閑話:計算され尽くしたバレンタイン
バレンタイン短編だよ!
あくまでバレンタイン用に書いた短編なので時系列とかいろいろおかしいけどそこはスルーで。違う世界軸だとお考え下さい。
ちなみに、特に伏線とかは仕込んでいません。
どうぞお楽しみ下さい!
寒さも多少収まり、春の訪れを感じさせるある日のこと、日々の仕事の合間に自室で休んでいると、来客があった。
それは珍しいことにティアと宰相ちゃんだ。
「勇者、様」
「カタリ様ー!」
「あれ? 二人揃ってどうしたの?」
別々に遊びに来て鉢合わせになることは多々あれど、二人が一緒に自らの部屋にやってくる事はそうそうない。
何かあったのだろうか?
俺は訝しみながら、どこかウキウキした表情で入室してくる二人に視線を向ける。
「ふふふ、今日はなんの日かご存知ですか?」
「うーん? よくわからないけど何かお祭りでもあるの? って宰相ちゃん凄いおめかししてるね。似合っているよ」
「嬉しい、です」
宰相ちゃんの格好はいつもの大臣服ではなく、フリルのついたゴシック調の洋服だ。
何やら髪にも花をかたどったリボンをつけていて非常に可愛らしい。
俺が初めてみる宰相ちゃんの魅力にノックアウトされていると、なにやら意味ありげな表情のティアさんがドヤ顔でこちらを指さしながら尋ねてくる。
「ふっふっふ! カタリ様もそろそろ気付いたのでは無いでしょうか? さぁ、答えをどうぞ!?」
「誰かの誕生日?」
もしかして忘れていたのかな? だとしたら悪いことをした。
だが、二人の表情を見る限りそうでもないらしい。
「ちっがーう!! カタリ様のニブチン!!」
「ヘタレ、です」
「いや、ヘタレではないよ……」
宰相ちゃんはまだあの日の事を怒っているのだろうか?
ティアのニブチンは分かるが、宰相ちゃんがドサクサに紛れて俺をヘタレ扱いする事に納得がいかない。いや、まぁ、だからといってヘタレじゃなくなる訳にはいかないんだけれども。
「仕方ないですね! 今日は2月14日! バレンタインじゃないですか!」
「おおー!」
思わず声を上げる。
そう言えばそうだった、今日はバレンタインだった。っていうか、なんでフローレシアの日付がこちらと一緒で、かつバレンタインなんてイベントがあるのだろうか?
だが、その疑問も目の前に差し出された可愛らしいソレによって遮られる。
「勇者、様。手作り、です」
「お、おお! ありがとう!」
宰相ちゃんによって目の前に差し出されたのは赤いリボンで丁寧に包装された、白い箱だ。
俺が感動にうちひしがれながらその箱を受け取ると、宰相ちゃんはニコリと天上の笑みで「本命、です」と俺にだけ聞こえるように囁く。
「実は宰相ちゃんがおめかししているのはチョコを渡す為なんですよ!」
視線で、「開けて、下さい」と訴えてくる宰相ちゃんに頷いて返事をしながら、そのラッピングを丁寧に解く。
ゴクリと息を飲み、ゆっくりと箱を開けると、中にはチョコクッキーと思わしき物と、『勇者様へ』と書かれたメッセージカードが入っている。
す、凄い。何から何まで、完璧なバレンタインだ。一切の隙無く完全に演出されている。
これで、堕ちない男などいるだろうか? いや、いまい。
俺は宰相ちゃんの底知れぬ力に驚愕しながら、晴れやかな笑顔を浮かべる彼女に再度礼を言う。
「ありがとう! けど、宰相ちゃん、凄い女子力だね……」
「カードは一人の時に読んで欲しい、です」
カードには何が書かれているのだろうか、それが楽しみでもあり、そして恐ろしくもある。
この子は一体俺をどうしたいのだろう?
「そしてそして! 私からもチョコがあるのです!」
「お、おお! 楽しみだな! ティアはどんなのかな?」
宰相ちゃんを押しのけるように、少々慌てながら続いたのはティアさんだ。
きっとこのままでは俺と宰相ちゃんがラブ空間を出してしまうと危惧した為だろう。
……うん。間違ってはいない。ナイスアシストだティアさん。
俺は会話を邪魔されて少々不機嫌な様子の宰相ちゃんに目配せしてごめんねの合図を送ると、ティアに向き直り、彼女のチョコを楽しみに待つ。
「でも……えへへ、ちょっと失敗しちゃいました」
「そっか! でも気にする事無いよ! もらえるだけで嬉しいさ!」
オズオズと語るティアはバツが悪そうだ。
宰相ちゃんがあれだけ綺麗にチョコクッキーを作ってくれたのだ、確かに一緒に渡す身としてはいろいろと考えてしまうだろう。
「ではこれを……」
「ティア、その怪我は?」
ティアが渡してくれるチョコ、俺が驚いたのは彼女がチョコを持つその手だ。
痛々しいほどに包帯でぐるぐる巻にされている。
俺はその手を見ながら彼女に尋ねる、まさか火傷とかをしたのだろうか?
「あっ! 気にしないでください。ちょっとチョコを作るときに怪我をしちゃって……」
そんな怪我をしてまでチョコを作ってくれたのか……。
感動で思わず目頭が熱くなる。
と、同時に、普段あんなに完璧人間のティアさんでも苦手な事があるんだなと、少しだけ驚く。
もっとも、彼女がチョコを作るのが上手だろうが下手だろうが関係ない。
俺はティアのその想いを真正面から受け止め、彼女に精一杯のお礼を言う。
「ティア……ありがとう」
「その、初めて作るチョコだから、張り切ったのかもしれませんね」
ちょっとだけ恥ずかしそうに、そしてちょっとだけ悲しそうに語るティア。
本当はもっと上手に作りたかったのだろう。
彼女の、献身が痛いほどよく分かる。ああ、ここまでしてチョコを作ってもらえるなんて、俺は何て幸せ者なんだろうか。
ティアを見つめる、彼女もオズオズと俺に視線を合わせてくる。
言葉はいらない、二人の気持ちが通じ合ったような気がした。
「勇者様、これ全部演技、です」
だがその瞬間、パッと間に入った宰相ちゃんがティアの包帯を引き取ると、絹のような、一切の怪我など無いティアさんの美しい手が現れる。
「ああっ!!」
「……ティアさん?」
「えへへへーー!」
ティアさん焦ったように誤魔化し笑い。
……なるほど、すべて演技だった訳ですね。
俺は相変わらずな彼女のその行動に辟易とすると、出来る限りの咎める視線で、ティアさんの言い訳を待つことにする。
「……なんでこんなことしたの?」
「だってー! ちょっと料理できないんだけど頑張ってやりました感を演出すればポイント高いかなって! 守ってあげたい感高いかなって! そう思ったから!!」
「あくどい、です」
とんでもないヤツだ。
きっとウキウキとしながら包帯を手に巻いたに違いない。
そして本当はちゃんとチョコも作れるのだ、にもかかわらずあえて下手なチョコを計算しながら作ったのだろう。
俺はすぐにこういうくだらない事をやるティアに呆れ返りながら、ため息混じりに尋ねる。
「なんで普通に作れないの?」
「だって面白く無いから!!」
面白い面白くないでチョコを作る意味が分からない。
折角のバレンタインなんだし、もう少し普通にして欲しい。
まぁ、こうやっていつも元気でふざけているのがティアの良い所でもあるのだが……。
そう思いながら、俺はティアの手――傷ひとつ無い美しい手の上に乗る歪なラッピングがされた箱を手に取ろうとする。
「まぁ、どっちにしろ、ティアの作ったチョコだったらなんだって食べるよ。ありがとう、嬉しいよ――あれ?」
俺がティアさんお手製の失敗チョコを手に取ろうとした瞬間、彼女はササっと別の包み紙を俺に手渡す。
それは先程とは違い、綺麗な青いラッピングが施されたものだ。
「こっち! こっちが本気で作った方です!」
何か不満そうにしながら、顔を赤らめて俺にそれを手渡すティアさん。
ちゃんとした物を別に用意しておくなんて流石である。
「なんだ、ちゃんと作ってくれてたんだ」
「べーっだ!」
「ちなみに、ここまで予定通り?」
「しーらないっ!!」
なんだかんだ言いつつもちゃんとしたものを用意してくれる。ティアのそういう優しい所が嬉しい。
俺はその喜びを隠すように、少しだけからかい気味にティアに尋ねる。だが、彼女は舌をだしてプイッと恥ずかしそうに顔をそむけてしまった。
あれ? からかいすぎたかな? まぁいいか。
「でもまぁ、二人からチョコもらえるなんて幸せだなぁ」
「もう一人、います」
「エリさんもチョコ上げるって言ってましたよ!」
「マジで! さすがエリ先輩だ! でもどうしたのかな?」
「一緒に渡す筈だったんですけど、遅いですね」
俺達がエリ先輩の不在を疑問に思い、どうしたのだろうかと噂しだした丁度その時だ。
部屋の扉が無造作に開かれ、最高にゴキゲンな声と共に件の人物が入室してくる。
「はーい! 皆待ったかな! エリ先輩だよー!」
「ああ、いらっしゃいエリせんぱ……何やってるの?」
エリ先輩は何やら巨大な荷物を引っ張って入室してくる。
ガシャガシャと金属音がするそれは、立方形の大きな箱のようなもので、黄色い布がかぶせてある。
恐らく、布から浮き出た形から檻だと思うけど……。
「はーいちょっと皆どいてね! ここ、この位置かな! おっけー!」
「「「…………」」」
定位置らしき場所に置かれたその檻は、なにやら中からガシャガシャと暴れる音、そして唸り声が聞こえてくる。
その中身が何かは俺には計り知ることはできないが、少なくともチョコでないことだけはわかる。
「いや、何これ?」
「何って、チョコだよ? カタリちんったら恥ずかしがっちゃって! ち・な・み・に! 本命かなって……キャッ!」
恥ずかしそうに、というか、わざとらしく照れ隠しの表情をするエリ先輩。
だんだんと苛立ちが募ってくる。
くねくねしながら、両手を前で組み、モジモジとこちらを上目遣いで見てくるのが非常に腹立たしい。
彼女が言う、チョコとやらは、ガシャガシャと鉄格子を打ち鳴らす金属音を鳴り響かせながら、キシャーと叫び声を上げている。コイツも異常に煩くてなかなかに腹立たしい。
「おい、最近の本命チョコは叫び声をあげるのかよ?」
「一生懸命捕ま……作ったんだぁ。でもぉ、エリ先輩チョコなんて食べ物知らないからぁ、上手く出来たか心配だよぅ」
今完全に捕まえたって言ったぞこの人。
と言うか、無駄に語尾を伸ばすな、ウィンクをするな。俺にどんなリアクションを求めてるんだよ。
「ちなみに、ちゃんとしたのを用意しているとかは?」
「そんな誰かさんみたいなあざとい仕事はしないよ!」
「むかっ!」
そして何故か理不尽に煽られるティアさん。
俺は自らの君主に平気で喧嘩を売る、この度胸の塊である先輩を半ば尊敬しながら、さっさと話を進めるべく、エリ先輩を促す。
「いや、でもまぁ、どうするんだよこれ?」
「食べるよ! まぁ、見てなって、それ!!」
「あっ! これは!」
エリ先輩によってババッ! と勢い良く、檻にかけられた布が引き払われる。
その下から現れた魔物――もとい、チョコに俺は思わず声を上げた。
まさか、エリ先輩がこれをわざわざ用意してくれているとは思わなかった為だ。
「どうかしたの、ですか?」
不思議そうに首を傾げる宰相ちゃんを不敵に見つめながら、どこか自慢するようにエリ先輩はふんぞり返っている。
いや、たしかにエリ先輩がそんな態度を取るのも当然だ。
「前に食べたいって言ってたでしょ? バジリスクの幼生! わざわざ捕まえてきたんだよ!」
「ま、マジか! 凄い! めったに見つからないんじゃなかったっけ! 覚えてくれていたんだ!」
「もっちろんだよ! エリ先輩のこと見なおしたかな!?」
「あたりまえじゃないか! 最高だぜエリ先輩!」
俺はいままでいろいろな魔物を食べたことがあるが、その中でいまだに食べたことがなく、かつ非常に興味を持っていたのがこのバジリスクの幼生だ。
これはフローレシアの地域ではなかなかお目にかかることができず、かつ生息数も少ないことから手に入れることは困難を極める。
そして、味は絶品の一言、バロウズ公曰く、あれほど刺激的な味がする魔物は他にはない、らしい。
実際、大金をはたいて買う好事家もいるとのこと。
それだけの価値があるのだ、このバジリスクの幼生という魔物は。
「むぅ……」
「むむむ!!」
……と、ここで気づく。
ティアさんと宰相ちゃんが非常に不機嫌そうな表情をしているのだ。
しまった。二人がいた!
俺は、二人に対して気遣うことなくはしゃいでしまったことに反省する。
二人だって折角一生懸命俺にチョコを作ってくれたのだ、それをこんなエリ先輩からのプレゼントにだけはしゃいでいては失礼にも程がある。
そう思い、さっそくフォローをしようと二人に向き直るが……。
だが、ここには火に油を注ぎまくることに人生のすべてをかける人物がいることを失念していた。
「あーっと。ちなみに、関係ない話だけどね! カタリちんってあんまり甘いモノは好きじゃないみたいんなんだよねー!」
「あ、オイ! ちょっと!」
げぇ! 余計な事を!
エリ先輩はわざとらしく、さも今思い出しましたと言わんばかりの表情でティアと宰相ちゃんへ俺が隠していた好みを説明する。
たしかに、そうだけど、なんでそれを今言うかな!
「飴ちゃん位なら大丈夫らしいけどねー! やっぱり自分の好みを相手に押し付けてるようじゃまだまだお子ちゃまだねー! 相手が心から喜ぶようなプレゼントを用意しないと!」
エリ先輩の煽りは止まらない。
ニヤニヤとした表情を浮かべ、まるで輝きだしそうな程ゴキゲンで語る。
反面、ティアさんと宰相ちゃんからは表情が消え、どんよりとした魔力がにじみ出てきている。
……うわ。
「まぁ、これが大人のバレンタインってやつだよね! エリ先輩大勝利!」
満面の笑みを浮かべ、ピースを作りながら宣言するエリ先輩。
彼女の表情は最高潮に達し、それはそれは幸せそうなほっこりとした表情を見せている。
……他人の不幸は蜜の味。他人がかわいそうな目に遭っているのが心底楽しい。
そう言わんばかりの表情。
まさしく、外道公の娘だった。
「かっちーん……」
「調子に乗ってる、です……」
バチバチと空気が弾ける。
二人から溢れでた魔力が互いに干渉しあっているのだ。
檻の中のバジリスクが二人に怯えて、キィキィと情けない声を上げている。
……ダメだこれ。わりとマジだ。
「ちょ、ちょっとお二人さん? 魔力が漏れているんですが!」
「はっはっは! もてもてだね、カタリちん!」
エリ先輩はいつの間にか背後にまわり、俺の首に手を絡ませて抱きついている。
きっと今ものすごく悪い顔してるんだろうなぁ……。
何が彼女をそこまで浮かれさせるのか、俺は普段よりもよくはしゃぐエリ先輩に困りつつもなんとか自室が崩壊しないよう祈る。
「本当、余計な事しかしないなエリ先輩は!!」
「照れるなー!」
「勇者様から、離れろ」
「エリさん、ちょっとお話があるのですが……」
「よし、ティアも宰相ちゃんもちょっと落ち着こうか!」
この危機的状況にもかかわらず、心底楽しそうに笑うエリ先輩に全力で突っ込みながら、俺は慌ててご立腹の二人をなだめすかすのだった。