『永遠の別れを告げる』
「ハハハッ、息子だと? 己の野心のために血を分けた者を盤上の駒としか思っていなかった女が、よくぞ言えたものだ!」
イスファの高笑いが大極殿の重々しい空気を切り裂き、殿内に虚しく響き渡る。その言葉が終わるや否や、ロザリアの手に握られた槍が紫の疾風と化して突き出された。対するイスファも紫炎を纏う長剣を片手で軽々と振り抜き、正面からまっすぐに受け止める。
閃光とともに耳腔を打ち破るほどの金属音が炸裂し、目に見えるほどの凄まじい衝撃波が同心円状に広がった。壁際に並ぶ豪華な調度品や調度品を飾る壺が、一瞬にして粉々に砕け散り、微塵となって舞い散る。
二人の肉体が纏う邪悪な紫のオーラは膨れ上がり、互いの威圧感が激突するたびに、大極殿を支える極太の石柱に太い亀裂が走り、天井からパラパラと土塵が降り注いだ。すでに人間としての領域を超越した二人の打ち合いは、もはや洗練された剣技などではなく、空間そのものを破壊する破滅の災厄そのものであった。
「……いまのうち! 殿下!!」
崩れ落ちる瓦礫の合間を縫い、リゼリアが駆け寄るとイリアードに向けて手を翳した。彼女たちの異能の力を押し込めていた不可視の結界が、霧が晴れるように消失していた。
冷たい床に伏し、激しい胸の痛みに耐えていた大元帥は息を吹き返した。娘のシンシアも無事であったが、ルネッタは間に合わなかった。セシリアは動かなくなった妹を抱き抱え、涙を流している。そこへ、リアムとココロギに抱えられたルシアが運ばれてきた。セシリアは一瞬にして妹と愛娘の二人を失い、喉を詰まらせるような二重の悲しみに耐えねばならなかった。
緊迫する空気の中、リアムが腹の底からの雄叫びを上げて戦場へと斬り込んで行く。イリアードもまた、息を吹き返した身体を起こし、再び『黄金の獅子剣』の柄を強く握りしめて立ち上がった。
◇
「懲りもせずにまた来たのか?」
互いに槍と剣を交え、血みどろの殺し合いを演じていたはずのロザリアが、ぬっと首だけをこちらへ向けた。その紫の瞳は完全に濁りきり、まるで爬虫類のように瞳孔が縦に裂けている。
ロザリアが咆哮とともに大きく槍を振り抜くと、イスファの身体を遥か後方へ吹き飛ばすと同時に、迫りくるイリアードの剣戟を受け止めた。リアムが聖剣アウレリウスを高く振り上げる。空中で体勢を立て直したイスファは、猛獣のように爪を尖らせた左手を突き出し、狂気の笑みを浮かべて肉迫してきた。
リアムの聖剣が、真っ直ぐに狂気の従兄を捉える。 その刃には、もはや一切の迷いも躊躇もなかった。
「グアアアッ!?」
イスファの断末魔のような悲鳴が大極殿に響き、その身体は壁の奥深くへとめり込むように吹き飛んでいく。
それと同時に、倒れたはずのロザリアが狂気と執念に満ちた笑い声を上げ、禍々しい紫の炎を全身に纏ってイリアードへ躍りかかった。刃と刃がぶつかり合う凄絶な火花と、イリアードの雄叫びが交錯する中、イスファを仕留めたリアムが疾風のごとく加勢に入った。
父と息子——二人の剣が同時に、狂気の皇后の胸を深く貫いた。
「ぐはっっ!!」
ロザリアは大量の血反吐を床に撒き散らし、がくりと膝をついた。そのまま見開かれた瞳に光を失い、絶命した。
◇
イリアードは静かに剣を鞘へと収め、セシリアとココロギに抱かれたルシアの元へと力なく歩み寄った。
血と硝煙の匂いが充満する静寂の中で、彼は両膝を床につき、言葉にならない涙を静かに流した。十七年もの間、かけがえのない愛情を注ぎ続けた娘と、永遠の別れを告げなければならなかった。




