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第二十七話

 目の前にある何も書かれていない紙を見つめ右手に持つ羽ペンをクルクルとイジる。

 左手には冷えきった紅茶が入ったカップがあり、ため息をつきながらもたれかかった椅子が重みを受けギシ……と鳴る。


「うーん」

「どしたの? カタリちん!」


 図書室の一角を借りて自らの悩み事と格闘していた俺に、どこからとも無くやって来たエリ先輩が話しかけてきた。

 まるで初めからそこに居たかの様にごく自然に現れる彼女の隠遁術に感心しながら、俺は自らの悩み事を相談する。


「いやね、メイドの子達が使う武器をどうしようかなって考えてるんだよ」

「そう言えば、獲物は持っていなかったね。そろそろちゃんとした物あげないと死んじゃうよ?」


 俺の専属メイドである元暗殺者の子達は外道公の訓練を受けている最中だ。

 その内容はなかなか大変な物らしく毎日なんらかの嘆願が俺の所までやってくる。

 だが俺はあえて心を鬼にして突き放している。

 彼女達には可哀想だがここで苦しんでも訓練を受けておかないと後々苦労する事になる。

 俺は彼女達には幸せになって欲しいのだ、だから是非とも外道公の訓練をクリアして欲しかった。


 だが、そんな彼女達だがそろそろ限界に来ているらしい。

 と言うのも支給されている装備品が一般の物ばかりでそろそろ外道公の訓練に耐えれないのだそうだ。

 確かに俺の時も訓練の密度は想像を絶するものだった。

 生半可な装備ではその過酷な環境に耐えられずすぐに壊れてしまう。

 もっとも、一番レベルの高い訓練だったので装備品などは一切無しでやらされたが……。

 流石に彼女達に勇者である俺と同じレベルを要求するのも酷だろう。

 それに彼女達を鍛えるのはあくまで自衛だ。別に最強メイドを作ろうとしている訳ではないのでそこまで厳しくする必要もない。


と、すれば彼女達の安全を考え適切な武器防具を支給するのがご主人様としての責務なのだが……。


「でも俺今借金持ちだからさ、金が無いんだよね。できればそれなりに使える物をあげたいんだけど、ああいう武器って結構お金かかるじゃん?」


 俺には彼女達に満足な武器防具を支給するだけの金が無い。

 特に今彼女達が行っているは外道公の訓練、その上級者コースである。

 そこらの量産品を持たせては数日と持たないだろう。

 それなりの物が必要だ。

 必要な金額を計算する為に用意した紙にいっこうに金額が記入されないのもそういった理由からだった。


「また能力で金の建造物作ったらどうかな!」


 パァっと明るい笑顔でエリ先輩が提案する。

 俺の能力ならその全てが黄金で出来た建築物を作成する事ができる。

 以前ノリと勢いで黄金で出来た小屋を作り上げ、市場に横流しして資金を得ようとしたのも懐かしい思い出だ。


「あれティアにめっちゃ怒られたんだよね。経済が傾くからやめろって」


 しかも没収されたし。


「でもティアちん上手く他国に流して経済的混乱回避してたけどね」

「それにしてもあんまりやり過ぎるとダメでしょ? 変に他国を刺激して面倒事になっても困るし……」


 何処にスパイがいるか分からないとはティアさんの言葉だ。

 別に黄金で何を作ろうが彼女的にはOKだが、ことさら他国に能力が分析されたりして面倒事になる様な事態だけはゴメンらしい。

 確かに俺の能力は応用力が高くていろいろと便利すぎる所がある。

 もう既にいろんな国の知る所にある様な気もするが、それでも隠せるなら隠したいのがティアさんの考えらしい。

 ちょっと考えすぎの様な気がしないでもないがここはティアの顔を立てて大人しくしておきたい。


「困った事だねー!」

「うーむ、なんとか方法はないかな? 希少金属を作って捌いてみるかな? できるかな?」


 希少金属とかやっぱりバレるかな? いや、こっそり少量創りだして信頼できる鍛冶師等にお願いするのはどうだろうか?

 頭の中で幾つかプランを練り上げる。

 大切な事はバレないこと、そして早急にメイドの子達に武器防具を支給することだ。

 何か方法はないものか……。


「ん? ねぇねぇ、カタリちん。そもそも希少金属が作れるのなら武器防具をそのまま作る事ってできないのかな?」


 ウンウンと一緒になって悩んでいた俺とエリ先輩であったが、ふと思い立った様に顔をあげて告げられる。

 ……武器防具をそのまま?

 果たして出来るのだろうか?

 例えば全てがミスリルで出来た英雄像を作り、それが持っている武器防具を無理やり外して使用可能な形に加工するといった形なら武器防具も作れると思う。

 ただ、俺の能力は土木建築限定だ。

 少し無理がある様に感じられた。


「建造物限定でしょ? 出来ないよ」


『できるよー!』


 だが、俺の答えに反論する様に心の中に居る相棒から声がかかる。

 ってか出来るのかよ……。

 相変わらず突拍子も無いタイミングで行動する相棒に困惑する。

 けど、土木建築なのに武器防具までできるなんてもはやなんでもありだな……。

 あれ?

 ちょっとまて……。

 なんで俺は相棒の能力が土木建築だったと思ったんだ?

 過去の事を思い出す。

 それは一番最初の能力発動の時だ。ガイゼル地区での反乱の際に初めて発動した能力を宰相ちゃんが分析した結果から分かった筈だったが。

 …………。

 前提が間違っていた? 宰相ちゃんの分析は完璧だと思っていたけどそもそもそこに間違いがあった?

 よくよく考えれば不思議な点はいくつもあった。

 土木建築と言ってもその分類は多岐にわたる。その全てを能力は網羅しているのか? そもそも、何をもって土木建築物としているのか? 何が判断しているのか?

 考えれば考える程思考の渦に引き込まれる。

 もはや何が何やら分からなかった。


 カラカラと笑う声が聴こえる。

 相棒のそれだ。

 彼女の声が、どこか遠い場所から聞こえている様な気がした。


「そっかー! 残念無念! エリ先輩がっかり!」

「いや待ってエリ先輩……どうやら出来るみたい」

「お! 本当に!?」


 一旦思考の海から這い上がり、まずは己疑問と相棒の言葉が正しいかを確認する。

 左手に持つカップ、冷たくなった中身を飲み干して魔力を込める。

 相棒の言うとおりなら問題なく武器防具が出来るはずだ。

 そしてそれが事実だった時は……。


「――ふぅ」


 左手には、薄い青銀色で鋭い刃先を持ったナイフがあった。


「ミスリルナイフ……。多分かなりの高純度だね。なかなかの一品だ! 魔力的にはどう?」

「結構余裕ある。今までこき使われたおかげだね。これなら普通に武器とか防具サイズの物も作れそう」


 ほへーっと関心した様子のエリ先輩にミスリルナイフを渡す。

 彼女がしげしげと受け取ったナイフを確認する様子を見ながら、心の底……自らの相棒へと問いかける。


 相棒。どういう事だ? この能力は何なんだ? 土木建築じゃないのか?


『…………』


 返事は返ってこない。少々苛立ちを感じながら語気を荒らげて再度尋ねる。

 ……相棒。


『ごめんねカタリ。それは本当に秘密なんだよ。今はまだ言えない、言うわけにはいかない……』


 そろそろ少しは教えてくれてもいいんじゃないか?


『大切な事は、ボクはカタリの味方だと言うこと。皆もカタリの味方だと言うこと。誰も彼もカタリの事が大好きなんだ。だから一生懸命になっている。ただ、今はまだ言えない。言うと――――』


 聞き逃すまいと集中していた筈にもかかわらず、最後の言葉は聞こえなかった。


 一体、俺の知らない所でどんな出来事が起こっているのだろうか?

 予想外の言葉に思わず目眩がしてくる。

 この事実はティア達に言うべきか言わざるべきか……。

 少しだけ逡巡し心の内にしまう。

 相棒の言葉が正しければ、あまりティア達に疑念を持たせる行為は良くないはずだ……。


「カタリちん! カタリちん!」

「……っと、ごめん」

「カタリちん! どうしたの? 気分でも悪い?」

「いや、大丈夫だよ」


 黙りこくってしまった俺を心配したのか、エリ先輩が俺の顔を覗き込んでくる。

 無邪気なその仕草に笑顔を返し、なんでもないと先ほどの話の続きをする。


「よかった! ところで! もっとレアな金属での武器防具とかもできるのかい?」

「どうなのかな? 一応見たことある物の方がいいと思うけど……」


 自らの困惑を振り払うように無理やり魔力を絞り出し右手に持つ羽ペンに込める。

 羽ペンはどんどんその形を変えてゆき、握った手の中に収まる程になる。

 やがて、ゆっくりと開いた手の上にあったのは……。


「おお!? これって!」

「くっ、やっぱりちょっとキツイな」


 黒く光り輝くシンプルなイヤリングだった。


「もしかして、ケイオスクリスタル!?」


 目を丸くしながら尋ねるエリ先輩に無言で頷く。

 ――ケイオスクリスタル。

 魔力を増加せる効果のあるこの金属は滅多なことではお目にかかれない希少品だ。

 以前宰相ちゃんに借金までしてプレゼントした指輪と同じ素材であり、本来であればどこぞの貴族の家宝となっていてもおかしくないほどの価値がある。


「できるかと思ったけど案外できるものだね。ただ純度はかなり低いみたいだよ」

「いやいや、これだけで5000万は下らないんじゃないかな!? すごいよカタリちん!」


 能力で再現出来たとは言え、やはり魔力が足りなかったのかその純度は低い。

 宰相ちゃんにプレゼントした物とは違い、1つか2つランクが下がるだろう。

 もちろん、だとしてもその秘められた力は相当の物になる。

 ……とは言え、俺にとっては宝の持ち腐れだが。


「とりあえずエリ先輩にあげる。エリ先輩カワイイし。イヤリングとか似合うんじゃない? いつもお世話になっているお礼」


 そのまま、ハイっとイヤリングをエリ先輩の方へ差し出す。

 だが、珍しい事に彼女は目をぱちくりしながら俺とイヤリングを交互に見つめると何やら慌て出す。


「え!? えっと、う、嬉しいけど、ケイオスクリスタルは魔法使いとの相性が良い金属だからね。エリ先輩だと宝の持ち腐れになっちゃうよ」

「別にいいんじゃない? あって困るものでも無いでしょ?」

「い、いいよ! 他の人にあげなよ!」

「そう? じゃあ他の人に上げるかな……。エリ先輩、何か作ってほしいものある?」


 はにかみながらパタパタと手を振り遠慮するエリ先輩。

 ……そこまで拒否する事はないだろうに。

 なんだろうね。まがりなりにも女の子にプレゼントするんだし、もっとちゃんとした形で渡すべきだったかな?

 エリ先輩は何やら顔を赤らめながらソワソワしている。

 もしかして突然のプレゼントに動揺したとか? けどエリ先輩だぞ?

 いや、まさか……ありえるのか?


 普段とは違う一面を見せるエリ先輩になんだかこちらまで恥ずかしい気持ちになっていると、わたわたと誤魔化すように両手を振っていたエリ先輩が「そう言えば」と話題の転換をしてくる。

 突然の空気に俺もどう対応するべきか分からなかったが、気持ちの切り替えが出来たのかケロリといつもの表情になった先輩に合わせるように彼女の言葉に耳を傾ける。


「ふっふっふ、実はねカタリちん! フローレシアの王宮には資料としていろんな種類の希少金属が保管されているんだ!」

「まじでか! なんでもできるな!」


 一度見た金属なら容易に創りだす事ができる。

 ケイオスクリスタルでさえ出来たのだ、他の金属ももちろん再現できるだろう。

 この世界には俺の元いた世界では考えられないような不思議な力を持った金属が沢山ある。

 はたしてフローレシアの王宮にはどの様な金属が眠っているのだろうか?


「そして、カタリちんは仕事も一段落してこれからしばらく結構暇。魔力も有り余っている。エリ先輩はいいことを思いつきました!」

「奇遇だな、俺もいいこと思いついた。なんかこういうのって反則っぽいけど、だからこそテンション上がってくるよな!」


 さて、余った魔力で何を作ろうか?

 なんというか、かなりズルをしている気分になってくる。

 魔力さえあればそれこそ伝説の武具も再現できる可能性があるのだ。

 しかもほぼ無制限に。

 これはちょっと気合を入れていろいろ作らなければいけないかもしれない。

 そういえば、昔同じようなワクワクした思いをした記憶があるなと記憶を探る。


 答えはすぐに分かった。

 ああ、これってあれだな。ゲームでチートコードを使って最強の武具を無制限に手に入れた時と同じなんだ。


「勇者カタリの最強伝説がはじまるよー!!」


 わぁ! っと嬉しそうに両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねるエリ先輩を微笑ましく思いながら……。

 俺はまだ見ぬ強力な武器防具に思いを馳せながら、先ほど自信の内に湧いた疑問をすっかり忘れ去ってしまっていたのだった。

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