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第二十一話

 ユラユラと剣先を揺らす。

 暗殺者の皆様方は獲物を構え、油断する事なくこちらを見据えている。

 恐らく、セイヤがいなくなった事から、俺を口封じする為に動いたのだろう。

 セイヤはちょっとアレな子なので最後まで気づいていなかったが、俺はいろいろと邪魔したからな。

 もっとも、何度も失敗しておきながら、いまだに何とかなると思っていそうな点は流石にどうかと思うが。

 さて、誰からやろうかな?


「うーん」

「カタリちん! そいつら暗殺者だよー!」


 悩む俺に、ひどく機嫌の良い声がかけられた。もちろん、言われなくても分かってるし、エリ先輩もそれを知っている。

 なるほど、そういう方向性でいってみるか。


「えっ!? 暗殺者? ど、どういう事?」

「カタリちんは騙されていたんだ! なんという悲劇!」

 俺は信じられないといった驚きの顔で皆を見回すと、一番近くにいた荷物運びのおっちゃんへと向き直り、尋ねる。

 ――三十歩


「おっちゃん、嘘だろ? 冗談はよしてくれよ」

 混乱の表情で、無防備に歩いてゆく。

 ――二十五歩


「だってあんなに皆仲良くしてたじゃないか!」

 ジャキリと音が鳴り、おっちゃんの腕に隠されていたアサシンブレードが伸び出てくる。

 御しやすいと判断されたのか、おっちゃんが歪んだ笑みを浮かべる。

 ――二十歩


「返事をしてくれよ!」

 ――十五歩




 「……なぁ、おっちゃん」

 ――ゼロ歩



 眼前。

 恋人が、愛を語り合うかの如き距離。

 ……獲物は、間抜けな顔をしていた。


 思わず――笑みが溢れてしまう。

 手に持つ刃を振るう。

 無造作に、だが確実に命を刈り取る軌道で放たれる斬撃は、まるで宙を這う蛇だ。

 でたらめな動きで首筋を狙い、鮮血を欲す。

 哀れな獲物は、驚愕の表情で全身を捻り死の牙より逃れんとする。

 刹那の攻防、暗殺者は辛うじて命を繋ぎ止めることに成功した。

 だが無傷とはいかない。耳を掠めた刃先からは、小さな赤が咲き散っている。

 追撃を恐れたのだろう……。

 距離を取る為、無様に転がりながら滅茶苦茶にアサシンブレードを振るうその姿は、滑稽を通り越していっそ哀れみすら感じさせる。


「……おお。なかなかの反射速度」


 安物のブロードソード、その刃先に付いた血を指の腹で軽く拭いながら、先ほどの動きを思い返し、分析する。

 小手調べにと放った一撃だが、掠っているようでは存外たいしたことがない。

 どうやら、暗殺者とはいっても素人さんのようだ。


「くそっ! お前らはその女を殺れ! 俺はコイツの相手をする!」


 おっちゃんはこちらから視線を外さず、『青い短刀』――すなわち他の暗殺者へと指令を下す。

 なるほど、おっちゃんが指令役か。だがその場で指示を出すとはお粗末だ。

 少しからかってみるか?


「えー? いいの? 今ので怪我したみたいだけど、毒塗ってあるよ?」

「ちぃ! おい! こっちが先だ! コイツをやるぞ!」


 ……どこのお上りさんだよ。戦場に出たてのガキか。

 二転三転する指示を聞き、慌てて『青い短刀』が俺を取り囲む。

 おっちゃんは毒が気になるのだろう、傷ついた耳を気にしながら何かの丸薬を飲み込んでいる。

 ごめんね、嘘なんだよね。

 と言うか、分からないの?

 しかもエリ先輩フリーだよ?


「カタリちん! なんか皆カタリちんとやりたいみたいだから、エリ先輩は応援してるね! がんば!」

「はーい、応援よろしくー」


 軽く手をあげ、エリ先輩に答える。

 フリーになり殺りたい放題だったエリ先輩だが、颯爽と戦闘放棄を宣言する。

 この程度の相手なら俺だけで十分ということだろう。

 それよりも、彼らを囮として本命が潜んでいる場合の方が危険だ。そしてエリ先輩ならそのような場合でも完璧に対処する事ができる。

 あまりにも雑魚い相手だ。本命がいる可能性は高い。

 ここは周囲の警戒をエリ先輩にお願いして、俺はせいぜいこのお上りさんと遊ぶか。


「ちなみに! エリ先輩の見立てではおっちゃんが白銀級! あとは鋼鉄級だよ!」

「だってさ、どう? あたってる?」

「ふざけやがって! 死ねっ!」


 おどける様に尋ねた言葉は、激昂をもって返される。

 ……死ねという単語は言う必要があるのだろうか?

「多言な暗殺者は、最も愚かしい生き物だ」外道公のありがたい言葉の一つだ。なるほど、的を射ている。

 ダボッとした服を脱ぎ去り、ぴっちりとした身軽そうな皮鎧を晒したおっちゃんは、猟犬の様な速度でこちらへ走り寄り、アサシンブレードで斬りかかってくる。


「よいしょっと。これ躱せる?」

「ぐぅ!!」


 攻撃を軽く弾き、返す刃で心臓を狙う。

 血に飢えた直剣が、刃を弾かれ不安定な体勢になっているおっちゃんへと容赦なく襲い掛かる。


「とうっ!」


 だがその瞬間、横から突き出される剣に邪魔された。

 ……おお、残念。

 おっちゃんを仕留め損なった俺は、さしたる後悔もなく上体をそらして突き出された剣を躱すと、犯人である猫ちゃんの腹へと蹴りをお見舞いする。


「猫ちゃんセンスあるけど攻撃が軽すぎ」

「みぎゃ!」


 軽い体躯のせいか、いとも簡単にゴロゴロと転がっていく猫ちゃんを笑いながら見送る。

 笑顔のまま魔力を掌に纏い、エルフさんから放たれ、飛翔してくる矢を掴みとると、そのまま背後から忍び寄るリーダーさんの喉元へと投擲。


 金属音が一つ。

 弾かれた矢がポトリと地に落ちる。

 良いタイミングで矢を放つね。

 そしてリーダーさんもなかなかセンスある。冷や汗凄いけど。

 彼女の持つツヴァイハンダー。その剣先がカタカタと揺れているのが面白かった。


 ……しかし、うーん、10点位かな?

 稚拙な連携を一蹴し、彼らの動きを評価してみる。

 必殺と思った攻撃がやすやすと捌かれた事がよほど驚いたのだろう。

 慌てて陣形を立て直す彼らは、――信じられないといった表情でこちらを見ている。


「毒がそろそろ回ってきたんじゃない? 気分どう?」

「そんなハッタリが効くか!」


 再度からかってみるがにべもない

 そのわりには動揺しているのが面白い。

 だが、少し違和感を覚える。あまりにもチグハグなのだ。

 連携も悪ければ、状況判断も最悪だ。

 相手の力量を見極める観察眼も無ければ、戦況の不利に対処する決断力も無い。

 もしや、急ごしらえのチームか何かなのだろうか?

 そう当たりを付けた俺は、早速『青い短刀』の皆を口説きにかかる。


「うーん、ねぇねぇ。君らちょっと裏切らない? このおっちゃんにこき使われてるんでしょ? 勇者様に乗り換えようぜ」


「うるさいよ!」

「あっそう」


 猫ちゃんがフシャーと毛を逆立てて威嚇する。

 ちょっと可愛いな。

 けど残念だ。

 ならばしかたない。


「きゃっ!!」

「っ!? イレールねぇ!!」


 一切の予備動作無く放たれたのは俺の腰に挿してあったナイフだ。

 魔力を伴ったソレは、エルフさんの弓を打ち砕くと、そのまま彼女の右手に突き刺さる。


「あー、そのナイフ痺れ薬塗ってあるから気をつけてね」


 腕を庇うエルフさんに忠告してあげる。

 俺はいつだって正直だ、嘘を付いたことなんて一度もない。


「誰が騙されるものです……か……」

「「なっ!!」」


 ドサリと、崩れ落ちるエルフさん。

 その様子を見た暗殺者達に強烈な動揺が走る。


「言わんこっちゃない、人の忠告は聞くものだよ」


 グローン蜘蛛は毒を持っている。

 その体液は人の自由を容易に奪う強力な痺れ毒となっているのだ。

 食い歩きした際に蜘蛛を仕留めたそのナイフ。いまだ体液がこびり付き、天然の毒刀とかしたそれは、愚かなエルフさんの自由を奪うには十分な力を持っていた。

 これで一人。


「大丈夫!? イレールねぇ! ――くっ! なんなの!?」


 慌ててエルフさんの所へ駆け寄ろうとした猫ちゃんが何かに足を取られたようにもつれ、倒れかける。

 おや? と思い、改めて観察してみると、至る所にトラップが仕掛けられている事がわかった。

 どうやら相棒が援護してくれたらしい。


「勇者様は正々堂々と言う言葉が嫌いなのでそこら中にブービートラップを仕掛けました。ちょっと足がもつれるかもしれないけど頑張ってね」


 トラップは小さなワイヤーや足が取られるような窪み、地面から突き出した刃物等、至る所に配置されており、能力を通じて場所が把握できる。

 ちなみに、俺が引っかかる事はない。

 近くにあるワイヤーを軽く足で触れてみる。瞬間、ワイヤーは唯の砂と化した。

 流石相棒、良い仕事をしている。


 ――でしょでしょー!


「くそっ! どういう事だ! オホドー! 話と違うじゃないか! なんなんだ、なんなんだコイツは!」

「うるせぇリゼット! まだ一匹残ってんだ! だまってやりやがれ!」


 俺が相棒の献身的かつ匠の技に感動していると、何やら仲間割れをはじめる暗殺者の方々。

 なんなんだとは失礼な。俺は勇者だ。

 そして仲間割れとはどういう了見なんだ? 敵が目の前にいるんだぞ?


「君ら暗殺者でしょ? ちょっと喋りすぎ。ちゃんと訓練受けたの?」

「ちっ!!」


 次は誰にするかな?

 あんまり時間をかけるのも良くない、相手の力量は見定めたし、そろそろ本気で狩るか。

 そう思い、ポケットに入っていた地獄茸の残りを口に含んだ俺は一歩を踏み出そうとする。


「――ん?」


 だが、不思議な事にその一歩が踏み出される事は無かった。


「バカが! 余裕ぶっこきやがって! シャドウバインドだ! お前ら、今の内に殺せ!!」


 オホドーことおっちゃんは地に手をつきながら大声で叫んでいる。どうやら何らかの能力の発動をしたらしい。

 勝利を確信したのかニヤニヤとした気持ちの悪い笑みだ。

 なるほど、影を通じて魔力を送り、相手を捕縛する技か。

 時間はまだ早く、朝日が登ったばかりだ、太陽の位置が低いため影が大きく伸びている。

 それを利用されたか。


 おっちゃんの指示を聞いたリーダーさんと猫ちゃんがタイミングを合わせて飛びかかってくる。

 警戒しているのだろう、ご丁寧に一番やりにくい位置とタイミングだ。

 俺は動かない。

 死はすぐそこまでやって来ている。

 刃が俺の身体を引き裂こうとした。

 その瞬間――


「カタリちん! できれば殺さないで捕縛して!」



 エリ先輩のオーダーが入る。

 ……もう、エリ先輩は注文が多いなぁ。

 獲物を切り裂こうと待ち構えていたブロードソードを持つ右手より力を抜き、左手の拳を固く握りしめ魔力を込める。

 そのまま地面を這うほどに屈みこむと、俺の真上、空を斬った猫ちゃんの無防備な腹を思う存分殴りつける。


「おげぇっ!」


 猫ちゃんが吐瀉物をまき散らしながら転がってゆく。

 間髪入れずリーダーさんが大剣を上段より叩きつけてきた。

 軽く半歩横にずれ、大剣の腹に左手を添え、パリィ。全力が込められたであろうその攻撃を難なくいなすと、口の中でよく噛み砕いた地獄茸を、その無防備な眼へと吹き付けてやる。


「ぎゃああああああ!!」



 森は、異様な雰囲気だった。

 普段なら様々な生命に満ち溢れるこの場所も、今は沈黙が支配している。

 小鳥の囀りも、木々のざわめきも、昆虫の気配も。何処にもない。

 ありとあらゆるものが沈黙を守っている。


 ただ、瞳から血を流す女の絶叫だけが響いていた。



「な、なぜ……?」


 おっちゃんが、不動のままポツリと呟いた。


「さっすがカタリちん! 一応言っておくけど、生きてさえいれば大丈夫だからね!」


 無言でおっさんへと近づく。

 彼は驚愕の表情で俺を見るだけだ。

 シャドウバインド。

 影縫いの術とも言われるそれは、相手の影を通して魔力を送り込み、その動きを封じる固有能力だ。

 比較的多くの人間が所有しており、特に暗殺者が好む能力なのだが……。

 程度の低い暗殺者が必殺の意思で放ったこの能力には、致命的な欠点がある。

 簡単なことだ。相手を上回る魔力で押し流せば、途端に本人を縛る罠と化すのだ。

 よってシャドウバインドは、未知との接敵において刹那の攻防にてのみ使用するものであり、縛ったからと悠々仲間に合図を送る類のものではない。


 自らの四肢が一切動かない。その事実に気がついたのだろう。

 おっちゃんの表情は驚愕から次第に恐怖へと移り変わっている。

 いや、少しだけ、ほんの少しだが腕が動き懐へと向かう。

 捕縛が甘いようだ。

 何をするつもりだろうか? 逃走用の魔法具? それとも救援用の連絡?

 ……いつも一撃必殺だから捕縛術はあんまり得意じゃないんだよな。

 俺はこれ以上おっちゃんの捕縛に時間をかけて、事態が良くない方向へ転じる事を危惧すると、エリ先輩に了解を取る。


「エリ先輩ー、おっちゃんはちょっと無理かも? 逃げられる可能性があるー」

「仕方ないなー、じゃあいいよー」


 ブロードソードに魔力を込め振りかぶる。

 赤、青、黄、を混ぜあわせた、ドロドロとした悍ましい黒がブロードソードの刀身を染め上げ、不気味な威圧感をまき散らす。

 おっちゃんが見せる絶望の表情を見ながら、俺はごく軽い声でエリ先輩の返事に答えた。


「あいよー」

「まっ、まって――」


 一筋の銀光がおっさんの首筋を薙ぐ。

 真っ赤な飛沫が撒き散り、ごとりと首が地面に落ちる音が鳴る。

 ビクビクと痙攣する身体をしばらく観察し、再生やアンデット化の兆候がない事を確認すると、嗚咽混じりに立ち上がりつつある猫ちゃんの方へと視線を向ける。


「んー、後は……猫ちゃんか……」


 おっちゃんは死に、エルフさんは痺れ中、リーダーさんは視界を奪われ、そして猫ちゃんだけが残る。

 剣を軽く振り、刀身にこびり付いた血液をふるい落としながら、俺は最後のしめにかかる。


「マリテ! 逃げろ! 私達の事はいいから!」

「そんな! おねえ達を置いて逃げられないよ!」


 茶番が始まっている。

『青い短刀』の皆さんはどうやら思った以上に仲間想いのようだ。

 とうてい暗殺者には向いていない。

 だが、だからと言って許してあげる理由にはならない。

 俺に武器を向けたのだ、誤った選択の代償は徹底的に払ってもらうつもりだった。


「逃げるとお姉さんどうなっちゃうかわかんないよ?」

「耳を傾けるな! どうせ私もこのままでは助からない!」

「はっはっは」


 物凄くドラマチックだ。

 実に感動的で、実にくだらない。

 なんだか自分が物語の悪役になってしまった気分になりながら、ゆっくりと歩を進める。

 ……おかしいな、俺は勇者の筈なのに。


「いけ! 私達の分まで生きろ!」

「おねぇ、ごめんなさい!」



「いやぁ、名場面だね。けど、現実はそう甘くない」


 ――逃がさないよー!


 ベキベキと、地面が脈動し、木々が押し倒される。

 猫ちゃんの行く手を塞ぐようにせり上がった土壁は、ゆうに10メートルはあろうかという高さで、到底彼女には飛び越える事はできない。



「あ……ああっ……」


 猫ちゃんの背後に到着する。

 土壁を唖然と見上げ、恐怖に震えているだろう彼女の首筋へと、剣先を突きつける。


「ひっ!!」


 ようやく気付いたのだろう、振り返り、向けられた表情は涙と絶望でグチャグチャになっていた。


「逃げられるわけないじゃん」


 普段と変わらぬ声色で、まるで間違いを犯した知り合いに注意するかのように告げる。

 俺が向けた微笑みははたしてどの様に映ったのだろうか?

 絶望と後悔が織りなすコントラストを楽しみ、彼女の命乞い、その音色を聴きながらそんなことを考えた。

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