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第二十六話(上)

 うららかなある日の午後のこと。

 王宮の庭園で優雅に宰相ちゃんとティータイムと洒落こんでいた俺であったが、突然彼女からもたらされた提案に驚き尋ねる。


「メイド……?」

「はい、です」


 コクリと小さく頷く宰相ちゃん。

 詳しく話を聞いてみると、どうやら今後俺に世話をする為のメイドをつける予定であるとの事。

 もちろん今までも王宮仕えのメイドが呼べば来てくれたし、そもそも宰相ちゃんがお世話の殆どをしてくれていたから特に問題はなかったはずなんだけど……。

 何か問題でも起こったのだろうか?


「でもまたどうして?」

「宰相ちゃんが少し忙しく、なります」

「ああ、それで代わりにお手伝いしてくれる人って事か。別に一人でも大丈夫なんだけどなー」


 確かに宰相ちゃんは最近遊びすぎだ。

 一緒に遊んでいる俺が言うのもなんだけど、彼女は要職に付いているにもかかわらず日がな一日俺の部屋でおしゃべりしたり俺の世話を焼いたりしている。

 そりゃあ仕事が貯まるのも当然だった。

 だから彼女の代わりとなって俺を世話する人を用意するといった所か……。

 宰相ちゃんにべったりされていてちょっと困っていた俺としてはこの提案は嬉しいが、ちょっぴり不満もあったりする。

 現代っ子をなめないでいただきたい。いったいどれだけこの国で過ごしていると思っているのだろうか? 俺はやればできる子なのだ。


「お洋服、買えます?」

「あ、買えないです……」


 コテンと首を傾げながら尋ねてくる宰相ちゃん。

 もちろん一瞬にして撃沈。俺はやればできない子だったのだ。

 いつの間にか宰相ちゃんがいないと何も出来ない駄目人間になっていた事に驚愕しつつ、じぃっとこちらを見つめながら「心配です」とでも言いたげな宰相ちゃんになんとか気丈に答える。


「え、えっと。でも、ほら、最初は誰だってできない事だし頑張れば洋服も買える様になるよ? なんでも一人でやるさ!」

「それに、フローレシアの国としてそんな無礼な事はさせられない、です」

「む? なるほど……。でもメイドさんか。ファンタジーって感じだね。あんまり実感ないけど。けど誰かな? 王宮のメイドさん達って皆結構忙しいでしょ?」


 王宮に務めるメイドさん達は多忙だ。

 フローレシアはスパイを警戒している為かおいそれとメイド等の雑用係を雇わない。実際に雇われている人も身分がはっきりしておりかつ国に絶対の忠誠を誓っている人達ばかりだ。

 俺も彼女達王宮メイドと話をした事が何度もあるがその職務意識と忠誠心は感服するばかり、万が一があった時の場合に備えて自害用の毒を常に懐に忍ばせているとかちょっと意味がわからなかったりもする。

 そんなメイドさん達だ、必然的に国の要求に答えれるレベルの人は少なく常にギリギリの人数で雑務を行っている。

 王宮に務める人々が自分でできる事は何でもする様にしているのはこの為だ。

 けど、それならばいくら外聞の為とは言え貴重なメイドさんを俺に付けて良いのだろうか?

 当然の疑問を抱きつつ宰相ちゃんに尋ねる。

 すると彼女は待っていましたと言わんばかりに真剣な表情でウンウンと頷くと、まるで小さな子どもに言い聞かせるようにゆっくりと説明を始める。


「大丈夫です、勇者様も知ってる人達、です」

「そうなんだ? 誰だろう」


 いまだ事情を飲み込めない俺が頭にはてなマークを浮かべていると、ふわりと柔らかい笑みを浮かべながら宰相ちゃんが俺の手を引く。

 どうやらついて来いと言う意味らしい。

 はて……誰が待っている事やら?

 俺は専属メイドと言う響きに僅かながら期待を寄せ、宰相ちゃんに引っ張られていった。


◇   ◇   ◇


 案内されたのは王宮の端、主に警備兵やメイド達の宿舎などが建てられている場所だ。

 その中でも一層貧素な小屋の前に俺と宰相ちゃんは立っている。

 急ごしらえとも思える簡素な作りの木造の小屋、俺はその様子に不思議な物を感じつつも宰相ちゃんの後に付いて中へと入っていく。


「この人達、です」

「おお、楽しみだ。誰かな――っ!?」


 瞬間、目に入る光景に唖然とする。

 今までに会った事のあるメイドさんが待っているのかと想像している俺であったが、その予想に反して飛び込んできたのは……。


「な、なんか土下座してるぅぅ!!」


 それはそれは見事な土下座を見せる三人のメイドさんだった。


「顔をあげる、です」


 先ほどまでの可愛らしい歳相応の声から一転、まるで道端に転がるゴミに向けて告げるように侮蔑の声色で宰相ちゃんが口を開く。

 メイドさんは動かない。いや、動けないと言ったほうが正しいのだろうか?

 ガタガタと震えるその様子から分かるが、何故か彼女達は宰相ちゃんに強烈な恐怖を感じているようだった。

 数秒待ってもメイドの彼女達に変化はない。

 宰相ちゃんが小さく「チッ」と舌打ちをする。同時に三人がビクリと盛大に震える。

 ……宰相ちゃん怖いです。

 その思いは彼女達も一緒だったのだろう。ふるふると震えながら、床とくっつかんばかりに付けられていた額がようやく上がる。

 そろそろと上げられる顔を確認する。

 彼女達は何をやったのだろうか? 宰相ちゃんをここまで怒らせているのだ、きっと普通の事ではない。

 けれども彼女達とてこの国の住人だ、仕方ないから間を取りなしてあげようかと思った矢先……。


「ほらほら、宰相ちゃんも何があったか知らないけど……ってあれ?」


俺はその顔に見覚えがある事に気付く。


「お、お久しぶりですご主人様! 我々心を入れ替えてご主人様にご奉仕致します!」

「な、何でも言って欲しいのだ! ご主人様の為ならなんだってやるのだ!」

「おお、偉大なる神よ。我々の信仰をどうかお受け取り下さい」


 それは、いつぞやのハイキングの時に俺を暗殺しようとしてくれた三人の冒険者だった。

 それぞれ普段からよく見る王宮のメイド服――ヴィクトリア調の物を身に纏いながら美しい土下座スタイルでこちらへ無理やり作ったであろう引きつった笑みを向けている。


「青い短刀」……。

 彼女達は俺がターラー王国へ行った際に冒険者を装って近づいてきた暗殺者だ。

 捨て駒として雇われたらしくお粗末な連携で俺の命を狙ってきたのだが、わりとあっさり撃退して宰相ちゃんにお任せしたのだ。

 それで終わりかと思ったがどうやらまだ縁があったららしい。

 最初に言葉を発したのがリーダーさん。20代位の赤髪が特徴的な人だ。

 続いて特徴的な語尾で喋ったのが猫耳が特徴的な獣人の猫ちゃん。この子は宰相ちゃんより少し上で確か14歳だっけかな? わりと子供っぽい雰囲気の残る可愛らしい子だ。

 そして最後が年齢不詳のエルフさん。と言ってもリーダーさんよりも少し下と言った感じの金髪が美しい美人さんだ。

 ってかエルフさんは……なんだか俺の記憶と性格が変わっている気がするけど、今はその事に突っ込む余裕は無い。

 とにかく、これが俺が知る「青い短刀」の全てだった。


 改めて彼女達を確認する。

 ビクビクとこちらを窺う彼女達にかつての面影は殆ど無い。

 彼女達は暗殺者として宰相ちゃん預りになったはずだ。

 それがどうしてこの場所で心底怯えながらメイド服を着ているのかまったく理解できなかった俺は、まるで生まれたての子鹿の様に震える彼女達をさておきとても満足そうな笑みを浮かべている宰相ちゃんに尋ねる。


「み、皆久しぶりだね……。えっと、その、宰相ちゃん?」

「勇者様に逆らったその罪を人生をかけて償わせる、です」

「そ、そう……」


 どうやら宰相ちゃんは彼女達を俺につけるつもりらしい。

 確かに王宮のメイドさんは忙しい。けど果たしてこの人達にメイドが務まるのか?

 王宮のメイドには高い素養が求められる。容姿は……皆美人だし可愛い子だからよしとしても、その他の教養や作法について十分かどうか不安だった。


「ねぇ、宰相ちゃん? 彼女達はメイドの仕事をする事ができるのかい?」

「大丈夫です。死ぬ気で覚えさせ、ました」


 よくよく話を聞くと、俺のメイドとして相応しいように宰相ちゃんがいろいろな方法を用いて彼女達を調教したのだそうだ。

 その色々な方法とやらに非常に興味が湧いたが、俺は尋ねる事を控える。

 なぜなら、宰相ちゃんが何かを答える度にメイドさん達が大きく震えるからだ。

 一体なにをされたと言うのか、猫ちゃんなんて口元に手を当てながら盛大にえずいている。

 なんというか……哀れすぎて何も言えなかった。


「そういえば、リーダーさんって確か目に毒を吹きかけたよね? あれはどうなったの?」


 相変わらずと震える「青い短刀」の面々。彼女達を見つめながらふと気がつく。

 そう言えば、リーダーさんの目は俺が潰したんだった。

 今は濁った白色の瞳をしているが、しっかりとこっちに視線を……あ、目を逸らされた。

 とにかく、目は見えているらしい。どうやっているのか?


「はっ! 私の浅慮によってご主人様からの仕置を受けた私の愚かな目は光を失いました。今は木製の義眼に魔術式を編みこんで代わりとしております」

「なるほど、どうりで目の色がおかしいと思った」

「勇者様に逆らう目など必要ありません!!」

「そこまで卑屈にならなくていいよ……」


 目を逸らしながらハキハキと元気よく答えてくれるリーダーさん。

 視線の先に移動して無理に目を見ようとしたら物凄い悲しみの表情をされた。

 どうやら俺の事もトラウマらしい。

 まぁ、確かに仕方ない部分もあるかな……。

 とりあえず。彼女達がメイドとしての素養が備わっている事はある程度理解できた。

 とかくいい加減なフローレシアだ。俺だってメイドの作法なんか気にしたこともない。

 王宮勤めならまだしも、普段から外に出る事の無い俺専属であればさほど問題もないだろう。


「でも、大丈夫なのかな? 裏切ったりしないの?」

「め、滅相もございません! 我々は絶対裏切りません! 必ずやご期待にお応えします! だから、だから――」

「大丈夫、です。ちゃんと調教しました、です」

「「「ひ、ひぃぃぃ!!!」」」

「おい、何をやったんだよ」


 物騒な発言をしながら天使の様な笑みを浮かべてこちらに頭をずいっと突き出す宰相ちゃん。

 分かる、なでなでして下さいのサインだ。

 俺は何かのフラッシュバックでも起こしたのか、恐慌状態となり過呼吸を発症しているリーダーさんを横目で見つめながら宰相ちゃんをなでりこする。


「それに、首を見せる、です」

「は、は、直ちになのだ!」


 宰相ちゃんが静かに告げる。

 ビクリと反応した三人は勢い良く自らの首元に付けられたチョーカーを引きちぎると、その首もとを露わにする。

 いや、過剰反応すぎるだろ……。

 俺が彼女達の反応にドン引きしていると、ふとその首元に青く光る文様を発見する。


「ん? 何かなこれ」

「勇者様に逆らったら爆発、します」

「こえぇぇ! なんて物騒な物つけてるんだよ!」


 文様は起爆術式だった。

 話には聞いたことある。相手を完全に服従させる為に作られた魔術で、その性質から禁呪指定されていたはずだ。


「御覧ください神よ! この青々と美しく輝く文様を! これぞまさしく我々の忠誠の証です!」

「これが黒くなると叛意を抱いている証拠なのだ、つまりこの青さは絶対裏切らないって事なのだ!」

「どうぞ、どうぞ御慈悲を勇者様! 我々は貴方様のメイドになれなければサックリと殺されてしまう予定なのです!」


 青々と光る文様をこれでもかと見せながら懇願してくる三人。

 首元を勢い良く開いたせいか、胸元まで露わになりかけており目に毒だ。

 ……いろいろと思う所はあるが、まぁここまで言っているのだ。俺も鬼ではない。

 それに、彼女達にはちょっと酷いことをした気がするので罪滅ぼしの意味も兼ねてメイドになって働いてもらうのも悪く無いだろう。


「まぁ、そこまで言うのなら、とりあえず宜しく?」

「「「ありがたき幸せ!!」」」

「勇者様の為に、命をかけて働く、です」


 心底安堵の表情を見せる三人。

 彼女達には出来る限り優しくしよう。

 首の皮一枚で命がつながった事に歓喜したのだろう。三人で抱き合いながら泣き出す元暗殺者、現勇者専属メイド達。

 彼女達が宰相ちゃんからどの様な事を受けたのか、その内容に思いを馳せながら俺はその様子を眺めるのであった。

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