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デッドエンドは望まない!  作者: カヱ猿
生死を賭けたBoy meets Girl
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第03話 Ain't That A Kick In The Head?

 その男はどれだけの幸運を手にするのだろうか。


 生命の危機は本当に不幸なことなのだろうか。


 見方を変えれば彼は実に幸運だ。生きているから。


 彼は未来をみる少女から見捨てられず、無事に彼女の家へと着いた。実に幸運なことに彼女の両親は仕事に出ていたため、その情けない下半身を見られることは無かった。


「お風呂場は廊下の突き当たりにありますから、あとズボン軽く水洗いしたら脱衣所に投げといて下さい、乾燥機にかけますんで」


「どっどうも」


 そそくさと二子木は風呂場へと向かう。さっさと気持ちの悪い体を洗い流してしまいたいのもそうだが、いつまでもこんな姿を女子に見せていたくは無かった。


 陰府月はキッチンへと移動し、ヤカンにお湯を沸かしはじめた。


「彼に予言をしていた占い師……一週間いないに死ぬって言ってた。今回は私が阻止したからいいとして、あと一週間、もし予言通りに彼に死が迫れば……私の覚悟も無駄になってしまうのね」


 コップを二つ、そして紅茶のティーパックを用意する。


「説明すべき……よね」



 ◆



 よその家の風呂場を二子木は初めて体感した。シャンプーの位置、鏡の大きさ、タオルの色、風呂釜、なにからなにまで自分の家のものとは違う。


 ひとしきり脱衣所から観察した後、よくわからない胸騒ぎを抱きながらいざ足を踏み出した。

 蛇口を捻り、水が流れ出す。次第に温度は上昇し、二子木好みの熱めのお湯にかわる。手で触れて確認すると、二子木は頭からそれをかぶろうとシャワーの前にたった。


 その瞬間、ヌルっとした感触が彼の足を襲う。石鹸(せっけん)だった。

 途端に二子木の右足は宙を舞った。

体はバランスを崩し、後ろへと倒れこむ。

背面から落ちた頭部の着地地点は、脱衣所と風呂場の境にある小さな段差だ。


 後ろに手をつくが、濡れた床に手が滑ってしまう。ゴンッと鈍い衝撃音が響く。シャワーから降り注ぐ温水によって血はみるみる排水溝へと吸い込まれていった。



 ◆



「私の家で死なないで欲しいわね、本当に」


 陰府月にはまた、彼の死が見えた。占い師の言葉は信じてもいいようだと陰府月には思えてきた。

 もしこの世に死神が存在するなら、彼は相当好かれているのだろうか。


 彼には死がつきまとっている。


 トラックから退け、鉄骨を回避させ、石鹸を踏まず、何度も死から逃れようとも。


「また、つぎがくるかもしれないのよね」


 陰府月はヤカンの火を止め、風呂場へと向かう。


「たとえ、そうであっても……期待を裏切った以上は首尾貫徹して彼を守らないと、示しがつかないのよね」


 とにかく一週間、彼を守ろうと陰府月は決意した。その後のことは、陰府月にはよく分からない。

 とにかくあの占い師の予言した期間、彼の命を守らなければならない。そう、彼女は背負ったのだ。この力を手にいれてしまった責任、使命、贖罪(しょくざい)を背負ったのだ。


 陰府月はそのまま脱衣所の扉を開けた。目の前にいたのは、紛れもない全裸の少年だった。


「ちょっといいかし………ら…きゃあぁぁぁぁぁぁ」


「ぎゃああぁぁぁぁぁぁ」


 2人の健全な青少年の絶叫が家中に響き渡った。


「なっなっなんで履いてないの!すっぽんぽんなの!変態なのかしら!自分の哀れなポークビッツを見せつけることに恥辱と興奮を覚える変態なのかしら!!」


「ちょっみんなよ!ここ脱衣所だから!いまシャワー借りるところだから!なんで入ってきたんだよ、しかもなんか一言二言余計だったぞ!」


 陰府月は片手で目を覆い隠しながら、風呂場の方へ指を差す。


「たっタイルの上!シャワーのすぐ前に石鹸がころがってるから、気をつけて、さもないと二度も救われた命をこんなとこで無駄にするはめになるわよ、ラッキースケベ君」


「二度……?いや、ちょっとまて、ラッキースケベ君ってどういうことだ、逆だろ逆!おれがなんにも得してないぞ!」


「あらあら、路上でおもらしするくらいだから、てっきり人に恥ずかしい姿をみせる性癖あるのかとおもったのだけど!」


「ごめんなさい、本当に勘弁して下さい、シャワーありがとうございます」


「ズボン、水洗いしたら絞って洗濯機の中にいれておいてね、呼び出しボタンを押して貰えばあとは私がやっておくわ、あと少し話があるから、シャワーを終えたらリビングの方に来てもらえるかしら」


「イエス!マイロード!」


「調子がいいのね……」


 陰府月はそのまま、脱衣所からさっていった。侮辱を受けたそれと二子木だけが残っている。


「……石鹸」


 そうつぶやいて、風呂場の扉を開けると確かにそこには確かに石鹸があった。シャワー前にあり、知らずにその場まで行っていれば危うく足を(すく)われていたかもしれない。


 シャワーから降り注ぐ温水に体を包まれながら、二子木は彼女の言葉に引っかかるものを憶えた。


「なんで落ちてること知ってたんだ……」


 一瞬、自分の家だから当たり前かとも思ったが、少し引っかかる。果たして、昨夜風呂に入って石鹸を使いっぱなしにしていたことを覚えていたとしてもその場所までを正確に覚えているものだろうか。


 人間の記憶は曖昧なものだ。いくら重要なことでも忘れてしまうこともある。『いわんや、瑣末(さまつ)なことをや』である。風呂で使った石鹸の位置など、心底どうでもいい情報だ。それを彼女は覚えていた。


「めちゃくちゃ記憶力がいいのか?」


 ズボンを洗い軽く絞ったあと、言われた通りに洗濯機の中に入れ呼び出しボタンを押した。


 二子木は脱衣所で人が動く気配を感じながら、ボディーソープで体を洗いだす。


「代わりのズボンをおいとくわね」


「ありがとうございます」


 ドア越しに返事をした。暫くして人の動く気配は消え、二子木しかいない空間となった。


「そういや、まじであの占い師の言うとおりになってる気がしてきたな……鉄骨なんて彼女に注意されてなきゃ……危うく死ぬとこだった。信じてるわけじゃないけど、ラブレター送ってきた可愛い子ちゃんに会えなかったら、おれの人生虚(むな)しいなんてもんじゃねーぞ」


 シャワーを終え、脱衣所へと戻る。代わりのズボンとして用意されていた物は、二子木の高校指定のズボン(スラックス)だった。


「なんで、もってんだ?うちに兄弟でもいるのか?てか、そういやパンツねーじゃん」


 二子木は風呂場に戻り、呼び出しボタンを押した。それに、反応した陰府月は脱衣所へと向かう。


「なんのようかしら」


「あのー大変もうしあげにくいのですが、パンツが……」


「ああ……そうね、少し待ってて、兄の買い置きがあったような気がするからいまもってくるわ」


 こうして、二子木のお漏らし騒動は幕を閉じつつあった。


 二子木は、陰府月に言われていたとおりにリビングに入った。テーブルには二つのティーカップから湯気が出ていて、片方の前には陰府月が部屋着であろう洋服に着替えて待っていた。


「さぁ、座って」


 二子木は促されたとおり席へつくが、占い師の件があったためか、女性に席につくよう促されると、何か悪いことが起きるのでは、と思いつつあった。


「えっと、この度は助けていただきありがとうございました」


 席に着くや否や二子木は勢い良く頭を下げて礼を言った。


「乗りかかった船だからいいわ、礼を言わせるために話があると言ったわけじゃないから」


 そう言うと、陰府月は紅茶に角砂糖をいれてスプーンでかき回しはじめる。


「私の名前は陰府月(よみつき) (れい)、あなたは?」


二子木(にしき) (みこと)頸城(くびき)高校に通ってる」


「私がこれから通うところと一緒ね、いやらしい」


「なんでいやらしいんだよ!おれの方が先に通ってるだろ!」


「まぁ、そんなことはどうでもいいの、あなたがこれからどうする気なのかききたいの」


「どうするって、なにがだよ」


「あなた、占い師から予言されてるでしょ、一週間以内に死ぬって」


「っ!?なんでそれを知ってるんだ?もしかして占い師とグルなのか?」


「なんでそうなるのかしら、それ以外も知ってるのよ?あなたが口から垂れ流しになっていた、ラブレターの主が美咲ちゃんだとか、先輩だとかも」


「はずっ、めっちゃ恥ずかしいんだけど!何で知ってるんだよ」


「あとあなた、あのまま考え事をしながら信号を渡っていたら、鉄骨に潰される前にトラックに轢かれてお陀仏だったのよ」


「なんなんだよ、なにが言いたいんだよ」


「信じないだろうけど教えてあげる、私には未来が見えるの、人が死ぬ未来が」


 二子木は言葉を失った。正直な気持ち、何を言っているんだこいつは、とも思えた。しかし、風呂場の石鹸や鉄骨のこと、自分以外知らないはずのことまでも彼女は知っていた。


「あなたがあと一週間どうやって生きて行く気なのかききたいの。あなたは今日だけで3度も死んでいる。あの占い師の言葉が本当ならこれがあと一週間続くの」


「そっそんなこと急に言われても、予言なんてはっハッタリだろ」


「もし、あなたが一週間後の思い人との対面まで本当に生きていたいなら、私の助けを借りる必要があるの」


 陰府月は一口、ティーカップの中の液体を啜る。そして、一呼吸おいて、二子木の目をじっと見つめた。


「私が助けなければあなたは必ず死ぬ、あなたはどうしたいのか、生きていたいのか死にたいのか教えてもらう必要があるの」


 ニ子木にとって、その言葉は酷く頭を蹴られたように、衝撃的なものだった。

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