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第二十五話

 フローレシアの王宮は一風変わった作りになっている。

 まるで子供が無節操に積み木を組むかのよう増改築されたそれは、慣れたものですら迷う一種の迷宮と言えるものだ。

 特にそれは王宮の内部、ティアや宰相ちゃん達が普段執務を行う区画。そしてその奥にある国の秘宝や最重要書類が眠っている区画になるほど顕著でありそれなりの時間をこの場所で過ごす俺ですらいまだ把握しきれていない。


 静かな王宮の深部を歩く。

 表層にある様な美しい絨毯とシャンデリアが飾られた豪華絢爛な様相は無く、ただ無骨な石肌を見せる薄暗い廊下。

 ひんやりとした空気が心地よく、警備兵すらいないこの雰囲気に何故か安心感を覚える。

 最近こうやって暇を見つけては深部を散策している。

 別に深い意味があるわけではない。一言で表すのならば俺の冒険心を満たすためだ。

 まるで大魔法使いによって創りだされたかの様な迷宮は、ファンタジーめいた事に飢えている俺を満足させるのに十分なものだったからだ。


「……あれ? なんだろうこれ、こんな部屋あったかな?」


 ふと、目の前に見慣れない扉が現れた。

 以前この辺りを散策した際には確かになかったはずの物だ。

 扉には重苦しい錠前が付けられており、幾重にも重なるように描かれた文様が高度な結界が貼られている事を示している。

 ふむ……。


「よいしょっと……」

『ごー! ごー!』


 キン! と小さな金属音が静かな廊下に響き、遅れてガシャリと品の無い音が木霊する。

 魔力を込め、刹那の内に放たれた剣閃は一瞬にして結界ごと錠前を切り落とす。

 技術も知識も何も必要のない、ただただ圧倒的な魔力による暴虐的な解呪だ。

 後で何か文句を言われる可能性があるが別にそこは問題ない。

 知らぬ存ぜぬでつらぬけばいいだろうし、ここまでお誂え向きな雰囲気を出しておきながら開けるなと言う方が酷である。

 故に、俺は問答無用でこの何やら曰く有りげな扉の中へと入っていく。


「……魔法陣、かな?」


 ひんやりとした冷気が立ち込めるそこは小さな倉庫程ある大きめの部屋だった。

 中心部には見たことも聞いたこともない不思議な術式が複雑に絡み合って描かれており、その周囲にはこれまた初めて見る円柱状の不思議なオブジェクトが術式に繋がる様に林立している。

 淡く白色に光り、魔力を循環させながら何かの術式を発動させようとしている魔法陣を遠目に眺める。

 ふと近くに円柱状のオブジェクトがあるのが目に入った。

 目の前まで近づき、ゆっくりと手をかざす。

 淡く光るそれは幾つもの金属が埋め込まれているらしく銀色の地肌に這うように色彩鮮やかな魔術式らしき図が描かれている。

 魔力の流れに伴い、静かな風が起こり髪を揺らす。

 なぜだか、とても懐かしい気がした。

 しばらくその感触を楽しむ。

 やがて十分満足した俺は、踵を返して退室しようとする……。


 が、静寂を切り裂くように突如相棒の叫びが心の中より響く。


『これはまだダメー!!』

「あっ! オイ! ちょ!!」


 黒色の魔力が強制的にズルリと漏れだし、白く光る魔法陣を侵食する。

 ガリガリガリ! とけたたましく鳴る音は魔法陣が崩壊する断末魔だ。

 繊細な白は暴虐的な黒に蹂躙され後に残るのは無残にも命を失った林立する只の石塊と色を失った部屋だ。

 何やら用途不明の魔法陣は、今まさに明確な意志を持って破壊された。


「やべぇ……」

『ばっちり!』


 唖然としながら、しばしその光景を眺める。

 規模とその雰囲気から察するに相当な時間と金がかかっているはずだ。

 それがいとも簡単に無に帰す様を目撃した俺は唖然とする。

 完全なる管理不行き届きだ。

 うちの子がやらかしてしまった……。


「ばっちりじゃないだろ相棒! 明らかにこれ術式破壊されてるじゃ――っ!?」


 瞬間。背後より感じる気配を感じ取り大きく身体を捻り跳躍、振り返りながら抜剣する。

 遅れて先ほどまで俺が居た場所を鉄塊が薙ぐ。

 毛先ほどの殺気、巧妙に隠されよほどの能力がなければ見逃してしまいそうなそれは相手が生半可な人物でない事を表している。

 突然の襲撃にも動揺する事なく相手を見据えた俺は僅かな好奇心を抱きながら早速相手を確認する為歩みゆく。

 薄暗がりの中見えてきた人物は俺がよく知る人物だった。


「ほう……貴様であったか勇者殿」

「攻撃する前に気づいて欲しかったなー! 外道公!」


 巨大なハルバードの石突きをガシャリと地面に打ち鳴らしながらそう切り出すのは俺の憎き教師である外道公だ。

 その鋭い目を更に細めながら、俺の一挙一動を逃さず低い声で問うてくる。


「なぁに、別に死ぬわけではないのだからよいではないか? ……して、ここで何をしておったのだ?」

「いや、まぁ、なんていうかさ。興味本位で覗きに来たんだけど、ちょっと手違いが生じてしまいまして……」


 恐る恐る語る俺を無視しながら手近にあるオブジェクトを触る外道公。

 先ほどまで銀に派手やかな色合いの図が施されてあり、巨大な宝石が尖角に埋め込まれた円柱状のそれも今は見るも無残に只の石柱だ。

 その石肌を軽く触りながら、外道公は小さく「ふむ」と呟く。


「見事にダメになってしまっておるな。とんでもないことをしてくれたものだ」

「あ、やっぱりなんか重要な施設だった? マジでごめん。ちょっと迂闊だった」


 外道公の口ぶりからこの施設がかなり重要な物であった事が分かる。

 そりゃそうだ。暗部の長である外道公が飛んで来るような場所だ、よほどの物だったらしい。

 ……とすれば、俺はどうやら非常に不味いことをしてしまったようだ。

 後でティアに滅茶苦茶怒られるな。もしかしたら小遣いが減らされたりまたいろんな無理難題を告げられるかもしれない。

 相棒、マジで余計な事をしてくれたよな……。


『まだ駄目なのー!』


 意味がわからない。

 まだとは何の事だろうか? もちろん相棒は教えてくれる気がない。

 ……相棒とフローレシア。どうやらこの2つは少し違う目的で動いている様な気がした。

 心の中で相棒とフローレシアの目的について考えていると、面倒くさそうに魔法陣やオブジェクトの見聞をしていた外道公が思いついたようにこちらへ向き直り尋ねて来る。


「鍵をかけてあったはずだが?」

「この国で鍵って存在は意味をなすの?」

「はっ! 見事に染まりおって! して、この施設が何か貴様は知っておったのか?」

「いや、全然。複雑な魔術式があったから何か特別な物だとは思うんだけど、なんなのこれ?」


 そう、そうだ。

 そもそもこの施設は何をする為の物なのだろうか?

 その規模と術式からかなりの大規模な術式である事はわかるが、果たしてどの様な効果を齎すのかがまったくわからない。

 相棒がこの術式を故意に破壊した意図も気になる。

 少なくともヒントは分かるかもしれない。


「別に知らなければ構わぬ。大した物ではない。くだらんおもちゃだ」


 くだらないおもちゃか……。

 俺の懸念は気のせいだったのかな?

 外道公はこういった場合に変な嘘をつくような人間ではない。

 彼は本気でこれをくだらないおもちゃと思っているのだ。

 事実、まるでゴミを見るかのようにその術式に侮蔑の視線を向けている。

 ……気になるが、別にいいのかな? 今重要なのは俺が怒られないこと、そして迷惑をかけない事だ。

 外道公のお墨付きもある。

 じゃあ俺があまり気にする必要も無いのだろう。


「そっか、いやまぁ、なら良かったよ。なんか本能的に凄く重要な事をしちゃった気がしたからさ。気のせいなら安心だ!」

「いやいや、それは我輩にとっての話であって、あの肝の小さい姫にとってはどうかわからんぞ?」

「えっ、それって……」


 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる外道公。

 瞬間悟る。どうやら俺の予感はあたっていて、とんでもない事をしでかしたという予想は間違っていなかったようだ。

 そして、それを証明するかの様にバタバタと何者かがやってくる気配と足音がし……。


「ほぎゃあああああ!!」

「げっ! ティア……」


 半泣きのティアさんが現れた。


「なんか大変な事になってるーー!!」

「あの……ティアさん……えっと、その……」


 ぶわーっと走りながら、かつて魔法陣が魔力を循環させていた中心部に行き、何やらガサガサと調べ出すティアさん。

 俺はその様子を見守る事しかできない。

 とりあえずお説教される準備は整った、そして隣でニヤニヤ笑う外道公に後で必ず復讐する事を固く心に誓う。彼に罪はないと思うが固く誓う。

 そんな決意を人知れず俺がしていると、ようやく調査が終わったらしいティアさんがババっと起き上がり、憤怒の表情でこちらにどしどしと歩いてくる。


「またカタリ様ですかー! どうしてくれるんですかこのスカポンタン!! 本当もう、本当にこれ大変な事なんですよ!!」


 ティアさんは指をグイグイと俺の胸の中心に突きつけながら怒り心頭で俺の行為を問いただしてくる。

 血気迫るその様子に俺もタジタジだ。普通なら言い返す所だけど今回は全面的に俺……そして相棒が悪い。


「その、相棒が……」

「管理者責任です!!」

『です!』


 相棒は脳天気だ。おそらく自らの目的が達成された事に満足感を得ているのだろう。

 脳天気にティアと一緒に俺を非難する彼女を恨めしく思いながら、なんとかティアの許しを貰えるよう誠心誠意謝罪の言葉を告げる。


「ご、ごめんなさい」

「うう……完全に内部まで金だ。希少金属や替えの効かない触媒を大量に使ったのに……これじゃあ計画に間に合わない」

「その、なんかマジでごめん。えっと、これってなんなの……」


 恐る恐る尋ねる。

 そもそもこれは何なのだろうか? もちろん俺が悪い事に違いはないが、せめて自分が何をやらかしたか位は教えて欲しい。


「これは……秘密です」


 しかし、ティアは視線を逸してバツが悪そうにその詳細を語ることを拒否する。

 どうしたものかとチラリと外道公に視線を向ける。

 彼はふんっと小さく笑い両手を軽く上げながらおどけた表情を取る。

 言えない……って事か。


「なにそれ? 秘密って、何か企んでるの?」

「うっ……悪いことする人には教えてあげません!」


 どうあっても教えるつもりは無いらしい。

 それほど重要な事なのか? いや、この場合は何か俺に関係している事なのか?

 もしくは告げることも憚られるようなよろしくない事とか……。

 ティアの様子に訝しむ俺。

 気まずい空気が室内を支配するが、それはある意味空気を読まない男によって破られる。


「はっはっは! いっそ教えてやってもいいのではないか? その方が面白いぞ? 我輩は勇者殿の反応に興味がある!」

「外道公は黙ってください!」

「なんで貴様の命令を聞かねばならんのだ?」

「なんで外道公はそこまで偉そうなんだよ?」


 外道公超偉そう。

 自分の主君であるティアに対してあの態度。

 流石の俺もちょっと指摘しようかなと思ったが、ティアが「うぎぎ」と顔を真赤にしながら激おこしているので放っておく。

 きっと彼女が満足するような嫌がらせを行うことだろう。さらば外道公。できれば二度と目の前に現れないでくれ。


「うう、どうして私の周りはこうも人の話を聞かない人ばかりなんでしょうか? 折角の計画が、これどうしよう?」

「一番人の話を聞かないのはティアじゃないかな?」

「はっはっは! 悩め悩め!」


 頭を抱えながら悩みだすティアさん。

 それほどまでか……。

 ますます申し訳なってくる。

 最近はちょっとティアさんに迷惑をかけまくっているのでこういった事は控えたかったのだが、その思いに反して問題事はどんどんやってくる。


「うう、どうしよう。どうしよう」


 ティアは心底困った様子で頭を抱えて悩んでいる。

 その様子に俺の罪悪感もどんどん膨れ上がる。

 ……おい、どうするんだよ相棒? ティアめっちゃ凹んでるじゃねぇか? 流石にちょっと気の毒だぞ。


『今はダメなの! もう少し後ならオーケー!』


「なんか、今はダメなんだって、もう少し後ならいいらしいんだけど……」

「……また相棒ですか?」

「うん」


「…………」


 沈黙が支配する。

 ティアは目を細めこちらを見つめている。

 空気が変わった。


「その、妄想……じゃなかった。相棒さんとやらはこの術式が何をする為の物かご存知なのですか?」

「どうなの、相棒?」

『…………』

「相棒」

『えへへ、カタリ大好きー!』


 どうやらそれすら彼女は答える気がないらしい。

 けど、そこでだんまりを決め込むと言うことは知っていると答えるような物だとは思うが……。


「秘密だって……」

「そうですか」


 真剣な表情でこちらを見つめるティア。

 その瞳からは何も感じられない。あらゆる感情が欠如しているようであった。

 今まで一度も見たことも無いその表情は、まるで俺を値踏みする様でありながらどこか困惑の色を残している。


「我輩達もそうだが、勇者殿にも何やら謎がありそうだな」

「もうなんか皆で全部ぶっちゃけたほうが楽なんじゃない?」

「はっはっは! それは面白い、きっと楽しい話になろうだろうな!」

「そこの脳天気二人! 黙って下さい!!」


 その空気がちょっと居心地悪くて外道公のおふざけに乗ったが、速攻で注意される。

 シュンとなる俺。満足そうに笑う外道公。

 ティアさんはまた両腕を組みながらグルグルと歩きまわり、何やらまたウンウン唸りだす。

 今後どうやって計画? を進めていくか考えているんだろうなぁ、ごめんよティア……。


「むー! むー!」


 たっぷり十数分はたったろうか?

 俺はティアの邪魔をする事も出来ないし、外道公は面白そうにティアを眺めるだけだ。

 そうして、永遠とも感じられるティアさんのお悩みタイムは終了する。

 魔法陣の中央よりこちらへやってきたティアさんは、未だに不機嫌な様子を隠そうとしないながらも、なにか吹っ切れた様子であった。

 その表情に俺も少しだけ安心する。

 いつまでもあんな表情をしていて欲しくなかったからだ。

 皆いろいろと隠し事はあるかもしれない。ティアだって隠し事は沢山あるだろう。

 けど、俺はティアのいつものふざけた感じが好きで、彼女のその天真爛漫な表情が好きなのだ。

 だから、ずっとこのままでいて欲しいと思った。


「もう考えるの疲れました! 後で考えます! カタリ様、一緒にお茶をしましょう! 死んでしまうくらい毒をたっぷり入れてあげます!」

「マジか! なんか甘えちゃって悪いね! 楽しみだ!」

「嫌がらせで言ってるんですよ! このスカポンタン!」


「はっはっは!」


 外道公の高笑いが静寂なる石造りの部屋に満ちる。

 俺は今回の件を反省し心底申し訳無く思いながらも――何故か不思議な満足感を感じながらズンズンと先をゆくティアを追いかけるのであった。

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