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デッドエンドは望まない!  作者: カヱ猿
学園天獄 Haven, not Heaven
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第09話 目と目が合うその瞬間

 陰府月玲が転校して2日目。

 二子木が胸焦がれる月曜日まであと6日。


 二子木は相変わらず、糞にたかるハエ、否、うんこ味のカレーにたかる人間に自分の席を乗っ取られていた。


 見掛けと中身が伴っていない人間なんてそこら中にいるだろうが、とにかく陰府月玲の周りには昨日にも劣らない人集りができている。

 それどころか、今朝に至っては他校の生徒が校門前で、転校して来た麗人を一目見んと集まっていたほどだ。


「いい加減あいつが少し可哀想になって来た」


 二子木は如月の席を竜宮と囲みながらそう呟いた。


「よっ陰府月さん人気者だよね」

「あれじゃ、ストレスとかたまりそうだよな、そう言えば尊、お前昨日の帰りよ……

「シャッラップメーン、潮お前は喋っていいことと悪いことを学ぼうな」


 二子木に口を抑えられた如月はしばらく抵抗したがあきらめ、二子木をタップする。


「分かればいいんだ。それを口走った瞬間おそらく俺の命は無いだろうからな」

「尊くんなんかしたの?」

「あぁ、こいつはな

「ねぇ二子木くんちょっと話があるんだけど……いい?」


 如月の話を遮って入って来たのは、クラスのアイドル的存在であり、二子木も好意を抱いている西原美咲その人であった。


「おう、西原、お前が尊に話しかけるなんて珍しいな、明日雪でも降るんじゃないか」

「失礼なこと言わないでよ、潮くん。ちょっと二子木くん借りていいかな?ちょっとでいいの」


 手を胸の前でキュッと握り上目遣いで二子木を見つめる。

 こんな小動物系少女にそんなポーズで見つめられたら、二子木も応じないわけにはいかない。

 しかもそこにいるのは、クラスのアイドル、ミスコン学年別優勝者の西原美咲なのだ、み〜さきちゃ〜んとパンツ一枚で飛び込むのもやぶさかではない。


「俺で良かったらもういつでも、ご自由におとりください!」

「あは、ありがとお、じゃあ……あっもう次の授業始まっちゃうね、昼休みちょっと付き合ってもらっていいかな?」

「喜んで馳せしんぜます!」

「じゃあ、屋上でまってるから!ばいばーい」


 そう言って、西原は自分の席へと戻って行った。


「尊……お前、ちょっと俺を殴って見てくれ、これは夢か」

「あの尊くんに西原さんが声を掛けるなんて……」

「お前ら大概失礼だなおい」


 始業のチャイムがなる。陰府月にたかっていた人間も散らばりはじめた。

 その中心だった陰府月は浮かない表情で、隣の席につく二子木を横目でみる。


「ドーモ、ヨミツキ=サン」

「私が嫌な目に合うの楽しんでない?」

「二子木はそんなことしない、いいね?」

「アッハイ、なんていうと思ったの?いつまでもその感じでしゃべるならもう助けないわよ」

「すまんすまん」


 数学の先生が教室に入り、授業が始まる。授業の間だけが、陰府月にとって学校の中で唯一平穏に過ごすことのできる時間帯であった。


 陰府月はそれでも二子木のことを視界にいれておくために、横目でチラチラと観察しなければならない。

 別に好意の感情のためではない。あのビジョンの中での二子木が役には立たなかったがちょっとカッコ良かったからというわけでもない。

 全ては、私の裏切った人のために、兄のために、そう陰府月は思いながら平穏な時間を過ごしていた。


 時間はあっという間にすぎ、昼休みとなった。その間に、陰府月が見たものと言えば、二子木が教室移動の際に階段で転けて死ぬというものだったため、階段を降りる時は手すりを必ず掴んで降りるように彼に促し、簡単に回避された。


「陰府月さん一緒にご飯食べない?どこか静かなとこでさ」


 クラスの女子数人、クラス内カーストで言えばトップのグループ、西原美咲率いる集団だ。ただ、そのトップは現在不在らしい。


「ありがとう、ぜひご一緒させていただきますね」


 俺以外の前では、すごい猫をかぶるんだなと感心しながら、二子木は西原との約束通り、屋上へと向かう。

 既に教室には西原の姿はなく、二子木は小走りで屋上へと到達した。

 屋上には、やはり西原の姿があった。屋上のフェンスに手を置き、そとの様子を眺めている。


「西原さん、おまたせ!」


 なるべく爽やかな感じを心がけて二子木は声を掛けた。

 その声に気付いた西原は、微笑みながら振り返る。

 舞うツインテール、翻すスカート、こちらへ向けられる愛らしい笑顔、彼女がクラスのアイドルたる理由がそこにはあった。


「ううん、全然待ってないよ。そうだ!ご飯一緒に食べながらお話しようよ!いい?」


 にこやかに首を傾げるその姿は小リスのような愛くるしさを思わせる。二子木のハートはこの魔性の少女によって撃ち抜かれた。


「はっはひ」


 そんなすっとんきょうな返事をしてしまう。

 もしかして、自分の妄想通り、美咲ちゃんが自分にラブレターをくれたのではと思い、二子木は舞い上がっていた。


 西原はカバンから白を基調に淡い黄色の水玉模様があしらわれた お弁当袋を取り出す。

 中からでて来たのは、ピンク色の可愛らしい小さなお弁当箱だった。


 一方、二子木が手にしていたのは、登校途中に買った菓子パンとペットボトルのお茶、いかにも栄養なんて一切気にしていない男子高校生らしい昼食だ。


「二子木くんお昼それだけなの?」


 焦げ目の無い、鮮やかな黄色をした卵焼きをつまみながら、西原はそうつぶやく。


「まぁな、結構なんとかなるぞ、金もかからないし」

「でも、高校生なのに絶対それだけじゃ足りないよ。あっ!そうだ私のお弁当ちょっと食べる?私、少食だからこのサイズでも食べ切るの大変なの」

「いっいいの?マジで?」

「うん、卵焼きとか食べる?」

「食べる食べる!今卵焼きが世界で一番好きな食べ物になった!」


 もー調子いいなー、と西原は笑いながら卵焼きを自分の箸でつまみ、二子木の口元に近づける。


『えっあっこれってあーんですよね、世にいわゆるカッポーが交わす古典的愛情表現の一種のあーんですよね、芸人同士でやる、おいやめろあついあついって奴じゃないですよね!?いいんですか!?一週間いないに死ぬから神様からのご褒美ですか!?ラブっちゃってコメっちゃっていいんですか!?』


「食べないの?」

「たっ食べるよ否が応でも食べるよ」


 その言葉に嬉しげな表情を浮かべて、再度二子木に卵焼きを近づける。

 ガチャッとなにかの音がするが今はそんなことを気にする必要はない。


「はい、あーん♡」

「あっあーん」


 二子木の校内に卵焼きと、さっきまで彼女が口につけていた箸の先が侵入してくる。

 自分でも、おれクッソ気持ち悪い、と思いながらも、卵焼きも箸の先もばれないように味わった。


「どう?おいしい?」


 口の中に広がるのは卵のフワフワ感とダシの効いた旨味。

 そして憧れの西原からのあーんという幸福感だった。


「すっすごい美味い、海原雄山も満足しそうなほど美味しいよ」

「ほんと?嬉しいなーこれ私が作ったんだよ!すごいでしょ!」


 目の前で喜ぶ西原はなぜか、二子木の方をみるとハッとした顔に変わった。

 正確には二子木を見たのではなく、その後方、屋上の入口、そこに数名の女子の団体がいたのだ。

 それは、神のイタズラなのだろうか、散々弄ばれている気はするが、相当暇なのだろう。

 陰府月を中心に据えた、西原グループがそこにいたのだ。


 陰府月の二子木を見る目は、確実に、ゲスをみる時の目だった。

 西原グループは自分のグループの首領が何処の馬の骨かわからない男と食事していることに関してはあまり悪い見方はしていないようだ。

 おやおや、だとか、美咲が抜け駆けしてるーだとか、黄色い声が聞こえてくる。


 その時、西原と陰府月の視線が交差した。

 ただならぬ不穏な空気がその間に流れたのを、幸せ気分の二子木以外は肌に感じ、身を震わせた。


「よっ陰府月さん、あちらの奥の方に行きましょうか、ね、ね?」


 どうやら、屋上から去るという選択肢は忘れてしまったようだ。

 西原グループにつれられ陰府月は、二子木と西原とは逆方向へと向かって行った。


「ね、ねぇ、私、話があるっていったじゃん?」


 少し浮かない表情で二子木に問いかける。

 二子木が、あぁ、と相槌を打つと西原は思い切ったように真剣な表情で言葉を続けた。


「二子木くんって陰府月さんと付き合ってるの!?」


 遠くの方でお茶を吹く音と、大丈夫?いまハンカチを、とかが聞こえて来た。

 なかなかの大声だったらしい。

 二子木も口に液体を含んでいたら危うかった。


「いっいやそんなことないけど、あらぬ噂が立つとおれの命とか陰府月の名誉が失われそうだから、もっもうすこし声の音量小さく頼む」

「あっごめんね、でも良かったー二子木くんと陰府月さん付き合ってなかったんだ!」


 西原は周りに色とりどりの花が出現するエフェクトがでそうなほど、喜び微笑んでいる。

 二子木は少し照れ臭くなって顔を逸らしながら、疑問を投げかけた。


「なっなんでおれと陰府月が付き合ってるって思ったの?」

「だって昨日見ちゃったんだもん、二子木くんと陰府月さんが一緒に帰ってるところ」


 やはりというか当然誰かに見られていたか、と思う二子木は自身の隠密スキルの低さを呪い、ダンボールで隠れるくらいの器量が必要なのだと確信した。


「あれはまぁ、その、道案内だよ道案内!」

「そっか、よかった。二子木くんが陰府月さんと付き合ってたらど・う・し・よ・う・かと思ったよ」


 二子木に向かい微笑むその目が、笑っていなかったことを二子木は知らない。



 ◆



 屋上に上がったら、変態がうんこ味のカレーみたいな女とラブラブしてた。--陰府月玲の率直な感想その1


 冗談はさておき、陰府月玲は少しイラついていた。

 自分が守ろうとしている人間が、いくら、死のビジョン昼休みに見えていなかったからと言って、予想外の行動を起こせば、その分よく監視していないとなにがあるかわからない。

 それにもかかわらず、いつも一緒にご飯を食べているという如月潮や竜宮涼花を残し、一人そそくさとどこかに行ってしまったと思えば、こんなところにいやがったのだ。


 陰府月自身も今日はこの女の子たちとお昼ごはんを食べるため、イレギュラーと言えばイレギュラーであったが、自分のことは棚上げ上等だった。


『これからはなるべく、尊一派と交流を持った方が良さそうね、如月はなんか女にモテそうでいけすかなかったけれど、竜宮さんの方はなんだか仲良くなれそうな気がするし』


 そんなことを思っていると、ふと西原と目が合う。なぜか、すごく殺気立っていた。


『別にあなたが変態とイチャコラするのは構わないけど、なんで私に敵意を向けるのかしら、意味がわからないわ。あとそいつ包茎よ』


 陰府月は自分を巻き込むなといった感じに西原を睨み返す。

 メンチビームの決着はつかず、このままだとなにか変なことが起きるのではと察知した西原一派は、陰府月を無理矢理彼らとは反対側へと連れて行った。


「おっお弁当たべよ?ね?」

「そうね」


 陰府月はそう答え、とりあえず一息ついてお茶を飲むことにした。

 口に飲み口を運び、口内が冷たいお茶に潤う。


「二子木くんって陰府月さんと付き合ってるの!?」


 ブフッっと陰府月の口内にあった液体がリバースされた。


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