第三話
結局あの後、俺は必死の説得を行い、なんとかティアより譲歩の言葉を引き出すことに成功する。
……家には帰してもらえないが、無事を知らせる手紙を送る事だけは了承してもらったのだ。
手紙送る余裕があるのなら俺本人も送って欲しい所だが、ティアとしてはまだまだ俺で遊び足りないらしくその点に関しては頑なに拒否される。
まぁ、手紙を送れるだけましと思うか。
少なくとも無事は伝えれるのだ。ぶっちゃけ、どうやって事情を説明するかは不安な点だが、まぁなんとかなるだろう。
それよりも俺は今、非常に重要な問題を抱えているのだ。
「カタリ様! カタリ様! もっと教えて下さい! もっと日本の事を教えて下さい!」
「ああ、分かったよ。ってかそんなにはしゃぐな! 俺は逃げないから!」
「わしゃー!!」
「髪の毛をぐしゃぐしゃするな!」
くっつき虫だ。
くっつき虫が現れた。
ティアは、俺が語る日本の話に興味津々らしく、朝から晩までその話をせがんでくる。
まぁ別に俺としても話をするのはやぶさかではないし、ティアの様にとても楽しそうに聞いてくれるのであれば話甲斐もある。
何より、あの厭味ったらしいアホの大臣達と会わなくて済むと言うのが幸せであった。
…………。
「カタリ様! カタリ様! ジドウシャとはどの様になってるのですか!? どうして鉄の塊が走るのですか!?」
「はいはい、それはね……」
くっつき虫であるティアさんの質問攻めは毎日続く。
それは朝早く、俺が起きた時から始まり、夜遅く、俺が寝る直前まで及ぶ。
…………。
「カタリ様! カタリ様! テレビとは……もぐもぐ、凄い発明……もぐもぐ……です!」
「分かったからご飯食べてる時は喋らないようにしましょうね」
ティアさんの好奇心は例え食事中であっても収まることを知らない。
当然の様に俺の部屋に料理を持ち込んで食事をとっている。
しかも彼女はその天真爛漫さとは裏腹に知識の吸収が早く、一度教えただけで様々な事を理解するのだ。
…………。
「ふわぁ……。飛行機……カタリ様? なんだか眠くなってきました……」
「はいはい、人を呼ぶから俺のベッドで寝るのは止めましょうねー」
もちろん、ティアさんの質問攻めは深夜にまで及ぶ。
彼女はそれはもうありとあらゆる物事を知りたがった。
政治、経済、宗教観、国民性、軍事、インフラ、科学技術、etc……。
それはもう、質問ばかりだった。
…………。
「カタリ様! 現在日本ではハイブリッドカーが人気との事ですが、今後全車が電気自動車に切り替わる予定なのですか?」
「う、うーん。ちょっと難しい話だな! ってか適応能力高いな!」
しかも応用力が半端ない。
俺だってなんでもかんでも知っている訳ではない。
あやふやな事や忘れている事だって沢山ある。
にも関わらずティアさんは様々な情報の断片から推測し、大凡の事を言い当てたり導き出したりするのだ。
しかもそれらの応用力も格別の物がある。ぶっちゃけ、現時点でいろいろと話についていけずヤバイ。
…………。
「カタリ様! 今日はTPPにおける関税撤廃が各種輸出入産業に及ぼす影響を経済学的観点からお聞かせ下さい!!」
「え、えっと……」
俺が着る服の裾をおもいっきり引っ張りながら、ティアさんがご機嫌で質問してくる。
……遂に彼女の知識が俺のそれを上回った。
ってかなんでTPPに関してそこまで詳しく洞察出来るんだよ? 俺は名称と制度に関する大体のイメージを伝えただけだぞ!?
この日から本堂 啓は如何にティアの質問を誤魔化し答えるかに苦心する事となる。
………。
「カタリ様ー! 緊張するアジア情勢に対して各国の地政学的立場からの国家戦略がいまいち読み解けないのですが教えてくれないでしょうか? 機械化による即時展開の性質をまだ把握しきれていないので離島防衛の戦略的必要性が分からないのです……」
「…………」
才能の無駄使いと言う言葉がる。
そう、才能の無駄遣いだ……。
類まれなる能力を持ちながら、それを非常に下らない事に使用する者に与えられる称号だ。
ティアはそれなのだ。才能の無駄使いなのだ。
この子は才能に溢れ、才覚に愛されている。にも関わらず普段それはいかに大臣の金をパクったり彼らに嫌がらせしたり、面白可笑しく国家運営を行うかに全力投入されているのだ。
俺は既に、ティアが何を言っているか全く分からなかった。
………
……
…
「カタリ様っ! 今日もよろしくお願いします!」
「ねぇ、ティア……」
「……? なんでしょうか!?」
コテンと首を傾げながら、不思議そうな顔をするティアに尋ねる。
彼女が才覚溢れる事に気がついたのは良いことだ。
別にそれは悪い事じゃない。
異世界に召喚されて、早速現代知識の優位性を潰されそうになっている事もこの際目をつぶろう。
だが、これだけは問いたださねばならない。
…………この子、いつ働いているの?
「ティアはお姫様なんだよね? 一番偉いんだよね? 王様と后様は幽閉されていて実質国のトップなんだよね?」
優しく質問する。
この様にティアに対して質問する時はまるで小さな幼子に問いかけるようにしなければならない。
基本的にアホな子であるティアさんは自らの興味以外の事であると判断した途端、すぐにヘソを曲げてしまうのだ。
……彼女は面倒臭いことこの上ない子なのだ。
「はい! 誰も私に逆らえません!!」
「毎日朝から晩まで俺の所に遊びに来ているけど……。お仕事は?」
そっと、聞きたかった重要な質問を行う。
すると彼女は、「あれー?」と少しだけ考えこむ様子を見せたかと思うと、一転晴れやかな笑みを見せ……。
「お仕事してません!!」
ドヤ顔で宣言しやがった。
「お仕事しなさい!」
「嫌です!!」
速攻で拒否された。ティアさんはご立腹だ。
何故か仕事をしていないにも関わらず不満気な様子で俺を見つめている。
俺はその様子に小さなため息をつく。そして僅かばかり低い彼女の背丈に合わせるよう軽く屈み込み、真正面から彼女を見据え優しく語りかける。
「あのね、ティアさん? 貴方は一国を担う重要な立場にいる人なの。そんな人がお仕事しなかったらどうなると思う?」
「うーん……」
何やら難しげに考え込むティア。
いやいやいや、普通に考えたら分かるでしょ? さっきまでの洞察力はどこに行ったんだよ!?
「難しくないよ? ほら、いろいろと他の仕事も止まっちゃうでしょ? するとどうなるのかな?」
この場合、少しでも不機嫌そうな様子を見せたり、刺々しい言葉を使ってはいけない。
ティアさんはワガママさんなのだ。ふとした拍子にヘソを曲げる。
まぁ、彼女の事だ。すぐに俺が言いたいことを導き出してくれるだろう。
「あっ! 分かりました!」
「ふぅ。そうでしょ、皆困って――」
その言葉に俺も明るい気持ちになる。
やっぱり、彼女は賢いな! さて、本人も気づいてくれたしちゃんと仕事するよう言い聞かせるか――。
「革命です!」
「…………は?」
「労働階級が支配階級の駆逐を目的とした武力蜂起を行い、現体制を暴力によって転覆させます!!」
「真っ赤っ赤だなオイ!!」
「富は害悪ですっ!!」
だがその楽観的希望は現実によって打ち砕かれる。
我らがティアさんが少々宜しくない思想に目覚めてしまった。
俺は慌てて彼女に再考を促す。
なんだかノリと勢いで目についた者を全員粛清しそうな気がするからだ。
「違うだろ! そんな行き着く所まで行った過激な事じゃなくて! 皆が怒るだろ!? 国が動かなくなって困るだろ!?」
「その後に……暴力革命ですね?」
「革命から離れなさい!!」
ティアさんは革命が大好きらしい。やめてくれ、悲劇しか生まれない。
そしていつの間にか仕事の話から革命の話に話題が移っている。
俺は見事な思考誘導を平然と行うティアに恐れ入りながら本題に戻り彼女へ再度注意する。
「ってかちゃんと仕事しろ! マジで怒られるぞ!?」
「やだーー!! 働きたくないです!!」
勢い良く俺のベッドに飛び込みジタバタと暴れだすティア。
大きく動いたためかスカートがはだけてしまい、隠された太ももが見え目に毒だ。
……この子には恥じらいと言う物ももう少し知って欲しい。
「はぁ……。どうした物か……」
椅子に座り、大きくもたれかかりながら、そうため息混じりに呟く。
その言葉に思う所があったのか、ベッドを占領するティアが自らの手をうにーっとこちらに伸ばしながら悲しげに尋ねてくる。
「うう、カタリ様。もしかしてカタリ様は私がお嫌いですか? 毎日お会いしに来たのは迷惑でしたでしょうか?」
「いや、そういう訳じゃないよ……。俺だってティアと喋るのは楽しかったし……」
そう、ティアとの会話は非常に面白いのだ。
どの様な事でも目を輝かせて聞いてくれる彼女は生徒としては最上級のものだろう。
教師と言う存在が熱心に質問をしてくる生徒を贔屓する気持ちが分かる気がする。
「じゃあいいじゃないですか!」
「いやね、ティアの仕事も気になってたんだけど、俺もそろそろこの国の事を詳しく知りたいんだ」
そう、実は俺がティアを仕事にかこつけて引き離そうとしていたのもこの為だ。
ぶっちゃけ、比喩なしで朝から晩まで一緒にいるのだ。
この世界に来てもうかれこれ十日程経っているがまだ外に出してもらっていない。
そりゃあ気分転換にテラスや中庭等には行っているがそれだって厳密に言えば王宮の中だしくっつき虫による質問攻めだ。
俺は外に出たいのだ。この世界をもっと知りたいのだ。
「おー、なるほど」
「街の雰囲気とかも見てみたいし……」
まだ見ぬ街の風景に思いを馳せる。
ティアに教えてもらったがこの国の街は俺達日本人が一般的に想像するファンタジー世界のイメージで間違ってはいないらしい。
しかも街では様々な種族の人達や冒険者などもいて非常に賑やかとの事。
そんな目の前に餌を置かれた、ある意味飢えた狼の状態にも関わらず、我慢して王宮に留まった俺はもう少し賞賛されてしかるべきだろう。
だがもう我慢の限界だ。俺は街に行って思う存分ファンタジーを体験したいのだ。
「街の様子を見たいのですか?」
「流石に一週間も王宮に缶詰だと疲れるしさ。いろいろと見てみたいんだよ。きっとティアの気が済むまで滞在する事になるだろうし……」
ほへーっと尋ねてくるティアに答える。
俺の滞在はティアが飽きるまで続く。それはずっと先かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。
とにかく、いつ帰れるか分かったものではないので今のうちに見て回りたいのだ。
まぁ向こうの世界の家族達もさほど心配はしていないみたいだし、こっちは長期留学みたいな感じで過ごさせて貰うつもりでいるが。
……故の外出許可願だった。
「分かりました! では直ぐに準備します!!」
ガバっとベッドから起き上がったティアが宣言する。
彼女はワクワクとした表情を見せると、今度はベッドから華麗に飛び降りてこちらに笑顔を向ける。
「え? え? ちょ、ちょっと待って! 何の準備をするのさ!
慌てて尋ねる。
俺の疑問を他所に、ティアはいきなり駆け出し、部屋から出ていこうとする。
そして部屋の扉を開き、何かを思い出したようにこちらに向き直ると……。
「もちろん、王宮から抜け出す為の準備です!!」
そう、元気いっぱいに叫んだ。