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第十一話

 王都郊外の見晴らしの良い平原。

 雪がシンシンと降り積もる中、俺達は彼方より迫る反乱民の集団を見据えている。


「予想以上に数が多いですなぁ」

「おお! 一丁前に武装しておりますぞ!」

「ああ、冒険者らしき者も見えますね、やはり他国の仕業ですか」


 大臣達が口々に語る。

 なんとか目を凝らすと、確かに各々が剣や槍などで武装しており、凡そ市民の反乱とは思えない豪華っぷりだ。もはや反乱民では無く反乱軍だな…。

 しかも聞く所によると冒険者も居るらしい。

 モンスター退治等の荒事を専門にする戦闘職……か。

 ファンタジー世界とは違いこちらの冒険者はどうやら傭兵の真似事もするらしい。

 しかし……これ、あまり良くない雰囲気なんだが……。


「えっと、なんかヤバ気な雰囲気なんだけど、大丈夫なの?」


 隣で「わぁー」と楽しそうに反乱軍を観察するティアに尋ねる。


「うーん。宰相ちゃん、どうですか?」

「見覚えある顔、あります。スパイ、沢山です」

「数は……四千と言った所ですか、どこからこれほどの数を集めたのやら」

「ある程度の統率もされている様ですなぁ」


 ティア達が相談する内容をしっかりと聞き取りながら、眼前の反乱軍に関して考える。

 どうやら予想以上にヤバ気な雰囲気だ。

 スパイ、冒険者、武装した民……完全に仕組まれた出来事だと判断できる。

 もちろん、だからといって引くこと等出来ない。

 後ろには王都が広がる、そこには戦うすべを持たない国民が身を寄せ合って事の成り行きを見守っているのだ。

 死して尚、撤退は許されない。


「どうすればいい?」


 静かに尋ねる。

 多分、極限状態なのだろう。にも関わらず、俺の心は不思議とクリアであった。

 何故か自分がすべき事が分かり、自分の役割が分かった。


「ある程度反乱軍を引きつけます。そうしたら固有能力(プロミース)を発動させて下さい。相手は勇者がまだ戦闘行動を行えないと思っているでしょうから虚を突く事ができます」

「その隙に、こちらが攻撃、します」


 ぶっつけ本番? 不用意にも程があるな、はたして上手くいくのだろうか?


「能力の発動なんて分からないんだけど」

「いいえ、分かるはずです。心の声に耳を傾けてください、能力は常に共にありますから……」


 静かに目を瞑り。黙想する。

 心の臓の中心。心の中に熱い何かを感じる。

 恐らくこれがそうなのだろう……。不思議とそれが分かった。

 根拠の無い……いや、確信を持って瞳を開き、ティアに答える。


「わかった……いけると思う」


 能力の鼓動が聞こえる。身体を流れる力が俺に能力の行使を訴えてくる。

 ……問題はない。あとは俺の能力がどの様な効果をもたらすかだけだ。


「でもさ、これでもし変な能力だったらどうするの? 例えば、錬金術とかは戦闘向けじゃないでしょ?」


 当然湧いてくる疑問をぶつける。

 いまだ反乱軍は遠く向こうだ、今の内に作戦の粗を消しておきたい。


「今まで確認された土の勇者が持つ固有能力。その全ては戦闘に応用が効きます。例えば錬金術であれば物質を爆薬へと変換する事が出来るのです。ですからその点はご安心頂いて構わないかと」

「そうか、でもとっさにそういった応用が効くかな?」

「そこはぶっつけ本番って所ですね。万が一直接戦闘に関係ない能力の場合、こちらも直ぐ様アドバイスをしますので、なんとか相手の戦力を減らして欲しいです」

「……先に少し試すってのは?」

「能力を使用する為の魔力にも限度があります。それに止められた堰を切るように、勇者が使う一番最初の一撃は強力なものなのです。私はそれにかけたいと思います」


「なるほど、分かった」


 静かに答える。

 正真正銘のぶっつけ本番。しくじれば悲劇が起こる。

 ティアはいつもはとんでも無いアホの子だけれど、ここ一番の時はその能力を最大限に発揮してくれる子だ。心配はない。

 だから、後は俺がどれだけ踏ん張れるかなのだろう。

 のしかかる責任が巨大な岩の様にも感じられる。


「では、各員持ち場について下さい!」


「頑張れよなー」

「勇者殿にかかっておりますぞー」


「お前らはもう少し緊張感をもてよ! こっちは責任で押しつぶされそうなんだぞ!!」


 相変わらずふざけた態度の大臣達に罵声を投げかける。

 あっけらかんとした態度が、今は少しだけ気分を楽にしてくれた。


………

……



 各々の準備も整い、後は決戦の時を待つのみだった。突然緊張に包まれる鎮圧軍の本陣に凶報がもたらされる。

 苦々しい表情でその報告を持って来たのはじぃやだ。


「姫、不味いですぞ。高ランク冒険者がおります……」

「ランクは?」

「白銀級……」


 冒険者はその戦闘能力によっていくつかのランクに分けられている。

 以前宰相ちゃんに簡単に教えて貰った事だが……。


「それって強いの?」


 静かに尋ねる。


「強いです。このランクになると二つ名を持ち、名前が売れ始めます。一般的な兵士では歯がたたないどころか傷すら与えることができませんね」

「炎撃のエルメーロ。強力な対集団向け火炎魔法の使い手、です」

「そうか……」


 一筋縄では行かないという事か。

 だが問題は無い。いや、問題はあるがそれは関係ない事だ。

 俺は俺のすべき事を為すだけだ。


「勇者殿、ビビリましたかな?」

「白銀級はなかなかお目にかかれませんからなぁ」

「勇者と言えどちょっときつい相手ですぞ!」


「いいからお前らもちゃんと仕事しろ」


 変わらぬ声で――静かに大臣達に忠告する。

 コイツらこそ白銀級冒険者の参戦で少しはビビっているかと思ったら、相変わらずのふざけた態度。

 いっそ頼もしくさえなってくる。


「……恐ろしくはないのですか?」

「ビビリまくってるに決まってるだろ? でも男にはやらなきゃいけない時ってのがあるの」


 恐怖は感じている。

 殺し合いなんて初めてなんだ。確実に殺せる自信がない。

 だが、やらねばならない。そうしなければ失ってしまう。

 もう二度とティアのワガママに振り回される事も、宰相ちゃんに癒やされる事も叶わなくなってしまうのだ。

 その為なら、俺はなんだってやろう。

 ――誰だって殺そう。


「そうですか……」

「ご立派、です」


 なんだかものすごく過分に評価されているようで少し気恥ずかしい。

 別に、俺はそれほど感心される人間では無いはずだ。

 ただ、己の出来る事をやっているまでなのだ。

 俺は勇者だ。ならば――


 ――全員守ってやる位できて当然じゃないか。


「男前ですなぁ」

「土属性の癖に熱い男ですじゃ」

「こりゃ認識を改めないといけませんな」


「お前らも戦うんだよ!!」


「いやぁ、我々は勇者殿に期待しておりますので」

「まぁ土属性ですがなんとかしてくれるでしょう」

「どの様な能力か、楽しみですな!」


 前言撤回。この大臣達は助けない。

 と言うか呑気過ぎる。コイツラは本当にアホだ、ここで死んでしまった方がいいのではないか?

 流石に呆れてツッコミを入れる。最低でも弾除け程度にはなってくれよ? お前らだって守るべき国民がいるんだろう?


「勇者様、頑張って」

「ありがとう、宰相ちゃん」

「私はカタリ様を信じていますよ」

「ティアもありがとう」


 信頼に満ちた励ましに答える。

 気が付くと、反乱軍はすぐそこまで来ている。

 中央に居る目立つローブを着た男。彼がエルメーロと呼ばれる冒険者だろうか?

 しばらく、数分の間にらみ合いが続く。

 ……男がゆったりと手を振り下ろした。

 同時に反乱軍より鬨の声が上がり――。


「動きがありましたぞ!」

「カタリ様! 来ますよ!!」


 遂に戦端が開かれた。


「ああっ! いくぞ!!」


 身体を巡る力を込めるように右手に強く握る。

 己の内、魂の奥底にあるまだ見ぬ力に声をかけ、呼び覚ます。

 土属性、聞いているか? お前の力が必要だ。

 皆を助けたいんだ、お前の力を貸してくれ。

 出来るだろう、相棒。俺はこんな所で終わるつもりはない。

 ……終わらせるつもりもない。

 まだ皆と笑っていたいんだ。皆とアホみたいな日々を過ごしたいんだ。

 だからさ、進んでいこう。敵を打ち払おう!


 俺達の未来を、その道を! 俺の固有能力(プロミース)


 ――切り開いてくれ!!


 強烈な光が世界を満たす。

 轟音が鳴り響き、土埃が巻き上がった。

 体中から力が抜け、全力疾走をした後のような虚脱感に襲われる。

 想像以上の手応だ。

 ……どうやら、俺の相棒は俺が期待した以上に張り切ってくれたらしい。


「「「おおっ!!」」」

「こ、これは……」

「すごい、です」


 やがて土埃が晴れ、俺の能力が引き起こした結果がうっすらと見え出す。

 同時に、事の成り行きを見守る皆から驚きの声が上がった。

 そして現れるは……。


「「「立派な街道が出来ている!!」」」


 とても見事な街道であった。

 整然と舗装されている。

 石畳が綺麗だ。寸分の誤差さえ無く綺麗に整えられていた。

 それは反乱軍を越え、遥か彼方、俺達の未来へと繋がるように敷設されている。


 再度言おう。


 とても立派な街道が出来上がっていた。


「「「……………」」」


 沈黙が世界を支配する。

 ものすごく微妙な空気。そう、なんと言っていいのかわからないものが流れた。


「そういう意味で言ってるんじゃねぇよ!!」

「ひゃぁっ!」


 俺の突っ込みにティアが驚きの声を上げる。


「そういうノリじゃねぇんだよ! あれか!? 能力まで俺を馬鹿にしてんのか!? アホなのか!? こいつまでアホなのか!!」


 その道じゃねぇよ! 切り開いてるんじゃねぇよ!

 そういう「ある意味~!?」みたいなノリを期待しているんじゃねぇよ! 今はボケる所じゃねぇんだよ!

 俺は心の奥底に居座る相棒へと語りかける。

 オイ相棒! 解ってるのか!? TPOを考えろ! 俺はずっとお前の味方だったんだぞ!


 ……何故か不満気な反応が返ってくる気がした。


 ふざけんな相棒! お前までアホだったら俺は何に縋って生きていけばいいんだよ! このクソ属性がっ! とんだ不良債権だ!! やっぱ土属性は駄目だな!!


「お、落ち着いてカタリ様!」

「落ち着いてられるか! もう魔力が殆どねぇよ!! 立派な街道に大変身だよ!」


 宥めすかすティアを振り払うように突っ込む。

 くそっ! これで計画がおじゃんだ! て言うか、これはどんな能力なんだよ!


「確かに立派ですなぁ」

「これほど見事な街道、作ろうと思えば相当大変ですぞ?」

「しかし何の役にも立ちませんねぇ」


 呑気な大臣達の声をBGMになんとか次の策を考える。

 あまりの出来事に反乱軍までが唖然としているのが唯一の救いだ。


「ふむ……。宰相ちゃん!」

「はい、です。初めて見ました。恐らく勇者様の能力は過去の情報から推測するに後方支援用の建築能力。不味い、です」

「くそっ! 最悪だ!」


 一番戦闘に向いてない能力じゃないか! どうりで街道しか出来ない筈だ!

 俺は舌打ちをしながら敵の襲来に備える。

 俺の能力の正体に気づいた反乱軍が、見下すように馬鹿笑いを始めたからだ。


「ちぃっ! 馬鹿にしやがってっ!!」


 しかし状況は俺達を待ってくれない。

 遂に反乱軍が動いた。魔法使いや弓手も居るらしくご丁寧に遠距離攻撃のオンパレードだ!


「来ます、ですっ!!」

「カタリ様、土壁の構築を!!」


「おらぁぁぁあああ!!」

「皆の者! カタリ様を補助なさい!!」

「御意!!」


 力の残りカスを絞り取る様にし、何とか反乱軍との間に土壁を作り上げる。

 高さにして3メートル、横幅300メートル程の物だ、大臣達や魔法の心得がある兵士の補助によっていくらか強化されているとは言え心もとない。


 事実、いまだ魔力を送る土壁を通じて感じ取れる向こうの状況は、とても楽観視出来るものではなかった。


「ふぅ……。なんとかなりましたか」

「ほんの少しですが、時間が稼げますな!」

「さぁ! 逃げましょう! これ無理です!!」

「このまま後方に退避、正規軍招集、します」


 土壁により時間が稼げた事に安心したのか、ティア達があれやこれやと作戦を考える。

 ……この後は彼女達にまかせておけばいいだろう。

 少なくとも、王都の市民に被害が及ぶような手は打たない筈だ。

 だからこそ、俺はやるべきことをやる必要があった。


「俺はここに居る。お前ら先に逃げろ」


 土壁に魔力を込めながら、俺は静かに告げる。


「カタリ様?」

「……? どうしたの、ですか?」

「俺はここを動けない」


 事実だけを、端的に伝える。


「えっ!?」


「今も向こうからアホが攻撃しているんだ。常に魔力送って修復しないと直ぐに破られる。俺はここに残るからさっさと行け!」

「でも! それではカタリ様が!」


 白銀級と言う物を俺は少し舐めていたのかもしれない。

 土壁の向こう、相手側から聞こえるのは連続して聞こえる爆撃音と反乱軍が上げる威勢のよい叫び声だ。

 どうやら、俺が想像する以上に相手側の士気が高いらしい。


「おお、爆発音が聞こえますな」

「迂回もしていない様子。これはいたぶっていると見ていいでしょうな」

「炎撃ですか、品がありませんなぁ……」


 今だけは大臣達に同意する。

 これは最悪だ、相手は俺たちを舐めくさっている。品がないにも程がある。

 だからこそ、決してここを破られる訳にはいかない。


「オイ! アホ大臣共! さっさとティアと宰相ちゃん連れて逃げろ! どうせその算段はあるんだろ!?」

「むぅ、ある事にはあるが……」

「しかし……」

「…………」


 珍しく言いよどむ大臣達を睨みつける。

 お前らも一国を治める要職なら取捨選択(しゅしゃせんたく)位しろ! この位で揺らいでるんじゃねぇよ!


「だ、ダメですよ! そんな! カタリ様が死んでしまいます!」

「なんとかなるから一緒に逃げようぜダサ坊!」

「そ、そうですぞ、流石に死なれては目覚めが悪い」

「お主がそこまでする事は無いではないか!」


 己の奥底から、まるで乾いた雑巾を絞り上げるように魔力を吸い出し、土壁を修復する。

 魔力が欠乏するとどうなるのか? だんだんと意識が薄れる気がするが不思議と気分は悪くなかった。

 俺はフローレシアの勇者だ。ならばその責務を果たそう。


「早く行け!」


 ティアが悲痛な表情をしている事を知りながら……。

 再度俺は叫んだ。

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