第十八話(上)
ターラー王国が誇る会議室。
頭上からは巨大なシャンデリアが日の光を反射して輝いており、天井には何らかの物語を模した絵画が描かれている。
側面にはまさに職人芸といった精巧な細工が施された石像が並んでおり異様な雰囲気だ。
この豪華絢爛な、まるで自国の栄華を自慢するかのような大会議室。
その場にて、俺はフローレシア王国とターラー王国の外交会議に出席していた。
なんで役に立たない俺が出るの? とも思ったのだが、勇者だから一応出ておけ、ということらしい。面倒すぎる。
ぼーっと、あらぬ方向を見ながら、未来の奴隷に思いを馳せ、何やら小難しい話を適当に聞く。
会議の内容はどうやら勇者召喚術式についてらしい。ターラー王国の勇者召喚術式をパクったお詫びとして、フローレシア王国がガイゼル地区を格安で有償提供するとの取決めだ。
……じゃあなんでパクったのだろうか?
疑問は尽きないが、別段その内容は俺にとってどうでもよく、早く終わってくれと先ほどから何度も念じている。
一言で表すと、つまらなかった。
『おい、おい! ちょっと、ちょっと!』
隣に座る大臣の一人に小さく声をかける。
先ほどまで難しい顔で双方のやり取りを聞いていた奴だ。
ちなみに、普段はもっとふざけた人間であるという事を俺は知っている。
この場で見せる顔など、コイツの本性ではないのだ。
『む!? なんですかな、勇者殿? 今は大事な話の最中なのですぞ?』
こそこそと返答してくる大臣。その空気を読んでいる感じが気に食わない。
こう、違うだろ。お前達はもっと、こう、はっちゃけているべきだろ?
『なんか暇だから面白いことやってよ』
『な、なんという無茶ぶり!』
『いいからやってくれよー、いつもみたいなノリでさ!』
テーブルの下、まわりからは見えていないことを確認しながら、俺は大臣の足を念入りに蹴飛ばす。
殺すような視線を向けられるがそれが心地良い。このように俺と大臣は殺伐としていないと落ち着かないのだ。
「ふむ、いかが為されたかな? フィレモア伯爵?」
刺すような視線がこちらに向けられる。ターラー王だ。めっちゃ怖い。
コソコソ話が聞かれていたのだろう、言葉は穏やかだが目が笑っていなかった。
「ああっ! これは失礼いたしましたターラー王! 丁度我が国の勇者殿に此度の会議について説明をおこなっておりましたのじゃ!」
「さようか、何かあれば遠慮無く申されよ」
「ご配慮痛み入ります、ターラー王」
シュンとする大臣。思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
良い気味だ。普段から俺に嫌がらせしているからそういう事になるのだ。
そのままその情けない面を笑顔で拝む俺。だがターラー王が別の議題について熱心に話し始めたのを見たのか、大臣――フィレモア伯爵が小声でこそこそと文句を言ってくる。
『ダサ坊、空気読めよ! ワシが怒られただろうが!』
『ちょっと笑えたわ』
『ぶっ殺すぞこの糞ガキが!!』
楽しい。大臣が理不尽に酷い目にあっているのがとても楽しい。
さて、次は誰をターゲットにしようかと、反対側に座るエリ先輩に視線を向けたときだ。
テーブルを挟んで座るセイヤより声があがった。
「ターラー王。発言をお許し下さい」
「ふむ、勇者セイヤよ、いかがした?」
「此度の話はどうやら僕には難しいようです。それよりもフローレシアの勇者、カタリ殿と友誼を交わすほうがフローレシア王国と我が国双方にとって有益と愚考し、彼を伴っての退席をお許し頂きたいのです」
おお! ナイスフォロー!
やたらと難しい言葉を使って有能っぷりを発揮する所が憎たらしいが、どうやらセイヤは俺を外に連れだしてくれるらしい。
やっぱり持つものは夜の師匠だ!
俺は心より感謝の念を送る。
「ほう、いかがかな? フローレシアの皆様方」
「大丈夫、です」
「まことによろしいご采配ですぞ!」
「流石は光の勇者殿! ご賢察感服いたしました!」
「そうであれば早速事を進めては? ほらっ、行け! このダサ坊がっ!!」
大臣達がセイヤをヨイショし、フィレモア伯爵が俺を蹴る。
宰相ちゃんを除いて、こいつらには後で思う存分嫌がらせをしてやるとしてだ、今はこの満場一致の雰囲気に感謝をしよう。重要なのは俺が外に出ることなのだから。
ターラー王も、なんだか微妙そうな表情をしている。
これなら許可を出してくれそうだな!
「では、その様にするがよい、勇者セイヤよ……」
「皆様の寛大なるご配慮、感謝いたします」
………
……
…
「ありがとなっ!!」
「いや、まぁ、なんていうか。カタリ君は自由だね……」
会議室から追い出されるように退出した俺達。
もう、見慣れてしまった、ある意味俺とセイヤの暇つぶしポイントである王宮のバルコニーにて、俺はセイヤに脱出の礼を言う。
「ん? そうか、これでもかなり自重していると思うんだけどなぁ……」
「そ、そう」
セイヤはフローレシアという国を知らないからそういう感想が出てくるのだ。
あの国は弱肉強食。常に自由に振る舞わないとすぐにどえらい目に合う。
ここで俺が見せている事なんてその十分の一にも満たない。
俺の本気はもっと凄いのだから。
……と、まぁ。フローレシアでのアホらしい日常は置いておいて、まずはこの後どうするかを決めなくてはいけない。
このままダラダラと雑談に興じるのも良いが、折角纏まった時間が出来たのだ、もう少し何か面白い事をしてみたかった。
「なんか暇つぶしたいなぁ……面白いことは無い? セイヤ」
「それじゃあ街を散策してみるのはどうかな? フローレシアとの違いは分からないけど、それでも新鮮さはあると思うよ」
「おー! 行く行く! 普段あんまり外出して貰えないからそういうの凄いテンションあがるよ!」
ターラー王国の街か! それは楽しそうだ。
セイヤの言葉に好奇心が存分に刺激される。
最近は俺もこっそりと抜けだしてフローレシアの王都を探検しているけど、なんだかんだですぐ連れ戻されるからあんまりじっくり楽しめないんだよな。
そういう点ではここでは自由にできそうだし、いろいろと楽しいかもしれない。
ん? でも勝手に出て行ってもいいのか? まぁ、セイヤがいいって言っているから問題ないのか、俺は別に構わないしな。
「そっか、じゃあ早速用意しよう。あと、折角だしエミリーを連れて行ってもいいかな?」
「エミリー嬢? もちろん!」
セイヤはエミリー嬢を連れて行くのか。
じゃあ俺も女の子連れて行かないとなんか悔しいな。
もちろん、俺にだってあてはある。セイヤには負けていない。
「エリ先輩かもーん!」
……と、言うわけでエリ先輩召喚。実はさっきから俺の護衛として近くに控えていたのだ。
「はいはーい! カタリちんの忠犬、エリ先輩ここに推参!」
「じゃあ俺はエリ先輩を連れて行くとしよう!」
「やったね!」
ビューっと勢い良くやってきたエリ先輩。構ってもらえるのが嬉しいのか尻尾をめっちゃ振っている。流石犬だ。面白い。
けど、そんなに構ってちゃんならもっとアグレッシブに会話に入って来てもいいのに……。
「エリ先輩。もっと輪に入ってきてもいいんだよ? 一人だと寂しいでしょ?」
「カタリちんと違って私は空気が読めるのだ!」
エリ先輩は酷い人だ。その言い草ではまるで俺が空気を読まずに日々を過ごしているようではないか。
俺だって空気は読める。むしろ日本人は空気を読むことに長けた民族だ。
ターラー王国ならまだしも、フローレシアでは一番空気が読める人間だろう。
「冗談キツイなぁ。俺だって空気読めるよ! な、セイヤ?」
「そ、そうだね……」
「そういうところが読めないんだなー、カタリちんは!」
「釈然としないけど、まぁいいや。じゃあ早速行こうぜー!」
◇ ◇ ◇
「いやーテンション上がるなー!」
「お小遣い持ってきてよかったね、カタリちん!」
道具屋、武器屋、防具屋、魔法具屋。
整然と区画整理されたターラー王国の商業地区を散策しながら、俺は資金力に物を言わせて思う存分買い物を楽しんでいた。
ティアへのお土産や、宰相ちゃんへのプレゼントもこのタイミングで買っておいたし、もう思い残すことはない。
特に道具屋ではいろいろと面白気な薬品を沢山仕入れる事ができて非常に満足だ。
途中で購入した荷物袋――パンパンに膨れ上がったその中身を確認するように叩きながら、俺はエリ先輩へと声をかける。
「ふっふっふ、今日の俺は機嫌がいい! 何でも買ってあげるぜエリ先輩!」
「ひゅー! さっすがカタリちん! エリ先輩は嬉しさのあまりオシッコ漏らしそうだよ!」
「はっはっは! 思う存分嬉ションするが良い!」
今の俺は成金だ。なんだって買ってあげる事ができる。
奴隷の子を買う資金を残しておかないといけないが、この位だったらまだまだ俺の資金は底を尽くことはない。
ああ、生きていてよかった。
「満足してくれて僕も嬉しいよ。さて、次はどこに行こうか?」
「んー。結構見て回ったからなー。後は何かあるかな?」
「カタリちん! ギルドとかはどうだい? 冒険っぽいよ!」
エリ先輩が楽しそうに提案してくれる。
そう言えば、前にギルドに興味あるって話をエリ先輩にしていたな……。
その事を覚えていてくれたのだろうか? 意外に気が利くエリ先輩に感動しながら早速その提案に乗ってみる。
「いいね! 流石エリ先輩だ! セイヤ、ギルドは何処にあるの?」
「ギルドならこちらの通りを進んだ所ですよ、カタリ様」
エミリー嬢が道の向こう側を指しながら説明してくれる。
確かに遠目にそれらしき建物が見える。なるほど、意外に近い所にあるじゃないか!
「よし! じゃあ早速行こう!」
そう皆に声をかけながら、俺は走りだした。
………
……
…
冒険者ギルド。暗い色合いの木で出来たその古い建物は、中に入ると雑多な雰囲気があり、様々な装備を身に纏った冒険者達がひしめくファンタジー世界だった。
話には聞いていたけど実際に見るのは初めて、何もかもが新鮮で楽しい。
この世界の冒険者というのは「戦闘能力を持った何でも屋」と説明するのが一番しっくりと来る職業だ。
その仕事は多岐にわたり、ありがちな魔物の討伐、希少鉱石や薬草の採集、洞窟等の探索、護衛。果ては庭掃除から家庭教師や傭兵、暗殺なども行ったりもする。
わりとダーティーな事もやる所が、一般的にゲームや小説でお目にかかる冒険者とは違うかもしれない。
「おおー! ここがギルドかー! 初めてでテンション上がるなー!」
「お上りさんだね、カタリちん!」
見た目派手派手しいセイヤがやってきた為か、途端に騒がしくなるギルド内を見渡しながら、俺は勝手気ままに広いギルド内を散策する。
「ん? 初めてって、フローレシアではギルドに行かなかったのかい?」
「フローレシアにはギルドは無いんだよ!」
「そもそもめったに外に出して貰えないしなー」
俺を追いかけながら、その言葉に疑問の声を上げたセイヤ。俺に代わりエリ先輩が答えてくれる。
フローレシアにギルドは無い。利権を独り占めしたいティアさんのワガママによって潰されたのだ。
流石ティアだ、甘い汁が吸えないとわかると全力で潰す。そのブレなさには俺も賞賛の声を送らねばならない。お陰でフローレシアは各国のギルドの母団体であるギルド連合から蛇蝎の如く嫌われている。
もっとも、敵は作ったが最良の判断であったとは俺も思うが……。
「へー、珍しいなー」
何やら一生懸命仕事を頑張っているギルド職員のお姉さんをまじまじと観察する。
ちょっと居心地が悪そうではあるが、許して欲しい。こっちはお上りさんなのだ。
何やら大人の拳程ある水晶が埋め込まれた魔道具を弄っているお姉さん。
俺の興味深そうな態度に気を利かせてくれたのだろうか、セイヤの奴隷であるエミリー嬢が控えめに提案してくれる。
「カタリ様? ご興味があるようなら冒険者登録してはいかがでしょうか? たしか登録時の魔力測定で冒険者のランクも分かった筈ですよ?」
「ああ、それはいいね、エミリー! どうだい? カタリ君?」
セイヤも乗り気だ。冒険者登録か……なんか冒険が始まるって感じで面白そうだ。
しかもランクまで分かってしまうのか、ふむ。
「ランク……、そういやそんなのもあったなー。セイヤのランクは何?」
「僕かい? 僕は黄金級。と言っても、上がったばかりでなんとかって所だけどね」
「一口に冒険者ランクと言っても同級でも千差万別なんですよ、カタリ様」
セイヤは黄金級か……。そのランクだと単独で下級ドラゴンを撃破する事が出来る。
見た目に反してなかなかやるじゃないか。……いや、見た目通りだからかな? やっぱりコイツは主人公だ。
二人の説明にふむふむと頷きながら、隣で暇そうにしているエリ先輩へと湧き上がった疑問を尋ねる。
「冒険者登録すると何か良いことあるの? エリ先輩?」
「んー、ギルドを介した正式な仕事を受けることができたり、身分証明証の代わりになったりって所かな? ちなみに、登録時には魔力測定と簡単な自己プロフィールの提出があるね。あと知っている人は少ないけど犯罪防止を理由に魔力性質の保存がされてるよ!」
なるほどー。これはあれだな、やめておこう!!
「じゃあやんない。だって面倒くさそうだから」
「カタリちんは書類の記入とか大っ嫌いだもんね!」
書類の記入とか、魔力性質の保存とか、面倒この上ない事が明らかだ。
俺はさっぱりとギルド登録をしない事を決めると、また同じようにギルド職員のお姉さんが操作する魔道具を観察する。
職員のお姉さんが更に居心地悪そうになる。
……あれで記録しているのかー。
「そ、そう……。まぁフローレシアにはギルドが無いらしいし、登録しても利用する機会がないだろうしね」
「俺余計なポイントカードとか作らない主義だからさ!」
「僕は考えずに作っちゃって財布パンパンにするタイプかな? じゃあ、もう一度軽く見て回って、それから行こうか」
……もうちょっとあの魔道具と居心地悪そうにしているお姉さんを見ていたかったんだけどなー。
名残惜しげにお姉さんを見る。なんだかやけにホッとした様子だ。面白い。
その後しばらくギルド内を散策する。壁にいろいろと依頼が張ってあるのみで、初めは興味を掻き立てられたがしばらくすると飽きが来た。他に面白いことは無いだろうか?
それとも、やっぱり戻ってもう一回お姉さんの魔法具を凝視してみるかな?
そのように今後の方針について悩んでいると、不意にどこからともなく件のお姉さんがやって来て、エミリー嬢と談笑しているセイヤに近づく。
「す、すいません!」
もしかして怒られるのだろうか? お連れの方の視線がちょっと……。みたいな感じで。
だとしたら恥ずかしい。俺は魔法具の使い道に興味があっただけなのに……
「はい? どうしましたか?」
「も、もしや、この国の勇者、セイヤ様ではございませんでしょうか?」
「ああ。たしかに、僕がそのセイヤだけど……」
「お願いします勇者様! どうか、どうかお力をお貸し下さい!」
だが、どうやら話は違うらしい。
ギルド職員のお姉さんは、何やら切羽詰まった様子でセイヤに話しかけると、焦った様子で何やらお願いをはじめる。
うん、これは事件の匂いだな。
ってか、普通に見たら勇者って分かるだろうが……。まぁ、いいや。
「……事情をお聞かせ下さい」
お姉さんの切羽詰まった態度に並々ならぬ物を感じたのか、真剣な表情で頷くセイヤ。その異様な雰囲気を察したのか、ギルドにいる冒険者達も一斉に注目している。
その様子をぼんやりと、エリ先輩と一緒に眺めながら、俺はもの凄い面倒事が起こる、何か予感めいたものを感じていた。