第十三話
反乱軍は鎮圧された。
いや、形すら残さず殲滅されたと言ったほうが正しいだろう。
先ほどまで雪がうっすらと降り積もる平原だったそこは、今は全てをぶちまけたように荒れ果て、見るも無残な景色だ。
この光景は、目の前の一人の少女によって為されたものだ。
「何、これ……」
「これが姫様の固有能力。『神授王権』、です」
「宰相ちゃん……」
思わず呟いた声に答えが返る。
それは、腰を抜かしてへたり込む俺の隣へといつの間にかやってきた宰相ちゃんだ。
「人の限界を超えて、神の如き能力を得る。あの程度の敵では話にならない、です」
「この能力がある為、姫の戦闘力はこの大陸でも上位に位置しておりますのじゃ。ぶっちゃけ、白銀級などもいくら来ても関係ないですな」
続いて現れたじぃやが補足するように続ける。
圧倒的であった。力の差すら分からなかった。
『神授王権』とは、それほどまでのものなのか……。
「すげぇ……」
やがてティアがこちらへとやって来る。
その表情は穏やかではあったが、俺の反応を思ってか、少しだけ緊張の色が見えていた。
「勇者様ごめんなさい。許してください」
宰相ちゃんの言葉に何故か心が落ち着く。
許すも何も怒ってはいない。まぁ、確かに不満が無いと言えば嘘になるが、それだって大したものではない。
それよりも、俺には気になる事があった。
「う、うん。気にしてないよ……」
「…………」
俺と宰相ちゃんがいる場所まで歩いてきたティア。
彼女は、何を言うでもなく宰相ちゃんと俺のやり取りをじぃっと見つめている。
……? なんだろ、いつもなら我先にと入り込んでくるのに。
「どうかしたの、ティア?」
「カタリ様、どうかお許しを。貴方様の覚悟と誠意を踏みにじる様な真似をしてしまいました……」
「いや、いいよ。皆無事だったしね」
珍しく気にしているのだろうか? ティアらしくない。
俺は何でもないと手をパタパタふると、彼女を安心させるよう答える。
「お、お許し頂けるのでしょうか?」
「うん、なんとかなって本当に良かったよ」
許すも何も、初めから怒ってはいない。
皆無事だったのだ、ならそれでいいじゃないか。
「ありがとうございます!!」
ティアの嬉しそうな声をきっかけに、ウロウロと辺りをうろついていた大臣達も集まってくる。
ああ、なんだか全部終わった感じだ。張り詰めていた緊張が解ける気がする。
「いやぁ、めでたいですな! これにて一件落着です! よかったですな姫!」
「はい!!」
「よかった、です」
そう、これで全て終了なのだ。
後には何も残らない、このまま帰って皆の無事を祝福するだけだ。
だから俺は、自らの恐怖を抑えこむ。
芽生えた恐ろしい考えを、戦勝に浮かれる彼らに気づかれない様に、震える身体を気取られないように。無理やり押さえつける。
今の俺の不安を、決して皆に知られる訳にはいかなかった……。
だが、その願いは虚しい物だったのだろう。
恐怖は、現実の物となる――
「では、勇者殿! 貴殿が話されたカッコイイ台詞について振り返ってみようではないですか!」
「やめろぉぉぉおお!!」
全力で叫ぶ。
くそがっ! やっぱりそこ突っ込んで来たか!!
忘れてくれてもいいじゃねぇか!
ちょっと雰囲気に流されて思う存分語り明かした過去の自分に罵声を放つ。
なんでああいうセリフ言っちゃうかなぁ! 俺って本当馬鹿だ!
「ご安心めされよ勇者殿! 我々大臣団はその発言の一切を記録しておりますぞ!」
「いやぁ、震えましたな! まさしく男の中の男! これは城の者全員に読み聞かせるべきでしょう!」
「それはよい! むしろ国民全員に教えましょうぞ! このお言葉にはそれだけの価値がありますぞ!」
「あんまりだろうがぁぁ! それが命をかけて皆を守ろうとした奴に対する仕打ちかこらぁぁああ!?」
全力か! 全力で煽って来るのか!?
俺は人の忘れたい過去を的確に抉ってくるその手腕に戦慄しながら、なんとかコイツラの暴挙を止めんと声を張り上げる。
「そうですよ! 皆さん失礼です! カタリ様は私の事を想って立ち向かってくれたのです! その御方に何たる言い草ですか!」
「駄目、です!」
魂の叫びに加勢してくれるのはティアと宰相ちゃんだ。
二人は俺の悲しみを汲み取ってくれたのか、余計な事をしないようにと年中お花畑の大臣達へと注意してくれる。
ありがとう二人共! 大好きだ!
「あれ? ロリはともかく、なんで姫まで勇者殿の味方してるの?」
「姫はああ見えて初な所がありますからなぁ。勇者殿の啖呵にコロリと持って行かれたのでしょう」
「チョロい女ですなぁ……」
「一番刀の『皆殺し丸』なんか持ちだしてやけに張り切ってると思ったら、そういう事でしたか」
こいつら大臣には自らが使える主君に対する敬意というものが一切欠如しているのだろう。
何故か俺のディスからその矛先をティアに変えると、やんややんやと煽りだす。
……非常にうざい奴らだ。中学生か……。
「おい、煽られてるぞ?」
そんな煽られティアさんはどうするのだろうか? なんだか面白そうな復讐を言い出しそうである。
僅かな期待を胸に抱きティアを肘で突くが、なぜか返事がない。
「……ティア?」
「うう、何でもないですっ!!」
覗きこんだティアの顔は、まるで熟れたトマトの様に真っ赤だった。
俺と視線が合うや否やすぐに反らし俯く。
えっ、何この反応……。ティアさんちょっとピュアすぎやしませんかねぇ?
その仕草に俺もちょっと変に意識してしまい戸惑う。
「そ、それにしても! 大臣達にからかわれるのも仕方ないかもな。結局、あれだけ啖呵切っても何もできなかったし……」
誤魔化すように声を張る。
なんだかこのままだと付き合いたてのカップルみたいにほんわかとした謎の空気が形成されそうだったからだ。
もちろん、最高にうざい煽り付きだ。
慌てる俺だが、クイクイと袖が引っ張られる。
困った表情で俺を見上げるは宰相ちゃんだ。フルフルと首を左右に振っている。
……そんな事はないよ。って所か、相変わらず天使すぎて癒しオーラが半端ないな。
俺は宰相ちゃんの頭をなでりこしながら眼前に広がる光景に目をやる。
「ってか、街道ってなんだよ。どういうシュチュエーションで戦えって言うんだよ。……はぁ、なんか格好悪いなぁ。ちゃんとした能力だったらもう少し役に立ったろうに」
俺が魔力を振り絞って作り上げた街道は見るも無残な光景だ。
石畳は全てめくり上がり、どの様な形であったか、それすら満足に確認する事はできない。
……なぁ、相棒。お前と俺が一生懸命作った、けど役に立たなかった街道は無くなっちゃったよ。
心の奥底、自らの力、その源泉に語りかける様に黙想する。――が、反応は返ってこない。多分土属性をディスったからだ。
相棒機嫌なおせよ……。
なんだか俺は無性に悲しくなった。
「そんな事ありません! カタリ様は立派でした! 確かに今回は不本意でしたけど、それでもその力は私達の栄光の礎となるはずです」
気落ちした俺の様子に心配したのか、励ますようにティアが話しかけてくる。
少し離れた場所には地面に突っ伏す大臣達の姿が見える――煽りすぎてボコられたのか、ティアさん怖ぇ……。
可哀想な大臣達を見て、少しだけ幸せな気持ちになった俺は、ティアの言葉に耳を傾ける。
「その第一歩が、他ならぬこの街道ではありませんか」
手を大きく広げ、これです! と言わんばかりに俺に示すティア。
……まぁ、見る影もありませんけどね!
「ってかこの道だよ……」
「盛大に破壊してしまいましたが、立派な街道でしたね!!」
「そりゃあ俺の魔力殆ど持ってったしなぁ」
ティアと一緒に無残な街道を見つめる。
視界の端に、何やらしゃがみこんでゴソゴソとやっているちんまい子が見えた。
宰相ちゃんだ。
「宰相ちゃん。どうしたの?」
「……っ! ……勇者様」
俺の声にビクリと反応した宰相ちゃん。
突然声をかけられ驚きながらながら、目をシパシパさせている。可愛い。
宰相ちゃんはどうやら壊れた街道を何やら調べていたようだ。
「壊れた街道に何かある? ……ん? それは?」
宰相ちゃんがゆっくりと見せてくれた掌、そこには街道の破片と思わしき物がちょこんと乗っかっている。
そして、それは何やら青白く発行する特徴的な文様によって囲まれており、なんらかの魔法が発動している事を表していた。
「魔力の残滓と、構成物から、勇者様の能力、調べてた」
「そうなんだ! ありがとう、宰相ちゃん!」
どうやら宰相ちゃんは魔法を使って相棒の能力を調べていてくれたらしい。
……流石宰相ちゃんである。
俺と土属性をディスる事しか脳の無い大臣達よりも何百倍もお仕事をしてくれる。
俺は宰相ちゃんにお礼を言いながらそのお仕事を邪魔しないよう、暖かく見守る。
「健気なロリですなぁ」
「姫に一番を譲り、自分は影で支える役ですか?」
「あんなホモロリコンのどこが良いのやら」
いつの間にか復活したであろう大臣達がゴキゲンで煽ってくる。
ああ、こいつら全員死んで、そして代わりに同じ数だけの宰相ちゃんが出現しないかな……。
俺はストレスのあまり非現実的な妄想を始めると、いつの間にか晴れ渡った空を眺める。
ああ、空はこんなに青いのになぁ……。
「カタリ様の固有能力について具体的に何かわかりましたか、宰相ちゃん?」
ティアが興味深げに宰相ちゃんへと質問している。
確かにそうだ、俺の相棒は具体的にどんな力を持っているのだろうか?
初っ端空気の読めないボケをしでかしてくれたのだ、さぞかし微妙な能力なんだろう。
険悪な雰囲気になる俺と相棒の関係を思いながら、宰相ちゃんの答えを聞き漏らさぬように注意を向ける。
「勇者様の能力。錬金術の派生型。既にある物質を、特定対象に限り置換できる、と推定」
「あらゆるものですか? 本当に? 限定的とは?」
うーむ。宰相ちゃんが難しい言葉を使うと途端にわからなくなるな……。
つまり、あの街道や土壁の様な物を作り出すって事で間違いはなさそうだけど。
「魔力の続く限り。対象は――各種建築、建造物」
「…………」
……サプライズは無しか。
結局、俺の相棒は後方支援型の建築能力って事になるのか。
まぁ、確かに城壁や塹壕、橋や道路の敷設も軍事活動に入るから勇者の能力に間違いは無いんだけれども……。
「地味だ……」
「街道作った時点で予想はしておりましたがなんともはや」
「顔と属性だけかと思ったら固有能力まで地味とは」
大臣達が煩い。
ちょっと反論できないあたりとっても煩い。
……なぁ、相棒。俺達地味だってよ。どうする? 反論できないぜ?
――カタリが全部悪い!
心の中からつっけんどんな反論が帰ってくる。味方はいない。
「素晴らしい能力ですカタリ様!!」
「いや、そういう中途半端な優しさが却って人を傷つける事になるからやめて」
興奮……いや、焦り気味にティアがフォローを入れてくる。
止めてくれ、そういう本当は駄目だけど応援はしてるからね、みたいなのが一番傷つくんだ。
なんだか悪意なく馬鹿にされたような気持ちになって悲しくなってくるんだ。
「凄い、です」
「宰相ちゃんも優しくしないで!」
キラキラと尊敬の眼差しで俺を見つめる宰相ちゃん。
止めてくれ! そういう無邪気な尊敬が辛いんだ! 尊敬と現実のギャップに苦しみもがく事になるんだ!
俺は苦いものを感じながらもあれやこれやとまとわり付いて褒め称える二人を引き離す。
「となると、能力名は『土木建築』と言った所ですかな?」
「ほほぉ! なんとも微妙な!」
「素晴らしきかな! 我が国の勇者、『土木建築』のカタリよ!」
「ふざけんな! 土建屋じゃねぇんだぞ! そんなダサい名称にされてたまるか!」
大臣達の煽りは止まらない。
コイツらはこの隙に俺を徹底的にディスるつもりなのだ。
国を代表する勇者の二つ名がそんなに適当で良いのか甚だ疑問だが、コイツらにとっては、それはさしたる問題でもないらしい。
ようは、面白いか面白く無いかなのだ。
――基本的に、こういう奴らなのだ。
「素晴らしい名前です! 皆さん! 早速国民に向けて我が国の偉大な勇者の名を広めて下さい!」
「「「御意!!」」」
「あ、やめろ! こら! なんでそんな余計な事を言う!」
俺の悲劇は終わらない。
大臣達の煽りをどう感じ取ったのか、我らがアホの子ティアさんは途端に顔を輝かせると不本意極まりない名を広めようと命令を行う。
……恐ろしい速度で大臣や兵士達が散っていく。
今までに見たことない速度だ、まさしく才能の無駄遣いである。その身体能力を先程の戦闘で使って欲しかった。
「やめろーーー!!」
追いかけようとするが間に合わない。
叫びが虚しく響き渡る。
斯くして、俺の不本意な二つ名と黒歴史溢れるセリフは、見事な装丁の本となって、王国中に広まる事となったのだ。
◇ ◇ ◇
悲劇の出来事から数日後、カイゼル地区の反乱を鎮圧した事による戦勝の祝いを盛大に行ったフローレシア王国は、つかの間の平穏を享受していた。
「戦勝の祝い……か」
戦勝の祝い、もとい俺の恥ずかしいセリフをつまみに国民全員が楽しく飲み食いするお祭をなんとか乗り切った俺は、あの地獄のひと時を思い出しながらため息をつく。
「料理美味しかったですね!!」
「勇者、様?」
怒涛の様に過ぎ去るイベントで少しばかり忘れていたが、冷静になってあの時の事が思いだされる。
「やっぱ戦いのあの時、人が死んだんだよな……」
仕方なかったとは言え、反乱軍は鎮圧された。
いや、鎮圧なんて言葉で誤魔化すのはよそう。
――彼らは殺されたのだ。
他でもないティアの手によって……。
「カタリ様……」
「俺が街道しか作れなかったせいで、ティアに手を下させたと思うとね。勇者とか言っても情けないなーって」
男尊女卑と言われてしまうかもしれない。
当然だと言われるのかもしれない。
だが、本来だったら俺の仕事だった。ティアにさせる様な事ではなかった。
「女の子にそんな事させて、俺って何やってるんだろうな?」
彼女に、手を汚してほしくはなかった。
なぁ、相棒。俺たち本当にダセェよな。勇者なんて持て囃されてもこのザマだぜ?
心の中へと、自虐的に語りかける。
言葉は、返ってこなかった。
「カタリ様はちゃんとやってくれていますよ」
不意に手を包む柔らかな感触に気付く。
見やれば、ティアが俺の手を握り、慈愛に満ちた優しげな表情を向けている。
言葉を告げず、微笑みで返す。上手く、表情を作れているだろうか? だが。
……少しだけ、気持ちが晴れた気がした。
「けど、大変」
「ん? どうかしたの? やっぱり何か問題がある?」
続くように語るのは宰相ちゃんだ。
彼女は何やらテーブルの上に大量の資料らしき物を並べ、ウンウンと唸っている。
「はい、実は今回の件で大量の処罰者がでたせいでホモが圧倒的に足りないのです……」
ティアは真剣な表情でその悩みを打ち明ける。
俺は内心で盛大に舌打ちをした。
ちょっとシリアスな雰囲気を出すとすぐこれだ。
「非番のホモも動員して24時間フル稼働でホモ尽くしていますが追い付いていない様子で……」
「だからその刑罰やめろって言ってるでしょ」
ティアさんは本当にホモが好きだ。基本的に怪しい人間がいたら取り敢えずホモ尽くしにするらしい。
この国は、驚くことに法治国家ですら無いのだ。
俺はそのアホみたいな悩みに心のなかで罵倒すると、謂われなくホモに掘られる哀れな人々に哀悼の意を捧げる。
「もっとホモが沢山いてくれれば……」
「それはそれで嫌だな」
大量のホモが王国に跋扈するのか。
俺は何故か上半身裸のむさ苦しい兄貴が王都を埋め尽くす様を幻視しながら、彼女の下らない悩みに適当に相槌を打つ。
「じーーっ」
「……何?」
ティアさん俺を凝視するの巻。
……嫌な予感がする。
「その様な理由から、現在我が国内にはホモが一人でも必要なのです! じーーっ!!」
「宰相ちゃん! 二人っきりで仲良くお話しよう! ティアは除け者な!!」
「はい、です!」
「やだーーー!!」
予想通りの行動を起こしてくれたティアさんをガン無視した俺は宰相ちゃんに向き直り、仲良くお喋りに興じる事にする。
ほんと、もう、マジでやめてくれない、その設定? それ事情を知らない人が聞いたらどうなるの?
「人をホモ扱いするティアさんなんて知りません!」
「うわーん! 私がもうあと10歳若かったらカタリ様のハートを掴んで離さなかったのにー!!」
「人をロリコン扱いするティアさんも知りません!」
ホモでロリコンとかどこまで業が深いんだ?
俺はジタバタと暴れながら俺のベッドをグシャグシャにする様子を見ながら、なんとかこのアホの子の鼻をあかす方法はないかと考えこむ。
「あの、小さいと駄目、ですか?」
しかし、控えめな声が俺のすぐ隣よりかけられた。宰相ちゃんだ。
この愛らしい少女は自分がまだ小さいことを気にしているらしく、不安げに俺を見つめている。
ああ、心が洗われる。
宰相ちゃんは俺をホモ扱いもロリコン扱いもしないし、本当にいい子だ。
俺は五歳も歳が離れているはずの宰相ちゃんに、何故かドキドキしている事実に目を背けながら、この愛らしい少女の質問に答える。
「そんな事ないよ? 宰相ちゃんは小さくてもとっても魅力的な女の子だよ」
「あーっ! ロリコンだー! やっぱりロリコンなんだー!!」
「うっさい!!」
「嬉しい、です」
ティアが煽る。とても嬉しそうだ。やっぱりティアは俺をロリコンにしたいらしい。
俺は無言で彼女を睨みつけるが。当の本人は「えへへー!」と嬉しそうにはにかむばかりで一向に堪える様子がない。
しかもちょっと可愛いのがまた腹が立つ。
本当、どうしたものか……。
「でもこの国では法律上ロリとも結婚できるのでカタリ様にとってはとても住みやすい国ですよ!」
「いや、ってか普通にこの国に住むみたいな話になってるけど、いつになったら俺は家に帰れるわけ?」
疑問を口にする。本当にそれなのだ。
ティアさんはいつになったら俺を帰してくれるのだろうか? ちなみに、現時点ではまったくその気は無いようだ。
……家に帰ったらなんて言い訳しよう。
「お家返しません!!」
「割りとガチで帰りたいんだけど? 手紙は送ってくれてるからある程度は大丈夫だろうけど、流石にこのままってのも……」
一応、家族に送っている手紙には事のあらましを記してある。
異世界に召喚だなんてオカルト話、普通なら一笑に付すだろう。だが俺の家は割りと怪しげな儀式をやっちゃったりする意味不明な家系だ、もしかしたら意外と納得してくれているかもしれない。
でも厳しい家だから激怒してる可能性もあるけど。
手紙が一方通行なのが不安な点だな……。
不安が表に出ていたのだろうか? 悩みこむ俺にティアより意味不明な提案が告げられる。
「じゃあ残ってくれたらロリコンのカタリ様に宰相ちゃんをプレゼントします!!」
「宰相ちゃんは物じゃないし、本人の望まぬことを強要してはいけません!」
あと俺はロリコンじゃありません。
しかも何故に宰相ちゃんプレゼント? まぁ宰相ちゃんくれるならガチで欲しいけど……。
あ、もちろんロリコンだからじゃなくて宰相ちゃんは可愛くて良い子だから一緒にいたいって意味であって、俺は断じてロリコンじゃないから。
誰に言うでもなく自分に言い訳しながら、件のプレゼントちゃんこと宰相ちゃんを見る。
ってか宰相ちゃんも可哀想に。こういう時はちゃんと声を上げて拒否しないと駄目だよ?
「嫌じゃない、です」
「…………えっと」
もじもじと顔を赤らめながら、けどしっかりと俺を見据えて、宰相ちゃんが告げる。
え……? マジか?
宰相ちゃんはその特徴的なお耳まで真っ赤にしている。なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。
暫し見つめ合う。宰相ちゃんは瞳を逸らさずこちらに潤んだ瞳を向けている。
宰相ちゃん貰っちゃっていいのか?
……宰相ちゃんは今12歳。俺が17歳。歳の差5歳。
12歳の女の子とって考えると犯罪だが歳の差で考えると全然おかしくない。
それどころか宰相ちゃんは今ですら絶世の美少女と言って差し支えない容姿と、天使と言って過言ではない程の性格をしているのだ。
あと5年もすればさぞかし魅力的な女の子になっているだろう。
……いや、マジでこれはありじゃないのか?
「あーっ! 満更でもないんだー! うりうり!」
「っ!? うっせ! うっせー!!」
ニヤニヤとした表情で俺を思考の海から引きずり上げたのはティアだ。
彼女はそれはそれは嬉しそうに俺と宰相ちゃんの脇を交互に突いてくる。ウザい。
宰相ちゃんも滅茶苦茶迷惑そうにしている。
くそぅ、助けてあげたいけど今は反論できねぇ……。
「やっぱりお家返すわけにはいきませんね!」
「ぐぬぬ……」
俺の帰還はまた遠のいた。しかも身から出た錆によって。
「では、これからもよろしくおねがいしますね! カタリ様!」
「よろしくおねがいします。勇者、様」
くそっ。自分でも現金な男だと思う。
だけど、こんなに可愛らしい二人の女の子に引き止められて、ノーと言える男など居るのだろうか?
俺は敗北感と同時に、少しばかりの喜びを感じながら、二人の言葉に返事をするのであった。