら俺はティアの許しを乞う為にとっておきを披露する事を決意する。

 ずっと渡そうと機会を伺っていたある物……特製の指輪をポケットより取り出し怒れる彼女へと差し出す。


「ティア、今まで黙っていてごめんね。実はティアにもプレゼントしようと思っていたんだよ」

「む、むむむ!?」


 突然の事にキョトンとするティアさん。

 虚を突いた俺の行動に理解が追いついていないのだろう。

 彼女の手優しくつかみとり、まるで映画の中に登場する気障な俳優の様に彼女の指へと指輪をはめる。


「はい、この世の何処にも存在しない失われた金属で造られた指輪。ティアだけの特別製だよ。これで許してくれないかな?」


 びっくりしたした表情で慌てて自らの指にはまる指輪を眺めるティア。

 そうして、しばらく「え? え?」と混乱の様相を見せた後恐る恐ると言った様子で尋ねる。


「わ、私だけですか?」

「ああ、そうだよ。ティアだけの特別製だ。わざわざその為だけに作ったんだ。きっと君に似合うと思うよ。普段お世話になっているささやかなお礼」


 軽くウィンク。

 先ほど見せていた怒りの表情は既に無く、今は顔を赤らめソワソワとこちらを窺う一人の女の子がいるだけだ。

 この指輪は本当に創るのに苦労した。

 まさに彼女だけの特別製。普段お世話になっており何かと俺を気遣ってくれている彼女へのささやかなお礼である。

 機嫌を直して欲しいというのもあったが、それ以前に彼女にはどうしてもお礼を伝えたかった。

 まぁ、ちょっとズルイタイミングになってしまったかも知れないが構わないだろう。

 俺だってこういう雰囲気で渡さないとなかなか恥ずかしくて渡せないからだ。


「あ、ありがとうございます、カタリ様……」


 視線を合わせず、ポツリと呟かれるその言葉。

 ティアは俯きながらもじぃっと大切な物の様に自らの指で輝く指輪を眺めている。

 パチパチと、自然と近衛兵達から拍手が沸き起こる。

 やがてそれは大きな拍手に変わっていき、やがて轟音とも言える盛大な祝福の言葉へとなる。

 ティアさんもやわらかな笑み――そして少々恥ずかしげな表情を見せ、近衛兵達からの祝福を受け取ろうとして……。


「って騙されるかー!!」


 突然キレた。

 同時にふっとばされる付近の近衛兵。既に人数は半分ほどに減っている。

 これでもしばらくすれば何食わぬ顔で集合したりする辺り彼ら近衛兵の実力が窺えるのだが……。

 それにしても、彼らはとんだとばっちりを受けているものだと思う。

 わりといい雰囲気だったので押し通せるかと思ったが無理だったらしい。

 ……なんだっけ? 女心と秋の空かな?

 一瞬完全に流れを掴めたと思ったのもつかの間、ティアさんはまたプリプリと怒りだしてしまう。


「嬉しいですけど! 嬉しですけど!! そうじゃないでしょ! そういうのじゃないでしょ!!」

「えー? 折角作ったのにー」


 もうここまで来たら開き直るしか無い。

 ティアさんだっていつも使っている手だ。俺はもう何も話を聞きませんと意思表示する為、彼女から視線を逸らして全く別の方向を見つめ肩をすくめる。


「なんでもっとおとなしくしてくれないんですか! 他国から目を付けられるって言ってるでしょうが! いまでさえいろいろと危ういのですよ! うち小国なんですから大国に来られるとひとたまりも無いんですよ!!」

「自分の国を小さいって言うのは止めようぜ、気持ちだけでも大きくいこう」

「そういう精神論じゃなーい!!」


 とばっちりを受けた近衛兵がまた投げ飛ばされた。

 流石ティアさんだ、その力は無限大。

 身につけているプレートメールの重さも計算すると相当な重量を誇る王立近衛兵団の皆なのだが、まるで小石を放り投げるかの様に飛んで行く。

 ふと、ああやって飛ばされてみるのも面白いかななんて、ティアが聞けばまた激怒してしまいそうな事を考えつつ近衛兵をビュンビュン投げ飛ばしているお姫様に答える。


「だって、ティアだっていろいろとおふざけしてるじゃん。だから俺もいいかなーって」

「あれは、全て計算の内で! いろいろ羽目をはずしつつもちゃんと計算して、うがー!」

「なに? 計算してそんな事やってたの? あんまりそういうの良くないよ?」

「うるさーい!」


 近衛兵は全滅した……。

 どうやら俺と言い争いをしている間に全て投げ飛ばしてしまったらしい。

 哀れ王立近衛兵団。

 だがまぁ、各自勝手に戻ってきたり家に帰ったりそのまま旅行に出かけたりするので大丈夫だろう。

 そしてティアもひとしきり暴れて溜飲が下がったらしい。

 はぁはぁと息を荒げながらこちらをキッと見つめて締めの言葉に入る。


「とにかく、これ以上は禁止です! 作ってはダメです!」

「うーん、わかったよ。ごめんね、ティア」

「もう、反省してくださいね」


 ズンズンと帰っていく怒れる暴君。

 だが、少し歩いた所でふと立ち止まりこちらへ向き直る。


「あと、指輪ありがとうございます。大切にします」

「うん」


 それは小さな声だったがこちらにハッキリと届くものであった。

 まるで何かを誤魔化すようにタタタッと小走りにかけてゆく彼女を見送りながら、俺は今後能力で無駄に遊ばないことを誓う……。


 だが、その誓いを破ろうとする不届き者がすぐそこまでやってきていた。


「ふぉっふぉっふぉ! 姫様も楽しそうでなによりですな」


 じぃやである。

 長い髭をゆっくりと撫でながら、どこから現れたのかこの老人は俺に気配を悟らせる事無く現れた。


「やぁやぁ、カタリ殿。偉大なる我が国の勇者よ!」

「いやー実にすばらしい! まさに護国の英雄でございますな!」

「この装備があればどの様な敵も鎧袖一触ですぞ!」


 続くように現れたるは偉大なるフローレシア王国が誇る、適当さ極まりない大臣団である。

 いつもの俺ディスはどうしたのか、全力でゴマをすって来るその姿勢はいっそすがすがしい物があった。


「さっそく擦り寄ってきたな。でもダメだって言われてるじゃん?」


 どうやら俺の能力が国軍の能力強化に非常に有効である事に気がついたのであろう。

 もしこの世界がギャグ漫画だったら瞳の中に円マークが付いてしまいそうな程、金にまみれた嫌らしい笑みを浮かべた大臣団は猫なで声で俺を誑かそうとしてくる。


「ほっほっほ! それはバレたらダメって話であって、バレなければ良いのですぞ!」

「誰にも気付かれないようにやればなんだってできるよカタリちん!」


 いつの間にかどこかへ投げ飛ばされたエリ先輩までいる。

 どうやら、ティア以外の人達は今回の件に関してノリノリらしい。

 しかし、この国のトップはティアだ。いくら普段ふざけた態度やノリが許されるフローレシアだとは言え最低限のケジメは必要じゃないのだろうか?


「でも怒られないかな? ティアにも悪いよ」


「何を今更、皆でやれば怖くないでしょう」

「そうですぞ、勇者殿らしくもない! いけいけでゆこうでは無いですか」

「姫様はチョロいからまた贈り物でも送っておけば騙せますぞ!」


「うーむ…………」


 少し悩む。

 俺がどうしたものかと考え事をしている最中も大臣達はグイグイと俺に能力を行使する様誘惑してくる。

 普段ではあまり見られない態度だ……。

 万が一何かあったらこいつら全員に責任を押し付ければいいか。

 それに、俺もこのまま能力を使い続ける事が正しい事の様な気がする……。


『そだよ! 正解ー!』


「……よし! やるか!」


 先ほどのティアさんの約束を遠くに放り投げる。

 晴れやかな笑みを浮かべた俺は罪悪感ゼロで約束を反故にする。

 後でティアさんには謝っておこう! きっと彼女も許してくれるはずだ!


「流石勇者殿! じぃは信じておりましたぞ!」

「我々も全力で援助しますのでご安心めされよ!」

「いやぁ、久しぶりに楽しくなってまいりましたな!」

「ともにフローレシアを最強国家に仕立てあげましょうぞ!」


 やんややんやと盛り上がる大臣団。

 全員が全員ノリノリで、今後どういうふうに俺の能力を使って国軍や国家を強化するかあれやこれやと相談しあっている。


「うーん。フローレシアの重鎮が全員動くのか。こりゃとんでもない事になりそうだ! にしし!」


 エリ先輩がその様子を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。

 どうやら俺が思っているよりも事態は大きな事になっている様だ。

 もちろん、責任は全部大臣達が取ってくれるから問題ない。

 俺は無理やり能力を使わされた哀れで可哀想な勇者という方向性で進める事にする。


 相棒、そんな訳でいろいろとお願いするかもしれないけど宜しくな!

『ボクにまかせて! 今度は誰が来ても大丈夫な様にするよ!!』


 相棒に声をかけ、快い返事をもらう。

 これで大丈夫なはずだ。

 ……ふと、ここ最近何か焦燥感を覚えていた事に気付く。

 これから何か大きな出来事が起こる。

 漠然と、そんな予感がした。

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