第二十二話
エリ先輩に協力してもらい、『青い短刀』の皆を無力化する。
気絶し、全裸で縛り上げられるかつての仲間達。
間違った選択の代償は払って貰う。
これはその最初の一つだ。
……まぁ、ちょっと誤解されそうな光景ではあるが、暗器や逃走を危惧したためであって、他意はない。
そもそも相手は敵だ、そんな気持ちが起こるはずもない。
「どっちが悪者かわからないね、カタリちん!」
楽しそうに「うひょー!」と喜びの声を上げるエリ先輩が、バシバシと俺の肩を叩いてくる。
そもそも、ノリノリで脱がしにかかっていたのはエリ先輩だ。
流石の俺も暗殺者とは言え女の子の服を脱がす趣味は無い。
「変態さんだー!」と茶化してくるエリ先輩を少しだけ睨みつけながら、言ってやる。
「失敬な、俺は正真正銘の勇者だよ。ただちょっと外道公のお陰で手段を選ばない感じになっただけで」
「さっきまであんなに楽しそうにお喋りしていた女の子を平然と殺そうとした癖によくいうよ!」
「敵でしょ? 隙を見せたらこっちがやられるよ」
「……それもそうか!」
味方と敵。
前者は共に歩む大切な存在であり、後者はその歩みを阻む愚劣な存在だ。
味方は助け、敵は殺す。
仲が良かったとか、女の子だとか、そんな事は関係ない。
笑顔ではあるが何やら納得いっていない様子のエリ先輩を無視し、拘束の続きを行う。
『青い短刀』を囲むように、ベキベキと地面が音を立てながらせり上がってくる。やがて出来上がったのは鋼鉄製の頑丈な檻だ。
うん、これで大丈夫! まぁこの子達の実力なら破られる事もない――。
ズキリと、こめかみに弱い痛みが走る。
……? なんだ?
――お大事にー!
間髪を容れず相棒より声がかかる。
うーん、ちょっと能力を使いすぎたかな? あんまり無茶をしたつもりはないけど、知らず知らずに疲れでも溜まっていたのかもしれない。
たしかにちょっと目眩がする……と思う?
帰ったらゆっくりと休もう。
「さて、どうするのエリ先輩? 一応動けない様にしておいたけど」
「あのおっちゃんが一番いろいろ知っていそうだったから情報抜き出したかったんだけどね、取り敢えずこの子達で我慢するよ。いわゆる背後関係の洗い出しってやつだね!」
おっちゃん。そういや、そんなのもいたな……。
俺は近くに転がる生首――丁度こちらを向いて絶望の表情を見せたまま事切れているそれに視線を合わせながら、この後の対応について考える。
……とりあえず、このまま待っていればきっとセイヤが寄越した迎えが来る。
その迎えに死体の処理や『青い短刀』の連行は頼むとして、もろもろの細かい事については我らが宰相ちゃんにお任せするか。
「じゃあ、あとはこのまま宰相ちゃんにお任せするか。宰相ちゃんはいい子だから上手くやってくれるでしょ」
「そだねー! それがベスト!」
エリ先輩からも快い返事が返ってきたので、その方向で進める事にする。
宰相ちゃんはああ見えて、国で一番を争うほどに賢い子なのだ。
きっと、今回の事件を徹底的に分析してフローレシアの利益としてくれるだろう。
少々予定外の戦闘であったが、無事解決するであろうことに安心した俺は、ふと一つ忘れごとがあったのを思い出す。
そしておっちゃんの死体をゴソゴソ楽しそうに検分するエリ先輩へと尋ねた。
「そういや、聞き忘れてたけど隠れている敵とかはどうだったの?」
「んー? いなかったよ! キマイラを運用した部隊とかが近くに控えているかと思ったけど、そんな気配も無し」
キマイラは人工的に作られる魔獣だ、通常はその運用にあたって専門の魔法使いや魔獣使いが同行する。
この魔獣は戦時において強力な戦力となる。その製造にかかる費用が安くない事からあまりホイホイ使い捨てできるものでもないんだけどな。
ふむ、キマイラの運用が得意なのはたしか……隣国に位置するバレスティア黄金帝国か。
まぁ、断定するのは早いか。そしてそれは俺の仕事でもないし。
……しかし、今回の襲撃。殺せれば幸運程度、そんな適当な感じがするな。
それとも、予定外だったのか?
あまりにも稚拙な襲撃、その正体に頭を悩ませながら、俺はエリ先輩へと問う。
「この子たちも捨て駒だったのかな?」
「キマイラで凄くびっくりしてたからね。おっちゃんはともかく、この子達はその可能性が高いよ」
「敵のキマイラ回収部隊が後から来たりする可能性は?」
「どうだろうね? 相手に見つかるリスクがあるから派遣されるかは微妙な所だけど。どうする?」
うーむ、謎が残る。
だんだん気になってきた。今回の襲撃はどういった裏があるのだろうか?
おっちゃんは殺してしまったからこの場で背後関係を尋ねる事もできない。
『青い短刀』の皆も捨て駒オーラが半端じゃないから尋ねても無駄だろう。……気絶しているしね。
うーん。回収部隊か、もし来るのなら捕まえて口を割らせても面白いかもしれない。
少々危険だがそれもありだろう。無謀な行いは時として人生を輝かせる。
よし、決めた! 待ってみるか!
ふふふ、なんだか楽しくなってきたぞ。
自然と笑みが溢れてくる。
じくりと痛むこめかみを、トントンと叩きながらエリ先輩へと頷き答える。
「待ってみるのも一興だね」
「おっけー! じゃあキマイラでも食べてゆっくりと待ちますか!」
「ようやくキマイラ食えるな! 楽しみだ!」
ふと気がつく。
先程から視線を合わせたおっちゃんの生首、これはどっちの国に回収されるんだろう?
少しだけ考えこむ。
……まぁ、いいか。ここは慎重にいこう。
俺は一瞬で思考を放棄し、その脳を破壊するように自らのブロードソードを薙いだ。
◇ ◇ ◇
ターラー王国、俺の為に用意された来賓室。
数多くの調度品に囲まれた豪華な一室、俺はゆったりとしたソファーに座りながら、我が天使、宰相ちゃんを膝の上に座らせていた。
「宰相ちゃーん」
「はーい、です」
「勇者、様」
「なーに?」
ユラユラと、宰相ちゃんと一緒に左右に揺れながら、二人で名前を呼び合う。
宰相ちゃん完全甘やかしモードだ。
今回の件では宰相ちゃんにとっても迷惑をかけてしまった。
暗殺者の処理から魔獣の回収、犯行勢力の推測やターラー王国との折衝まで全ておまかせしてしまったのだ。
あの後、特に回収部隊との接触もなく暇をしていた俺達の所へ迎えの部隊と一緒に駆けつけてくれた宰相ちゃん。俺の無事を喜ぶと共にその後の処理も快く引き受けてくれた。
正直、こんな小さなハイエルフの女の子に頼りっきりになるとは、非常に情けなく思う。だが仕方がない、彼女以外に、そして彼女以上に適任者がいないのだ。
だからそのかわり、このいじらしい女の子の献身に俺は全力で答える。
「……おい。おい勇者」
宰相ちゃんを全力で甘やかす。
今まで封印していた全ての甘やかしを解禁だ。彼女が満足するまでホッペチューだろうがお風呂だろうが添い寝だろうがなんだろうが全部答えることにしたのだ。
これこそが俺ができる唯一の恩返しだろう。もちろん、俺に宰相ちゃん分が足りてないからとかそんな理由は全くない。
……多分。
「頭なでなで攻撃だ、宰相ちゃん!」
「わぁ、やられました、です」
誤魔化すように頭をぐしぐしと撫でてあげる。
身体を捻り、ニコニコと嬉しそうにこちらに笑顔を向けてくる宰相ちゃん。
俺も全力の笑顔で彼女の微笑みに答えると、宰相ちゃんの小さな身体をぎゅーっと抱きしめる。
ああ、急速に宰相ちゃん分が補充される……。
「オイ! 聞こえてるだろ! 返事をしろダサ坊!!」
「……あんだよ?」
ちっ……。
余計な邪魔をしやがって。
先程から煩く声をかけてくるのは大臣の一人、フィレモア伯爵だ。
何が気に入らないのか俺と宰相ちゃんの甘やかし空間を邪魔してくる。その横には少々呆れ顔のエリ先輩もいる。
まったく、気に入らないのはこっちだ。
俺は不機嫌を隠さずに伯爵に鋭い視線を送る。
チラリとみた宰相ちゃんも、物凄く不満そうな視線をフィレモア伯爵に送っていた。
「貴様、さんざんワシに迷惑かけておいて何平気でロリとイチャコラしておるのだ?」
そう言えば、フィレモア伯爵にはエミリー嬢の治療をお願いしたのだったっけ?
フィレモア伯爵は全治の固有能力を持っている。
それが理解できる類のものであれば、どの様な怪我や病も治してしまうのだ。
ちなみに、他国どころか国内でも秘密になっている。
基本的にフローレシアは秘密主義だし、何よりこの能力は影響が大きいからな。
どの様に誤魔化してエミリー嬢を治療したのか興味は尽きない、きっと爆笑するようなやり取りがあったのだろう。
その場にいなかったことが悔やまれる。
でもまぁ、見たところ上手く誤魔化せたみたいだしいいじゃないか。
「俺とフィレモア伯爵の仲なんだし、そんな堅苦しい事言うなよー。ねーっ、宰相ちゃん?」
「はい、です」
「本当最近調子に乗ってきておるな、お主! 勝手に出かけるわ暗殺されそうになるわ……」
フィレモア伯爵が理不尽に苦労しているのが楽しい。
俺はカラカラと笑いながら、引き続き宰相ちゃんとのイチャイチャに戻る。
「でも、心配しました、です。危ないこと、して欲しくない、です」
「ごめんね、宰相ちゃん。心配させちゃった上に面倒事まで持って帰って来ちゃって。暗殺者の人達宜しくね?」
「大丈夫、です。生まれてきた事、後悔させます」
「こらこら、冗談でもそんな物騒な事言ったらメッでしょ?」
「です」
再度宰相ちゃんに謝罪しながら、きゃっきゃうふふと幸せな空間を醸しだす。
ああ、癒される。
もうなんだかこのまま宰相ちゃんとゴールインしてもいいような気がしてきた……。
俺はなんだかんだ言いつつも、自分が宰相ちゃんの魅力に完全ノックアウトされている事を感じると、更に彼女を甘やかし、甘やかされる。
その時だった、不意にドアが勢い良く開けられる。
「カタリ君!!」
息を切らせて現れたのはセイヤだった。
「やぁ、セイヤ。お元気? エミリー嬢は大丈夫だった?」
軽く手を上げ、挨拶する。
ノックもせずに入室してくるのはいささか不作法だが基本的にフローレシアに住む人間は作法を語る資格が無いのでスルーする。
宰相ちゃんも膝に乗ったまま軽く挨拶しているし別に良いのだろう。
まぁどちらかと言うと、宰相ちゃんにとってはフローレシアの宰相として振る舞うことよりも、俺とイチャイチャすることの方が優先されるからだろうけど。
俺も勇者として振る舞うよりも宰相ちゃんとイチャイチャしていたいからおあいこだ。
宰相ちゃんを抱っこしながらセイヤとの会話を続ける。
「ああ、おかげさまで。あっ! フィレモア伯爵もこの度は誠にありがとうございました。――本当ならカタリ君にもっと早くお礼をいいに来たかったんだけど、王宮が騒がしくてなかなか許可がおりなかったんだよ」
「そう言えばなんか騒がしいよね。空気もピリピリしてるし。なんで?」
「いやいやカタリちん? 私達暗殺者に狙われたんだよ? どこの国の差金か分からないけどターラー王国の皆さんが気を張るのは当然じゃないかな!」
先ほどまで会話を聞いていたエリ先輩がツッコミを入れてくる。
わかっているよ。ちょっとした冗談じゃないか。
俺は「カタリちんはアホだなー!」と楽しそうに笑うエリ先輩になんらかのイタズラをすることを人知れず決意する。
「実はそれだけじゃないんだ。ギルドが何者かの襲撃を受けたんだ。職員の多くが殺されて、それに……ギルドマスターを覚えているかい? 彼も殺されてしまったんだ。僕らがキマイラと戦った翌日に、首なし死体で川に浮かんでいるのが見つかったらしい……」
「わお。事件の匂いだな……」
セイヤの話は終わっていなかった。
どうやら事件は俺達だけに起こっていた訳ではないらしい。
うーん、あのギルドの人達かー。まぁ、胡散臭い人達だったから裏のあれこれに巻き込まれてもおかしくないだろう。あるいは口封じとして殺されたのかな?
案外、この中に犯人はいる! みたいな感じだったりしてね。
「ギルドマスターは今でこそ一線を退いていたけど元は黄金級上位の実力を誇る冒険者だったんだ。その彼を殺すなんて、相当の実力者が絡んでいる事になる」
「勇者様、怖い、です」
セイヤの言葉に思う所があったのか、宰相ちゃんは俺の方を向くと怯えた表情で縋るような視線を向けてくる。
「大丈夫だよ宰相ちゃん。宰相ちゃんに危害を加える悪い奴は皆勇者様がやっつけてあげるからね!」
「嬉しい、です」
俺はそんな宰相ちゃんを安心させるべく、精一杯のほほ笑みを向けると、優しく彼女をギューッとする。
途端、先ほどの表情などまるで演技だったかの様に、宰相ちゃんに笑顔の花が咲く。
やっぱり宰相ちゃんは笑顔が似合うね! ……ん?
ふと気が付くと、エリ先輩とフィレモア伯爵がじとーっとした視線をこちらに向けているのがわかった。
「何? 文句あるの?」
「あるの、ですか?」
宰相ちゃんと一緒に文句を言う。
なんだろうか? 俺と宰相ちゃんが仲良くするのがそんなに気に食わないのだろうか?
だとしたらとんだ言いがかりだ。流石の俺も黙っちゃいない、宰相ちゃんだって不機嫌モードだ。
「別にー。犯人怖いなーってエリ先輩は思ったのだ!」
「本当、最近お主ら調子にのっておるな!」
何やら文句を言い出すエリ先輩とフィレモア伯爵。
よくわからないが、酷い言いがかりであるということは理解できた。
なので、適当にその話を切り上げて話題を変える。
「それにしても、そんな事になっていたなんて。なんか親善を含めた訪問なのに大事になったよなー」
「ああ、立て続けにこんな事件が発生したとあって、今王宮は厳戒態勢なんだよ。本当、不甲斐ない。君まで危険な目に会わせた挙句僕は何も出来なかった……」
気落ちしたように語るセイヤ。
まぁ、こいつ本当ダメダメだったからな。聞いたところによるとターラー王に滅茶苦茶怒られたらしいし。
でも、コイツの誠実な所は嫌いになれないんだよな。このままウジウジされても鬱陶しいし、少し励ましてやろう。
「そんな事ないない。キマイラ格好良く倒したじゃん? 凄いよマジで。それに滅茶苦茶美味しかったしな、あれ」
「え! 食べたの!?」
「え! 食べるでしょ?」
「「…………」」
沈黙が部屋を支配する。何かおかしい発言があっただろうか?
宰相ちゃんが小さく「です」と呟いた。
「ま、まぁとにかく。もうフローレシアに帰るんでしょ? その前に一言お礼を言っておきたかったんだ。本当にありがとう、君のお陰でエミリーは無事だった」
「気にするな気にするな。俺とお前の仲じゃないか。当然さ」
「それでも、だよ。やっぱり本家の人には永遠に敵わないんだね。僕もいつかカタリ君みたいになりたいよ……」
「んー、よく分からないけど頑張れ!」
なんだか無駄にヨイショされてむず痒い。
「おい、ダサ坊。そろそろ時間ですぞ」
「お、もうそんな時間?」
フィレモア伯爵が懐中時計を手に持ちながら伝えてくれる。
セイヤの言うとおり、これからターラー王国を出て、フローレシアへ帰るのだ。
セイヤが息を切らせてやってきたのもその為、最後の挨拶になんとか間に合ったといった所だろう。
別にそんなの無くても良かったんだけど、別れの挨拶も悪いものじゃないかもな。
そう考えを改めた俺は、宰相ちゃんを膝から下ろしながらソファーより立ち、セイヤに明るく別れの挨拶を告げる。
「じゃあセイヤ、そろそろ行くわ! エミリー嬢とお幸せにな!」
「ああ、また会おう! 絶対だよ、いいね!」
次に会うのはいつになるか分からない。
けど、少しだけ楽しみだ。俺はターラー王国での出会いに感謝しながら、セイヤとの再会を約束した。
◇ ◇ ◇
フローレシアへと向かう、王宮専用馬車内、あることに気がつく。
隣に座る宰相ちゃんが何やら大きな壷のようなものを抱えているのだ。
大きさは人の頭よりもちょっと大きいくらいだろうか?
何やら魔法の文様が描かれており、異様な雰囲気を放っている。
「宰相ちゃん。その壷はどうしたの?」
「お土産、です」
「中に何が入ってるの? お菓子?」
「塩漬け、です」
ニコリと柔らかく微笑み、どこか自慢気に報告してくれる宰相ちゃん。
思わずその美しい髪を撫でながら、くすぐったそうにする宰相ちゃんへ続ける。
「意外に渋いね。ティアへのお土産? 重かったら持とうか?」
「大丈夫です。宰相ちゃんが持ちます」
頑張ります! と、しっかりとした表情で俺を見返してくる宰相ちゃん。
自分でなんでもやろうとするなんてとっても偉い子だ。
彼女の返答に満足した俺は、ウンウンと頷くと、その頑張りを褒め称える。
「そっか、宰相ちゃんは偉いね!」
「です」
ガラガラと、馬車が道を進む音がBGMとなり、柔らかな日差しが窓より入り込む。
いろいろあったが、ターラー王国も悪い所じゃなかったな。
でもやっぱり、俺にはフローレシアの空気があっているようだ。
なんだかんだで、フローレシアのノリに毒されてしまった俺は、宰相ちゃんとお喋りを楽しみながら、愛しい第二のふるさとへと帰るのであった。




