第04話 人間性
二子木は固まった。一番恐れている言葉だった。自分は死ぬ。まだ、高校生なのだ。日本人の寿命を80歳としてみても、まだかれは4分の1も生きていない。誰がどうみても、早過ぎる死なのだ。
シャワーを借りた相手の戯言、そう取ることも不可能ではない。それどころか、こんな話を聞いたところで、彼女がはったりをかましてるようにしか思えないはずだ。
しかし、二子木は、陰府月の眼差しの真剣さに迫る物を感じた。
◆
あれは二子木がまだ中学三年生の頃だった。ある日気まぐれでリビングで新聞を読んでいる父親の目を盗み、彼の部屋に潜入した時のことだ。
押入れの奥に使わない衣服にうもれているプラスチックケースを見つけた。横幅の大きな本やVHSといったものを収納できるケースだ。
二子木は好奇心にかられた。エロ本が入っているのだろうと思ったのだ。中学生だもの、思考が短絡的になっても仕方が無い。
彼は躊躇することなく蓋を開けた。その中には雑誌がぎっちりと詰まっていた。大方の予想通りそれはエロ本であったが、自分は箱ごと地面に落としてしまった。
数冊が床の上に散らばった。
《ケンタウロスの犯し方》
《獣っこほりでぃ♂》
《いたzooらっこ》
戦慄した。
二子木も猫耳とかは好きだ。大好きだ。可愛い女の子にこれまた可愛い動物のオプションがつくのだから、W可愛い生命体を好きになるのは当然だ。
しかし、この表紙はほとんど、ほとんどが獣なのだ。人ベースにオプションで耳とかではない。獣なのだ。ベースが獣。
2冊目に至っては、もはやオスの犬が表紙である。動物なら見境ねーのか、と思った時に、父は現れた。
自分は何を思ったか、父の机においてあるマッチ棒を手に取り、いますぐこの雑誌すべてを消し炭にしようとした。
しかし、父に手を押さえられ、浅はかな行動は制止された。おれは勝手に部屋に侵入しただけでは無い、隠されていた秘密を明かしてしまったのだ。
その当然の報いとして、殴られることを覚悟し、ひるみ、目をつぶてうつむいた。けれど、父からの叱責はこなかった。何が起きたの目を開けてみると、父が大切そうに本を回収し、箱に戻していた。
それが、終わると、とても、とても真剣な目をして語りかけてきた。これは私がとても大切にしているもので、お前たち家族の次に失いたく無いものなのだと。
◆
『その時の目に似ている。本気の目だ。』
「なんで、陰府月さんは僕を守れると思うんですか」
「いまさらかしこまらなくてもいいわよ、一方的な裸の付き合いじゃない、陰府月とか玲でいいわ、私も粗チンとか露出狂とか呼ばせてもらうから」
「おい、まて、ただの悪口じゃねーか、そもそも見てきたのはそっちだろ!……はぁ、おれのことは尊とでもよんでくれ、友達にもそう呼ばれてるからな、だからイーブンでこっちも玲と呼ばせてもらうぞ」
二子木はやれやれと言った様子で紅茶を啜る。
「なんか、立場が勝手に逆転してるようだけれど、まぁ、そういうことにしましょう、か弱い乙女がお外で粗チンだなんていったら社会的に危ういし」
「で、なんでおれを守れるんだ」
そう、問われた陰府月の目は先ほどまでの子供をからかうような目ではなく、鋭いものへと変わった。
「私はこれから真実だけを話すわ、ただの一つも脚色の無い、ただの一つも勘違いの無い、私自身にとって疑い様の無い真実を」
だから、といって一口、ティーカップの中の液体を口の中へと注ぐ。
「たとえ嘘だと思っても、何この女頭おかしいんじゃね?電波系なんじゃね?攫って犯してポイ余裕じゃね?とか思っても、私の話が終わるまで、最後まで聞いて欲しいの、できるかしら」
「あぁ、聞くよ、おれの命もかかってるみたいだしな、でもそのたまに途中途中にはいる余計な言葉がすごく真剣さを失うんだが」
「じゃあ、最後までちゃんと聞いてね、言って委員会とか朝までみたいに話の途中で反論とかしたら、メっ、よ」
「だからそれが……」
「まず、初めに、これからのことで一番大事なことをはなすわね、私は、私は未来が見えるの、人の死ぬ未来が……………」
陰府月はこの力について自分の知っていることをすべて話した。
最初に未来が見えた時、悪い白昼夢だと思っていたら、本当に兄が死んだこと
それを皮切りに、すれ違う病院の人々の近く死ぬ未来が見えてしまったこと
それを明確に理解したものの大切な兄を失ってしまい他の人間を助けようとは思わなかったこと
病院を退院し、しばらくその力がなりを潜めていたため普通の女子高生に戻れることに喜びを憶えたこと
しかし、二子木を目撃した時、また未来が見えたこと
すべてをありのままに、紅茶の湯気がなくなっても話し続けた。
自分がこの忌々しい力を克服するために、二子木を守り抜く覚悟があるということもだ。
二子木にはにわかに信じられなかった。それは当然のことだった。だれも、あったばかりの人間にそんな絵空事のようなことを言われても、信じられるはずが無い。自分を騙そうと、いや、それどころかバカにしていると思っても仕方が無い。
しかし、この話が本当ならば、すべてのことに説明がつくとも、二子木は思っていた。
「だから、おれがラブレターをもらったことも、それを誰からもらったか下衆な妄想をしていたことも占い師のことも知ってたのか」
「まぁ、そういうことね……ぬるい」
「他には何も見えないのか?遠い未来とかは?」
「すべて説明したとおりよ最長でも今日中、最短なら2〜3分くらいね、石鹸の時みたいに」
「じゃあ、ここで別れたあとも死ぬ可能性もあるのか」
「これから、死ぬか見てみる?」
「え?」
「みようと思えばみえるのよ、疲れるし、人の死を見るなんて気分的にいいものじゃないからやらないんだけど」
なんだ、使いようによっては便利ではないかと思いながら、二子木は、頼むといって頭を下げた。
「じゃあちょっと待ってて」
そう言うと、陰府月は目を閉じ、なにやら険しい表情になっていった。
数分がたったころ、陰府月はやっと目を開ける。
「たぶん、今日はもう死なないみたいね、なにも見えなかったからぐっすり寝るといいわ、まぁ、こうしてあなたにしゃべっちゃったから、未来が変わってしまう可能性があるけど」
「未来が変わる?」
「私が見ることができるのは、完全に確定した未来ではないの、私が何もしなければその未来は現実のものとなるけど、私が何か行動を起こせば、未来はそれに応じて変化する、さながら私は特異点見たいね、未来の観測者はその未来の理から外れた存在になるのよ」
「つまり……どういうことなんだ?」
「あなたはいつも通り、いつも通り過ごせばいいの、ただ未来など何も知らないようにね」
「わかった、そうする」
ピーピーと脱衣所の方で乾燥が終わった音が聞こえた。陰府月はその音を聞くと席を立ち、暫くすると紙袋を持って戻ってきた。
「これ、乾燥してあるけど、しわしわだから改めてクリーニングにでも出すことをオススメするわ、あとそのズボンある意味では兄の形見なんだから汚さないようにね、間違ってもあなたの身体から出たもので汚さないように」
「あぁ、世話になったよ、そうだ連絡先教えてくれ、守る方も守られる方も連絡が取れる方が便利だろ?」
「そうね、なかなか女の子から連絡先をもらうテクニックはあるようね」
二子木と陰府月は携帯端末を軽くぶつけ合わせる。ピロンッと二人の連絡先が交換された音がなった。
「これでオッケーね」
そう言うと、陰府月は紙袋を手渡し、それを受け取った二子木は玄関へと向かった。二人とも内心穏やかではなかった。
未来は変わる。それは陰府月が経験し学んだこの力の作用だ。絶対的な未来ならばなにをしても変わることは無い、自身が手助けすることも織り込み済みの揺るぎない不可避な現実、それで済んでしまう話だ。
けれども、未来が変わるということは、未来を見た時点での断定的な現実でしかない。そのあとの行動によって未来は変わる。いま、未来は安全だとわかってもそれを告げることで未来は変わってしまうかもしれない。二子木は陰府月と別れたあと死ぬかもしれない。
「相対的な未来」これほど恐ろしいものはないと、陰府月と二子木はそう思った。
「……お邪魔しました」
「もうちょっとへきへきしなさいよ」
「はきはきだろ、お邪魔しました!」
「はい、お邪魔されました、じゃあ気をつけて、尊はラブレターの差出人のために私は私自身と兄のために」
二子木は手を振って、陰府月宅をあとにした。
くれぐれも、いつも通りに振る舞いながら帰路につく。いつも通りじゃない状況でいつも通りに過ごせとは随分と酷なことでもある。拷問されているのに元気に笑えと言われてるような、そんな気分のまま、家へとついた。
陰府月も陰府月で気が気ではなかった。帰り道で車に轢かれ、内蔵を野良犬にくいちらかされていないか、不良に拉致されて粗末なそれを鉈で切り落とされたあと目の前でそれを燃やされ絶望の中ボコボコにリンチされて殺されてないかだとか、そんな心配をしながらベットに横になった。
「ついていけば良かったんだけどね」
陰府月は疲れ切っていた。前に病院でやった時は気絶してしまった力の使い方だった。その時は、兄の死に絶望し、この能力を知り、他人の死などどうでもいいと思っていた。だから、あえてできるかどうか試した、自ら死を見ることができるかを。
気分のいいものではなかった。
精神的にも肉体的にも疲弊した。
望んで人の死をみた自分に嫌悪感を示さずにはいられなかった。
「もう二度と使うものかと思っていたのだけど……」
その日、二子木からの連絡はなかった。
「便りがないのは元気な印とも言うが、死んでたら連絡取れないのよね」
心配しても仕方が無い、明日学校に行けばわかることなのだから、そう思い、陰府月は眠りについた。
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「生きてる」
二子木は爽やかな朝を迎えた。昨日は医者に「余命一日だから、もう儂は知らんから、プリン食べるから」と言われたような気分だったが、こう生きていることを実感するととても喜ばしい素敵な日に感じた。
「まぁ、死ぬっていうのも信憑性はねーけどな」
二子木は階段をおりてリビングにいく、すでに父はテーブルの上に新聞を広げていて、母も朝食の準備をしていた。
「おはよう!」
いつもよりも爽やかな挨拶が自然と口から飛び出した。
「あら、今日は元気ね、なんかいいことでもあるの?」
「いや、別になんでもないんだけどさ」
そう言って父親の向かいに座る。暫くして、朝食が運ばれた。湯気の立つ白いご飯に、塩鮭と昨日の残りのホウレンソウのおひたしとみそ汁。それはほぼいつもどおりのものではあるが、二子木は最後の晩餐を味わうかのように旨そうに平らげた。
いつ死ぬかわからない、そう思うと自分の生きている世界すべてに素晴らしさとありがたみを感じることできた。
歯を磨き、制服を着ていつも通りの時間に家を出る。スズメが鳴いている。日光は穏やかにあたりを照らし、草木は春の息吹にその青々とした体を気持ち良さそうに晒している。
俺の生きている世界はこれほどまでに素晴らしい!