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第十五話

 フローレシア王宮の一室。俺がこの世界に来た直後に説明を受けた会議室。

 現在はその場にある大理石のテーブルを前にしながら、椅子に座って件の「外道公」とやらを待っている。

 辺りはやけに静かで、同席するティアや宰相ちゃんが無言なのが更に不安を煽ってくる。


「げ、外道公か……嫌な予感しかしない」

「一応やり過ぎないようには言っておきますので、なんとかカタリ様には頑張って欲しいなーって次第です」

「勇者様なら、大丈夫、です」


 ティアは外道公とやらに苦手意識を持っているのだろうか?

 何やら複雑な表情をしていていつもの様なアホっぽさが全然ない。

 反面宰相ちゃんはさも当然の様に、「俺なら問題無し」と息巻いている。

 ……宰相ちゃんの俺に対する評価は恐らく何重にもフィルターがかかっている。彼女の評価と現実の差がどの様な悲劇を生むのか不安しか無い。


 屠殺場に向かう家畜の気持ちで、震えながらその時を待つ俺。

 突如、バタンという扉を開く大きな音によって静寂は破られる。


「ふっふっふ、私がやってきたぞ!」


 現れたのは、獣人族の女性だった。

 獣人族――それは猫や犬、狐や熊と言った獣の特徴を幾つか有する種族の総称で、まぁ簡単にいえば、猫耳犬耳がついていたりする人達の事だ。

 彼女は……犬と思わしき耳と尻尾であるから犬族、もしくは狼族だろう。

 年齢は俺より少し上かな? 露出の多い服装が目に毒だ。

 だが、見た目に惑わされてはいけない。外道公と呼ばれるだけの人なのだ、きっと恐ろしい無茶ぶりを俺にしてくるに違いない。


「あ、あなたが……外道公でしょうか?」

「えー。違うよー」

「じゃあ誰なんだよ……」


 恐る恐る尋ねる。だが返答は想像とはまったく真逆であった。

 何故か不満そうに返されるその言葉。なんで俺が悪いみたいな感じなのか一切理解できない。

 いや、まじでこのお姉さんだれなんだよ……。


「私はエリテミッサ・グリンドライン! 外道公の娘だね!」

「はぁ……」


「エリさんは今回の訓練に補助として参加してくれるんですよ!」

「エリさんはいい人、です」


 エリテミッサと名乗ったその女性は、何が自慢なのか嬉しそうに胸を張りながらふんぞり返っている。外道公の娘さんか、補助として参加してくれるのはありがたい。

 ……でも、大きいな。ちょっと思春期の男子には悪影響だ。

 自然と下がってしまう視線を上に戻し、失礼無いよう彼女の顔を見つめる。


「君が勇者であるところの、カタリちんなのか!?」

「そ、そうですけど……」

「エリ先輩と呼びたまえ! ハガルの名を次ぐ後継候補者として、私も一緒に訓練を受けるのだ! いわば先輩なのだ!」


 よくわからないが、この人も一緒に訓練を受ける予定と言う事か。

 それにしても先輩とは、まぁでも美人の先輩ってなんかいいな。


「わかりました、エリ先輩」

「っ!! 飴ちゃんをあげよう!」

「あ、どうも……」


 先輩発言にパヤァ! っと顔を輝かせて嬉しそうに肩を組んでくるエリ先輩。そんなに先輩扱いされた事が嬉しかったのだろうか? と言うか、相変わらずこの国の人達は馴れ馴れしい。

 そして何故か飴ちゃんを貰った。赤色の紙に包まれた飴ちゃんだ。意味が分からない。お近づきの印だろうか?


「カタリちんは面白い奴だなぁ! あっはっは!」


 嬉しそうに肩をバンバンと叩くエリ先輩。いつの間にか隣の椅子を占領している。距離が近い。

 しかし外道公とやらはいつになったら来るのだろうか?


「エリさん! エリさん! 私にも飴ちゃん下さい!」

「宰相ちゃんも、欲しいです」

「いいだろう、いいだろう! 思う存分食べたまえ!!」

「ありがとうございます!」

「嬉しい、です」


 どこから取り出したのか、大量の飴ちゃんを机の上にばらまくエリ先輩。

 色鮮やかでどれもこれも美味しそうだ。

 ティアと宰相ちゃんも楽しそうに飴ちゃんを選んでいる。


「では、新たな出会いを祝して! 皆で飴ちゃんを舐めるのだ!!」


 まぁ、もう少しすれば外道公も来るだろう。

 飴ちゃんが包まれている紙を解き、中にある紫のちょっと変わった色合いの飴ちゃんを口に放り込む。

 ――瞬間、ふわりとした甘い味わいと共にピリリと喉を刺激され……。


「ぐぼほぉぁっ!!」


 俺は盛大に吐血した。


「なんて事だ! カタリちんの飴ちゃんに毒が入っていた!!」

「ちょ、ふざけ……ごぼはぁっ!!」


 机の上に赤いシミが広がり、吐き出した血と一緒に出された飴ちゃんがコロコロと転がる。

 強烈な喉の痛みを感じ咳込みながら、驚き顔で慌てているエリ先輩を睨みつける。


「あ、宰相ちゃんのも毒、入ってます」

「わ、私はセーフです! カタリ様、大丈夫ですか!?」


「さ、宰相ちゃん! は、はやく、はきだ……ごはっ!」


 口をモゴモゴさせながら俺の背中を擦ってくれる宰相ちゃん。

 咳き込みながらも宰相ちゃんへと言葉を放つ。


「むぅ、これはパパの仕業だな! 出会いを祝す大切な一時にさり気なく毒を仕込むとは! まこと卑怯なり『外道公』!!」


「宰相ぢゃん! は、はや゛ぐ!」

「大丈夫、です。魔力が高いので耐性、あります」

「そ、そっが、良かったよ゛、ガフッ!!」

「勇者様、喋っては、駄目」


 喉が焼ける。何かを言おうとする度に大量の血が溢れだし、意識がだんだんと遠のいてくる。

 宰相ちゃんが無事でよかった。心底安心すると同時に今度は自らの命に危険が迫っている事実に呆れにも似た感想を抱く。

 いや、外道か何か知らないけども毒を入れるなよ……。


「だ、大丈夫ですか? カタリ様!」


 かけられる心配の声に、ちらりとティアを伺う。

 意外なことに彼女はとても心配した表情でこちらを見ている。

 不思議な感覚だ。普段ならこういう時、いの一番に楽しみそうな所があるのに、ちゃんと俺の心配をしてくれるなんて良い所あるじゃないか……。

 あたふたと動揺する彼女を横目で見ながら血を吐く。

 ちょっとティアが慌てているのが面白いとか思ってしまう辺り俺も混乱しているらしい。



「――ふむ。自ら毒に侵されながらも仲間の身を案じるとはあっぱれなり!」

「パパ!!」


 初めて聞く男性の声と、驚きが含まれたエリ先輩の声に顔をあげる。

 いつの間にか、目の前、テーブルの反対側に大柄な壮年の男性が立って居た。

 鋭い視線でこちらを見つめており、その装いと歴戦の威圧感から瞬時にこの人族の男性が「外道公」であると理解する。

 血を失いすぎたせいか、朦朧とする意識の中で、なんとか気を失うまいと己を叱咤する。


「お初にお目にかかる勇者殿。我輩こそが『外道公』バロウズ・ハガル・グリンドラインである! 吾輩の生徒となったからには一切の手加減なく、実践を踏まえつつ、どの様な危機的状況にも対処できる卑怯な技を伝授する事を誓おうぞ!」


 渋いバリトンボイスで語られる自己紹介。

 いまだ血を吐き続ける俺の事などお構いもしないようだ。

 自らの言いたいことを一方的に言い放ったバロウズ公――外道公は手にもつ紙束をドカリとテーブルに置くと、乱暴に椅子に座る。


「ではまずは座学から! 第一講義『毒を盛られない様にする方法』だ!」

「ちょ、それを先に……ってかその前に、毒を…‥んぐっ!」


 現状を無視してマイペースに始まる講義。

 盛られてからの対処法をまず教えろよ!

 これ以上血を失わないよう、口内に貯まる血を飲み込みながら文句を言ってやる。


「……ちょ、ちょっと医療魔法使い呼んできますね!」

「勇者様、強くなって」

「カタリちん、それ以上血を吐くと死ぬぞ! 頑張れ! 気合だ!」


 ああ、なんだか皆が優しい。

 普段ならこういう場合、煽られるか面白そうに爆笑されるかのどちらかだ。

 にもかかわらず今日は本気で心配してもらっている。その優しさが嬉しくなってくるなんて俺もちょっと末期かもしれない。

 やがて俺にも限界が訪れる。

 薄れゆく意識の中。次に目を覚ましたら天国にいない事を祈りながら、俺は意識を手放した。


◇   ◇   ◇


「ふむ。なかなか覚えが良い。まだまだ覚える事は多いが、基本的な事柄は網羅したと言っても過言では無いだろう!」


 バロウズ公こと人間の皮を被った汚物の塊が目の前でふんぞり返りながら尊大に宣言した。

 俺はその言葉を聞き、ようやくこのアホらしい授業が終わりを迎えるのかと安堵する。

 ここは王宮の一室、外道公と呼ばれる我らが教師の講義を、エリ先輩と一緒に受けている最中だ。

 あの吐血事件からどの位の日が経っただろうか? 取り敢えずなんとか一命を取り留めた俺は、その日よりバロウズ公の意味の分からない……いや、意味は分かるがまったくもって理解できない授業を延々受けることになる。


 バロウズ公、つまり外道公の授業は一風変わっている。頭がおかしいとも言い換えられる。

 それは毒殺に始まり、暗殺、尋問、洗脳、魅了、拷問。ありとあらゆるダーティーな手法に特化しているのだ。

 もちろん、実践込みだ。よって俺の生活には必ず血なまぐさい出来事がふんだんに盛られるようになった。

 必要な事は最低限しか教えられていない。あとは実践で身に付けろと言うわけだ。

 そして開始される、まるで特殊部隊訓練の様な日常。

 朝は小鳥の挨拶とともに毒が塗られたナイフが飛んできて、毒が混入された朝食を取る。そして毒が混入された夕食をとり、部屋に仕掛けられた凶悪な魔法道具を解除しながら横になる。いかに効率的に人を殺すかの座学を外道公より受けた後はようやく就寝の時間だ。もちろん夜は暗がりと共に外道公配下の暗殺者が元気よく訪問してくる。

 昼は昼で普段通りに治水――最近は街道の敷設も加わったが、土木作業をさせられる。

 もちろんありとあらゆる罠が俺を待っている。外道公曰く「何気ない日常にこそ危険が潜んでいる」らしい。そんな日常は求めていない。

 一番ひどかったのは拷問耐性訓練だ。あれを乗り越えられたのは奇跡に近い。隙を見て逃げ出せた時はあまりの手際の良さと精神の頑強さに自分が人間かどうか疑ったものだ。


 再度、ため息をつきながら目の前に置かれたコップを手に持ち、中に入る液体を口に入れる。

 ピリリと舌に違和感が広がる。多分これはオーガやオーク等の凶暴かつ比較的大型の魔物を捕縛する時に使用される痺れ薬だな。

 そのままグイッと水を飲み干し、つかれ気味にエリ先輩に話しかける。


「なんだか最近、毒性の低いものだったら美味しく食べられる様になって来たんだけど……」

「わかるよカタリちん! 私も最初同じ状況になった時は肉体の神秘にドン引きしたからね!」


 カラカラと元気よく笑うエリ先輩。

 先輩は笑顔が本当に似合う。だがこの笑顔の裏には俺とともに過ごした苦難の日々があるのだ。それは涙なしでは語れない話であり、あまり思い出したい物でもない。

 そして、エリ先輩の言うとおり、なんだか知らないがこの世界では毒とは慣れるものらしい。

 どうやら魔力が関係しているらしく、毒を摂取していると肉体に親和性と耐性が出てくるのだそうだ。

 宰相ちゃんが毒が効かなかったのもこのお陰。もっとも、宰相ちゃんは高い魔力のみで強引に防御したらしいけど。……宰相ちゃんすごいな。


 愛らしい宰相ちゃんの笑顔を思い出しながら、先程エリ先輩のポケットからパクった紫色の飴ちゃんを口に放り投げ、口の中で転がす。

 喉に感じる強烈な苦味を楽しみながら、日に日に人間離れする自分にちょっと引き気味になる。

 以前なら盛大に吐血していた毒入り飴ちゃんは、すでにごく普通の飴ちゃんと化していた。


「もう、あれだけ苦しんだ飴ちゃんもただのちょっと美味しくない飴ちゃんだ……」

「毒の苦味が恋しくなったら末期だから気をつけてねカタリちん!!」


 エリ先輩の言葉に、困った笑みを返す。

 ごめん先輩。ちょっと俺末期に片足踏み込んでるかもしれない。

 毒物独特の苦味が癖になっている事実に目を逸らしながら、俺は今まで苦しい戦いを勝ち抜いた自分に賞賛を送る。

 すげぇよ俺。普通じゃありえねぇよ。

 けど……俺はどこに向かっているのだろうか?


「雑談もそれ位にしろ。ふむ……そろそろ第二段階。戦闘訓練に移るか?」


 エリ先輩との会話を黙って聞いていたバロウズ公が遮るように会話に入ってくる。

 彼の講義は基本的に適当に聞いていて問題はない。テストは無いし点数も無い、出席する必要も無ければ極論聞く必要も無いのだ。

 もしかしたら学生にとっては最良の教師かもしれない。

 死なない自信があるのなら……だけど。


 しかしまぁ、戦闘訓練とは嬉しい。

 いや、ってかそもそも戦闘訓練がメインだったのになんで今まで耐暗殺能力を限界まで強化していたのだろうか?

 もっとも、迫り来る大量の暗殺者を捌く内にある程度の体術を身につける事が出来たのであながちあの経験も無駄ではなかったといえるけど……。

 どちらにしろ、テンションが上がってくる。バロウズ公への返答も自ずと興奮気味になってくると言うものだ。


「実践ですか? 嬉しいですね、なんだか座学ばっかりで飽き飽きしていたんですよ! 楽しみです!」

「はっはっは! それは吾輩もやりがいがある! 存分にやれようぞ!」

「ひ、ひぃ! パ、パパ!? あの、ちょっとお手柔らかに! 特にカタリちんは勇者様なんだよ! 我が国にとって大事な身なんだから万が一がない様にしないと駄目なんだよ! 毒盛った時もティアちんに滅茶苦茶怒られたでしょ!?」


 エリ先輩の豹変に途端に不安になる。

 今までの地獄の日々で鍛えた生存本能がガンガン警鐘を鳴らしている。

 俺はまた選択を間違えたかもしれない。しかも心臓に毛が生えたと思われる位に度胸のあるエリ先輩がここまで動揺しているなんて、かなりヤバイのではないだろうか?

 心のなかで相棒と警鐘がオーケストラを奏でているその音色を聞きながら、いつの間にか席を立ち、巨大なハルバートを手に持つバロウズ公からゆっくりと距離を取る。


「安心せい! 肉体の限界を見極めつつしごかなくて何が『外道公』か! 皆が驚きのあまり失神する位、強靭な勇者に育て上げてみようぞ!」

「え、えっと……」

「か、カタリちん? 私とカタリちんは一蓮托生だからね! 絶対何があってもお互いを裏切っては駄目だよ! あと、あと……」


 既にエリ先輩と俺は逃走の準備をはじめている。

 バロウズ公から目を離さず、かつ横目で扉や窓の位置を確認する。

 実は、聞いたことがあるのだ。

 フローレシアには王連八将と呼ばれる恐ろしい力を持った一騎当千の猛者が居ることを。

 そして――その一人が目の前にいる外道公、つまりバロウズ・ハガル・グリンドライン公爵であると言う事を。


「え? え、エリ先輩? ど、どういう事なの? 何か不味い事になってる?」


 心ではこれから起こる事は十分に理解している。

 だが、頭ではそれを認めたくなかった。

 本能が危険を察知しているのだろうか、反射的に魔力が体中を満たす。

 ああ、ヤバイ。これヤバイ感じだ。


「なぁに、しくじれば死ぬだけだ。安心せい!」

「ま、まじで!?」

「えっとね、えっとね!」


 突如、室内に旋風が巻き起こる。

 ブォンと言う強烈な音と共に爆裂音とも思われる強烈な破壊音が響く。

 先程まで元気に鎮座していた大理石のテーブルは、バロウズ公の振るうハルバードによって見るも無残な姿になっていた。


「――では、全力で足掻け」


「泣き言言っても無駄だからねぇぇーー!!!!」


 暖かな日差しが窓より入り込む麗らかな午後の一時。

 俺と先輩は己の生存をかけて、全力で逃走を開始するのであった。

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