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第二十三話(下)

 深夜のフローレシア。

 ベッドで横になりながら、ぼんやりと天井を眺める。

 特徴的な意匠が施された天井の模様は、もはや鮮明に思い出せる程に見飽きてしまっている。

 窓より差し込む月明かりがボンヤリと室内を照らし、時折吹く風の音が静かな時間に溶け込む。


 最近、眠れない。


 外道公の訓練を受けた頃からだろうか?

 だんだんと夜中に眠れなくなっているのだ。

 いや……眠ることだけならできる。だが、何か恐ろしい、心底恐ろしい夢を見てすぐに起きてしまう。

 焼ける音、笛の音、太鼓の音、警報、強烈な光、そして衝撃……。

 詳しくは覚えていない、思い出すことも出来ない。

 だがそれはまるで強力な毒のように俺を蝕んでいる。

 もう、ぐっすりと眠るなんて久しく覚えていない感覚だ。

 もちろん、今日も……。


 気分を紛らわすようにベッドから起き上がると、月明かりの射すバルコニーへと出る。

 手すりに身体を預け、ぼんやりと夜の王都を眺めながら、ここ最近の事を思い返す。

 どうにも、良くない感じだ。何かが起こっている気がする。


「はぁ、どうしちまったんだろうな。俺……」


『カタリ! カタリ! こんばんは!』


 ぼんやりと呟く俺に、どこからとも無く声が聞こえてくる。

 リンと鈴が鳴るように澄んだ幼さの残る声。心の奥底から響く声は、この異世界に来た時より、ずっと一緒にいた相棒のものだ。


「ああ、こんばんは。相棒」

『こんばんわー! お話しよ!』


 夜になると、相棒はいつもより饒舌になる。

 昼間に聞くようなボンヤリとしたイメージだけの声ではなく、はっきりと、まるですぐ側にいるかのように声が聞こえてくる。

 最近その傾向が特に強い。……外道公の訓練をおこないだしてから特に顕著だ。

 毎晩、まるで親にじゃれつく子猫のように、俺に話しかけてくる。

 それにしても、こうやって改めて冷静に聞くと、相棒の声は特徴的だ、何故かいつまでも聞いていたいような、どこか蠱惑的な雰囲気がある。

 しかし……この声、何処かで、つい最近、聞いた事があるような、ないような?


「なんか相棒最近お喋りだよな。ってか今まで気付かなかったけど可愛らしい声だな。うーん、性別とかあるの?」

『ボクは女の子!!』

「あ、相棒女の子だったのか……」

『そだよー!』

「マジか……」


 驚き呟いた声に、あっけらかんとした返事が返ってくる。

 相棒が女の子だったとは……。まぁ、確かにこんなに可愛らしい声をしているんだ、これで男の子とか言い出すほうがおかしいだろう。

 しかもボクっ娘か。相棒あざといな……。

 けど、相棒って俺の能力だよな? 普通に会話をしているけどどうなっているんだろうか? ん? そう言えば俺って結構相棒に酷いこと言ってなかったか?

 過去、相棒の悪口を言ってしまっていた事を思い出した俺は、気まずさを感じながらも早速謝罪する。


「いやまぁ、なんかこの前土属性ディスっちゃってゴメンな」

『カタリは好きだから許す!』

「お、おう……」


 唐突の好き宣言。

 ちょっとドキリとする。相棒マジで心が広い。

 しかし、相棒はこの声色からして恐らく宰相ちゃんよりも年下だ。

 きっと先ほどの"好き"も、小さな子にありがちな親愛表現だろう。勘違いしてはいけない。

 ……じゃあ、なんで俺はドキリとしてるんだよ?

 恐ろしい事実を突きつけられた俺は何度も自分がノーマルであり、決してロリコンではないと心の中で繰り返すと、この由々しき事態を頭の奥底に放り投げる。


『どしたの!? お話しようよ!』

「っと、うん、そうだな……」


 さて、どうしたものか……。

 俺の秘められた危ない嗜好は置いておくとして。

 気になることがある。

 自らの勘が告げる。何かが起こっていると。何か得体のしれないことが起きていると。取り返しの付かないことが起きていると。

 とんでもないものを呼び起こしてしまったと……。


『……どしたの?』

「いやさぁ、なんか最近自分が自分でないような気がしてさ……ちょっと怖いんだよなぁ」


 思考の混乱がある。

 ティアと話している時に倒れて確信した。自分の思考に何かが混ざっている。

 俺は改めて外道公の訓練、そしてターラー王国での出来事を思い出す。

 浮ついた雰囲気、残酷な思考、人を人と思わない性格。

 すべてを楽しむ邪悪――。

 よくよく考えなおしてみると、全てがおかしかった。まるで自分でないような、別の誰かのような、自分が自分でなくなるような……。

 そんな、強烈な違和感があった。


『………そう』


 相棒は、静かに相槌を打つだけだ。

 その声は先程までの快活な雰囲気と打って変わってどんよりとした静けさがある。


「なんかさ、相棒にこんな事聞くのも気が引けるんだけど、なんか隠してないか?」


 誤魔化さずに直球で尋ねる。

 恐らく、この原因は相棒だ。

 俺の勘が告げる。昔から俺は勘が良い人間だった。どんな時でも、どんな状況でも何故か不思議といろいろな事に気がついた。いろいろな事がわかった。

 多分、今回のこの焦燥感や危機感も、間違っていはいないだろう。

 そして、相棒に対する思いも……。


『…………』


 返答は無言によって返される。

 ああ、まったく、相棒まで秘密があるのか。

 俺はため息を尽きながら、「そっか」とだけ、小さく答えると、もうそれでお終いだと、空に浮かび輝く月を眺める。


『……怒らないの?』

「誰だって秘密があって当然なんだよ。俺はそこまで野暮じゃない」


 オズオズと尋ねられた声に答える。

 怒るわけがない。

 俺は彼女達を信頼している。

 何があろうと、何であろうと、何を思うと、俺は彼女達の味方だ。

 人を信じてもらうには、まず自分が信じてやること。

 誰が言った言葉だろうか? 俺が好きな言葉だ。

 だから俺は彼女達を信じてる。そして、俺の勘もそれが正しいと告げている。

 何も問題はない。不思議と、そう思えた。


『大臣が隠し事してたらー!?』

「遠慮せずぶん殴って吐き出させる」


 即答する。

 もちろん大臣は許しておけぬ、慈悲はない。


『ふふふ! そっかー!』


 何故か嬉しそうにコロコロと笑う相棒。

 何が彼女の琴線に触れたのか、とてもゴキゲンで、とても嬉しそうだ。


「……相棒?」


『まだ馴染んでいないんだよ』

「え?」


 その言葉は突然だった。

 楽しそうな相棒の様子を不思議に思った俺が語りかけると、一転して静かな雰囲気になった彼女は何やら意味ありげな内容を語り始める。


『だから影響をたやすく受ける。もう少しすると完全に混ざりきると思うんだけど』

「頭痛とかが酷いんだけどな、ヤバイんじゃないの?」

『辛いの?』

「結構キツイ……」


 頭痛、吐き気、目眩、その他もろもろ……。

 最近の体調不良はちょっと看過できない。なんとか気合で乗り切っているがそろそろぶっ倒れそうだ。

 と言うか、実際にティアの前で倒れてしまっている。

 相棒の言っていることは抽象的すぎて、その欠片も理解できないが、彼女がこの件について何やら知っているのは確実だろう。

 俺は自らの不調を正直に告白する。相棒が何か解決策を提示してくれないか期待した為だ。

 だが、それは予想外な方向に進む。


『わかったー! ちょっと黙らせてくるね!』

「あ、オイ! 黙らせるって何を!?」


 やってやるぜ! とでも言いたげな雰囲気の相棒。

 不意に彼女の気配が薄くなる。語りかけても返事はない。

 そして、どの位経っただろうか? 長かったような気もするし、一瞬だった気もする。

 先ほどまで、ガンガンと頭を鳴らしていた痛みが、不意に引いた。


「頭痛が消えた……」

『ただいまー!』


 元気よい声と共に相棒の気配が現れる。

 同時に、何故か夜の闇が強くなった気がした。


「あ、お帰り相棒。早速なんだけど何したんだ?」

『秘密ー!』

「秘密ばっかりだな……。言葉の節々に怪しげな雰囲気がするんだけどヤバイのじゃないだろうな?」


 流石にどうかと思って尋ねる。

 もうなんか相棒からほとばしる怪しげなオーラが半端無いのだ。

 なんか裏で悪いこと考えているんじゃないだろうな?

 そう言えば、ティアや宰相ちゃん、エリ先輩含め、フローレシアの皆は基本的に悪いことばっかり考えていたなと改めて思い返す。


『安心して! ボクはカタリの味方だよ!』


 無邪気に語る相棒。

 何故かその言葉がとてもうれしくて、気恥ずかしさから相棒をからかうように言葉を返してしまう。


「本当にー?」

『本当だよ! カタリ好き! 大好き!』

「そ、そこまで言われたら納得せざるにはいられない」

『やったー!』


 ……相棒のラブ度が半端ない。

 ここまで女の子に言わせるなんて何て俺は罪作りな男なのだろうか?

 いや、相棒は小さな女の子なので別に俺は罪作りでもなんでもないんだが。

 そして俺はロリコンじゃない。

 しかし、相棒もここまで言ってくれているんだ。流石にこれ以上聞き出すような真似をしては情けないにも程があるだろう。

 よしっ! 決めた! 相棒にすべて任せよう! 俺の大切な相棒のことだ、きっとうまくやってくれるに違いない。

 そうと決まれば後は優雅にお喋りタイムだな、相棒のお陰で気分も良くなったし、なんだか楽しくなってきたぞ。


「じゃあ気分も良くなったし、相棒。ちょっと徹夜でお喋りしちゃう?」

『明日早いからもう寝れ!』


 しかし相棒は途端にいい子ちゃんモードだ。

 折角二人きりでお喋り出来る時間だというのに、俺に寝るように促してくる。

 まぁ、確かに今ならゆっくりと眠れる。事実眠気も強烈にある。

 だけど、それよりも大切な事だってあるじゃないか、例えば相棒とお喋りして仲良くなるとか。


「いやいや、折角相棒とゆっくり話す時間ができたんだ。オールしようぜ!」

『寝れ!』

「水臭い事言うなよ、相棒! 俺とお前の仲じゃないか!」

『寝れーー!!』


 だが、相棒つれない態度。

 恐らく俺の疲れを見抜いてこう言ってくれているのだろうが、なんだか不満だ。

 まぁ、仕方ないか。今日は相棒の言うとおり寝て、またの機会におしゃべりするとしよう。


「もう、わかったよ。じゃあ今度時間ができたら絶対お話しような」

『楽しみ!』


 相棒からの心よい返事に満足して頷く。

 うーん。なんだか眠くなってきた。流石に今までの疲労が出てきたのかな?

 俺は重たくなるまぶたを無理やり開き、相棒との逢引に名残惜しさを感じつつもたれ掛かっていた手すりより身体を起こす。


「ふぁーあ! じゃあ頭スッキリしたし、寝るかな」


 ベランダより室内に戻り、温もりが消え、ヒンヤリと冷えきったベッドに横になる。

 今までとは違い、なんだかすごく心地よくて、よく眠れそうだ。

 ゆっくりと、瞳を閉じ、暗闇に身を任せ、そのまま意識を手放してゆく。


『おやすー!』

「はいはい、お休み相棒……」


 相棒の元気な挨拶を聞きながら、微睡みの中、ボンヤリと思う。

 どうやら、俺は思っていた以上に疲れていたらしい。

 だが、もう安心だな。相棒に任せておけばすべて大丈夫だし、俺に何が起きても彼女がなんとかしてくれるだろう。

 そこまでだった。

 どうやら体力の限界に来ていた俺は、津波のように襲い来る強烈な眠気に、意識を闇の底へ引きずり下ろされる。


『……安心してカタリ。ボクは何があってもカタリの味方だよ』


 相棒が何かを言っているのがわかる。

 その言葉を子守唄に、俺はさらなる眠り――深い深い、闇の底へと落ちてゆく。


『好きだよカタリ……本当に大好き。もう絶対に離さない。だから安心して』





『――次はちゃんと殺すから』



『次は殺す。確実に殺す。一切の慈悲無く殺す。容赦なく殺す。全員殺す』


『カタリの邪魔をする奴は誰であろうと殺す。だから安心して。いつまでも、何処までも一緒だよ。二度と離さない。ずっと見てる。今までも、そしてこれからも。ずっとずーっとだよ。だから、ボクはこの深い土の底から――』


『カタリの事を見守っているよ……』


 意識が混濁する真なる闇の中、相棒の嗤う声が聞こえた気がした……。

これにて第二章完です! いかがでしたか? 驚きや興奮はありましたでしょうか?


さて、「アホの子」は第三章に向けてしばらく定期更新をお休みさせて頂きます。

その間も閑話や短編などを投稿予定なのでそちらを是非ご期待ください。

いろいろと読みたい話などを感想で仰ってくれると拾うかもしれません。


ちなみに、第三章はもう少しギャグ路線が強くなる予定です。

ティなんとかさんが頑張ります。ご期待ください。


そして、ここまで読んでいただいた方。よろしければ、感想、評価、レビュー等を是非お願い致します。

作者のモチベーションがモリモリあがって更新速度が上がったりします。


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