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『オーレリア戦記』  作者: りあと
『オーレリア戦記』帝国歴311年
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『la personne de glace sous la lune(ラ・ペルソンヌ・ドゥ・グラス・ス・ラ・リュンヌ)』

「la personne de glace sous la lune(ラ・ペルソンヌ・ドゥ・グラス・ス・ラ・リュンヌ)……か」

羊皮紙の古びた表紙に記された、流麗なカリグラフィーを指先でなぞり、ルシアは静かに息を吐いた。 『月の下の氷の人』――即ち、人と人、人と国との縁を結ぶ『月下氷人(仲人)』を意味する異国の言葉。 水の都アクアパレス――ルシア宮で見つけた一冊の書物。それは歴史の記録でも吟遊詩の類でもなく、ルシアにとって最高にして完璧な『演出計画書』であった。

「ルシア様、そんな埃っぽい書物を真剣に読破なさっているのですか?」

呆れたように、けれど愛らしく首をすくめたのは、輝く金髪を揺らす侍女のエミーナだった。

「ふふ、実に興味深い記述がありましてね。……ねぇ、エミーナ。月に咲く『月下美人』のように一夜限りの幻として現れ、虐げられた民に新たな国との縁を結びつける『月下氷人』の物語……素敵だと思わない?」

ルシアが不敵に微笑みながら古書を閉じようとしたその時、折られたページの端から一枚の羊皮紙の肖像画が零れ落ちた。

セピア色に霞む絵の中で、満開の藤の花びらが降り注ぐ回廊に佇む一人の貴婦人。漆黒の髪を結い上げ、濃淡の紫を基調とした絢爛なドレスとマントを纏っている。その瞳は、百年の時を超えて見る者の心を射抜くほどに強く、深く、そして哀愁を帯びていた。

「まぁ……なんてお綺麗な方」

エミーナが息を呑み、ルシアの隣から肖像画を覗き込んで瞳を丸くする。

「これって、噂に聞く帝国の影……伝説の『月姫・紫苑のヴィオレット』様ですか? 宮廷の影で気高く咲き誇り、ある満月の夜に忽然と姿を消したという……」

「ええ、そうよ。彼女が消えた部屋には、濃密な藤の香りと血のように赤く染まった絹の飾り布だけが残されていた……なんて、伝説としては満点でしょう?」

ルシアはニヤリと可憐な笑みを浮かべた。 (……もっとも、この美しい肖像画のモデルが誰なのか、そしてこれからノバージェの民を救うために『ヴィオレット』として降臨するのが実のお母様だなんて、まだ誰にも秘密だけれどね)

一国を一夜にして宗教国家へと塗り替え、民と平和を結びつける『月下氷人』の筋書きは、すでにルシアの頭の中で完璧に完成していた。

その時、重厚な木製のドアを激しく叩きつける音が室内に響いた。

「隊長! 甲板へお越しください!」

固く閉ざされていた扉の向こうから、兵士の張り詰めた声が促す。 揺れる床、泡を砕く潮の香り――激しく波打つ船の中にいるのだという現実を思い出した。

遮光性の高い重い扉を押し開けて甲板に出ると、そこには漆黒の鎧で身を包み、鋭い槍や剣で武装した兵士たちが隙間なく並んでいた。 一糸乱れぬ規律を保った軍勢。彼らが掲げる軍旗、そして胸当てに刻まれた紋章は――『真理の光教団』の『四つ葉のクローバー』であった。

船体は、極東海域の荒波を豪快に蹴立てて進む軍艦『グラシス・エミーナ』である。頭上を見上げれば、どんよりとした鉛色の雲が低く垂れ込め、隙間からこぼれる夕陽が海面を血のような茜色に染めていた。潮風が二人の髪を激しくなびかせる。

「隊長! ストロムホルムの港湾砦が見えてまいりました!」

士官らしく精悍な青年が、波の音に負けじと声を張り上げる。

「どうしますか!? 間もなく日没です。この荒海を考慮すると、迷っている時間はありません!」

青年の緊張した言葉を受け、エミーナは一歩引き、背後のルシアを振り返った。 エミーナが鞘から抜いた剣を天へと仰ぐように掲げる。エミーナの覚悟を確認したルシアは、不敵に微笑み、悪戯っぽくウィンクしてみせた。

エミーナは波に揺れる船首へとゆっくり足を進めた。船首の縁に片足を引っ掛け、前のめりになるほどの猛烈な風を受けながら、前方へ剣先を突き立てた。

「みなさん――! 本艦はこれより、敵陣へと突撃する! 港へ突っ込め――!!」

抜き身の剣が一瞬、陽光を反射して煌めいた。遥か前方にそびえ立つ敵砦の先を強く指し示す。

「オオオォォ!! いけぇぇぇーー!!」

命を賭した兵士たちの地鳴りのような時の声が、夕闇に沈みゆく極東の海へと轟き渡った。

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