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第二十四話(上)

 フローレシア王国は日々熱心に工事を行っている。

 街道、外壁、各種建築物。どの様な建築思想で作られているかわからないが、それらはやけに近代的な形をしており素人目にも理にかなった構造となっている。


 例えば道路一つとっても綿密な計算と事業計画の上になりたっており、間違っても気分や勢いだけで敷設される様なものではない。

 その証拠に、王都の中心にある巨大な広場を中心として放射状に伸びる道はまるで図面に線を引いたかの様に正確な円を描きながら外に向かって広がっている。

 各地区の分類も、貴族街や商店街、工業地区や商業地区といった目的ごとに明確に区分されており、更にはその区画も細い道路によって分けられた小区画、それらが集合し馬車が数台通れる広めの道によって遮られた大区画に分かれている。

 いつぞやの王都大火災の際に迅速な行動ができたのもこの為だ。各区画が明確に分けられている為、人の誘導や消火を行う魔術師の配置が容易に行えたのだ。

 この他にも様々な技術がこの王都には使われている。

 それは、自分達が苦心して築き上げたというよりも、まるで答えを見て行ったかの様な違和感さえ感じさせる。


 そんな王都の一角。明確に決定された都市開発計画に基づいて俺がその能力を遺憾なく発揮したのは老朽化した橋の改築工事だ。

 だが、俺と相棒が力を合わせれば問題なく完了するかと思われたその作業も、今は大きな問題だけが残る代物となっている。

 原因は分かっている。犯人も分かっている。唯一分からないのがその動機だった。


「うーん、どうしたものか……」

『どうしたの、カタリ?』


 唸りながら目の前の橋を眺める俺に無邪気な鈴を振るような声が心の中より聞こえてくる。

 心底不思議でたまらないと言った様子の相棒の声を軽く流しながら、目の前に広がる状況を今一度見つめなおす。

 王都の住宅地区。そこを分断するように山より流れこむ川にかけられた橋。

 老朽化した木と石でできたそれは、今や立派で頑強な石造りの一大建築物へと生まれ変わっている。

 相棒の協力を得て創りあげた重厚な作り。数メートルはあろうかという幅は重い装備に身を包んだ大軍が一度に渡ったとしても一切揺るぐことがないであろう威圧感がある。

 もちろん、その出来栄えに思う所は無い。

 むしろここまでよくぞやってくれたと言いたい位だ。

 橋の縁や柱に施された繊細な意匠も評価したい。芸術に疎い俺ではあるが、それが良いものかある物かの判断くらいはつく。

 これは、間違いなく良い物――それも国の目玉となるであろう物だ。

 ……物なんだが。


「うーむ。なんというかね。うん、なんというか……」

「おい! おい! ダサ坊!! 聞いておるのかダサ坊!?」

「……何さ、聞いているよ。そんなに大声出すなよ」


 大きな声で捲し立てられる。

 声の主はティアの腰巾着、大臣達の一人だ。今回の件に監督と言う名目で暇つぶしに同行している。

 俺を思考の海から無理やり引きずり上げたその大臣を疎ましく思いながら見ると、彼ら同様呆れ顔のティアさんと目があった。


「良かった。カタリ様が人の話を全然聞かないダメな子になっちゃったかと思いました!」


 はぁっ、と呆れた顔を隠す様子もなく口を尖らせて俺に文句を言い始めるティア。

 どうやら考え事の時間は思った以上に長かったらしい。

 かまってあげなかった事に機嫌を損ねたのだろう。ぶつぶつと俺がいかに人の話を聞かず、ロリコンでホモでヒモなダメ人間かを説いてくる。


「聞いてますかカタリ様? 人の話をちゃんと聞かないとダメダメ人間になってしまいますよ?」

「ティアみたいな子になるのかな?」

「残念、私はちゃんと人の話を聞いています!」


 手をひらひらと振りながら、不機嫌をあらわにするティアへと軽口を叩く。

 バタバタと両手を振りながらプンスカ怒る彼女が可愛らしい、どうしてもからかいたくなってくる。


「だってよ、どう思うじぃや?」

「姫様はご乱心召されているのじゃ」

「だってさ、ティア」


 ティアと一緒についてきていたじぃやは即答だった。

 ティアが人の話をちゃんと聞く子なら、世の中の全ての人間は人の話を一字一句逃さず暗記する聖人だ。大臣達が何言ってんだこいつと言った表情を見せるのも当然だ。


「じぃやのお給料を減らします!!」

「ほっ!? 理不尽な!」


 そして何故か減らされるじぃやの給料。

 まぁさっきからニヤニヤとこちらの様子を眺めていたのだ、それも当然だろう。

 わざわざ王都の橋を作りなおすのに総出で付いてくるとは、暇なのか何なのか分からない。大層な事だ。

 わーわーと騒ぎ始めたティアと大臣達のやり取りを軽く笑い飛ばしながら、俺は再度目の前に広がる橋を眺める。

 いや、正確には橋に付け加えられたソレを眺める。


「カタリ様! 笑っている場合じゃないですよ! それより聞きたいことがあるのです!」


 ガクガクと視界が揺れる。

 ティアさん遂に実力行使。俺の肩をがっしりと掴むと、顔を真赤にしながら揺り動かして何やら詰問する。

 彼女の言いたいことは分かる。十中八九ソレだろう。だが、ここで認めてしまうわけにはいかなかった。

 俺はこの状況を誤魔化さなくてはいけない。


「何? ちゃんと仕事はしているじゃないか? 街の道路も作った。外壁も作った。要塞も作った。その他、いろいろと便利な土木建築はしたはずだよ? そんなに詰め寄られるのは心外だ」


 精一杯の悲しみを浮かべ、俺はティアに反論する。なんとかなるとは思っていないが非だけは認めたくない。一見ダメなやつだがそれがフローレシア流だ。俺は悪くない。

 だが、そんな反論も今の彼女には無効だったらしい。怒りの表情でありながら、なお美しさを損なわぬティアの顔が一瞬歪む。

 あ、わかる。今イラッとしたんだ。


「じゃあこれはなんですか!?」


 バッと橋を指さすティア。

 その先には多くの野次馬が群がっている。俺の能力によって建て替えられる橋をひと目見ようと集まってきた暇人達だ。

 同行する兵士達によって誘導されている為こちらの方までやってくる事はないが、橋に面した河川敷をうめ尽くし、ひしめき合っている。

 だが、彼らの注目は俺達ではない。そして橋でもなかった。

 そう、それこそがティアが指さしたソレ、周囲の注目を一身に浴びるそれこそが……。


 ――太陽の光を浴びて鈍色に輝く、俺の等身大像だった。


「「「…………」」」


 橋の入口。その左右の支柱に前にまるでこの場所を守るかのように設置された俺の像。

 地面に突き刺した剣の柄に両手を乗せてポーズを取りながら、キリリと真剣な表情で遠くを見つめている。

 こちら側の入り口に左右2体。向こう側の入り口に2体。更には橋の途中にも数体同じものが設置されている。

 つまりだ。

 この橋は驚くことに渡る度に俺の顔を見なければいけない非常に厄介な物だった。


「ほっほっほ、なんと言いますか、勇者殿は自己愛が強いお人ですなぁ!」


 じぃやから小馬鹿にした野次が飛んでくる。

 この場にいる大臣達も一様に「うわぁ」だの、「これはキツイ」だの明らかに俺の耳に入るようドン引きした感想を告げてくるれる。

 街の住民からヒソヒソと俺がいかに気持ち悪い男なのかを語り合う声が聞こえてくる。

 理不尽にも程がある。

 別にこれは俺が指示したものではない。

 相棒が勝手にやってしまった事だ。

 折角観光名所にでもなりそうな程美しく作られたこの石橋の景観がものの見事にぶち壊されている。

 美しい絵画に絵の具をぶちまけた様な蛇足。

 正直な所、相棒のやる事がまったく理解できなかった。

 さっそく街の住人達にいたずらされているその像――俺を模しているからカタリ像か? そのカタリ像をぼんやり見つめながら、ティアから飛んでくる突き刺すような視線に少々焦りを感じる。


「……何を考えているのでしょうか?」


 おい、相棒。何を考えているんだよ?


『カタリが一杯!!』


 ティアからの質問をそのまま相棒へと投げかける。

 だが、帰ってきたそれは全く答えになっていないものだ。

 ……俺の相棒は基本的にお願いした事はなんでもしてくれるとても良い奴――いい娘なんだが、時々こういった誰にも理解できない不思議な行動に出るのが玉に瑕だった。

 実は……このカタリ像はここだけではないのだ。

 ここ最近作られた建築物。外壁だの、街道だの、砦だの、関所だの……。

 とにかく至る所にこの謎のカタリ像を設置しているのだ。

 今回姫や大臣達がこれだけ大人数でやって来たのもその為。

 王都で噂になっている俺の像がどの様なものかと視察しに来たのだ。

 ……面倒だからと放置していたのだが、予想以上に大変な事になってしまったらしい。

 けど、俺は悪くないんだよなぁ。

 なぁ、相棒? なんでこんな事したの? 俺が怒られる雰囲気じゃん?


『カタリが好きすぎてつい!』


 なるほど、好きなんですね。なら仕方ないね。いや、仕方なくないね。

 理由になってないよ相棒……

 俺は飄々と答える相棒に落胆しながら、再度俺の像を見つめる。

 相棒がこうやって誤魔化す時は何かしらの理由がある時だ。この俺を模した像にそんな秘密があるとも思えないが、相棒が言いたくないのならば仕方ないだろう。

 鈍く光る金属の俺と視線が交わった。

 近くまで歩いていく。

 先ほどまでカタリ像にいたずらしていた見物客が波の様にざぁっと引いていくのを横目で見ながら、まじまじとその出来具合を観察する。

 それにしても、なかなか男前に仕上がっている。自分の事ながら、悪くはないんじゃないだろうか?


「しかし、まぁこれほどまでに余計なゴミを建てたものですなぁ、見るに耐えん代物ですぞ」

「いやいや、溶かして売れば金にはなるでしょう? さっさと回収するに限りますな」

「左様、このままでは雄大なフローレシアの大地をゴミで汚す事になってしまいかねませんからな」


 いつのまにやらやってきた大臣達も、俺と同様しげしげとカタリ像を眺めている。

 彼らもこの不思議な像に何やら思うところがあるらしい。

 ……かと思ったらゲシゲシと蹴り始める。やはりこいつらと俺は争う運命にあるようだ。


「おい、おまえら俺を蹴るな」

「むー! カタリ様!!」

「ああ、ごめんごめん。なんていうかな、相棒? が勝手にやったんだよ。俺は関知していない」


 しっしと大臣達を追い払う俺にティアのむくれた声がかかる。

 どうやら、また彼女の事を忘れていたらしい。

 俺は自分のうっかりにポリポリと頭を掻くと、今度は彼女を忘れないようしっかりと向き直りこの問題の犯人を告げる。


「相棒? それは何でしょうか?」

「んー? 能力かな? なんだか知らないんだけど、俺の能力って勝手にいろんな事をやるんだよな。今もなんかむくれてる」

『むー!!』


 ティアに相棒の事を説明したのは初めてかな?

 きょとんとした表情を見せていた彼女だったが、何やら少々考えこむ仕草を見せると、また先ほどと同じようにぷりぷり怒り出し俺に食って掛かる。


「そんな事あるわけ無いでしょう! 下手な嘘はやめて下さいカタリ様! つくならもっと納得出来そうな上手な嘘をついて下さい!」

「いやいや、本当なんだって。ってか考えても見ろよ? 俺がわざわざ自分の像を街中に設置したりするか?」

「え? 設置しないのですか? マーキング的な感じで」

「しねぇよ!!」


 マーキング的な理由で設置させられる像なんて初めて聞いたぞ。

 犬や猫じゃないんだからなんでそんなテリトリーを決める様な事をしなくちゃいけないんだよ!


「ほっほっほ。所で姫様、今気付きましたが、この像、実物よりもやや大人びておりますぞ」

「むー? あっ! 本当ですね! ちょっとだけ頼もしそうですね! ……でも、どうしてその様にしたのでしょうか?」


「哀れ勇者は己のダサさを認める事ができなかった訳ですな」

「つまり、自分の容姿に悲観してあのような事を?」

「そうとしか考えられん。見てみよあの本人の地味な顔を、まるでゴブリンじゃ」


「えっ……。あっ! …………」

「ほっほっほ、姫様、あんまりジロジロ見てはいけませんぞ、本人も気にしているかもしれませんからのう」

「そうですね、その……ごめんなさい」


 大臣達の言葉に何を感じたのか、途端にバツの悪そうな表情で謝罪するティア。

 もちろん、全て承知の上でこの様な嫌がらせをおこなっているのだろう。


「お前ら本当俺に容赦ないな……」


 隙あらば俺をディスってくるその腐りきった性根に辟易としながら、もうこの話はこれで終わりだと踵を返し帰る準備を始める。


「ちょ、ちょっとカタリ様!? これどうするんですか!?」

「んー? 適当にどうにかして。溶かせば小遣い程度にはなるでしょ?」


 カタリ像は鈍色に光っている事から鉄か何かで出来ていると思われる。

 魔法による様々な恩恵を受け、鉱山での採掘や加工が現実世界の中世に比べ格段と楽なこの世界ではあるが、鉄が貴重である事には変わりない。

 人一人分の大きさの鉄、それが山ほどあるのだ、かなりお得じゃないのだろうか?


「むー! 撤去も楽じゃないんですよ! そんなイタズラっ子のカタリ様はこうです――あれ?」

「ん? どうしたの?」


 俺の言葉が気に入らなかったのだろう。

 ティアはカタリ像の前までつかつかと歩くと、像の腕を取り、なにやら力をこめる。

 どうやらカタリ像の腕をおもいっきり折ってやるつもりのようだが、不思議な事に彼女の口から漏れたのは困惑の呟きだった。


「むむ! むむむむむ! とりゃあっ!!」

「あーあ、俺の手が曲がった……」

『カタリがー!』


 何やら顔を真っ赤にして力を込めるティア。

 少しばかり彼女とカタリ像の戦いが続き、やがてバキッという鈍い音と共にカタリ像の左腕が根本より折られる。


「いい気味ですな」

「爆笑ものですぞ」

「お前ら煩いぞ、そんなに俺の像がひどい目にあうのが楽しいのか?」


「はぁ、はぁ……はぁっ! はぁっ!!」


 やんややんやと盛り上がる大臣達に小言をいいながら、無残な姿なカタリ像を作り上げたティアに視線を向けると、どうやら全力を使ったらしく、膝に手をつきながら息を切らせている。

 そ、そんなに力を使ったのだろうか? ティアの固有能力を持ってすれば、鉄を折り曲げるどころか、引きちぎる事すら容易いはずなんだけど。

 俺は側に控えるメイドからハンカチを受け取り、額にじんわりと浮かんだ汗を拭い取る彼女を心配する。


「……大丈夫? ティア」

「カタリ様? ちょっとお尋ねしますが、これ何で出来ているのですか?」

「うーん、鋼鉄じゃないの? ステンレスかな?」


 銀に近い鈍色。鉄だったらもっとくすんだ色をしているはずだ。

 とすればこれはステンレス製なんだろう。

 いや、相棒がこれを作るときにごっそりと魔力をもっていかれた。もしかしたら全く別の謎金属の可能性もあるかもしれない。


「まさか! そんな訳ないでしょう! そんな生易しい材質じゃないですよこれ!?」


「やっぱり? じゃあ何で出来ているんだろうね?」

「だから、それを作った本人に聞いているんです!!」


 うがーっと両手をばたばたさせて怒りを露わにするティアさん。

 流石にこの状態の彼女を放っておく訳にはいかない。後でどんな仕返しをされるか分かったものじゃないからだ。

 と、すれば後は本人に聞くしか無い。もちろん、この謎のカタリ像を作りいまだむくれている相棒に、だ。


 という訳で相棒、キリキリと白状してくれ。あのカタリ像は何で出来ているの?


『知りたいー?』


 勿体ぶらずにさっさと言いなさい。お喋りしてあげないよ?


『むー! タングステン!』


 ……はて? なんだろうそれ?

 ねぇ相棒、何それ? 何に使うの?


『……秘密だよー!』


 元気に鈴を振る音色で告げられるその言葉。

 全く知らないはずのその金属に、俺は不気味な予感めいた物を感じるのであった。

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