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第一話

「やっほーい! 大量です! お金持ちです!」


 ゴキゲンな様子でスキップをしながら王宮内を練り歩くティア。

 あの後、彼女は俺を伴い城中の人々からカネをせしめる為の旅に出発したのだ。

 すでにドレスのスカートはパンパンに膨れ上がるどころか、その重さに耐え切れずズルズルになっている。

 流石に見かねていくつか金が入っているらしき袋を代わりに持っているが流石に重い……。


「あのー。ティア様? お金、どこかに置いた方がよろしいのではないですか?」


 控えめに質問する。

 と言うか、自室にでも置いておけばいいだろうに、何故に全力でポケットに突っ込もうとするのだろうか……。


「ティアで結構ですよ! もっとフランクにお話し下さいカタリ様! 私とカタリ様の仲ではないですか!!」


 考えうる限り丁寧な言葉に対し、考えうる限り気さくに返される答え。

 いつから俺と君はそんな仲になったのだろうか?

 まぁ、俺としてもあまり堅苦しいのは嫌なのでその言葉をありがたく頂戴する。


「うーん、分かった。それで、お金は置いておいた方がいいと思うんだけど……」


 手にかかる重さが少々辛くなっている。

 出来る事ならば一旦どこかに保管してくれると嬉しいんだけど。

 ってか、ティアは俺以上の金をスカートに詰め込んでいる筈なんだが、重くは無いんだろうか?

 そんなどう表して良いのかわからない、複雑な気持ちで投げかけた質問も、快刀乱麻(かいとうらんま)を断つかの如く爽やかに却下される。


「お金は置いておくとパクられますので駄目です!!」

「ええぇー……」


 意味がわからない。

 召喚されてから、今の今まで、まったくもって意味がわからない。

 なんで姫のお金をパクるのだろうか? 誰が姫のお金をパクるのだろうか?

 俺は隙あらば現実逃避しそうになる貧弱な脳を叱咤激励(しったげきれい)しながら、なんとか質問を重ねる。


「えっと、ティアはお姫様なんだよね? 偉いんだよね? ……なんで?」

「むしろ姫なのでパクられます! 皆、虎視眈々(こしたんたん)と私のお金を狙っているのです!」


 やはり意味がわからない。あまり分かりたくも無い。

 なんで彼女はそんな爽やかに非常識な台詞を吐けるのだろうか? そしてなんで若干誇らしげなのだろうか?

 俺は両手を腰に当てながらドヤ顔でフンスとこちらを見やるティアに、何とか常識的な理由を見つけようと最後の質問をする。


「えっと、言い難かったら言わなくてもいいんだけど……。その、何か問題を抱えてるの?」

「いいえ? ただ、私も大臣達のお金をよくパクるのでおあいこです!!」

「そんなんでいいんだ……」


 よし、これは多分あれだ。理解しちゃいけない類のあれだ。

 俺はこの問題に対して潔くその検討を放棄する。そして「でも私の方が多くパクりました!」と嬉しそうに報告してくれるティアに苦い笑いを返しながら、無駄に広い王宮の廊下を案内され歩み進む。


「さぁ、会議室ですよカタリ様! 恐らく皆がカタリ様へ行う説明の準備を終えている筈です!」

「分かった、俺も聞きたいことが沢山あるんだ……」


 目の前には見上げるほどに大きな扉がある。

 ここが会議室とやらなのだろう。扉の大きさからそれなりに広さのある部屋だと思われた。

 そして、ティアに指示された衛兵が厳かにその扉を開く……。

 もちろん、会議室には誰もいなかった。


「あれぇー?」

「……なんかこうなる気はしてたんだ」


 ノリというか、雰囲気というか。

 どう考えても全員が揃う様な感じではなかった。むしろあの時の彼らの態度から揃っていると判断する方がおかしい。

 俺は大臣達が来ていない事に心底不思議そうに首を傾げるティアを一瞥すると、再度無人の会議室を視界に収める。

 ……いや、よく見ると人がいる。会議室にある長テーブル、その端に一人の人物が座っていた。

 それは先ほどの召喚の時にも見かけた、一際豪華な衣装に身を包む老人だ。


「おお! ようやく来ましたか! 遅いですぞ姫、勇者殿! じぃは待ちくたびれましたわい」


 その人物は俺達が来たのを確認すると大げさな態度で席から立ち上がるとこちらへ一礼する。


「じぃやー。他の皆さんは何処ですかー?」

「知りませんぞ! ふてくされて帰ったのでは無いですかな!?」

「そうなのですか! なら仕方ありませんね!」


 無責任だ。無責任極まりないやりとりがそこにあった。

 じぃや……見た目から宰相等の要職についているであろうその人物はその見た目とは裏腹に、ティア同様とても理不尽な性格をしていた。


「適当だなオイ……」

「まぁ、良いではありませんか! では説明を始めましょう!」


◇   ◇   ◇


「――と、こんな所ですかな?」


 簡単なものであったが、じぃやからひとしきりの説明を受ける。

 どうやらこの世界は一般的なファンタジーのイメージとさほど違いがない世界らしい。

 中世に似た文化水準。魔法があって、エルフ等の異種族がいて、魔物が出て、冒険者がおり、そして勇者と魔王がいる。

 召喚の魔術によって言葉や文字が通じることや、勇者が強力な力を持つ事まで、一切がまるでお膳立てされた様に王道を外していない。

 そしてこのフローレシア王国はそんな世界に数ある国の一つらしい。位置は大陸のやや北側。先程からひどく吹雪いているのもそういった理由からだ。

 ……常春じゃねぇのかよ。もしかして頭が常春ってオチじゃないだろうな?

 明らかに勢いと語感だけで付けたであろう名称に苦い気持ちになる。

 ちなみに、このフローレシア王国だが大きさはさほど大きくなく、いくつかの大国に囲まれている極めて不安定な立ち位置らしい。

 不安が隠し切れない。こんな脳内お花畑の人達によって運営されている国家なんて大丈夫なんだろうか?

 俺はこの国の将来に不安を感じながら、先程から机に突っ伏し夢の世界を楽しんでいるであろうティアを揺り起こす。


「ふぁっ!? 終わりましたか? ……ちゃんとお話聞いてましたかカタリ様?」


 口の端から大量のヨダレがこぼれ落ち、テーブルの上に小さな湖畔を作っている。

 ……爆睡じゃねぇか。

 ティアは今だ口より垂れるヨダレをその美しいドレスでゴシゴシと拭くと、一転すまし顔でこちらに向き直り、何事も無かった風を装い質問してくる。

 いや、寝てたのバレバレですから……。


「ティアよりは聞いていたよ……」

「では何か質問はありますか! 質問してください、質問!」


 身を乗り出しながらズイッとこちらに顔を寄せて迫ってくるティア。

 俺はその勢いに圧されながら、今の今までずっと知りたかった質問をする。


「じゃあさ、ずっと聞きたかったんだ。俺を呼んだ理由を……」


 俺を読んだ理由。今はそれが一番重要だった。

 異世界が勇者を呼ぶにはいくつかの理由がある。それは魔王を討伐する為だったり、他国との戦争の道具だったり……。

 どちらにしろ碌な理由ではない。

 少なくとも俺にとってはそうだ。だからこそ、早めに聞いておく必要があった。


「特に理由はありませんぞ、勇者殿!」

「あーっ! 私が言いたかったのにー!」

「……は?」


 あっけらかんと答えられた言葉に思わず思考が停止する。

 ……いや、理由無く呼ぶなよ。

 じぃやはそれだけだけを言うと満足気な表情を見せている。それは質問の答えを言えた事によるものか、ティアの言葉を奪った事によるものかわからない。

 ……よし、ちょっと落ち着いて考えなおそう。

 俺は勇者だ。けど理由なく呼び出された。……いや、賭けの題材として呼び出されたのか?

 とにかく、現時点でこのフローレシア王国には俺を呼び出す理由は存在しないらしい。

 ……いや、マジで理由無く呼ぶなよ。


「カタリ様! ちゃんとお話を聞かないとメッ! ですよ! じぃやは特に理由無くカタリ様をお呼びしたと申したのです!!」


 ぼーっと思索にふける俺に対して話を聞いていないと判断したのか、ティアが人差し指を立てながら注意してくる。

 少なくとも俺は話を聞いている。この重要な場面で湖畔作りに勤しんでいたアホの子とは違うのだ。


「うん……それはわかったけど、ってか何もないの?」

「何かあるのですか?」


 逆に質問されてしまった。

 そう言われると困る。確かに何があるのだろうか?

 例えばこういう時は王道のストーリーでは……。


「魔王の脅威とか、世界滅亡の危機……とか?」


「世界が滅亡するのですか!?」

「こ、これは大事件ですぞ姫様!」

「はい! 直ちに逃げる用意をしないといけません!」


 俺の言葉に途端に慌てる二人。

 既に話が可能性から事実に飛躍しており、大慌てで対応を協議し始めている。

 ……気が早ぇよ。

 ってかなんでティアは微妙に嬉しそうなんだ?


「あ、いや。世界は滅亡しないと思うよ……」

「えー! しないのですか!?」

「ほっ。じぃは寿命が縮むかと思いましたぞ! 冗談にしては過ぎますな!」

「えっと。ごめん……」


 反射的に謝ったが、なんで俺が謝らなければいけないのだろうか?

 と言うか、なんでティアはそれほど残念そうなのだろうか。

 俺は胸を撫で下ろすじぃやと残念そうにブーブー文句を垂れるティアを見ながらため息をつく。

 ……マジで何も理由なく呼んだのだろうか? いや、何かあるはずだ。

 俺は最後の希望に望みをかけて質問する。

 流石になんとなく呼び出しましたで俺の勇者道が始まるのはあまりにも悲しすぎたからだ。


「……じゃあ。なんで俺を呼んだの? 思い立ったきっかけ位はあるでしょ?」

「それはですね――おや?」


 今度ばかりはとティアが口を開いたその時である。

 会議室の扉がギィと重々しい音を立てながら開き、見覚えのある顔の人々が入室してくる。

 ――大臣団だ。


「うぃーっす。おつかれーっす」

「あっ! 姫がもう来ておりますな!」

「やべぇ……いつもなら一番最後なのに」

「ダサ坊相手に張り切ってるのでは?」


 ……こいつらには反省と言う言葉はあるのだろうか?

 俺は会議に遅刻しているにも関わらずヘラヘラと笑い、まったく反省の色を見せない大臣団に唖然とする。

 そして、その気持ちはティアも一緒だったらしい。

 彼女はプリプリと怒りだすと、俺が言いたかった言葉を代弁し注意を始める。


「皆さん! 遅すぎますよ! 何をしていたのですか!?」


 大臣団はその言葉に驚いたような表情を見せると、お互いの顔を確認しだす。

 明らかに想定されていなかった質問をされた者の表情だ。

 ……もしやいつもはそこら辺なぁなぁで済ませてるんじゃないだろうな?

 俺はその残念極まりないやりとりを注意深く眺める。

 大臣団がどの様な言い訳をするのか興味があった為だ。

 そして何やら小声でやりとりしていた彼らの一人が一歩前へ進み出て口を開く。


「申し訳ありません姫。こちらに向かう途中、足を挫いて難儀しておる老婆に出会いまして……。皆で彼女を送っておったのです」


 嘘だ。完全に嘘だった。

 もう明らかに嘘すぎて突っ込みが追いつかない。

 と言うか、突っ込む隙すら与えずに嘘であった。

 自らの顔が引きつるのが分かった。こいつら色々と舐めてかかりすぎだろう。

 流石のこれにはティアも怒り出すに違いない。

 俺は大臣達がティアに激怒される様子が見れる事に密かな期待を感じながら、さてティアはどの様な表情をしているだろうかとチラリとその顔を伺う。


「偉いです! 分かりました! 今回の事は不問にします!!」

「「「有難き幸せ!!」」」


 しかしアホの子は完全に騙されていた。

 むしろ感動している。目をキラキラと輝かせ「我が国の大臣は立派です!」等とのたまっている。

 ……これは完全にダメだ。

 ってかよく見ると大臣団も再度ヘラヘラとした笑みを浮かべている。

 完全に調子に乗ってる奴の表情だ。


「おい、馬鹿にされてるぞ……」


 俺はそっとティアに注意を促すが、彼女はほへーっとした表情で「何がですかー?」と逆に質問をしてくるばかりでまるで気がつく様子がない。

 ……本当、アホの子だなぁ。

 俺は呆れを通り越していっそ愛らしささえ感じてくるティアを見ながら、どうでもいいかとこの件に関する思考を全て放棄した。


「では、改めてお話しましょう。我が国が勇者召喚の儀式を行った、その理由を」


 この話は終わりと言わんばかりにティアが宣言する。

 大臣団も既に全員席につき準備はできている様だ。

 そしてティアはゆっくりと、俺を呼び出すに至った経緯を話し始めた。

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