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勇者ですがハーレムがアホの子ばかりで辛いです  作者: 鹿角フェフ
第二章

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第十四話(上)

 ファンタジー世界だ。ここは剣と魔法が支配するファンタジー世界だ。

 俺はそこに召喚された勇者で、フローレシア王国を覆い尽くす危機を回避する為に呼び出された。

 ……まぁ、実は賭けのダシに呼びだされたと言うことは譲ろう。

 世界が別段平和である事も譲ろうじゃないか。

 そして、俺の属性が土属性という地味な属性であると言うことも譲ろう。相棒に罪は無い。


 だが、これはあんまりだ。これはあんまりすぎる。

 俺は勇者なのだ、断じてこんな事をする為に呼び出されたのではない。

 最近頭を悩ませるいくつかの問題、その一つを思いながら大きなため息をつく。


「おーい、勇者殿ー! 次はこっちをお願いしますぞー!」

「……あいよ」


 フローレシア王国のある地域、稲穂広がる田園地帯。こんもりと盛り固められた堤防の縁に腰を掛けながら、世の無常を嘆く俺に容赦なくじぃやより声が掛かる。

 重い腰を上げ、じぃやと担当文官による説明を聞きながら魔力を右手に宿す。

 心の奥底、そこに鎮座する我が頼もしき相棒にたたき起こすかの様に思いをぶつけ、無言で右手を地面へと翳す。

 宜しく相棒、いつもみたいにパパっとやってよ。


 ――おっけー!


 強烈な光と、地面が脈動する大きな音が穏やかな田園地帯を満たす。

 ややあって現れたそれは……とてもとても見事な川だった。

 直径100メートル程の人工河川。

 現代で見るようなコンクリートで頑強に補強されたものではなく、あくまで土を動かし大きく溝を掘り、水が流れる様に強く固めただけではあるが、それは立派な川だ。

 フローレシアを縦断するように流れる川の本流にはまだ接続されていない為、水は流れてはいないが、見た目だけでもその規模がかなりの物であろう事が分かる。

 今の能力発動で大体直線距離で200メートル程新たな川を造設する事ができた。

 もちろん、終わりはまだまだ先だ。


「お見事ですな!」

「では強度のチェックと測量を行いますので勇者様はしばらくお休み下さい」

「はいはーい。ちょっと昼寝してるから後で呼んで」


 じぃやと文官に適当に手を振り、慌ただしく作業を始める工作兵達を横目に適当な場所を見つけごろりと横になる。

 宰相ちゃん曰く、これは治水と言う行為らしい。

 河川や湖を人工的に作って水の流れを操作し、災害に備えたり作物の栽培をやりやすくするのだそうだ。

 うん、確かにそういう行為が重要であると言うことは俺も聞いた事がある。

 あれだけ科学が発展した日本だって、飽きないのか? と思うほどに河川工事は頻繁にやっている。

 魔法の力があるとは言え、大規模な工事が難しいこの世界では治水事業と言うのは重要な意味を占めるだろう。


 だがあんまりだ。国中をまわり、同じような作業を毎日行ってかれこれ1ヶ月。いい加減にして欲しい。

 俺はこの世界でモンスターを倒したり未開の地を探索したりと冒険をしたいのだ。

 決してガチの土木作業をやりに来た訳ではない。

 これではRPGでは無く建国シミュレーションだ。ファンタジーの意味が全くない。

 ちなみに、他の建造物は建築させてもらえていない。

 と、言うか難しいと言うのが本音だ。

 俺の固有能力――『土木建築(どぼくけんちく)』。不本意極まりない名前のこの能力は、作成する建造物と材質によって消費される魔力が左右される。

 例えばこれが要塞なんて巨大で複雑なものを作ろうとするならば、石造りであったとしてもその建築難易度から物凄い魔力を食う。

 逆に言えば、魔力さえあればオリハルコンみたいなファンタジー金属をふんだんに使った無敵最強機動要塞とかも創れるっぽいのだが、まぁそんな訳の分からない物を作っても意味が無いだろう。魔力的にも無理だし……。

 だから現在は河川工事。構造的にも簡単で材質も土。これが現在の魔力で国力に与える効果が一番高いのだと宰相ちゃんが教えてくれた。


 なお、このふざけた作業のお陰で魔力量も当初に比べて驚くほど上がっている。

 毎日アホ共の空気を読まない強引な事業計画ですっからかんになるまで魔力を使わされている為だ。

 魔力は使えば使うほどそのポテンシャルがあがる。毎日すっからかんにされてる俺なら意外と魔力があるのではないだろうかとちょっと嬉しくなる。

 まぁ、増えた魔力は全て川になるが……。

 もっとも、この作業を手伝う事によって王宮より少なくないお小遣いをもらう事が出来るので「まぁ、悪くはないかな?」とも思っている。

 お金はあって困るものでもない。このまま貯め続けて、かつパクられる危険性を阻止さえすれば俺は大金持ちだろう。

 それが俺が特に文句を言うでもなく河川工事を続けている理由だ。


 だが、俺が抱える悩みはこれで終わらない。

 むしろこっちが本題と言えるだろう。

 この問題に比べれば、剣も魔法も使わずにひたすら土木作業に従事する事等、ゴミに等しい。


◇   ◇   ◇


 ――王宮の自室。ようやく空が白んで来た頃。

 小鳥が忙しなく朝の挨拶を交わし、雑多な王都の生活音が風に乗って耳に届いてくるその時間。

 俺は、自室のベッドで寝た振りをしていた。

 もちろん、目はバッチリ醒めている。

 だが、俺にはすぐに起きてはいけない理由があった。

 やがて数分が経ち……そっと扉が開かれる気配がし、人が入ってくる物音がする。

 彼女がやってきた。

 そう、俺を悩ます一番の原因。今もっとも困ったちゃんであるその子。


 ――宰相ちゃんがやってきた。


「勇者様。勇者様……起きて、下さい」

「う、うーん。あともう少しだけー」

「朝です、勇者様」


 ユサユサと優しく、それでいて確かに身体が揺すぶられる。

 もちろんここでさっぱりと起きるような真似はしない。

 できるだけ粘って、面倒がかかる子を演じなければいけない。

 たっぷり5分は粘っただろうか? そろそろ頃合いであると見計らった俺は、寝ぼけた演技をしながらあくびを一つ。そして宰相ちゃんと朝の挨拶を交わす。


「ああ、宰相ちゃん。おはようー」

「おはようございます」


 ニコリと向けられる慈愛に満ちた微笑み。

 エンジェル宰相ちゃんである。

 やがて彼女は、俺の表情を噛みしめるかの様にじっくり眺めると、小さく頷いて自室に備え付けられた洋服ダンス――俺の服が入っている場所へと向かう。


「勇者様、今日の服、です」

「う、うん……いつもありがとう。宰相ちゃん……」


 やがてその場所より戻ってきた宰相ちゃんが持っていたのは俺の服であった。

 主張し過ぎない程度に装飾の施されたお洒落な服、これがさも当然の様に用意されている。

 そして服を広げるとシャツを持ちながら俺の顔をじーっと見つめる。

 俺にとっての試練の時間が始まった。

 そう、つまり宰相ちゃんはこう言いたいのだ。「お着替えのお手伝いします」と。


「えっと……自分で着替えれるよ?」

「…………」


 その瞬間、宰相ちゃん絶望の表情。そしてその愛らしい瞳にじわりと涙を浮かべると特徴的なお耳をペタンと下ろしながら、しょんぼり俯いてしまう。

 や、やべぇ! このままじゃ宰相ちゃんが泣いちゃう!!


「な、なんちゃって! やっぱ勇者様は宰相ちゃんにお着替え手伝って貰わないと駄目だなぁ! 何も出来ないなぁ! 宰相ちゃん最高! 宰相ちゃん天使!」


 ぱぁっと輝きを取り戻す宰相ちゃん。

 彼女は浮かんだ涙をゴシゴシと拭き取ると、お耳をピコピコと動かしながら照れくさそうに手に持つ服で顔を隠す。


「もう、勇者様は冗談が上手、です」

「そ、そうだね。宰相ちゃん……」


 俺が本当に困っているのがこれだ。

 宰相ちゃんが何故か最近超ご奉仕モードになってしまっているのだ。

 ある日から彼女は俺のお世話を率先して行うようになり、あらゆる所についてくる。

 しかもやんわり断ろうものならこの世の終わりとも取れる表情で悲しそうに涙を浮かべるのだ。

 もちろん着替えなどをスムーズに終わらせても彼女の機嫌は悪くなる。

 できるだけ手のかかる子を演じないといけないのだ。

 そして、さんざん宰相ちゃんの手を煩わせて、いろいろお手伝いをさせるとようやく彼女は満足する。

 そして、むふーっと満足気に、愛らしくはにかみながら一言こう言い放つのだ。「勇者様は甘えん坊さん、です」と。


 ぶっちゃけ逃れるすべはない。

 これで彼女の言葉を否定できる人間がいるのなら、それは人間の皮を被った得体の知れない化け物か何かだろう。

 俺は駄目だと理解しつつもこの愛らしい小さな女の子に流されてしまっている自分を罵りながら、宰相ちゃんに手伝ってもらい着替えを始める。


 そう、宰相ちゃんにお願いされたら俺は絶対に断れないのだ。

 結果、俺はこの様に宰相ちゃんにお世話されてしまっている。

 ちなみに、いま着せてもらっている服だが、宰相ちゃんが買ってきてくれた物だ。

 と言うか、俺の持っている服は全部宰相ちゃんが買ってきてくれている。

 宰相ちゃんは俺の母さんか何かか? と突っ込みたくなる気持ちを必死で抑えながら、なんとかこの状況を乗り越えられないかと毎日頭を悩ますばかりなのだ。

 そして着替えという名の第一の試練は終了する。……もちろん、着替えが終わってもまだまだ試練は続く。


「朝ごはん、出来てます」

「そっか! もしかして今日も……」

「手作り、です」


 愛が重い、しかもものすごく手間暇かけて作られている。バランスが考えられた献立は毎日違うもので飽きさせないし、スープに至ってはハート型に切られた野菜が入っていたりする。

 もう、なんというか。やり過ぎ感がたっぷりなのだ。けど宰相ちゃんは良いお嫁さんになるだろう。その重すぎる愛を自重できるのなら……。


「あ、ありがとう! じゃあ早速行こうか!」

「…………」

「な、何かな? 宰相ちゃん?」


 宰相ちゃんの視線が痛い。

 俺の顔をじぃーっと見ながら、「あれがまだでしょ!」と無言の圧力を放ってくる。

 ……あれか。俺は宰相ちゃんの様々な要求のうち、もっとも困ったことであるそれに思いいたると、冷や汗をかきながらわざと気が付かないふりをする。


「おはようのチュー……」

「うぐっ!!」


 そう、これが一番の問題なのだ。

 いわく、宰相ちゃんは俺の物になったので俺は宰相ちゃんに毎朝チューする必要があるらしい。

 なんでその事実からチューを毎日するという結論がでてくるのかまったく分からないが、ホイホイ頷いてこれ以上要求がヒートアップしても困る。

 ゆえに、やんわりと、最大限の注意を持ってやんわりと、お断りの言葉を述べる。


「えっと、チューはちょっとどうかなと思うんだけどね……」

「やだ……」


 宰相ちゃんは甘えん坊だ。彼女は俺こそが甘えん坊であると言って聞かないが、それはもうスキンシップを好むのだ。

 家族とかならまぁなんとか分かるが、宰相ちゃんは赤の他人だ。

 ……流石にチューはまずくないだろうか?


「やだ……」


 だが、宰相ちゃんワガママモード継続。

 俺の服をギュッと掴みながら、うるうると上目遣いで俺を見つめてくる。

 非常にあざとい。しかしここまでされては断れない。

 神よ、駄目な俺をお許し下さい。


「わかったよ! わかった! いつもみたいにほっぺね! これ以上は譲れないからね!」

「です」


 毎朝恒例の同じやり取り、そのやり取りが本日も敗北に終わった事を確認すると、俺は覚悟を決めて宰相ちゃんと背丈を合わせるように膝立ちになる。

 そして、煩悩を一切消し去ると、嬉しそうに頬を突き出す宰相ちゃんへと無心でホッペチューを行う。


 …………柔らかい。

 俺の吐息がかかるのか、くすぐったそうに目を細める宰相ちゃん。

 その仕草は、幼さを含みながら何処か妖美な印象があり、思わずドキリとしてしまう。

 落ち着け俺。相手は12歳の女の子だ。心頭滅却(しんとうめっきゃく)しろ。何も考えるな。俺はロリコンではない。

 そっと宰相ちゃんから離れる――瞬間、彼女が「はぁ」と小さく、艶やかさを含んだため息を付く。

 勢い良く首をそらし、窓から見える空を眺める。青い。

 ……よし、大丈夫だ、俺はまだ戻れる。その筈だ。


「嬉しい、です」

「良かったね……」

「宰相ちゃんもチュー、します」

「……はい、どうぞ」


 ほっぺたを突き出すように彼女へ向ける。次は宰相ちゃんの番だ、これが終われば毎朝の試練は完了する。俺は目を瞑りながら邪念を振り払うべく全裸のおっさんを思い浮かべた。

 途端、ふわりと甘い花の様な香りが鼻孔をくすぐる。

 首筋に柔らかな感触が巻き付くのがわかった。

 ……ちょっと宰相ちゃん? なんで貴方自分の腕を俺の首に絡めてるんですかねぇ?

 俺は困惑気味に目を開き、横目で宰相ちゃんを確認しようとするが、それは頬に感じる柔らかな感触によって強制的に止められる。

 慌てておっさんを思い出す。

 ギリギリセーフだった。

 しかしこの状況……宰相ちゃんに抱きつかれながら頬にキスをされている。

 お巡りさんが見つけたら全力で走ってくるであろう光景だ。

 もし、もしもだ。この光景を誰かに見られたら終わる。

 例えばティアさんとか、大臣とか、じぃやとか……。アホな彼らだ、こんな光景を見たらそれはそれは喜びに溢れながら茶化すに決まっている。

 そうなれば後は名実ともにロリコン勇者の出来上がりだ。それだけは避けなければいけない。

 ああ、ここで誰かが覗いている様な事があったらマジで終わるな。

 そんな恐ろしい未来を想像し、現実から逃げるように遠く自室の扉をみる。

 そして、扉の隙間からこちらを伺うティアさんと目があった。


 そうそう、こんな感じでティアさんが扉から俺を覗いているのだ。

 …………え?


「あわわわわわわ!」


 あわわわわわわ!

 ティアに見つかった!

 彼女はそれはそれは驚愕の表情で、扉の隙間より俺と宰相ちゃんのあられもない情事を凝視している。

 あかん、これ完全にドン引きしている感じだ。

 俺はティアさんが普段見せるおふざけモードではなく、完全ドン引きモードに突入している事を確信すると、動揺し携帯のバイブレーションの様に揺れまくる内心を抑えながらゆっくりと語りかける。


「ご、ごきげんよう。ティアさん」

「か、カタリ様? い、いま何をしていたのでしょうか?」

「え、えっと……あはは!」

「チュー、してました」


 チューの一言に顔を真赤にして非難の視線を向けるティアさん。

 反対に、何が自慢なのかティアにピースをしながら嬉しそうに報告する宰相ちゃん。

 その純粋無垢な行動が俺の社会的信用をどん底に引きずり下ろす。

 ああ、宰相ちゃん。もうちょっと黙っていて欲しかった。これでは完全に俺はロリコンではないか。


「誤解なんだよティア!!」


 なんてことだ、俺は明日からロリコン勇者になるのか……。

 俺は、自分のこの状況が完全に詰んでいる事を理解しながら、久しぶりに全力で叫びあげた。

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