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プロローグ

 異世界なんていいものじゃない。

 転移した俺が言うんだ、間違いない。だから、異世界に変な幻想を抱いちゃいけない。


 ……………。


 誰も持っていないような、凄い力や能力に憧れた事がある……。

 マンガやゲーム、ラノベなどに出てくるような人知を超えた強力な力。

 超能力、怪力、不死、魔法。

 そんな、普通ではありえない力を持ち、立ちはだかる敵を造作もなく打ち砕く存在。


 ――例えば、勇者とか……。


 本堂(ほんどう)(かたり) 年齢・17歳 職業・男子高校生。レベル……1?

 俺をRPG風に表すのならそうなるであろう。特別な点が何一つ無い、平凡を絵に書いた様な人間だ。だけど実はすごい力が秘められていて?

 ……高校生二年にもなって何を恥ずかしい事を妄想しているのだろうか。

 帰宅する道すがらでさえ、こんな事を考えているのなら始末におえない。

 結局、物語の様な突拍子もない出来事など起こるはずもないのだ。

 今日が過ぎ、明日がやって来る。その繰り返し。世は事もなし。

 そうやって死ぬまで毎日を過ごすと思っていた……。

 この瞬間まで、そう考えていた……。


「この度は、私共の召喚に応じて頂きありがとうございます。勇者様」

「……え?」


 凛と響くその言葉に驚き、顔をあげる。

 目の前には美しい少女が居た。

 大体俺より一つか二つ下の年齢だろうか? 部活動で接する後輩の女の子達と同じような背丈からそう判断する。

 だが、その装いは異常だ。現代日本ではありえない物だった。

 薄暗い室内でもその輝きを失わない金と銀の装飾が施された純白のドレス。

 ティアラと言うのだろうか? 見たことも聞いたことも無い様な金属と宝石であしらわれた宝冠。

 そして、美しく流れる白銀の髪……。

 先程まで学校から帰路についていたはずだ。

 断じて、こんな異国感溢れる少女の前で呆ける理由などない。


「は? えっと……え?」


 驚きのあまり情けない声しか出ない。

 自分に起きた出来事が信じられずに辺りを見回すと、どうやらここは少し広めの室内らしい。

 少々薄暗いながらも、石で出来た壁、淡く光るランプの様な物、そして地面に描かれる魔法陣の様な物体が目についた。

 また、少女以外にも複数の人がこちらの様子を伺っており、その服装は自分が知るどれとも違っている。

 だが、全てにおいて言える事は、そのどれもが初めて見る物であるという事だ。

 それは、明らかにこの場所が現代日本と違う所である事を表していた。


「混乱されているようですね。突然の召喚をどうぞお許し下さい。私の名前はティアエリア・アンサ・フローレシアと申します。この国の姫であり代表者です」


 ティアエリアと名乗った少女は、柔らかな笑みを浮かべている。

 その美しさに思わずドキリとしてしまう。

 今までの人生の中、テレビや雑誌、その他様々な所で美少女と言う存在を見聞きしてきたが……。

 だが、そのどれもこれも、目の前にいる少女の前では霞んでしまうだろう。

 そう思わせるだけの美貌が彼女にはあった。


「あの……勇者って。どういう事……ですか?」


 激しく鼓動する現金な心臓を隠すように、自らに湧いた疑問をなんとか尋ねる。

 これでは、まるで小説やゲームの話ではないか!

 今まで妄想していた世界が不意に目の前にやってきた様で、俺は酷く混乱していた。


 勇者召喚……。

 物語ではありふれた話だ。世界の危機に瀕した王国が異世界より勇者を召喚する。

 そうして召喚された元一般人が異世界で数々の冒険を繰り広げ、やがて世界を平和にして幸せに暮す……。

 そんな、夢物語が、まさか自分に訪れるとは思ってもいなかった。


「はい、実は私達は――」

「姫! その様な話は後で結構です! まずは勇者殿の属性を!」


 ティアエリア姫の言葉を遮るように、背後より声がかかる。

 それは、先程まで険しい表情を見せながら事態を見守っていた人々の一人だ。

 その豪華な装いから全員が高い地位にいるであろう事が容易に分かる。

 彼らは一様にソワソワとしており、何かが気がかりであるように見えた。


「せっかちな方々ですね。何事も順序というものがあると言うのに……」


 ため息混じりでティアエリア姫が答える。

 彼女はその美しい表情に憂いを見せると、こちらに視線を合わせて静かに切り出す。


「勇者様、申し訳ありません。大臣達が言うように、召喚した勇者様にはそれぞれ属性があるのです。本来ならもう少し我々の事をお話してからお調べすべきなのですが……何分大臣達はせっかちですので、今からお調べしてもよろしいでしょうか?」

「はい、構わないです……」


 理解が追いついていない脳に叱咤激励し、なんとか言葉を絞り出す。

 そんな言葉でも了承をとれた事に安心したのだろう。

 ティアエリア姫は憂いを消し去り、先ほどと同じような柔らかな笑みを浮かべる。


「では勇者様、少し失礼致します」


 その言葉に返事を告げる様としたその時、視界いっぱいにティアエリア姫の顔が映る。

 彼女は、静かに瞳を閉じその額を俺の額に付けてきたのだ。


「うっ……」


 それはあまりにも突然で、目の前にあるティアエリア姫の顔にドギマギとしてしまう。

 ……俺だって健全な男子だ。目の前に女の子――それもとびきり可愛らしい子がいるのに動揺するなというのも無理な話だろう。


「これはっ……」


 永遠に思える一瞬の時。

 ティアエリアによる小さな呟きと共に、それは終わりを告げる。

 見開いた彼女の瞳が俺の視線と交差する。

 気恥ずかしさを感じ、慌てて逸らす。一瞬見えた彼女の表情には、確かに驚きが含まれていた。


「……如何でしたか! ティアエリア様!」


 そっと俺の額から離れるティアエリア姫に大臣の一人が声を荒げ尋ねる。

 その言葉には明らかな期待と不安が混じっている。

 沈黙が世界を支配した。

 ティアエリアは大臣の声――その場にいる全ての者達の期待を反芻する様に静かに目を瞑り黙想すると、同じく静かに瞳を開き告げる。


「お聞きなさい。勇者様の属性は――」


 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 それが自分によるものか、居合わせる人の誰からから聞こえるものか、俺にはわからない。

 だが、この瞬間が、とても重要で彼らにとって意味のあるものかだけは分かった。

 そして……。その言葉は告げられる。


「――土属性です」

「「「なっ!」」」


「……えっ?」


 彼らの口から漏れたのは驚愕、怒り、失望であった……。

 驚きの声に含まれる意図を理解した俺は、自分が何かとんでも無いことをしでかしたのではないのだろうかと不安になる。

 そして、その予感は不運な事に的中していた。


「貴様! なんということだ! まさか、土とは!」

「失望したぞ! 何の役にも立たんではないか!」


 罵声が浴びせられる。

 その勢いは予想だにしないもので思わず尻込みしてしまう。

 土属性とはそれ程までに失望されるものだったのか……。

 どこで何かを間違ったのだろうか?

 勇者として召喚されて、皆から持て囃されて、そうして冒険を紡ぐのではなかったのか?

 いくら自問自答しても答えはでてこない。

 この罵声が、俺の冒険だとでも言うのだろうか……?


「す、すいません……」


 唯一出てくるのは、情けない事に謝罪の言葉だけだった。


「おやめなさい! 見苦しいですよ! それでも我が国の大臣団ですか!?」

「「「ぐっ!」」」


 罵声渦巻くその場を切り裂いたのは、ティアエリアの言葉だった。

 透き通るようなその声に先ほどまで荒々しく上げられていた声も途端に静まる。


「あの、よくわからないけど。期待を裏切ったのなら謝ります……」


 その隙を見て、再度謝罪の言葉を告げる。

 俺は何も悪くない。

 だが、元に彼らは俺に期待していた。そしてそれを俺が裏切ってしまったのだ。

 ならば――謝罪する必要があるだろう。

 俺に責任は無いと思うが、そうしなければならないと思った。

 彼らが見せたあまりにも悲痛な絶望の表情は、それだけ俺の心を揺さぶったのだから……。


「いいえ、そんな悲しい事おっしゃらないで下さい勇者様」


 ふわりと、清純な花々を想起させる香りに包まれる。

 気が付くと目の前にティアエリアの顔があった。

 彼女はその美しい表情で俺をじぃっと見つめると、何も心配ないと言った穏やかな表情で一言告げる。


「私は。――貴方の味方ですよ」


 その言葉を聞いた瞬間。何か自分の中に巣食っていた暗い感情が消え去ったのが分かった。

 恐怖や、不安がどこかに行ってしまうほどの、美しい微笑みだった。


「お聞きなさい。此度の召喚は正式な魔法儀式によって為されたもの。その結果に異を唱える事は許しません!」


 彼女はそっと俺から離れると、再度周りの者達に向き直り自らの意を告げる。

 それはとても頼もしく、有無を言わさない物だ。


「しかしっ! 姫! これではあまりにも……」

「だまりなさい!」


 ピシャリと言い放った言葉に声を上げた者も背筋を正す。

 今、この場は、間違いなく彼女が支配していた。

 彼女こそが主役だった。


「さぁ、皆さん。事情を知らぬ勇者様に当たる愚かな己を恥じて下さい。そして――」


 宣言するようにゆっくりと挙げられ手。

 ティアエリアはその手の先、人差し指のみを立てると、一転今度はそれを突き刺すように振り下ろして気圧されているであろう大臣達へと指す。


 そして……大臣達に向け。



「――有り金全部よこして下さい!!」



「……へ?」


 まったく持って意味の分からない台詞を言い出した。

 あまりに場違いな言葉に俺も素っ頓狂な声をあげる。チラリと伺ったティアエリア姫はそれはそれは嬉しそうな表情を見せている。

 つまり、めっちゃ笑顔だった。


「くそっ! なんで火の勇者じゃないんだよ!」

「むぅ、風の勇者と思ったんじゃがのぅ」

「土とか地味な勇者だけは無いと踏んでたのですがなぁ」

「姫の一人勝ちか……なんか無性に腹が立つ」


 悪態をつきながら、ジャラジャラと音のする小袋を姫の眼前に放り投げる大臣団。

 ティアエリア姫はそのドンドン積み上がる小袋の山を見て、更に表情を輝かせている。


「わぁ! お金がいっぱいです! お金持ちです! わーい!!」


 いそいそと、嬉しそうにドレスのポケットに小袋を詰め込むティアエリア姫。

 その重さと量に耐え切れていないのだろうか? すでにドレスはパンパンに膨れ上がっており、歪な様相だ。

 分かりやすく言うのなら、ひまわりの種を頬袋にこれでもかと詰め込んだハムスターと言った所である。

 と言うか。明らかに入りきらないであろう小袋を笑顔で一生懸命詰め込むあたり、完全にハムスターだった。


「え、えっと。ティアエリア姫……? これは一体」


 苦々しい表情を見せる大臣団の笑顔を全て奪ったかの如く、それはそれは晴れやかな笑顔を見せるティアエリア姫。

 話の流れについていけなかった俺だが、流石にこの状況にも少し慣れてきたので質問してみる。


「勇者様! そんな他人行儀な呼び方はおやめになって下さい! どうぞティアと! あ、ちなみに勇者様の名前は何ですか? ――ホンドウ カタリ? ではカタリ様とお呼びしますね!」

「は、はぁ……」


 めっちゃフランクだ。めちゃくちゃ馴れ馴れしい。

 先ほどの威厳あふれた彼女はどこにもいなかった。

 しかも彼女はお金をいっぱいせしめたことが嬉しいのか「やりましたー!」とか言いながら俺の肩をポンポンと叩いてくる。

 ……君は友達か?


「あ! 先ほどの説明ですが! 出現する勇者様の属性で賭け事をしていたのです! 私は大穴狙いの土属性一点買い! そこに見事カタリ様がお出でになったのです! これはまさしく運命ですよカタリ様!」


 ……俺は勇者だ。異世界に召喚されたはずだ。

 しかしながら俺の知っている異世界は断じて勇者の属性で賭けをする様な不謹慎なものでは無かったはずだ……。

 しかも大穴一点買いらしい。ってことは何か? 俺は外れなのか?

 と言うか、なんで属性で賭けをしているんだ?

 自分の想像する勇者像とは全く逆の出来事に混乱気味に尋ねる。


「そ、そんなんでいいんですか……?」

「構いません! 私はアクセサリーをいっぱい買います! カタリ様は欲しい物ありますか? ちょっとだけならプレゼントしちゃいますよ!」


 いいらしい。属性で賭けをしてもいいらしい。

 俺は混乱の最中だ。ちょっとだけプレゼントしてくれるらしいが、完全に賭け事で儲かったので友人に奢る的なノリだ。

 勇者一切関係ねぇ……。


「えっと……」


 縋るように大臣団の人達へと目を向ける。

 流石にティア程ひどくは無いだろう。

 きっと彼女はよくありがちなワガママお姫様なのだ。

 だから大臣団も嫌々ながらも彼女のお遊びに付き合っているのだ。

 そう、一縷の望みをかけて……。


「ちっ! ダサ坊がっ!!」

「土とか何処で使うんだよ? 空気読めよなー」

「顔と一緒でインパクトが足りてないですな! この男」


 だが、何故か俺が盛大にディスられていた……。


「えええーー……」


 意味がわからない。土属性が不満だと言うことは百歩譲って飲もう。

 だがなんで俺の顔までディスられないといけないんだ? ってかインパクト足りないとかあんまりじゃないか?

 俺は違う意味で泣きそうになる。

 そして同時に、なぜか同じようにディスられる可哀想な土属性に親近感を感じてしまう。

 ……土属性、よく分からないけどお前の事は大事にするからな。


「さぁ、参りましょうカタリ様! お話したいことが沢山あるのです!!」


 唖然とする俺の手をティアが引っ張る。

 その華奢な体躯からは想像も出来ないような力があり、俺も慌てながら彼女に続く。

 ってか、急いで引っ張るのはいいんだけどパンパンに膨れ上がったスカートがガシガシ当たって痛いんだけど……。


 そんな俺の悲しみを知ってか知らずか、彼女は俺を案内するのが堪らなく嬉しいとでも言った様子で、出口であろう扉へと向かい勢い良く開け放つ。


 ――強烈な風と共に入り込む光に思わず目を細める。

 どうやら、ここは何か建物の高い場所にあったらしく、底冷えのする風を受けながら目を凝らすと、遠くに古めかしい町並みが見えた。

 俺の手を離したティアは、扉の先にある大きなテラスの中央まで駆けるとクルリと一回転しこちらへと向き直る。そして。


「ようこそ勇者様! 常春(とこはる)の国、フローレシアへ!!」


 凛とした声と共に語られる歓迎の声。

 彼女が広げた両手の先、自慢するように見せられたフローレシアと呼ばれるその景色は。

 ――盛大に吹雪いていた……。


 この時点で俺は全てを理解する。

 そう、この国の奴らは――



 ――アホなのだ。

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