閑話:宰相ちゃんとお風呂
フローレシアには風呂という文化が存在する。
貴族はもちろんの事、市民ですら頻繁に風呂に入り清潔を保つ。
公衆浴場を利用する市民とは違い、風呂とは貴族にとって一種のステータスだ。
大きければ大きいほど、豪華であれば豪華である程、よりその持ち主の名前に箔が付く。
これが国のトップに立つ、フローレシア王宮の物ともなれば凄まじい物となる。
そんな豪華極まりない浴場の入り口――宰相ちゃんは怪しげな魔法を使い、張られた監視魔法を歪める。
駄目だとわかりつつも、それを止める事ができない。
自分が押しに弱い、特に仲の良い女の子の押しにはめっぽう弱い事を再確認しながら、宰相ちゃんのやらかしをそっと見守る。
「勇者様。今、です」
「あ、ああ……」
また連れ込まれてしまった……。
監視の目をかいくぐり、入り口の衛兵を追い払い、誰にも見つからない事を祈りながらこっそりと一緒に入浴をする。
禁止したのに……。もろもろの甘やかしと一緒にお風呂も禁止したのに……。
なんでだろう、宰相ちゃんの言葉には逆らえない。
あの愛らしい瞳で「やっぱり一緒にお風呂入りたい、です」なんて寂しそうにお願いされた日にはホイホイとついていってしまうのは当然だろう。
そして、俺は本日もこの通り、宰相ちゃんとお風呂タイムを満喫? している。
「いい湯、です」
「いいのだろうか……」
湯に浸かりながら悩む。
お互い恥ずかしくないようにタオルで身体を隠しているとはいえ、現在のこの状況はいわゆる裸のお付き合いだ。
宰相ちゃんは12歳。完全な犯罪……いや、12歳じゃ無くとも年頃の女の子と一緒に風呂に入るなんて褒められた行動ではないだろう。
「勇者、様?」
「いや、なんでもないよ」
コテンと不思議そうに首を傾げながら、俺をじぃっと見つめる宰相ちゃん。
その純粋無垢な瞳が俺を苦しめる。
宰相ちゃんは普段眼鏡をかけているのだが、入浴時は曇るため外している。
あまり見ることのない眼鏡なし宰相ちゃんがまたとても可愛らしくて、思わずニヤけてしまいそうになる。しかもよく見えないのかぽやんとした表情でいつもよりこちらに顔を近づけてくる彼女にいろいろと……。
いやいや待て待て落ち着くんだ……。
「日本の事、聞かせて下さい」
「そ、そうだね、じゃあ今日はどんなお話しようか?」
隙があればすぐに危ない方向へと向かいそうになる、いけない俺の青少年ハートを叱咤しながら、宰相ちゃんの言葉に耳を傾ける。
宰相ちゃんは本当に日本が好きだ。暇があれば日本の文化について質問してくる。
「もし、宰相ちゃんが日本に行ったら、どうなりますか?」
「そうだねぇー。宰相ちゃんは可愛いから、めちゃくちゃ人気出るね。間違いない」
「……勇者様。宰相ちゃんも、いつか日本に行ってみたいです」
「その時は俺が宰相ちゃんをもてなしてあげるよ」
こんなに可愛らしい女の子なのだ、誘拐とかに気をつけなくてはいけない。
その時は全力で俺が守ろう。俺は宰相ちゃんのナイトだ、全国の宰相ちゃんに劣情を催すいけない人達の魔の手から守る義務がある。
「嬉しい、です」
柔らかく微笑みながら、宰相ちゃんはそっと手をこちらに出してくる。
お手々繋ぎましょうの合図だ。
割れ物を扱うように、その手を優しく握り返す。しばらく無言で、湯の温もりと、壁際に誂えた彫刻より流れだす水音を楽しむ。
「勇者様。日本は差別の無い国、ですか?」
ポツリと、宰相ちゃんが静かに尋ねる。
どうやら、日本の話は終わっていないらしい。
「ん? やけに難しい事聞くね。まぁ完全にないと言ったら嘘になっちゃうだろうけど、少なくともこの世界の一般的な常識に比べたらマシだと思うよ」
「そうですか……」
「どうしたの? 宰相ちゃん」
隣で湯に浸かる宰相ちゃんの顔をそっと伺う。
先程まで見せていた愛らしい笑顔は陰っており、何やら思いつめた表情だ。
……どうしたのだろうか?
「宰相ちゃんはいつもいじめられてました」
「誰がいじめたの? ちょっと懲らしめてくるから教えて?」
「この国の人、じゃないです。遠い国の、人達」
……遠い国の人?
静かに語る宰相ちゃんの言葉に耳を傾ける。
そう言えば、宰相ちゃんは最初に自らを「ハイエルフ」と名乗った。だがこの国にはエルフの人達は沢山いるものの宰相ちゃんと同じ「ハイエルフ」とやらを見た事はない。
その事が関係しているのだろうか?
さらに言えば、宰相ちゃんは王宮に住んでいるが、彼女の両親の話は一切聞いたことがなかった。
何か事情がある気がした。
「宰相ちゃんの固有能力は強力、です。その能力があるから、皆宰相ちゃんを怖がっていました。あそこでは、だれも宰相ちゃんの味方をしてくれませんでした」
「宰相ちゃん……」
その答えは、まさにいま、宰相ちゃんの口よりもたらされた。
どの様な事情かはわからないが、きっと宰相ちゃんは故郷を追われたのだ。その能力が理由で。
そしてこの国へとやってきた、フローレシアは差別を受けた人々が寄り添い作られた国だ。宰相ちゃんを受け入れる土壌があったのだろう。
「もし、宰相ちゃんが日本に生まれていたら。こんな能力なんて無かったら。いじめられる事もなかった、ですか?」
「…………」
「宰相ちゃんも日本に、生まれたかった、です」
悲しげに語られるその言葉。
宰相ちゃんがどれほどの悲しみをその内に秘めているかが否応なしに分かる。
「俺には日本が宰相ちゃんが望むほど素晴らしい国とは断言できない。あそこだって蓋を開ければいろいろと問題があったりするからね」
宰相ちゃんが日本に夢を見ているという事はわかった。
でも彼女が希望を抱くほど素晴らしい国だとは嘘でも言えない。
だから、宰相ちゃんと繋いだ手、その手を両手で包む。
彼女がこれ以上不安がらないように、悲しい思いをしないようにと願って。
「その代わり。俺が宰相ちゃんの味方をするよ。どんな事があっても、宰相ちゃんがどんな子であっても、俺は君の味方だと誓うよ」
「勇者様……」
嬉しそうに微笑む宰相ちゃん。俺もその笑顔に癒やされる。
「だからさ、宰相ちゃん」
「――宰相ちゃんの能力が相手を洗脳する物だったとしても、気にする事はないよ」
「っ!?」
「勇者様は、宰相ちゃんの味方だからね」
まぁ、宰相ちゃんみたいな可愛い女の子にだったら洗脳されてもいいけど。
と、言うか。現状ホイホイ言うこと聞いてる辺り、能力あるなし関係無い気がする……。
「な、なんで! なんで!?」
俺の言葉に驚愕の表情を見せ、慌てだす宰相ちゃん。
どうやら俺が宰相ちゃんの能力を知っているとは思いもよらなかったようだ。
動揺する彼女に、俺は努めて優しく語りかける。
「実はね。前から何となく察しはついていたんだ。宰相ちゃん、時々声に魔力が篭もる事があるよね? さっきだって、入り口にいた衛兵の監視を能力でごまかしたでしょ? たぶん、そうかなーって」
疑問が確信に変わったのはついさっき。
浴場の入口に立つ衛兵を言葉巧みに追いやった時だ。
彼女から流れる魔力と、違和感のある衛兵の行動から彼女の能力がそうであると判断した。
「そんな、気づかないようにしたはずです!」
「……気づいたけどね」
彼女は口調が変わるほど動揺し、俺のことを信じられないといった表情で見つめている。
多分、能力でごまかせていると思っていたのだろう。
だが、俺にはなぜか宰相ちゃんの能力が効かない。
何故か? ……それは分からない。多分外道公の訓練を受けた辺りからそういった傾向が強くなってきていると思うんだけど……原因は不明だ。
「――忘れて下さい! 私の能力の一切合財を!!」
俺が過去を振り返り己の変化を不思議に思っていると、宰相ちゃんが実力行使に出た。
彼女から赤黒い魔力がほとばしり、声に乗って心を惑わす力が魂を揺さぶる。
……だが、俺が彼女の願いを聞くことは無かった。
「……ごめんね、宰相ちゃん。無理みたい」
静かに伝える。
「あっ……あ、ああ。あああっ!!」
俺の言葉をどう受け取ったのか、絶望の表情を見せる宰相ちゃん。
そんなに俺が能力を知った事がショックだったのだろうか? その変化に俺も戸惑う。
「ちが、違うんです……勇者様……。わ、わた、さ、さいしょうちゃんは……」
「さ、宰相ちゃん?」
「あああああああっ!!!」
拒絶するように握った手が払われる。
彼女は俺が驚く暇もなく叫び上げると、そのまま頭をガリガリと掻き毟り始めた。
「宰相ちゃん!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。騙してごめんなさい」
なぜそこまでなるのだろうか?
もしかして彼女にとって能力を知られるとはそれだけ禁忌な行為だったのだろうか?
俺は迂闊な自分を呪う。
くそっ! 「バレ、ました」「もう、宰相ちゃんったら」みたいなやり取りだけだと思っていたのに!
「折角優しくしてくれたのに! 能力を使ってまで秘密にしたのに! もうこれ以上能力を使わないって決めたのに! 嫌だ、嫌だ嫌だ! 嫌わないで! 捨てないで!」
涙をボロボロと流しながら、焦点が定まらないまま、壊れたように「捨てないで」と繰り返す。
……危険な状態だ。きっと対処を間違えれば彼女の心に大きな、それも修復不可能な傷を残すだろう。
だが、不思議な事に。こんな時でも、大切な女の子が危機にあっても、心の底では冷静だった。
何としてでも、彼女を守る。
それだけが、頭の中にはあった。
「っ!!」
「宰相ちゃん。大丈夫。俺は君の事を嫌いになんて絶対にならないよ」
気がつけば、なりふり構わず彼女を抱きしめていた。
彼女に何があったのか分からない。
でも、彼女に一番必要な事は分かる。
……もう少し言葉を選ぶべきだった。
だが過ぎた時間は戻ってこない。今はなんとか彼女を安心させるべく、言葉をかける事が大切だ。
「いつも言ってるでしょ? 『何があっても君の味方だ』って。その言葉に嘘はないよ」
「ほ、本当です、か?」
「本当だよ。俺はなんにも怒ってもいないし、別に宰相ちゃんの能力も嫌ってはいないよ?」
胸元より、オズオズと不安そうな声が聞こえてくる。
良かった。少しだけだが彼女の声に正気が戻ってきた。
そのまま、宰相ちゃんが好きな頭なでなでをしてあげる。彼女が安心するまで。
「だから、安心するといいよ。何も心配いらないよ」
「あ、あの! さ、宰相ちゃんは! フローレシアは! 勇者様の事を――」
「ストップ」
涙をポロポロと流しながら、自らの隠し事を告白しようとする宰相ちゃん。
俺は彼女の口に立てた人差し指をあて、しーっと合図をするとその言葉を遮る。
「そこから先は言わなくていいよ? 秘密にしている事があるんでしょ? なんとなく分かるよ。それをばらしちゃうと今度は宰相ちゃんが怒られるからね。だから言わなくてもいい」
「な、なんで? 騙してる、のに」
「俺は勇者だよ? そんな小さな器じゃないよ。それに――」
小さなことだ、全ては小さなこと。
何も問題ない、気にすることも、心配することも、恐れることも、何も必要ない。
だから、彼女の心配は全て無意味な物なのだ。
「――皆の事を信じてるからさ」
「う、うわぁぁぁん!!」
「よしよし……いい子いい子」
………
……
…
泣き止むまで、俺はずっと彼女を抱きしめていた。
しばらくすると、宰相ちゃんの泣き声は収まり、寂しさを満たすように強く抱きついてくる。
……どうやら落ち着いたようだ。
恥ずかしがっているのか俺の胸に顔を埋めたままこちらを見ようとはしないが、それでも、もう彼女の事を心配する必要がない事は分かる。
良かった。本当に良かった。
「あの、勇者様……」
「なにかな? 宰相ちゃん」
「宰相ちゃんは、まだまだ秘密にしている事、あります。けど、何があっても勇者様の味方をする事を、誓います」
強い言葉で告げられる。
それは彼女の宣言だ。何があっても俺の味方をすると、何があっても俺を裏切らないと……。
ならば、俺はそれに全力で答えよう。
「どんな事があっても、どんな事をしても、勇者様の味方、です」
「……ありがとう。俺も宰相ちゃんの味方だから。どれだけ宰相ちゃんが能力を使っても嫌いになったりしないよ」
彼女の言葉に優しく微笑みながら返す。
良かった、宰相ちゃんも元気になったし、これでまたいつものように仲良しこよしだ。
しかし、さっきは本当に焦った。
どうやら俺は女の子の機微を汲み取るにはどうも鈍感がすぎるらしい。
そんな、洗脳位で大げさな……と思ってしまうのだ。
まぁ、それは良い。これから頑張って宰相ちゃんに認められるような立派な勇者になればいいのだから。
俺は改めて、宰相ちゃんの為ならばどのような事でもすると決心すると、自らの腕の中にいるこの小さな寂しがり屋さんを抱きしめる。
……ん? 抱きしめる? お風呂で宰相ちゃんを?
こ、これはヤバイぞ。
冷静になって初めて、自分がとんでもない状況にいる事に気付く。
現在俺は宰相ちゃんを抱きしめている。そして宰相ちゃんは先程の混乱の時に身体を覆い隠すタオルが外れてしまっている。
つまり、俺は、全裸の宰相ちゃんを抱きしめている事になるのだ。
落ち着け、落ち着くんだ俺。何も考えるな、考えてはいけない。
例えば、宰相ちゃんの柔らかな二つの膨らみや、その先端にある二つの小さな突起、その感触などを、だ。
いけない、そう思うとさらにヤバイ。このままでは駄目だ。なんとかして宰相ちゃんに離れてもらわないと……。
けど、雰囲気的に宰相ちゃんをこちらから離すのはかわいそうだ……。
「あの、勇者様……」
「何かな?」
動揺を隠しながら答える。今の俺は名役者だ。その心中を一切表に出すことはない。
「あたって、ます」
「うぉぉぉぉぉおおお!! ごめん!!」
表に出ていました生まれてきてごめんなさい!!
俺はとっさに宰相ちゃんから飛び離れ、思う存分距離を取る。
だが、俺の衝撃を他所に、彼女は顔を少し赤らめるだけで……。
「嫌じゃ無い、です」
「うっ……」
ぽつりと恥ずかしげにつぶやく宰相ちゃん。
……えっと、どういう事でしょうか?
「勇者様……」
浴場の端に退避し、生まれてきた事を全力で謝罪する俺。なぜか宰相ちゃんは艶を含んだ声で俺の名前を呼びながら近づいてくる。もちろん裸だ。
慌てて距離を取ろうとするが、後ろは壁になっており、逃げる事はできない。
……あっという間に追い込まれた。
「さ、宰相ちゃん? どうして近づいてくるのでしょうか?」
答えは返ってこない。
それどころか、更に距離は詰められ、先程抱き合っていた時と同じ位――いや、それ以上に近くなる。
そして宰相ちゃんは潤んだ瞳でこちらをじぃっと見つめ、一言。
「チュー、してください」
「ちょ、ちょっと何言ってるのかわかりませんね」
「大丈夫、です。二人以外誰も、いません」
こ、この子は何を言っているんだろうか?
誰もいなかったらオッケーとか、そういう問題じゃないと思うんだけど。
なんだか物凄く積極的になった宰相ちゃんに心臓をバクバクと鳴らしながら、なんとかこの場を躱そうと考えを巡らす。
「ほ、ほっぺチューかな?」
「口、です」
間髪入れず答えられる。どうやら今日はほっぺチューでは許してくれそうにない。
涙で腫れ上がった瞳に強い決意の色が見える。
宰相ちゃん本気モードだ。
「はっはっは、流石にそれは駄目だと思うよ!」
「勇者様ぁ……」
宰相ちゃんは俺の言葉を無視するかのように目を瞑り、自らの口を差し出してくる。
柔らかそうな唇だ。こ、このまま欲望に負けて……いや、駄目だ! 宰相ちゃんの事を考えるとそんな安易な事は出来ない。彼女は12歳なんだぞ!
……よし、この場は逃げるしかないな!
「さーってと! お風呂から上がるかなー! 宰相ちゃんものぼせちゃうから早く出るんだよ! あっはっは!」
「――私に優しくキスをしろ」
その瞬間。先程とは比べ物にならない程の魔力が溢れだし、浴場を満たす。
宰相ちゃんを中心として、湯の水面に波紋が広がり、声に乗った魔力が俺の魂を鷲掴みにする。
くっそ! 宰相ちゃんめ! 気にしないとは言ったけど早速能力使うとは! しかもなんか全力じゃないか!
何が彼女をそこまで駆り立てるのか、おそらく自らの能力を全開にしたであろう宰相ちゃん。
彼女は目を瞑り、ソワソワと女の子の表情で俺を待ちながら、悍ましい魔力を辺りにまき散らしている。
腕が独りでに動く、宰相ちゃんの肩に両手が優しく添えられ、自らの意思に反して宰相ちゃんの唇と距離が近づく。
だが、だが俺は……!
「ぐぅ! ぐぉぉぉぉ!! ………はぁっ!!」
「あっ……」
耐えた! 振り切ったぞ!
ここで宰相ちゃんに負けてキスをしてしまったらロリコン確定だ。彼女には申し訳ないがこんな小さな子に手を出すほど俺は駄目な奴じゃないのだ。
毎回お風呂に連れ込まれたり、ホッペチューをしている事を記憶の彼方にやりながら、俺は自らの倫理観を優先し、宰相ちゃんをそっと離す。
「さぁ! お風呂から出るよ宰相ちゃん! のぼせちゃうからね!」
このまま人目の無いこの場所にいてはどうなるか分からない。RPGだと思っていたら18禁アドベンチャーだった、なんてオチになりかねない。
それだけは避けなければならなかった。だからこそ逃げの一手だ。
「むぅ。ヘタレ、です」
ようやく諦めてくれたのか、パタリと魔力の奔流が止み、代わりに宰相ちゃんの不満そうな声が聞こえてくる。
俺はその言葉を無視すると、サッと湯に浮かぶタオルを乱暴に掴みとり、宰相ちゃんの身体を見ないよう視線を逸らしながらそっと渡す。
「なんの事かわからないなぁ、あっはっは!」
「勇者様はヘタレ、です」
「しーっらないっと!」
「ヘタレ……」
物凄い不機嫌だ。
この愛らしい女の子は、俺がキスをしなかったことがとてもご不満らしい。
なんども俺の事をヘタレ、ヘタレと咎めてくる。
失礼な、俺は勇者だ。むしろここで思いとどまったこと程勇敢な事はないだろう。
危なかった、本当に危なかった。
敵は身近にいた。真の敵は宰相ちゃんだったのだ。
俺は今後、宰相ちゃんのスキンシップがより過激になる事を確信しながら、前屈みで風呂からあがるのであった。