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デッドエンドは望まない!  作者: カヱ猿
月とすっぽん From the ocean bottom
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第16話 二兎追う者は一兎も得ず

「イカ臭い」

「じょっ冗談きついっすよ陰府月さーん」

「兄が中三の時の部屋と同じ臭いがする」

「なんのことかわからないっすわ」


 陰府月転落事故の一件が解決した翌日、二子木の家で二人の高校生が立ち話をしていた。

 言わずもがな、あの二人である。


「今日もよろしくおなしゃーす」

「私がまともな人間ならあなたもう死んでるから」


 道中に二子木が死ぬことはなかった。そもそも、死が迫ると予言されたものの、この現代社会でそうそう死ぬような場面には出くわさない。

 車の通りが多いところを避け、看板や建築中の建物には近づかず、極力家の中で過ごせばそう簡単に死ぬことはない。

 昨日の隕石は例外中の例外だ。


 そんな、慎重な登校は思いのほか時間がかかる。

 陰府月と二子木はここ毎日、普段の二倍ほどの時間をかけて登校していた。始業近くに教室に入るため、陰府月もたかられる時間が短くてすみ合理的だった。


 しかし、今日は違う。昨日の出来事に気を取られ、二子木が本日提出の宿題を忘れてきてしまったのだ。

 朝早くから登校し、提出時までに頑張ればなんとか終わる量の物だったのでこうしていつもより早く登校するに至った。


 校門から入ってくる生徒はちらほらとしか見えず、グラウンドでは野球部やテニス部が朝練に励んでいる。


 二子木が下駄箱を開くとそこには、あの運命を変えた日の物と同じ便箋が入っていた。


「え!?」


 その声に気づいたのか陰府月が近寄ってきた。


「朝からなにしてんのよ」


 下駄箱の前で固まり反応を示さない二子木に陰府月は近づいた。


「……ラブレターよね、それ」


 パッと彼女が便箋を取り上げたところでやっと意識が戻った。


「おっおい返せよ、おい」


 彼女の手首を掴み強引に便箋を奪い取る。それを大事そうに抱えると男子トイレの中へと一目散に逃げ込んだ。


 個室に入り鍵を閉めると便箋の封を開ける。


『ごきげんいかがですか。

 毎日学校であなたのことを拝見させて頂いてます。

 最近はよくいろいろな女の子と一緒にいらっしゃるようで心がヤキモキしています。

 はやくあなたに思いを伝えられる日を待っています。

 この前の手紙の通り、来週の月曜日、旧校舎の屋上であなたを待っています。

 それでは。』


 恐らく、差出人はあの日の差出人と同じであろう。そこには、最近の二子木の動向を彼女なりに危惧する様子が書かれている。自分の気持ちを伝える前に他の女の子にとられたらどうしようという、実に乙女心溢れる内容だ。


 息を整えて個室をでるとトイレの前で陰府月が待っていた。


「麗しの君からきたのかしら?」

「まっまぁそんなもんだ」

「いいわ、行きましょう」

「わっ悪いおれ急ぐから先に行くわ」

「……階段踏み外して死んでも知らないから」

「おっおう、じゃあな」

「……本当に臭かったのかしら?」


 陰府月は二子木の足を辿るように教室へと向かった。



 ◆



 陰府月が教室に入るとまだ数名の生徒しか教室の中にいなかった。二子木は自分の机に向かい必死になって宿題を解いている。そして、近づいてくる影が一つ。


 西原美咲が青い小さな紙袋を持って陰府月の前に立ち、顔はそっぽを向きながら紙袋を陰府月の前に突き出した。


「なに?これ、爆弾?」


「私をなんだと思ってんだよ、お詫びだよお詫び。その……ひどい事したし、もうしないからさ。いつもは名前のように冷たい雪が私の事あれだけ庇ってくれたの見て……その……心、いっ入れ替えて生きていくから」


「で、中身は何なの爆弾?」

「開けてからのお楽しみだろこういうのは!ってかだからなんで爆弾なんだよ、欲しいのかよ爆弾」


「すれ違う人たちのポケットにばらまいたらいいと思うわ」

「なんだよ無差別テロかよ不謹慎だな」

「まぁありがたくもらっておくわね」

「じゃっじゃあな」


 西原は自分の席へと戻って行った。朝も早く、まだ取り巻き連中もいない様子だ。恐らくかなり前から登校していて陰府月がいつ来てもいいように備えていたのだろう。


 陰府月が青い紙袋を持って、自分の席へ戻ると二子木の机の横にも同じ物が下げられている。

 二子木も西原から侘びの品を貰ったのだろう。

 しかして、おかしなところは、彼がそれを机の横に下げているところだ。

 普段の彼なら、こういった、理由は何にしろ女子から貰った物は他の人間の目につかないように鞄にしまったりするものだ。

 まるでこの贈り物について、自分はなんら特別な感情を抱いていないと言いたげである。


「尊も貰ったのね、これ」

「あぁ、西原がお詫びとか言ってたな」

「それ、どのくらいで終わるの?」

「たぶん、昼休み丸々使うかもな」

「ふーん」


 そっけない二子木を横目に、鞄から一冊の小説を取り出して読みはじめた。


 とある少年が両腕の無い死にかけの悪魔を助けたがために非日常に巻き込まれる、現代ファンタジーの話だ。


 兄の部屋にあった本の中で一番読みさすそうなものを拝借してきたらこれだった。

 他には、宇宙や宗教、IT関連の物や査読されてるかどうかも怪しいAIについての論文などもあったがどれも陰府月の好みではなかった。


 拝借したのは昨晩で、読んでいるうちに朝になったためそのまま登校するに至った。


 内容としては、中の下、下の上と言ったところだろうか、ただ、全体としてはあまりダークな雰囲気はなく、なんも考えずに読めるところは良いというのが現在三巻を読んでいる陰府月の評価だ。


 陰府月が本を読んでいる間に朝のホームルームの時間になった。

 珍しく、陰府月に誰一人よりついてこないのだ。本人にとってはこの上なくありがたい事なのだが、誰一人寄り付かないということはある意味不気味に感じていた。


 その謎は、昼休みに解ける事になる。


 二子木が体育の時間に死にそうになったこと以外、つつがなく昼休みになると陰府月に一人の女生徒が近付いた。西原だ。


「陰府月さん、一緒にご飯食べない?」

「えっ?」

「ほら、早く、お願い」

「……分かったわ」


 陰府月は自分の鞄から弁当包みを取り出して西原たちのグループに加わった。机を合わせて仲良く昼食を食べる。

 陰府月は西原の隣に座って、黙々と箸を動かしていた。

 その光景を、クラスにいた人間が、通りかかった生徒がまじまじと見つめている。


 そう、陰府月は外見上、西原グループという二年の中でも一二を争う勢力のお手つきとされたのだ。

 一度、どこかのグループにお手つきにされた以上、ほかのグループは自分の派閥へ引き抜くことは叶わない。

 朝から部活やなんやらの勧誘がこなかったのも西原が、お詫びのつもりで自分の派閥のお手つきとなったとHOLEなどを経由して伝えていたからだった。


 陰府月が鬱陶しいと思っていた勧誘はこれにて閉幕する。彼女の周りに集まるのは本当に彼女と話したい人間だけとなった。


「まぁ、いろいろと事情があるけどこれも昨日のお詫びだからね、あとは好きに過ごしても鬱陶しい勧誘はこないから」

「明日、クラスターミサイルでも降るのかしら」



 突如、ガラガラと大きな音をたてて教室の扉が開いた。


「尊、いるかしら?」


 女王だ。相変わらず二子木のことを気に入っているらしい。しかし、その名前の人間の姿は既に教室になかった。


「あー雪、さっきプリントと鞄持ってどっかいったよ」

「そう……あら?あなた達ずいぶんと仲良さそうにしてるわね。美咲は風邪引いてないの?」

「蒸し返さないでよ……」

「陰府月さんは、それでいいのかしら」

「ええ、まぁいろいろと口利きをして貰ったみたいだから」

「ふぅん……それでは私は尊を探しに行きますので。これにて失礼いたします」



 ◆




「尊!そんなとこでなにしてんだ?」


 学習室の中に、調子のいい声色で入ってくる男がいる。

 部屋の隅で課題のプリントに取り組みながらパンに噛り付いている少年に声をかけたのだ。


「課題だよ課題、教室にいたらまともにできない気がしてな」

「あぁ、女王がくるかもしれないしな」

「お前さ、モテるってどう思う」


 唐突な質問を、モテない男がモテる男に投げかける。


「んー、わからんな、自然現象とかか?」


 モテる男は自然現象という。それは彼にとって自分の意図とは全く関係のない状況下で自然に起こってしまう物なのだ。


「さらっと、嫌味なことを言うな」

「でも、お前だって自分で何をしたわけではないにしろ女王に気に入られてるじゃんか、それは自然現象じゃないのか?」


「一理ある。まぁ、でも普通の人間は多かれ少なかれ好かれようと努力するもんだよ。服装とか髪型とかさ、運動が出来たりするのも」

「おれもお前も普通じゃないってことか?」



 二子木は課題のプリントから目を離し、如月の方へ真剣な眼差しを向ける。


「俺は、最近の俺がおかしいと思うんだ」

「陰府月さんとか女王とか侍らせてるしな」

「おかしいだろ?俺だぞ?もしかしたら冥土の土産を神様がくれたのかもしれないけど」

「冥土の土産ってお前死ぬのかよ、モテたくらいで死ぬとかドンマイだな」


 如月はけらけらと笑った。今までモテなかったため、急な女子の接近に拒絶反応でも示したのだろうと考えていた。


「おれさ、ラブレター貰ったんだよ、どこの誰かはわからないんだけどさ。それに書いてあったんだ。最近女の子といる所をよく見るから心配みたいなこと書いてあってさ」


「ほー、ラブレターねぇ。だからこうして一人で食べてるわけか、まぁそれもいいんじゃねーか。なんていうか、お前も素直なやつだな、じゃ」


 なにやら、不思議な表情で学習室を後にした。

 それを二子木は目の端にとどめることもなかった。月とすっぽんの間は埋まらない。

 海の底から這い出る意思を持たねば。


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