『鳳山総攻撃』
帝国歴311年5月。
初夏の陽光が注ぐ青空の下、燕国の栄華を象徴した王都・鳳山は、重苦しい黒煙と殺気に包まれていた。わずか二ヶ月前、この美しき城塞都市は凄惨な過酷の渦に叩き落とされた。 オーレリア帝国の圧倒的な武力によって滅ぼされたオテゲン皇国。首都マグナオリオを焼き払われ、二万の民を捕虜として連行された不屈の怨念は、時間を超えて狂気の炎となり燃え上がっていたのだ。ヴェルダン捕虜収容所から解放された一万の生存者たちを中核に、オテゲン第四王子ジルグードは五万ものオテゲン民を煽動。勢いそのままに燕国へとなだれ込み、王都鳳山を陥落させたのだった。燕国の王家は一人残らず粛清され、ジルグードらは奪い取った鳳山城塞に居座り、籠城を続けていた。しかし、命運の尽きる時が迫っていた。
城郭を取り囲む見渡す限りの平原には、オーレリア帝国が誇る大軍団が地平線を埋め尽くしている。ヘクスハイム砦駐屯兵二万。サンブリア駐屯兵二万五千。帝国第一騎士団二万。そしてアルヴェリア親王軍五千。 その総勢、七万。鉄の鎧が陽光を浴びて鈍く光り、地鳴りのような行進音が大気を激しく揺さぶっている。
だが、その壮大な包囲陣の片隅、どの陣営にも属さない、他とは明確に雰囲気を異にする異彩の部隊が存在していた。
◇
「えーいっ! なんなのあのお城!あんな汚いオテゲンなんかが威張ってるのよ! 許せないわ、今すぐぺしゃんこにしてあげるんだから!」
陣中でかん高い声を響かせているのは、可憐なドレスのわずか五歳の少女――ルシアであった。 その小さな手には、腕の長さほどの、片手で振り回せる優美な銀の錫杖が握られている。
彼女は親王イリアードと、側室セシリアの間に生まれた愛娘であった。 高慢で我がまま、それでいて無邪気で天真爛漫。その幼い容姿からは想像もつかないが、彼女が掲げさせている旗印は、アルヴェリア親王家の『蓮花』ではない。鮮やかな白地に、緑色の可憐な『四つ葉のクローバー』が描かれた旗標――『真理の光教団』を標榜する、「聖ゲンドラス教国聖騎士団」の偽装旗であった。
部隊の人数は、わずか百五十名。
しかし、侮るなかれ。この百五十名こそ、先の4月、ノバージェ共和国の首都ストロムホルムをたった一夜で攻略・陥落させたという、恐るべき伝説を持つセシリア隊・エミーナ隊の超精鋭たちであった。彼らは今、五歳の幼い指揮官の「あたしも戦うの!」という身勝手な参戦要求と我がままに、苦笑しながら付き合わされているのだった。
「ルシア様、錫杖を振り回すと危険です。帯も少し緩んでおります」 副官代わりの青年が膝をつき、呆れ顔ながら手際よくルシアの装備を整える。
その背後では、もう一人の青年士官が、くすりと微笑みながら戦況図を見つめていた。 「ふふ、ルシア様と……うちの聖騎士団の気勢は、七万の全軍のどれよりも高いようですね」
「まったくです、ジョアアン殿。殿下がおいでにならぬのをよいことに、ルシア様はすっかり司令官気取りなのですから」
ルシアはぷくっと頬を膨らませ、両手を腰に当てて胸を張った。
「我がままじゃないもん! ルシアは聖ゲンドラス教国聖騎士団の総大将なの! ジルグードとかいうおじさんをやっつけて、ルシアがみんなにお褒美をあげちゃんだから!」
五歳の幼子の高慢で無邪気な宣言に、周囲を固める百五十名の精鋭騎士たちは顔を見合わせ、頼もしそうに口元を緩めた。彼らにとって、この小さな総大将は可愛らしくもあり、同時に戦場で絶対に守り抜くべき至宝でもあるのだ。
◇
正午、攻城の総攻撃を告げる重厚な角笛の音が、大空を突いた。
「全軍、前進! 鳳山の賊を殲滅せよ!」
帝国軍本陣からの号令とともに、七万もの兵達が一斉に動いた。巨大な投石機から放たれた巨石が鳳山の頑丈な城壁を叩き割り、轟音とともに凄まじい粉じんが舞い上がる。城壁の上からは、ジルグード率いるオテゲン残党が怒号とともに矢の雨と熱湯を浴びせかけ、壮絶な攻城戦の幕が切って落とされた。
オテゲン民にとって、この戦いはかつて故郷を奪われ、奴隷同然に強制労働させられた積年の復讐劇であった。それゆえに城壁を守るオテゲン兵の抵抗は常軌を逸した狂暴さを極め、帝国軍の先鋒を激しく押し返していた。
だが――その血煙と殺気が吹き荒れる激戦区のただ中に、異質な一集団が突撃を開始した。
「聖ゲンドラス教国聖騎士団、出陣なのです! このルシア様に続けーっ!」
身丈に合わぬ高らかな号令とともに、四つ葉のクローバー旗を掲げた百五十名が躍り出た。二人の青年士官が左右を完璧に固め、前衛の精鋭たちが鋭い槍ぶすまを形成して城門へと肉薄する。オテゲン兵が放つ黒い矢の雨は、セシリアの展開する美しくも強固な異能の障壁によってことごとく弾き返された。
「な、なんだあの奇妙な部隊は!? 幼子が陣頭に立っているぞ!」
「舐めるな、『真理の光教団』どもめ!」
城門を防衛する数千のオテゲン精鋭部隊が、嘲笑いながら打って出てきた。しかし、次の瞬間、その嘲笑は絶叫へと変わる。
「ストロムホルムを一夜で落とした我らの真価、見せてあげなさい!」
ルシアの凛とした声が響く。百五十名の精鋭たちは一糸乱れぬ連携で敵陣を切り裂き、まるで巨大な波を分かつ岩のように、群がる敵を次々と薙ぎ払っていく。
「ルシアの邪魔をするなーっ! えーいっ!」
ルシアは聖騎士達に支えられながら、片手で愛用の錫杖を次々と力任せに降りぬいていく。 オテゲン兵達は
膝横を損傷し、次々と片膝をついて聖騎士達の刃に倒れていく。
「ひえっ!? どんな怪物だあのガキは!?」
「神罰か!? 聖騎士団の神罰なのか!?」
天真爛漫な顔で容赦なく強力な一撃を叩き込むルシアの姿に、オテゲン兵たちは恐怖で顔を引きつらせた。
ルシアの巧みな指揮のもと、百五十名の隊列は流れるような動作で強力な城門前に到達。
『超新星爆発!!』
ルシアは掌底を突き出し、間髪入れずに強固な城門を爆発破壊した。
轟音とともに鳳山の頑強な大城門が内側へと吹き飛ぶ。突入口を開いたのは、七万の全軍の中で最も人数の少ない、このわずか百五十名の偽装聖騎士団であった。
「城門が開いたぞ! 聖騎士団に続けーっ!」
後方に控えていた帝国第一騎士団と駐屯兵の本隊が、歓声を上げて開いた城門へと雪崩れ込んでいく。
◇
沈みゆく夕陽が、鳳山の街並みを赤く染め上げていた。
激しい市街戦の末、三十歳の野望に燃えたオテゲン第四王子ジルグードの陣営は完全瓦解。燕国を震撼させたオテゲン残党の復讐劇は、鳳山の陥落とともにここに終焉を迎えた。
破られた本丸の広場で、ルシアは長旅と戦の疲れからか、愛用の錫杖をしっかりと抱え込んだまま、母親セシリアの腕の中で小さな寝息を立てていた。
「ふふ、高慢ちきな口をきいていましたけれど、やっぱりまだ五歳の子どもですわね」
侍女のエミーナが、眠るルシアの愛くるしい寝顔を見てほほ笑んだ。
「よく頑張りましたね、ルシア。……まあ、帰ったら殿下になんと言い訳しようか、頭が痛いですけれど」
セシリアは苦笑しながら、愛娘の額にかかった髪をやさしく撫で下ろした。
「親王殿下なら『我が娘ながらあっぱれだ!』と大喜びされるか、『セシリア、エミーナ!ルシアを戦場に連れて行くなど正気か!』と青筋を立てられるかの二つに一つでしょうね」
「きっと両方ですわ」
セシリアはそっとルシアを抱き直し、風にたなびく緑の『四つ葉のクローバー』の旗を見上げた。
帝国歴三一一年五月、鳳山包囲戦。 七万の軍勢の総攻撃の、歴史的勝利の陰には、決して正史には記録されることのない、たった百五十名の精鋭と、身勝手で愛らしい五歳の「超絶総大将」の小さく大きな活躍があった。
鳳山の夜空は、穏やかな星々が静かに輝き始めていた。




