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第二話

「羨ましかったのです」

「……は?」


 一言、一言だけティアはそう告げた。

 よく分からない理由だ。だがここで先走るのは良いことではない。

 きっと深い理由があるのだ、一言では表せない深謀遠慮がそこには含まれているのだ。

 そう、そうに違いない。そうであってくれ。そうでないとどうにかなりそうだ。


「他の国が勇者召喚してなんだか自慢するので羨ましかったのです!!」

「お、おう……」


 どうにもならなかった。

 羨ましかったから勇者を召喚しました。終了。

 俺の召喚はその様な理由で行われたらしい。まるで友達が持っているおもちゃを欲しがる幼稚園児だ。

 と言うか、まさしくそのものだ。こいつらは一国を預かる地位と立場にいながら、残念ながらそのオツムは幼稚園児のそれなのだ。

 期待した俺が馬鹿だった。


「これでほぼすべての国が勇者を召喚したのでは?」

「そういえばそうですな、我が国が最後ですぞ」

「我が国は最後に地味な男を引かされましたがな! ハッハッハ!」


「あんた達は俺を馬鹿にしないと気がすまないのか……」


 何故か流れるように俺のディスに走る大臣団。

 こいつらはアレなのか? 口を開く度に俺をディスらないといけない病気にでもかかっているのか?

 とても楽しそうに俺の文句を言い合う大臣団を睨みつけると、俺はティアに視線を戻す。

 その視線を感じ取ったのか、ティアは俺の視線を真っ向から受け止めると頷き、大きく息を吸い込み……。


「以上です! 解散!!」

「ストップ!」


「「「えー……」」」


 良かった、間に合った。

 いつ何時も突っ込みを入れようと気構えていたお陰だ。もちろん不本意な結果だ。

 ……ティアを筆頭に大臣団は不満気だ。恐らくこいつらは「なんで説明が終わったのに呼び止めるんだ?」とでも思っているのだろう。

 面倒くさそうに上げられる不満の声からもそれが明らかだ。


「まだ、俺はなんにも説明してもらってないぞ! もう少し詳しく説明してくれ! 聞きたいことは他にもあるんだ!」


 そう、まだ何も説明して貰っていない。

 他の国が勇者を召喚したのだ、そこにはきっと理由があるはず。

 ティアがそれを説明しないのは面倒だから、大臣団がそれを説明しないのは嫌がらせだろう。

 それでは困る。俺にだって知る権利はある。少なくとも、面倒とか嫌がらせによって踏みにじられるほど軽い権利ではない。


「もう! カタリ様はワガママさんです!」

「身の程を弁えろよ土属性が」

「土属性は前に出るキャラじゃないからそういうの止めた方がいいぞ」

「キャラ立ちしたかったら語尾にゴワスをつけるとよろしいですな」


 まるで予め考えてあったかの様にスラスラと流れる文句と暴言を軽く交わす。

 そろそろ俺も分かってきた。このアホ共の話にいちいち付き合っていてはキリが無いのだ。

 基本的にコイツラの話は聞き流すに限る。そして自分の意見を通すのだ。

 俺は短いながらも濃密であった経験から導き出した対応策で、この面倒くさい人々から説明を聞き出す。


「いいから教えてくれよ。ってか他の国が勇者って、世界は平和なんでしょ? なんで勇者なんて呼ぶんだ?」

「それはじぃから説明させて貰いましょう」


 紆余曲折(うよきょくせつ)。途中何度もじぃやが話をやめようとしたり、ティアが無理やり会議を解散しようとしたりするのを押しとどめ、なんとか全ての話を聞き出す。


 …………。


 どうやら、この世界に置いて勇者と言うのは予想以上に複雑な事情があるらしい。

 まず、この世界には魔王がいる。

 具体的には幾つもの王国が存在するこの地の遥か東に存在する広大な領土を持つ魔族の国家、その元首が魔王だ。

 だが、一般的なファンタジーとは違い現在魔族領と各王国は争っていないらしい。

 それらは既に数千年の昔に過ぎ去ったお伽噺の中での話であり、現在は友好的では無いもののお互い不可侵を貫いているそうなのだ。


 そして、勇者である。

 勇者とは各国の秘術によって異世界より呼び出される決戦兵器だ。

 過去絶大な魔力を持つ魔王に対する切り札として召喚されていたのだが、現在魔王領との関係はさほど緊迫している物でもない。その為、各国は魔王を刺激する恐れのある勇者を保有しない、また召喚しない事を暗黙の了解としていた。


 しかしながら事態はある日一変する。魔王領で政変が起こったのだ。

 魔王による突然の退任に端を発したその政変は広大な魔王領を瞬く間に覆い、大規模な内乱を引き起こす。

 そうなると困るのは各国だ。万が一その火種が飛び火したら……、万が一領土的野心を持つ者が暴走したら……。

 万が一、新たな魔王が戦乱を望む者であったら。

 その動揺は少なくないものだったらしい。舵取りを間違えれば国が焦土と化す。各国の重鎮の心労たるや如何程ばかりか。

 ならばこそ、少しでも戦力が欲しかったのだろう、保険が欲しかったのだろう。

 そう、勇者と言う名の希望が。

 そして、遂にその重圧に耐え切れず……。


 ある国が呼び出してしまった。決戦兵器である勇者を……。


「なるほど、勇者ってそれだけで一つの兵器なんだな……」


 「土属性以外はな」と流れるように煽る大臣の言葉を無視する。

 勇者と言う存在は本当に凄まじい物らしい、それが存在するだけで国家間の軍事バランスが容易にくつがえるるほどに。

 自分がその勇者であると言う実感はまだ沸かないが、それが持つ力の恐ろしさだけは朧気ながら感じ取れる。

 と言うか、曲りなりにも俺は勇者であるのに、なんでこの大臣共はことごとく俺をディスるのだろうか?

 謎は尽きない……。


「はい、一国が勇者を召喚すれば他の国が勇者を召喚しない手はありません。結果連鎖するように各国の勇者召喚が始まったのです」

「そしてこの国も流れに逆らえず……って事か」


 軍事バランスの均衡(きんこう)

 賽は投げられたのだ。指を加えてみているという選択肢はどの国にも無いだろう。

 後は遅いか早いかの問題。

 それが、今回俺が召喚された本当の原因……か。


「いえ? 違いますよ」


 違うらしい。

 キョトンとした表情でこちらを見つめるティア。

 大臣団も小馬鹿にしたような表情をこちらに向けている。

 ……なんでなんだろうなー? なんで俺がこの流れで馬鹿にされないといけないんだろうなー。

 俺は今すぐにでも千切れてしまいそうな己の堪忍袋の緒を必死で繋ぎ止めると、努めて冷静に質問を返す。


「でも、俺を召喚したんだろ?」

「はい、それは隣にある同盟国であるターラー王国が光の勇者を召喚したと自慢してきたからです! 私達は小国の癖に『これで我が国も安泰だ』と嬉しそうに喜ぶ彼らに耐えることが出来なかったのです!」

「発想が子供じゃねぇか……」


 予想以上にアホだった。

 予想以上に何も考えていなくて、予想以上に場当たり的な思考だった。

 そういえば、最初から羨ましかったと言っていたな……。

 まさか本当にそれだけの理由だとは思いもよらなかった。

 いや、ティアがアホの子だと言うのは分かっていたはずだ。今回の問題はそれを真に理解していなかった俺の失態に他ならない。


「だから彼の国の召喚術式をスパイの手によって奪取し、今回勇者召喚に挑戦したのです!!」

「ナチュラルに同盟国を裏切ってるんじゃねぇ! 大変な事になるじゃねぇか! ってか自前の召喚術式は無かったのかよ!?」

「有りますよ!! ですからターラー王国はとっても怒りまして。現在国境付近に軍を配備しこちらを威嚇しているのです。――まったく、平和を維持する為の勇者が原因で戦が起きそうだなんて、本末転倒ですよね!」


 だが、ここまでアホだとは思っていなかった。

 正に幼稚園児、正におこちゃまの発想だ。完全に国対国でやる事じゃない。

 と言うか、いままさに国境付近にターラー王国の軍が配置されているのか? じゃあお前らこんな所で何やってるんだよ?

 俺はクラクラと目眩を感じながら、自らの意識を叱咤し保つ。


「あいつらノリ悪いですからなー」

「ちょっと借りただけなのにケチ臭い奴らですじゃ!」

「我が国唯一の同盟国だからと調子に乗っておるのでは?」


「ターラー王国の皆さんへの同情を禁じ得ない……」


 思わず憐れみの気持ちが口に出てしまう。

 自重や反省という言葉は、どうやら彼ら……いや、この国には無いらしい。

 俺はまだ見ぬターラー王国の皆さんへ思いを馳せる。

 きっと、彼らとは気が合うだろう。いつか語り明かしたいものだ。


「はぁ、まぁ可哀想なターラー王国の皆さんの事は置いといて。勇者召喚の理由も分かった訳だけど……」


 だが、そんな哀れな国の話もこの場に置いては脇役でしか無い。

 もう一つ、俺にはまだ尋ねなければいけないことがある。

 むしろ、これこそが重要だった。


「――俺は、元の世界に帰れるのか?」


 静まり返る室内。

 先ほどの大臣達の暴言が嘘のように、今の会議室は沈黙が支配していた。


「……申し訳ありません、カタリ様」


 その言葉で全てを理解する。

 ああ、分かっていたさ。

 もしかしたら、少しでも可能性があるのなら。そう、思っていただけさ。

 召喚された勇者は帰れない。

 それは何処にでもある話だった。勇者は召喚され魔王を倒し、そして姫と幸せに暮らしました。

 ……めでたし、めでたし。

 そんな、ありふれた下らない三文芝居の様な設定。それが目の前に鎮座している。

 だから、俺は二度と元の世界に帰ることはできない。

 現実は――いつだって非情なもんだ。


「残念ながら、帰れます」

「帰れるのかよ!!」


 なんでそんな残念そうに言ったの!?

 ってかちょっと雰囲気に酔って黄昏れた自分がアホみたいじゃないか!

 俺は内心の動揺を誤魔化すように、盛大な突っ込みをティアへと行う。

 彼女は心底申し訳無さそうだ。

 なんで帰ることが出来るのにそんなに残念そうなんだよ、紛らわしい!


「はい。帰れます、本当に申し訳ございません。どの様に謝罪すれば良いか、今の今まで考えていたのですが、言葉が浮かんできませんでした」

「いや、帰れるんでしょ!? なんでそんな謝るんだよ! ってか帰れるならさっさと返してくれよ!」


 悲しそうに首を振るティアに捲し立てる。

 だからその二度と帰れない雰囲気で帰れると言うな!

 と言うか、帰れるのならさっさと帰して欲しい。

 ぶっちゃけ、ティアと大臣達の賭け事に付き合わされただけなのだ。

 別に帰っても問題ないだろう。

 そう思っての発言だ。

 だが、しかし……。


「嫌です!!」

「なんで!?」


 元気よくティアが答える。

 その表情からは強い意思が見えており、俺を帰す気はまったく無いようである。

 ……意味がわからない。いや、マジで、帰してくれよ。


「ほっほっほ。勇者殿、姫はこう仰っているのですよ。『おもちゃが見つかったので手放したくない』……と。どうか姫の気持ちも汲み取っては下さらんか?」

「じぃや……。もっとオブラートに包んで言えよ」


 ド直球もいい所じゃねぇか……。

 ふと視線が気になり大臣達へと顔を向ける。

 奴らは……それはそれは楽しそうに、ニヤニヤと俺の様子を眺めていた。


「諦めろよダサ坊ー」

「折角なのでこのまま永遠に姫の面倒を見て欲しいものですな」

「でもこんな奴置いといたら王宮が土臭くならぬか?」


 くそぅ。くそぅ。

 絶対にいつか復讐してやる。お前らが慌てふためく顔を眺めながら高笑いしてやる。

 俺はそう心に決めながらも、ティアを説得する事にする。

 まずはこのアホの子からだ。

 幸い、ティアは話せば分かる子だ。俺が帰りたい理由をちゃんと説明すれば納得してくれるだろう。


「ティア、俺にだって家族や友達がいるんだ。皆を心配させたくないんだよ……」


 そう、俺には家族がいる。

 父親、母親、妹、そして犬のベル。皆大切な家族だ。

 仲の良い友人もいる、まぁ友人とは別れる事になってもさほど心は揺るがないが、流石に家族と永遠の別れとなると来るものがある。

 その事をティアも理解してくれるといいんだけど……。


「あ、家族……ですか?」

「……っ!?」


 その瞬間、俺はしまった! と思った。

 ティアは俺の言葉を聞いた途端、悲痛な表情を見せ押し黙る。

 よく考えれば分かるはずだった。

 本来ならいるであろう王と王妃、俺は召喚されてから彼らにあった事も無い。

 そしてその存在を聞いた事も無いのだ。

 それはつまり、王と王妃の不在を意味し、まだ年若いティアが国政を牽引している事から彼らがもう既にこの世には居ない事を表していた。


「そ、そうですよね……。家族と離れ離れになるのは、お辛いですよね……」

「も、もしかして。姫の家族は……」


 恐る恐る尋ねる。

 王と王妃はどうなったのか、ティアのご両親に何があったのか?

 彼らは、何故? いなくなってしまったのか……。

 問うた先はティアでは無く、じぃやだ。ティアには聞けなかった。

 今の彼女、こんな悲しそうな表情をする彼女に。

 何があったの? ――なんて聞けるはずもなかった。


「はい。ティア姫のご両親、つまり王と王妃は、ものの試しにと姫によって起こされた政変の際に、あっさりと捕まり塔に幽閉されました」

「自分で手にかけてるんじゃねぇか!! なんだよその不幸があって家族と永遠に別れる事になりました的な表情は!」

「だってー!!」

「だってじゃありません!」


 俺は、いい加減学習したほうがいいと思う。

 徹頭徹尾(てっとうてつび)なのだ。

 こいつらは、徹頭徹尾(てっとうてつび)こういうノリなのだ。頭から尻尾までアホなのだ。

 息を切らせながら必死に突っ込む俺。


「むーっ!」


 そんな俺に対してティアはプクーっと頬を膨らませながら不満を露わにしている。

 ……そんな可愛らしい表情をしても俺は騙せ無いぞ。


「でもダサ坊、姫にそんな態度でよろしいですのかな?」

「どういう事です? フランクに話せと言ったのは姫ですよ!?」


 そんな俺に大臣の一人が話しかけてくる。

 ……彼は何を言いたいのだろうか? ティアに対してこの言葉遣いが不敬だと言いたいのだろうか?

 だとすれば不敬はコイツラだ。俺の言葉以上にお前らの存在が不敬に値する。

 そう不機嫌が表情に出る事を隠しもしないまま、俺は大臣の質問に言葉を返す。


「いやいや、勇者の現実世界への召還。この魔法を行えるのは呼び出した姫本人だけですぞ?」


 時が止まった。

 俺は、その可能性を失念していた。勇者の召還は姫にしか出来ない。

 つまり、俺の帰還はティアの気分次第なのだ。

 恐る恐るティアへと視線を向ける。


「…………」

「つーんっ!」


 ティアは完全に不貞腐れていた。


「ものの見事に拗ねておりますな。姫はこうなると面倒くさいですぞ」


 呆れたように、そして何処か嬉しそうに、大臣が俺へと言葉をかける。


「ティア! さっきはヒドイこと言ってごめん! 俺家に帰りたいんだけど!!」

「やだーー!!」


 俺は、完全ワガママモードに入ったティアを説得する為、長い戦いの第一歩を踏み出しのたのであった。

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