第二十八話
目の前には真剣な表情のメイドがいる。
俺の専属メイドであり、何があっても生きていけるだけの力を身につける為に現在頑張って外道公の訓練を受けている自慢の人達だ。
緊急招集に緊張しているのだろうか?
その表情はこわばっており、俺の方へとしっかりと視線を向けながらも不安感を隠せていない。
日頃から努めて会話をする様にしている為か最近では当初の様な怯えた表情は見せなかった彼女達だが、唐突に呼び出すという行為はやはりストレスだったらしい。
俺は彼女達の不安を払拭する為にも早速その目的を告げる。
「今日君達に集まってもらったのは他でもありません、防具を支給しようと思います!」
「あ、ありがとうございます、勇者様!」
「良かったのだ、最近生傷が耐えなくてそろそろ死ぬかと思っていのだ!」
「神から賜りし品、必ずや大切に致します」
叱責や無理難題ではないとようやく理解したのだろうか。
先ほどまで不安に包まれていた彼女達はホッとした安堵の表情を見せると早速感謝の言葉を伝えてくれる。
場の雰囲気も和らいだ。その様子にウンウンと満足気に頷きながら彼女達の言葉を受け取る。
俺としてはもっと彼女達と仲良くしたかった。敬語とか作法とかそういったもろもろの事も必要以上に行わない様に伝えているのもその為だ。
主従の関係は厳格に行わなければいけないのかもしれないが……残念ながらここはフローレシアだ。ここでは気分とノリが最も重要視される。
故に、言葉使いが少々おかしい彼女達の言葉も俺にとっては心地よい物であった。
「ではどうぞ!」
今泣いたカラスがもう笑ったとはよく言ったもので、俺が支給する防具が気になるのかワクワクとした表情で身を乗り出さんばかりに期待の視線を向ける彼女達。
普段見せない童女とも思える無邪気な態度に俺も自然と嬉しくなる。
早速隠し持っていた新しい防具――見た目メイド服のそれをテーブルの上に取り出し三人の反応を窺う。
「これは……メイド服ですか?」
「だね」
だが彼女達から伝わってくるのは困惑の言葉。
それもそうだ、彼女達に渡したのは一見普通のありふれた何処にでもある見慣れたメイド服。
違う点があるとすれば、彼女達の性格に合わせて少々丈の長さやデザインに違いがある程度だろう。
そのメイド服をしげしげと見つめる彼女達は困惑の表情を見せながらこちらの様子を窺い、おずおずと切り出す。
「あの、申し訳ございません勇者様。これでは戦闘時に――」
「まぁまぁ、とりあえず持ってみてよ!」
リゼットさんの言葉を遮る様にメイド服を押し付ける。
ここまでは当然の反応。
さて、サプライズはこれからだ。
訝しげにそれを受け取った彼女達は確かめるかのように折りたたまれたメイド服を広げ、ようやくソレが普通の品でない事に気付く。
「これはっ!!」
先ほどまでの不安げな表情は一気に驚愕に変わる。
その態度に俺もしてやったりといった感じだ。
まるでイタズラが成功した子供の様に誇らしい気持ちになると、のりのりで人差し指をピンと立てて早速そのメイド服と言う名のレアアイテムの詳細について説明する。
「オリハルコン糸で出来た特製メイド服だよ。内布がミスリル糸でできているから魔法対策もバッチリ!」
特製の戦闘用メイド服。
その硬質さから物理攻撃耐性の高さに置いては類を見ない強力な金属オリハルコン。
そしてその魔力親和性から防具にした際に強力な魔力耐性を誇るミスリル。
それらをふんだんに使用したこのメイド服はもはやメイド服と言うカテゴリには収まらないだろう。
わかりやすく言えば、厚さ十数センチはある鋼鉄のフルプレートメイルを身につけているのと同等以上の防御力を誇る事になる。
多分生半可な武器ではダメージを与えるどころから傷一つつけられないだろう。
もちろん、ミスリルやオリハルコンだけではなく留め金やボタン等にこれまた特殊な金属を用いており、その効果によって羽のように軽くかつ本人にしか使用できない様になっている。
まさしく、チート装備と呼ぶに相応しい代物となっていた。
「いや……え? これ、え?」
「か、神よ、感謝致します」
目をぱちくりしながらメイド服を眺める三人達。
どうやらこのメイド服がどれ程素晴らしい物であるのかようやく理解できてきたのだろう。
彼女達の唖然とした表情に俺も俄然テンションが上がってくる。
このまま時間を置いて冷静になっても面白く無い。
俺はニヤリと笑うと追撃の手を緩める事無く、次のプレゼントに移る。
「あと、これがメテオライトで出来たブローチやアクセサリー類。基礎能力を上昇させる効果があるよ。
ごそごそと手元にある鞄からアクセサリを取り出しテーブルに広げる。
その瞬間、三人がビクリと震えた気がしたが勘違いだろう。
メテオライトは天より降り注いだ隕石を特殊な術で加工して生成される金属だ。
星の力が込められており持ち主の能力を何段階も上げる。
メテオライトのバスタードソードを使い単身エルダードラゴンを倒した英雄の話はお伽話として有名で、ちびっ子から大人まで人生で一度は入手を夢見る金属だ。
もちろんこんな簡単に鞄から出てくる様な物ではないのだが俺の能力の前ではあんまり関係なかった。
無造作に机の上に散らばるアクセサリをそれぞれ受け取るように指示すると、まるでガラス細工でも扱うかの様にゆっくりとした仕草で恐る恐る受け取ってくれる三人。
その様子に満足しながら、最後の一手を打つ。
「あとリーダーのリゼットさんは特別にこれがあるんだ」
「は、はい! 何でしょうか?」
手のひらの上にアクセサリを乗せながらおっかなびっくり眺めていたリゼットさんであったが、俺の言葉に慌てて視線を戻す。
彼女の視線の先――俺の手の上には、魔力を纏い光り輝く2つの小さな球体が存在していた。
「じゃーん! ピュアクリスタルの義眼! 術式が編みこんでいるみたいだから、目も見えるよ!」
「す、すごい。こんなのあるんだ――ですか……」
今回特別に用意したのは彼女専用の義眼だ。
通常この世界は失明した者でも魔力の込められた義眼を用いて目が見えるようになる。
その為以前俺によって目を潰されたリゼットさんも日常生活に問題は無い。
だが、それでは俺の気がすまなかった。
彼女には俺の誠意を受け取って欲しかった。それが故に作られた一品だ。
ピュアクリスタルと呼ばれる無色に近い透き通った色を持つそれは魔術式を編みこむのに最適な一品である。
通常は大規模魔術式の触媒や国宝級の魔道具の核に使われるらしいこの鉱石だが、これで義眼を作ればそれこそ見えないものまで見えるようになるだろう。
まさに彼女にうってつけの物だ。
何故か義眼を渡す時に顔面蒼白でガタガタ震えながら受け取っていた彼女だが、俺は気にせずエルフのイレールさんに視線を向ける。
俺のターンはまだ終了していない。
「そしてイレールさんは弓と魔法が得意だったよね?」
「その通りです、神よ」
「んじゃはい。ケイオスクリスタルのイヤリング。似合うと思うよ」
「こ、こんなにあっさりと……いえ、ありがとうございます」
魔力能力を上げるケイオスクリスタル。
ピュアクリスタルが魔法における繊細な部分を司るとすればこちらは魔法における暴虐的な部分を司る物だ。
これを装備するだけでより強力な魔法を行使する事ができ、魔法を使うものならば喉から手が出るほど欲しがる一品。
先日エリ先輩と話をしている時に作ったものを更に手直しした物で、魔法を使うイレールさんにピッタリだった。
ホイと手渡すソレを慌てて受け取るイレーナさんを微笑ましく見ながら、最後の一人マリテちゃんにニッコリとほほ笑みを向ける。
何故かひぃっと小さな悲鳴をもって反応した彼女はその愛らしい耳と尻尾が極限まで垂れ下がっている。
なるほど、一番最後だったからすねちゃったのかな?
でも安心して欲しい、ちゃんと君の分も用意しているからね。
「おまたせ。マリテちゃんにはこれかな」
「えっと、あ、ありがとうなのだ」
金属特有の光沢を持った薄い緑色の腕輪。
先ほどの二人の物よりランクが下る金属の為、代わりにちょっと大きめのサイズでのプレゼントだ。
もちろん、だとしてもその性能は折り紙付きだけど。
「ウィンドクリスタルのバンクル。身につけた者に風の如き素早さを与える一品だね!」
「す、すごいのだ。噂でしか聞いた事がないのだ……」
風、火、水、土の四大クリスタルと光、闇の二大クリスタル。
これらは彼女が言うとおり殆どが噂の中でしか知ることができない。
冒険譚、伝承、夢物語。
その様な一部の人間しか手にする事を許されない金属がメイドの装備として支給されている。
その事実に彼女達もどの様な表情をしていいのかわからない様子であったが、元手はタダなのであまり気にしないで欲しい。
「武器の方はまだ待ってね、ちょっと気合入れてるから時間かかりそう」
「え、こっちは気合を入れていないのですか?」
「あんまり? デザインは気をつけたけど」
正直に言って彼女達の装備はデザインこそ気をつけて王宮御用達の服飾師のアドバイスを受けたものの、その性能に関しては若干適当な部分があった。
本当ならもっと気合の入った純度の高い最強防具を作りたかったのだが時間をかけて彼女達の負担を増やしてもいけない。そもそもメイドの装備なのであまり防御力を上げるのもどうかと思った故、急ごしらえで良しとしたのだ。
俺がその様な事をどんどん表情を青ざめさせる彼女達に告げていると、何に気がついたのかマリテちゃんが恐る恐る手を挙げて質問してくる。
「ち、ちなみにご主人様? これ普通に買えばどの位の金額になるのだ?」
「あっ! おい、やめろマリテ!」
何やらリゼットさんが焦っているが、……値段か。
あまり真剣に計算した事はないんだけど今まで宰相ちゃんが買っていたアクセサリとかから察するに……。
「んー? 全部で2億位?」
「きゅぅ……」
「マリテーっ!!」
「真実に耐えられなかったのですね。気持ちはわかります……」
その瞬間、目をぐるぐる回しながら可愛らしい声を挙げて気絶するマリテちゃん。
……そっか。そう言えば彼女達は貧しい生活をしていたと言ったな……。確かに自分がこれから身につけるものが2億もすると言われるとショックを受けるだろう。
俺だって2億の装備をしてねと突然言われたら戸惑うと思う。
なんだか不意に自分が結構凄い事をやらかした事に気がついた俺は、沸き起こる気まずさを隠すようにポリポリと頬を掻く。
「全員だと6億か……自分で作っておいてなんだけど、ちょっと意味がわからないよな」
「一生かけてもお返しできない金額だと思うのですが……、この様な高価な物、本当に頂いてよろしいのでしょうか神よ……」
「いや、君達の為に作ったんだし、それに元手はタダで片手間に作った物だからさ……」
よくよく考えたら6億円の装備をタダで創るってどうなんだ?
いや、まぁ億単位のプレゼントをしたり億単位の借金を作ったりしている事がそもそもおかしいのだが……。
なんだか自分の金銭感覚がおかしくなっている事実に悲しくなってくる。
いや、なんで普通に億とかの単位が出てくるんだ? よくよく考えたら意味がわからんぞ?
「片手間、私達が一生遊んで暮らせる金額の物を片手間……ああっ」
もちろん、そんな金銭感覚が壊れている人物――俺の発言だ。
金銭感覚が至って普通の、それどころかお金で苦労した経験のある彼女達には毒だったのだろう。
「イレールぅ!? しっかりしろ! イレールぅぅ!!」
俺の片手間発言は彼女の心の安定を崩壊させるには十分な物だったらしい。
今度はイレールさんが目をぐるぐると回しながら気絶する。
「ちょっとやり過ぎたかなって俺も思ってるよ……」
リゼットさんは目を回して倒れる二人を慌てて揺り動かしている。
しかし……。他の二人と同じように気絶しない辺り、流石リーダーだなと空気にそぐわぬ事を考えながら――。
俺は半泣きで必死に二人に声をかけているリゼットさんを眺めるのだった。