第07話 機械仕掛けの神 前編
誰も使わない旧校舎、ほとんどの教室に鍵がかかっており、まともに使用するには職員室で鍵を借りる必要があるが、唯一鍵が壊れ侵入できる教室があった。
第一音楽室、その存在をするものはあまりいない。そんな、第一音楽室の中で3人の少女が密談をしていた。
「いきなり現れて話題をかっさらっていく女ってウザくね」
そう、話を切り出したのはツインテールの少女だった。大変可愛らしい容姿をしているが、口から出る言葉までは同じではないらしい。
「まぁーしょうがないんじゃないのぉ?陰府月ちゃんキレイだしー」
ブロンドのウェーブのかかった長い髪を指先でくるくると巻きながら気だるい様子の少女はそう言った。
「クールぶりやがってよ、ウゼーよウゼーこっちから歩み寄ってやってんのによ」
「あれだけ臭い猿に囲まれれば誰だって嫌になる。陰府月 玲も例外ではない」
冷たいくちぶりでそう答える少女は、すこしキツい目をした色の白い聡明そうな少女だった。
正にスノーホワイト、彼女になら御伽の国の抵抗軍で自分を好きに使ってもらってもいいと思える。
「だよねーみっちゃんはただ自分の人気が奪われるのが嫌なんじゃないのー?」
「あ?うぜーぞ桐谷、先輩だからって容赦しねぇぞ」
「辞めておきなさい。あなたの愚痴を聞くだけのためなら帰るわ」
「まてよ雪、この黒薔薇の会はミスコン優勝経験者の悩み事を相談する会なんだぜ、ちょっとは話に付き合えって」
雪と呼ばれた聡明そうな美しい少女は、腕時計を確認すると、あと5分だけね。といって渋々愚痴に付き合うことにした。
「みっちゃんのは相談じゃなくて愚痴だけどねー、いっそ陰府月ちゃんをうちらの仲間にすればいいじゃん?うちはファンの統制も兼ねてるんだし」
「あのなぁ、もともと黒薔薇の会は各学年票をメンバーで分散させて、本決戦でバトろうって考えで生まれたんだろ?陰府月まで呼んだら、2年票が雪と私と陰府月に別れて、本決戦の事前票が不利になるだろうが」
「別に、私は出なくていいけど。ミスコン」
「だめだよゆっきーみんなのクイーンなんだからでないと」
「と・に・か・く!!あの女はいけすかないの!絶対腹の中は一片の光も射さないくらい真っ黒に決まってるの!」
「いまさら自己紹介する仲ではない。」
「むっかーおまえぜってぇゆるさねぇからな!」
「で、けっきょくみっちゃんは何したいの?」
「痛い目見せてやるんだよ。物理的にでもな、転校初日で男連れて帰るなんてそっこーぶっこだからな、見てろよ」
そう言ってツインテールの少女は何処かに電話をかける。
「……もしもし?いまから写真で送るこいつなんだけどさ、ちょっと可愛がってやってくれよ、……あぁ、自殺でもしない程度でな、まぁどーでもいいけどよ、頼んだわ」
◆
「なぁ、坊っちゃんそこに連れてる女の名前、陰府月 玲ってやつか?」
人通りも民家も少ない夕方の路地裏、二子木がいつも使う家への近道だ。そんな場所でいかつい顔の不良数人に、二子木と陰府月は絡まれていた。
「えーと、チガイマスヒトチガイデス」
二子木は人生で初めて不良に絡まれた。いつもは絡まれそう場所は避けて通るし、今日もその通りのはずだった。
『なんでこんなとこに不良がいるんですかーー!』
逃げたいのも山々だが、陰府月がいるため自分一人では逃げられない。しかし、二子木は不良1人でさえ倒せはしない。数人となれば言わずもがな、である。
『ヒーローになりたいとはおもわねぇけど、こいつが攫われて酷い目に合えば、死んでも死に切れん』
「じゃあよ」
そう言って不良の1人が携帯で写真を見せて来た。紛れもない教室での陰府月だ。
「この嬢ちゃんとお前の後ろにいる女は別物ってことだな?………なめてんのかてめぇわよ!!」
グッと胸ぐらを掴まれ二子木の体は空中に浮遊する。
「お前には用はねぇんだわ、こっちの嬢ちゃん貰ってくからなっ」
二子木の腹部に不良の膝が衝突した。体内の空気が口から勢いよく漏れ出す。
「カハッ」
「雑魚は女なんか連れてねーで隅っこで埃と雨水で辛うじて生きてろやっ」
間も無く、二子木の体は地面に叩きつけられた。激しい痛み、圧倒的実力差、戦意は既に消失する寸前だった。
「やめて!やめなさいよ!」
その声が、二子木を奮い立たせる。
『別に勝とうなんて思わない。あいつを、おれを守ってくれる玲を、守らなければいけないのは誰でもない俺自身なんだ。逃がさなきゃいけないあいつを逃がさなきゃ』
二子木の手は動く、不良の足元へと。
そしてつかんだ、奴の裾を。
「まてや、木偶の坊、てめーらゴミ屑が聖女に触れてんじゃねーぞ」
安い挑発、しかし、二子木の期待通り獲物はかかる。
「あっ?何言ってんだてめぇはよ」
二子木の顔面にトーキックが入る。しかし、二子木は離さない。
二発目、三発目、顔面や腹部に何度も何度も蹴りが入る。
数えるのも忘れたころ、渾身の蹴りが二子木の胸部に叩き込まれた。
バキっと鈍い嫌な音が二子木の胸部から聞こえた。
それと共に二子木の行動は停止する。裾を握る手は動力を失い離れ、腕は地面に沈んだ。
「こいつの穴という穴侵してやっからよ、安心して地面とハグしてちゅっちゅしてろよ、な?」
周りからそれに同調するように下卑な笑い声が聞こえてくる。
『ごめんな、陰府月……』
「やめて、いやよ、助けて……尊!!」
『ごめん』
「尊ぉぉぉぉぉお!」
◆
「なんてことになるのよ、いまこのファストフード店によらないと」
夕方の騒がしいハンバーガー販売店の中で、ポテトをつまみながら、陰府月はそういった。
「突然、『どこかよらない?』と言われたと思えば、お前も俺もずいぶんな末路遂げそうだなその未来は」
「全くだわ、あんな汚らしい連中のブツで私の乙女の純穴が失われるなんて勘弁して欲しいわ」
「公衆の面前でそんなこと言えちゃうところに惚れそうだね全く」
「まぁ、それにしても死のビジョンが見えたってことはまだあなたを守ることが出来そうね」
陰府月の目の前には、コーラのLにポテトのL、そしてナゲットに重厚なハンバーガーが並んでいる。対して二子木の目の前にはペラペラの100円バーガーとオレンジジュースのS、圧倒的な格差があった。料金はボディガード料として二子木持ちである。
「ていうかおまえ、コーラとか飲むのな、見た目の上品さにこだわって紅茶とかしか飲まなそうだけど」
「TPOにあった食事をするだけよ。ファストフード店ではコーラとハンバーガー、映画館ではポップコーンとコーラ、アメリカンなBBQではコーラって感じね」
「全部コーラじゃねーか、カロリー取りすぎだろ」
「ハッハッハッ、メーン これはダイエットコークだから痩せちゃうんだぜ」
「んなわけねーだろ、なんだよその三文芝居は」
陰府月にとっては、そんな冗談もたのしいひとときだった。今まではこんなところに友達とよることなどして来なかったし、向かい合って誰かと談笑するなんて、家族以外とはあまり経験したことのないものだったからだ。
二子木はすでに目の前にあるものを平らげてしまっている。陰府月はというとまだまだ、ささやかな幸せを感じる余裕があるようだ。
ニコニコと楽しげな表情でハンバーガーにかぶりつく、頬についたソースを指で拭い、口にくわれる。なんとも至福の寄り道であった。
「それにしても、その不良っておまえのこと探してたんだろ?ここでても見つかったらアウトじゃないか?」
そんな、嫌な記憶を掘り返す一言に陰府月の幸せタイムは終わった。
「ま、まぁそうね、あいつら私が教室で取られた写真をもってたし、今も探し回ってると考えてもおかしくないわね」
「デウス・エクス・マキナでも登場してくれれば、こんなところで燻っている必要はないんだがな」
「そういえば、あなたの存在は知られてなかったんだから、あなただけなら1人で帰れるんじゃないかしら?」
「名案だな!っておまえはどうすんだよ」
「親に迎えに来てもらうわ」
「え?」
「あなた言ったじゃない、デウス・エクス・マキナに登場してほしいって、親って存在はいつでも子供を困難から救出してくれるものよ、互いに家族愛があればね」
久しぶりに食べるジャンクフードに舌鼓を打つ陰府月を残し二子木はいつも通り帰ることにした。
不良に絡まれて死ぬ以外のビジョンは見えなかったらしいと思っていたが、そんなことはなく二子木の携帯に陰府月から着信があった。
「あなたの今日の夕ご飯、海老フライらしいわよ」