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第十七話

「ターラー王国?」


 穏やかな光が窓より差し込むフローレシアの午後。バロウズ公による扱きで、一つ上のステージに登った俺は、自前で用意した毒入りティーを飲みながらティアの言葉を反復し、尋ねる。


「はい、ターラー王国です。この度、親善と外交案件の処理の為、親善団を派遣する事になったのです」


 なにやら話があるからと呼び出された会議室。その場にて語られた話はターラー王国への訪問だった。

 へぇ、普段からアホな事をしているティアさんだ、てっきりもっとおもしろ愉快な事を言い出すかと思ったんだけど本日は違うらしい。

 まぁ、でも他国にも興味はある。普段からフローレシアに無茶ぶりされているターラー王国さんだ、実は前から行ってみたいと思っていたんだ。


「それで、俺もそれについていけばいいんだな、他には誰が来るの?」


「わしらが行きますぞ! 勇者殿!」

「勇者殿が好きなロリもいますなぁ」

「エリテミッサ殿もおりますから小さいのも大きいのもよりどりみどりですじゃ!」


 わらわらと大臣共がどこからともなくやってくる。

 うーむ、コイツラがくるのか、いろいろと面倒事を起こさなければいいが……。

 まぁ、宰相ちゃんもいるし万が一の場合は彼女に怒ってもらえば良いだろう。

 ……12歳に注意されるいい年こいたジジィ達と言うシュールな光景を思い浮かべながら、ティアに話の続きを促す。


「エリさんはカタリ様の護衛ですね。宰相ちゃんは外交官として案件の処理を行います」


 どうやらエリ先輩は俺の護衛らしい。

 彼女は外道公に手ずから鍛えられた精鋭中の精鋭だ。不測の事態に対する護衛としてはフローレシアでも右にでる者はいないだろう。

 だけどなぁ……。


「なんかエリ先輩ってすぐ裏切りそうな気がするんだよなぁ。宰相ちゃんは嬉しいけど……」


 それに、エリ先輩と俺だったら俺の方が強いから別に護衛いらないんだよね。

 もちろん、癒し要員の宰相ちゃんは必要不可欠だけど。


「話は聞いたぞカタリちん! 私は裏切らない! パパの名前に誓って!!」


 何故か窓よりエリ先輩が飛び込んでくる。

 この人はドアを使うという事を嫌う。待ち伏せを警戒しているのだ。

 普通に考えればなんてアホな事をと思う所だが、バロウズ公の拷問に等しい訓練を共に乗り越えた俺としては気持ちが分かってしまう所が問題だ。


「立派ですよ、エリさん!!」


 なんだかキラキラと感動の視線を向けているティアが腹ただしい。

 ……いままでエリ先輩にはいろいろと迷惑かけられているからなぁ。

 特に理由は無く、その時のノリで。

 面白いか面白く無いかで全てを判断するこの人を信用するには不安しか無い。

 なんだかエリ先輩をヨイショするティアさんが癪に障ったので、エリ先輩の本性を教えるべく恭順してみる。


「じゃあさエリ先輩。美味しいご飯毎日食べさせてあげるから、ちょっとティアの事裏切ってよ」

「もちろんだよ、カタリちん! 実はティアちんはね、カタリちんをつか――モガガ!」


 エリ先輩は何を言おうと思っていたのか、その言葉を発する前に恐ろしい速度で側までやってきたティアさんによって口を封じられてしまう。

 なんだかティアの慌てぶりが面白くて思わず吹き出してしまうが、この通りエリ先輩はわりと空気を読まずに人の秘密をぶっちゃけたり裏切ったりするのだ。油断ならない。


「エリ先輩ブレない人だなぁ……」

「あ、危なかった……」

「もうっ! ティアちん焦りすぎ! 冗談じゃないか! あっはっは!」

「うっさい黙ってください!」


 やんややんやと言い争いをするティアとエリ先輩。

 このまま放っておいてもダラダラと遊び呆けるだけだ、それよりも俺がターラー王国へ行く目的を聞かなければいけない。


「まぁいいや。それで、ターラー王国へ行って、俺は何をすればいいの?」

「と、とりあえず向こうの勇者やターラー王に挨拶してくだされば構いません。本題は宰相ちゃんが処理してくれるので、勇者様は顔見せって感じですね!」

「了解ー。でもターラー王国かー。なんだかワクワクしてくるな!」


 どんな所だろうか? ただでさえあまり王宮から自由に出れないのだ、この機に沢山楽しんでしまおう。たとえ、誰かに迷惑をかけたとしても。


「南部に位置する国なのでここよりは幾分か温かい所ですよ」

「おー、楽しみだ!」

「では、出発は1週間後になります。さほど距離は離れていないのでそれほど日程はかかりませんよ」

「小旅行みたいな気持ちで頑張るよー」

「お土産宜しくお願いいたしますね!!」


 一週間後か、いまから用意しておくかな。

 と言っても、どういった用意をすればいいんだ? まぁ、いいか。宰相ちゃんに教えてもらえば万事解決だ。

 ……なんだか本当に宰相ちゃんが居ないと駄目な男になりつつある事実に目を背けながら、俺は早速宰相ちゃんを探す事にした。


◇   ◇   ◇


 あれよあれよと日が過ぎ去り、待ちに待ったターラー王国訪問の当日。

 途中の行程にも特に問題が無く、ターラー王国へと到着した俺達一行。その後、王国の人達に案内されて、ターラー王への謁見やいろいろな人達と顔合わせを行ったのだが。

 ……ぶっちゃけ俺は不満だった。


「なんか、空気が違う……」


「良くも悪くも他所の国ですからなぁ、雰囲気は違いますぞ」

「ターラー王国の人間はノリが悪くてつまらないですがな」

「なんかこっちが滑ったみたいなあの空気は本当キツイですなぁ」


 そう、そうなのだ。

 ターラー王国はひどく真面目なのだ。

 フローレシアの空気に毒されてしまったのか、なんか適度にボケがないと気がすまない病気になっている俺にとって、この重苦しい雰囲気は非常に居心地が悪い。

 しかもターラー王国の皆さんだけならば郷に従うと言った感じで気にならないのだが、我らがアホ大臣団までもが真面目くさった受け答えを続けるばかりだ。

 ……お前らは借りてきた猫か? 地元でしか調子に乗れないとかダサいにも程がある。


 だからこそ、案内された応接室、綺羅びやかでともすればケバケバしさすら感じさせる室内。

 そこにあつらえた、これまた派手派手しいソファーに座りながら、俺は一人不貞腐れていたのだ。

 ちなみに、左右に宰相ちゃんとエリ先輩を座らせている。少しでも癒しが欲しかった。


「ターラー王国は古くから続く絶対王政の国なんだよ! 強力な魔法で永遠にも等しい寿命を得たターラー王が治める独裁国家なんだ!」


 つまらなそうにしている俺を見かねたのか、エリ先輩が話題を振ってくれる。

 謁見したターラー王は、一見すると普通の老人だった。

 いや、やせ細った身体はまるでミイラの様で、声も枯れ果てており、今にも昇天しそうな雰囲気があった。

 だがその眼光だけは鋭く、まるでお伽噺にでてくる大魔法使いとでも言った雰囲気がある。

 独裁国家というのもあながち嘘ではないんだろう……。


「独裁国家って、響きがなんだか怖いな……」

「大丈夫、です。ターラー王は国民から好かれ、優れた治世を行う賢王、です。どちらかと言うと、姫様の方が独裁者、です」

「なんかティアってワガママし放題だし、そうだろうねぇ」


 ティアが独裁者か……。

 うむ、非常にお似合いだ。なんだか物凄い事を企んでいて、その日の気分によって人の生死が決まりそうな雰囲気がある所がなお良し、だ。

 ちょっと帰ったら独裁者かどうか聞いてみよう。そしてちょっとでも動揺したらその隙を突いて全力で煽ってやるのだ。

 ……帰宅後の楽しみが増えた事に喜びながら、ぼんやりと応接室の調度品を眺める。

 すると先程まで大きなソファーにちょこんと座っていた宰相ちゃんが、ぴょんと立ち上がり、入り口の扉へと歩いて行く。


「ん? どうしたの?」

「光の勇者様……挨拶に来たみたい、です」


 ターラー王国の勇者。

 控えめなノックと共に現れたのは白銀の鎧に身を包まれた日本人と思わしき男性だった。

 ……歳は同じくらい。顔は驚くほど良い、モデルと言っても差し支えなさそうだ。

 人を惹きつけるような爽やかな笑顔を見せており、その装いが感じさせる高貴な雰囲気とは裏腹に、気さくに話しかけてくる。


「フローレシア王国の皆様、遠路はるばるようこそ。そして初めまして。僕の名前は征世(せいや)鳳凰堂(ほうおうどう)。ターラー王国の勇者です。よろしくお願いします」

「ご丁寧な挨拶、痛み入り、ます」


 代表として宰相ちゃんがまず挨拶を返す。

 そして口々に我が国の大臣団が形式ばったつまらない挨拶を行いだす。

 これが、ターラー王国の勇者か……。

 とりあえず、俺も挨拶しておくかな。


「どーも、本堂(ほんどう)(かたり)です。土でーす」


「……なんかうちのダサ坊のテンションが下がってるのですが」

「恐らく相手が予想以上に男前でふてくされているのでしょうな」

「ち、小さい! 小さすぎますぞ!」


 ……煩い。俺はショックを受けているのだ。

 ふと自分の身につけている物を確認する。

 街で売っている一般市民向けの服。王宮の兵士が適当に誂えた地味なライトアーマー、鍛冶屋のオヤジがサービスしてくれたセール品の剣。

 差がありすぎた。唯一拮抗しているのは宰相ちゃんが買ってきてくれた服位だろう。

 装備に関して文句を言わなかった俺も俺だが、この差はちょっと許しがたかった。

 これでは俺が引き立て役みたいではないか。


「本堂……? えっと、失礼ですが、どこかであった事はありますか?」


 自分がファンタジー世界におけるモブキャラであると言う事実にショックを受けながら、いつの間にか横に立つ宰相ちゃんに頭をよしよしされている俺。

 適当に大臣が勇者セイヤとやらと一緒に話をしていてくれるかと思ったが、彼の興味は俺にあった様だ。まぁ、同じ勇者だからなぁ。


「ん? んー、無いはずだけど……気のせいじゃない?」

「そっか、いや、すみません。ちょっとした勘違いでしたね」

「いや、いいよ……」


 うーん。こんなイケメン知り合いにいただろうか?

 いや、居るはずがない。こんなのが知り合いにいたら真っ先に分かるはずだろうし、話に聞いた程度であっても忘れないインパクトがある。

 まじまじと、見たくもない相手の顔を見ながら再度記憶を洗いなおしてみる。

 やっぱり知り合いじゃない。ってか良く見るとなんか凄く爽やかかつ活動的な感じで、サッカー部のキャプテンでもしていそうで更に腹が立ってくるな……。


「ああ、そうだ。本堂君は京都の人ですよね? 久しぶりに同郷の人にあえて嬉しいですよ。よければ、少し話でもしませんか?」

「えーーー…………」


 めんどくさい、ただでさえ一緒にいると劣等感を刺激されるのだ。

 にも関わらず会話をしろとか、相手のリア充ぶりに心が折れてしまわないだろうか?

 しかもナチュラルに俺の地元あてて来るし。なんなの? ストーカーなの?


「いや、行けよ土男」

「こいつ、なんの為に来たのかまるで分かっておりませんな」

「観光じゃないのですぞ? 働け」


 大臣達が煽ってくる。当然無視だ。

 だけど、ふと横を見ると宰相ちゃんがつぶらな瞳でこちらをみている。

 分かる。行ってらっしゃいの合図だ。


「まぁ、ここで大臣達と一緒にいるのも息が詰まるしな。よし、行くかー」

「エリ先輩もご一緒するよー!」

「お気をつけて、です」


 ため息混じりに席を立つ。はぁなんでこんな所まできてイケメンと話をしないといけないんだろうなー。

 俺は世の理不尽さを嘆きつつ、護衛のエリ先輩を伴って勇者セイヤに案内されるのであった。


◇   ◇   ◇


「え!? サッカー部じゃないの!?」

「いや、なんでそう思ったの? 僕はスポーツは苦手だったんだよ」


 ターラー王国、その王都が見渡せるバルコニー。

 手すりにもたれかかりながら俺はセイヤの話に驚きの声をあげていた。


「いや、なんかセイヤってそんな雰囲気あるし……」


 特に話題もなく、自分達の事をダラダラと話していた俺とセイヤ。

 話題が地元から学校の話に移り、部活動の話に移ったので何の気なしに聞いてみたが、意外な事に彼はスポーツが苦手らしい。流石だ、世の中上手く出来ている。

 天は二物を与えず。イケメンがこれ以上求めようなど分不相応な行いなのだ。


「それじゃあセイヤって何部なの?」

「軽音部かな、ボーカルをやらせてもらってるよ」

「あっ、そう。ちなみに俺帰宅部ね」

「そ、そっか……」


 つまらん。世の中は本当につまらない。

 一番つまらないのは俺だ、なんでこうなると分かりきっていながらそんな余計な事を聞いたのだろうか?

 己の不用心さに怒りを抱きつつ、その元凶であるセイヤに文句を言う。


「しっかし、なんかセイヤはイケメンで腹が立つなぁ、属性も光だし。俺なんて土だぜ? なんか全部持ってるって感じで思わず食事に毒を盛りたくなるよ」

「ど、毒!? あ、あははは……でもまぁ、羨ましいとはよく言われるよ。でもね、本当に欲しいものは手に入らないんだ」

「何かあるの? VRMMOのレアアイテムとか?」


 適当に答える。

 VRMMOのレアアイテムは最近の中で最も俺が欲しかった物だ。ムキになってガチャを回しまくって危うく親に殺される所だった。

 でもまぁ、セイヤにいたってはそういう悩みじゃ無いんだろうなぁ。なんかそんな暇も無いほど交友関係が広そうな雰囲気がある。

 その悩みは十中八九俺には理解できないものだろう。

 なんだろうな? でも真実の愛とか言い出したら絶対ぶん殴ろう。


「ねぇ、本堂君……君の家って、その、本堂家……だよね?」


 がしかし、セイヤの語った言葉は自らが欲しいものについてではなかった。

 ……なんで俺の話になるんだろうか? 会話のキャッチボールはどうなった?

 もしかして俺が目的か? ヤバイな、ホモだホモだと普段からネタで言っていたけれど、いざガチな奴がいるとどうしていいかわからないぞ。


「え、えっと……。よくわかんないけど、怪しい儀式してて無駄にでかい家の本堂家ならあってるよ。たしか地元一緒だよな?」

「そっか、やっぱり……」


 思わせぶりに納得するセイヤ。地元が一緒でかつ俺の家の事を知っている。

 うちの家はなんだか知らないけど超絶デカくていろいろと有名だから万が一という事もあるが、セイヤの口ぶりからして完全に俺をターゲットにしている様だ。

 よくよく見ればホモっぽい顔をしている。やばい、迂闊だったわ。


「言っておくが、俺は女の子が大好きなんだぞ? あっちの趣味はないんだぞ?」

「は? えっと、いや、まぁそれはさっき思う存分見たから分かるけど……。宰相のシェルテルさんととっても仲良さそうにしてたよね」


 警戒して距離を取る俺に訝しげな表情で答えるセイヤ。

 まぁ、宰相ちゃんと俺はめっちゃ仲良しだからな。

 つまり、お前が入る隙は一切ないわけだ、諦めてくれ。

 と、俺が自らの尻を守るべくセイヤから距離を取っているその時だ、バルコニーの出入口から誰かがやってくる気配がした。


「セイヤ様ーー!」

「っ!? エミリーっ! 駄目じゃないか、待っていてくれないと」

「ごめんなさい、セイヤ様とご一緒したくて……」


 駆けてきた人物を観察する。

 ……うむ。別段怪しい所の無い女の子だ。歳はセイヤや俺と同じ位かやや下。おさげが特徴的でちょっとそこらでは見かける事が出来ない程可愛らしい。


「どちらさんかな?」


 そのまま二人でイチャイチャしそうな雰囲気だったので強制介入。

 誰だか知らないが美男美女が仲良くするなんて不愉快極まりない。

 イケメン死すべし。例外は無い。


「ああ、ごめん! 彼女はエミリー。その……なんていうか、僕の……奴隷って言うのかな? ほら、エミリーも挨拶して」

「初めまして、フローレシアの勇者様。エミリーと申します」

「あ、ああ……」


 驚愕が俺を支配する。情けない事に言葉が出てこない。

 ちょこんと可愛らしくお辞儀するエミリー嬢とやらの挨拶にも、適当に返事をする事しかできなかった。

 俺は、それほどまでに動揺していたのだ。


「エミリー嬢。君の勇者様をお借りして申し訳ないんだけど、もう少しだけお話させてくれるかな? 重要な話がまだなんだ、すぐに返すからね」


 だが、すぐに行動に移す。

 兵は拙速を尊ぶ。思い立ったが吉日だ、直ぐ様このお嬢ちゃんを追い返してセイヤに聞かねばならぬ事があったのだ。


「あっ! も、申し訳ございません! 私ったらなんという不作法を!」

「いやいや、気にしてない気にしてない、ちょっと借りるだけだから。そんなに畏まらないでよ」

「ん? なにか話があったかな、まぁいいか。エミリー、そういう訳だからちょっと部屋で大人しくしていてくれるかな?」


 爽やかスマイルをこれでもかと撒き散らす勇者セイヤ。心の中でおもいっきりぶん殴る。

 エミリー嬢も何が琴線に触れたのか、ぽーっとした表情でセイヤを見つめながら頷いている。

 そして、事もあろうにこの女たらしは、エミリー嬢の耳元に口を寄せると……


『いい子にしていたら後でご褒美あげるからね』


 なんてのたまいやがったのだ。

 とありあえず心の中でボッコボコにする。

 エミリー嬢も顔を真赤にさせながら嬉しそうにモジモジとしている。

 なんだ? セイヤだけに今夜は性なる夜ですってか? ふざけるのも大概にしろ。

 クリスマスだとこれがセイヤによる聖夜の性夜とかになるのか? 死んでしまえ。

 これだからイケメンは嫌いなのだ。生きているだけで他人に危害を加える。

 だが、この問題は一旦棚上げだ。それよりも重要かつ重大な案件がある。

 俺はエミリー嬢がこの場から去った事を確認すると、セイヤに向かって真剣な表情でその問題について問う。


「セイヤ君……ちょっと奴隷について詳しく!」


 奴隷。そう、俺が聞きたかったのは奴隷だ。

 ファンタジーでありがちな奴隷制度。男の子の夢と浪漫がこれでもかと詰め込まれた制度だ。

 ご主人様、メイド奴隷、ご奉仕、お仕置き。素晴らしくもエッチな妄想が非常にはかどる。


「え!? や、やけに食い付くね……いや、まぁ、ファンタジー的な意味で考えてくれていいよ。彼女は悪徳貴族に売られそうになっている所を僕が引き取ったんだ」

「そういう意味で聞いてるんじゃねぇよ! なんて言うか、ほら、その、あるだろ? にゃんにゃん的な……」

「ひ、表現が古臭いね君……」

「どうなんだよ!」


 じらすんじゃねぇよ! そういうプレイは嫌いなんだよ! イエスかノーかで答えろよ!

 お前と違って俺はアホらしい国で毎日くだらないやり取りを続けているんだよ! そのボケと突っ込みの日々にようやく希望がもたらされるかもしれないんだぞ! 早く言えよ!


「いや、確かに奴隷とはそういう事も可能だし、実を言うと僕も彼女と関係はあるけど……」

「マジか! マジでありなのか!」


 認めよう、セイヤは性夜だ。その分野では一歩抜きん出ている。彼こそがパイオニアだったのだ。

 俺は無知だった。何も知らなかったのだ。

 ……俄然やる気が湧き上がる。素晴らしきかなファンタジー世界。ああ、素晴らしきかな人生。

 俺はここに来て初めて、フローレシアに召喚された事を神に感謝する。


「ちょっとセイヤさん。今俺、貯金が五千万エーン程あるんだけど、これで奴隷って買えちゃうかな? 買えちゃうのかな!?」


 お金を貯めておいてよかった。労働はやはり美徳だ。そしてその対価である金銭を使う時が遂に来たのだ。

 俺は夜の師匠であるセイヤさんから奴隷制度のいろはについてレクチャーを受ける。


「えっと、それはフローレシアの国内通貨だよね? レートはなんだっけ……百エーンが大体一ゴルドだったかな? うーんっと、いや、十分すぎるほどだよ」

「マジか! よっしゃ!!」


 その後も詳しく聞いた所、大体相場としては一人5万ゴルド、美人さんや戦闘能力が高い等の高級な部類で10万ゴルドあれば十分らしい。

 フローレシアの通貨から換算すると現在手持ちが50万ゴルド。見目麗しい奴隷を一気に5人も大人買いできる金銭力。神は俺に味方している。

 夢の様な日々。可愛らしい女の子にチヤホヤされながらちょっぴりエッチな日々を送る素敵な明日を想像しながら、俺はセイヤ……師匠へと感謝の念を表す。


「いやー、ハッハッハ! 今日は貴方と話が出来てよかったよセイヤさん! 俺の事はぜひともカタリと気安く呼んでくれたまえ!」

「なんだかあれだけど、喜んでくれたようで良かったよカタリ君」


 ふふふ、ターラー王国か。なんだ、ワクワク感に溢れてるじゃねぇか!

 やっぱ来てよかったな!

 まだ見果てぬ可愛い奴隷に思いを馳せながら、俺は人生の絶頂、まさにいま始まらんと夢を膨らませるのであった。

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