第二十六話(下)
場所は代わって俺の自室。
備え付けられたソファーに座り込み、目の前で所在なさ気におろおろするメイドさん達に視線を向ける。
宰相ちゃんは既にいない。どうやらとっても大事な魔法陣が何者かに壊されたらしくそれの後処理を早々にしなければいけないらしいのだ。
……頑張ってくれ、宰相ちゃん。
「しかし……メイドと言ってもやってもらう事何もないんだよねー」
ボンヤリとメイドの三人を見つめながら呟く。
ビクリと大げさな反応を見せた彼女達は視線を左右へ這わせたかと思うと、やがて意を決した様子で口を開く。
「な、何かございませんでしょうか? 何でもおっしゃって下さい」
「うーん。お願いできる事は全部お願いしてるし、宰相ちゃんも時間見つけてお世話しに来てくれるし、3人いたら大抵の事は余裕でできるしなぁ」
緊張の為か、額から冷や汗を流しながら告げるリーダーのリゼットさんに軽く答える。
メイド三人も居てくれる事はありがたいが、正直あまりお願いする事も無いのが実情だった。
かと言って無理にお願いを探すのもおかしいし……。
「し、仕事を頂けないとお仕置きされてしまうのだ! 勇者様! 何でも言って欲しいのだ!!」
猫耳少女のマリテちゃんが慌てて懇願してくる。
お仕置きされてしまうのか。宰相ちゃんにお仕置き……。
字面だけ見るとちょっと微笑ましい感じがするけど、宰相ちゃん怒らせると普通に怖い子だからわりと凄惨な感じになるんだろうなぁ。
なんとしてでも彼女達に仕事を与えないと悲劇が起るな……。
両腕を組みあれやこれやと考える。
こうやって俺の話相手になってもらうだけでもいいんだけど、それだと彼女達が宰相ちゃんに何か語る事も憚られる恐ろしい目に遭うのは確実だろうしなぁ……。
それにしても、彼女達は何故俺のメイドに任命されたのだろうか?
まがりなりにも俺を暗殺しようとしたんだ。それをわざわざ俺のメイドにしようとするか?
いや、宰相ちゃんの言う通り罪を償う為なのかな?
しばし思考の海に身を任せる。
……まぁ特に深い問題も無いか。
重要なのは彼女達は心を入れ替え……入れ替えさせられてもはや完全完璧に俺の仲間であると言う事だ。
ウンウンと一人納得し俯かせていた顔を上げる。
すると俺の考え事が終了したのを察したのか先ほどまで微動だにせず沈黙を守っていたメイド達に動きが戻る。主人の邪魔はしないという事か、徹底的に教育されているなぁ。
彼女達のメイドスキルに感心しているとメイドの一人より声がかかる。
「全て神の御心のままに……」
深々とお辞儀をするのはエルフのイレールさんだ。
今まで考えないようにしていたが、何故か彼女は俺を神扱いする。
なんか俺の知っている彼女とは大きく隔たりがあるのだが彼女に何があったのだろうか?
この際だ、ちょうど今は彼女達とのお喋りタイムだし聞ける事は聞いておこう。
「なんでエルフさん――イレールさんは俺を崇め称えるの?」
「あの、宰相ちゃん様の固有能力はご存知で?」
「もちろん、他人を洗脳するんでしょ――あ」
本人の代わりにリーダーのリゼットさんから語られた説明にハッとする。
宰相ちゃんの固有能力「破折屈服」は相手を洗脳する能力だ。
戦闘時だと強制的に相手の行動を縛ったり誘導したりする事しか出来ないが、じっくりと時間をかけて能力を行使すれば相手の人格を心の底から塗り替える事が可能な恐ろしい能力でもある。
多分、今回彼女達にかけられた洗脳は俺やフローレシアへの忠誠といった所であろうか?
そして往々にして人格の洗脳とは繊細で難しいものである。
イレールさんがこうなった理由は推して知るべしといった所であった。
「そ、その、宰相ちゃん様が少々張り切って能力を使ったせいで、彼女は……」
「そ、そう……」
「真理に目覚めました」
「優しかったイレール姉は遠い所に行ったのだ……」
遠くを見ながらリゼットさんとマリテちゃんが呟く。
チラリとエルフのイレールさんを見ると、ニッコリと屈託のない笑顔を向けられた。
あかん……この子完全に目が逝っちゃってる。
俺に対する忠誠をこれでもかと埋め込まれたのだろう。
立派な狂信者になってしまったイレールさんは以前見た穏やかで優しげな瞳はそのまま、その中に狂気的な色を宿しながらうっとりと俺を眺めている。
……よし、この件は保留にしよう。
面倒な事になりそうな事がわかりきっているとは言え、今の俺にはどうしようもない。
それに聞きたい事も沢山ある。
先ほどから熱心な視線を送ってくるイレールさんを華麗にスルーしながら、俺はリーダーであるリゼットさんに尋ねる。
「そ、そう言えば! 俺達を襲った経緯ってあれ何だったの? リゼットさん?」
そこの話も聞いておかなければならない。
宰相ちゃんからは特にこの件に関する顛末を聞いていない。
別段俺が気にかける必要も無いし大切なことは全てこちらでやっておくといった所だろうがせめて概要だけは知りたい。
そういう点で言えば当事者である彼女達から話を聞くのが一番だろう。
そういう考えもありリーダーであるリゼットさんに尋ねた。
彼女なら少ないながらもある程度の事情を知っているだろう。それに今は完全に調教洗脳済みで俺が知りたい事をホイホイ喋ってくれる雰囲気だ。事実彼女は己の中で話を整理する素振りを見せると、ゆっくりと語りだす。
「実は私達もよく知らないのです。ご存知かと思いますが冒険者ギルドと言うのはきな臭い場所でして、背後に存在する組織の思惑で様々な後ろめたい事が日夜行われています。我々が受けたのは召喚直後で力の使い方を知らない勇者を秘密裏に始末する。そのサポートとしての依頼でしたが、今考えると我々も利用されていたのでしょうね」
その後も猫のマリテちゃんや狂信者のイリーナさんの話も交えつつ聞いてみたが、あまり詳しい話は聞けなかった。
結局、彼女達も利用されたという事だろう。
ただ現在様々な国家間で勇者の暗殺が試みられており、実際暗殺された勇者も存在するとの事だ。
彼女達もわざわざ俺達を狙ったというよりは、網を張っていた所に偶然かかった感じだろうと予想している。
魔族や魔王と戦って勇敢に死ぬのではなく国家間の暗殺劇で死ぬとは……。
それにしても、恐ろしい話だがそんなに勇者って居るのだろうか?
「なんだか夢の無い話だなー。冒険者っていつもそんな事してるの? もっとこう強大な敵を倒したり隠された秘宝を見つけたりとかそういうのはないのかな?」
冒険者の生業については外道公の授業で聞いた記憶がある。
一般的なイメージとは程遠く泥臭く、日陰者のイメージが強くて当時はがっかりしたものだ。
「残念ながらそういうのは冒険譚の中だけなのだ。実際冒険者はスポンサーがいないとそこらのゴロツキと変わらない生活しか出来ないし、暗殺者も大抵がやむ無くと言った感じなのだ」
「娼婦になると言う道もあったかもしれませんがね」
「身体を売って日銭を稼ぐような事だけは避けたかったのです、神よ」
夢も希望もない。俺の考えている冒険者とは全然違うな。
いや……これが真実なのだろう。
少し考えれば漫画やゲームの様に華々しい生き方ができる筈もない事は容易に分かる。
現実なんていつもそんな物だ。
「なるほど、大変なんだね……。結構センスいいからもっと魔物とか倒してがっぽり稼いでるかと思っていたよ」
「単純な戦闘能力のみで生活しようと思ったら最低でも白銀級の等級が必要です。我々もそれなりに名は知られていたのですが、それでもまだ足りませんでした」
「神よ、そこまで実力が無くとも貴族の子飼いの傭兵などにもなる事はできるのですが女性となるとやはり無理強いをされる事も多いのですよ」
「あとは……私はともかくマリテやイレールは亜人ですからね。どうしても風当たりが強いのです」
「フローレシアは? 亜人の差別とかしてないよ?」
「えっと、その。フローレシアはあまり評判が……」
「評判?」
「も、もちろん今ではこの国が素晴らしい所である事は理解しているのだ! 今までは間違っていたのだ!」
やたらと濁される。
フローレシアは何だと思われているのだろうか?
いや、まてよ……。
このアホで存在自体がふざけており年がら年中頭の中身がお花畑の国だ。他国から奇異の目で見られていてもおかしくはない。
犯罪を犯すとホモに掘られるなんてふざけた法律がある位だ、彼女達が言葉を濁す理由はよく分かる。
「結局、暗殺者に身を落としてなんとか生活するのがやっとだったのだ」
マリテちゃんがポツリと呟く。
彼女達の身の上はあまり詳しく知らないが、俺が想像していたよりも何倍も苦労していたらしい。
結局、彼女達も被害者なのだ。
フローレシアは虐げられた者達が作った国か……。
彼女達が許された理由が少しだけ分かった気がした。
「そっか。苦労していたんだね」
「もっと力があれば、と思った事は一度や二度ではありません。リゼット姉様には本当に迷惑をかけました。彼女だけなら真っ当な生活を出来たのに……」
「リゼット姉には迷惑をかけてばっかりなのだ……」
「いらん気遣いだよ。私達はずっと一緒だったし、これからもずっと一緒だよ」
なんだか感極まった様子で三人が絆を確かめ合っている。
その様子に俺もホロリと来る。
なんて素晴らしい姉妹愛なのだろうか、ここ最近フローレシアのふざけたノリしか見ていないからこういうのには思わず涙ぐんでしまう。
お互いを抱きしめ合う三人。
きっと苦労してきたんだろう。他国では亜人に対する風当たりが強いと聞く、その様な中で三人で頑張ってきたんだ。
そして何の縁かこうやって俺のメイドとして仕えてくれている。
俺も何か彼女達にしてやりたかった。
「そう。力……やっぱり力は重要だよね」
「でも、勇者様のメイドになれてよかったです。ここなら――」
全ては力が無いのが悪いのだ。
ふとそう思った。力さえあれば全て解決する。無限の力が絶望を歓喜へと導くのだ。
……いいこと思いついた!!
「よし、わかった! 皆にはもっと強くなってもらおう!!」
「「「えっ!?」」」
皆が驚きの表情でこちらを見つめている。
ふふふ、びっくりしたんじゃないかな? 俺も突然のサプライズで皆を驚かせる事ができてしてやったりの気分だ。
いまだ目をぱちくりさせている三人にウィンクをしながら、ご主人様として最初のご褒美をプレゼントしてあげる。
「そうと決まれば、話は早い! エリ先輩! カモーン!」
「はいはーい! 今日も元気にカタリちん監視任務のエリ先輩だよ!」
「え、ちょ? 勇者様? 我々は平和に暮らせれば……えっ!?」
俺の指パチンを合図にババっと何処からともなくエリ先輩が出現する。
なんか監視任務とかで俺の様子をうかがっている様な気がしたが、案の定だ。
俺はごく普通にこの場に出現してニコニコと屈託のない無垢な笑顔を見せるエリ先輩に満足しながら、己の頭の中に湧き上がる素晴らしいプランを説明する。
「外道公にお願いして彼女達を鍛えて上げて欲しいんだ。できればそんじょそこらの敵じゃあ手も足も出ない位にさ! よくよく考えたら戦うメイドさんとかカッコイイし」
そうこれこそが俺が彼女達に送る一番最初のご褒美、名付けて「戦うメイドさん」プランだ。
外道公は戦士を鍛えあげる事において右に出るものがいないほどの技術を持っている。
しかも本人が後進の育成に熱心な事もポイントが高い。
彼に任せておけば彼女達も自分が満足する位の力を手に入れる事ができるだろう。
「戦うメイドさんの何がカタリちんの琴線に触れるか知らないけど、了解したよ! ちなみにコースは何にする? "やったね初心者コース"から"殺してくれ超上級者コース"まであるよ!」
パァッっと笑顔を更に輝かせてエリ先輩が答える。
犬族特有のふさふさとした尻尾がこれでもかと左右に振られている。
エリ先輩もノリノリだ。きっと俺の提案に同意してくれているのだろう。
先程から、何やらメイドの三人がうるさいがその言葉も耳に入ってこないほど俺は興奮している。
なんだか今ならなんでも出来そうな気がした。
「ちなみに、俺達は何コースだったの?」
「"これ人間じゃないよ人外コース"だね。今までに達成した人は数える程しかいないよ!」
「あ、あの、勇者様、できれば初心者コースがいいかなって――」
「じゃあ超上級者で! 彼女達も元鋼鉄級の暗殺者だし、頑張ってくれるよ!」
「「「ああっ……」」」
もちろん即答だ。むしろこの位でないと彼女達も満足しないだろう。
俺は強くなって幸せに生きる彼女達の様子を想像しながら、喜びを隠さずにエリ先輩に依頼する。
しかも今気がついたがこれで彼女達の仕事も解決するのではないだろうか?
ちょっと今日の俺は最高に冴えている。
いまだかつてなかったであろう名案に少々自分が怖くなってきた。
「おっけー! みんなー、遺書は用意しておいてねー!」
「はっはっは、エリ先輩は大げさだなー!」
尻尾をガンガン振りながらおちゃらけるエリ先輩に笑顔で突っ込みを入れる。
ふふふ、エリ先輩も楽しそうで嬉しい。
「カタリちんは考えなしだからエリ先輩好きだよ! さぁ、地獄がやってくるぞ!」
「お手柔らかにしてあげてねー!」
エリ先輩と両手をハイタッチ!
チラリと見たメイドの三人は引きつった笑みを浮かべている。
「へ、平穏な日々がぁ……」
「折角メイドになったから荒事とオサラバだと思ったのに悲劇なのだ!」
「試練ですね、神よ、必ず乗り越えてみます……ううっ」
なんだかあんまり乗り気ではなさそうな気もするが、気のせいだろう。
確かに外道公の訓練はちょっとしんどいものがあるかもしれないが、それを乗り越えれば後は楽しい人生が待っているのだ。
折角俺のメイドになってくれたんだ、彼女達には敗者ではなく勝者になって欲しい。
力こそ全て、きっとそれこそが答えだ。
エリ先輩の楽しげな笑いが聞こえるなか、何故かそう強く思えた。