猫は干支を狙っている
師走に入ると一年はあっという間に締めくくりを迎える。
ついこの間までクリスマスだのと浮かれていたのに、
それもすぐに片付けられ、世は新年を迎える準備に入った。
街は和風の装いになり、気の早い門松なども姿を現し始める。
大晦日の夜になると、盛り上がりは最高潮を迎える。
去りゆく今年、迫りくる新年、共にお祝いしようとするために。
そんな人たちにピッタリの習慣がある。
即ち、二年参り。
大晦日の夜から元日の早朝にかけて初詣をする習慣だ。
普段は神社に行かない人でも、初詣くらいはする。
ましてや夜に神社にお参りに行くのは、二年参りくらいのものだろう。
今年も例に漏れず、どこの神社も、
二年参りの人たちで深夜から人でいっぱいだった。
神社は元々、そんなに多くの人たちをいっぺんに迎え入れる準備はしていない。
だから初詣や二年参りで人が急に殺到すると、大行列になってしまう。
お参りに来た人の中には、その大行列を見て、諦めて帰る人たちもいるだろう。
そんな人たちを狙っているものたちがいた。
ある男子学生が、同じ学校の友人たち数人と二年参りをすることにした。
「いつもは神社でお参りなんてしないけどね。」
「夜に大っぴらに出かけられるのは、大晦日ぐらいだもの。
楽しまないとね。」
「よし、出発ー!」
数人の学生たちはドヤドヤっとアパートを後にした。
大晦日だけ運行している深夜の電車に乗って、有名な神社へ向かう。
真っ黒な窓に囲まれた電車の中には、同じような人たちがいる。
「やっぱり二年参りに行く人たちは少なくないね。」
「普段はこんな時間に神社なんて行かないだろうに。」
「俺たちもそうだものな。」
学生たちは電車に揺られながら、目的の神社へと運ばれていった。
目的の神社は、電車の駅を降りてすぐのところにあった。
初詣用の特別な改札が用意されている程に、駅と神社が近い。
それは便利で良いのだが、駅を降りてすぐに人混みに揉まれることになった。
「うわぁ、混んでるな。
みんな、逸れないように注意してな。」
「もし逸れたら、駅の前で待ち合わせよう。」
学生たちは何とか集団を保ちつつ、埋め尽くすような人混みに流されていく。
神社の境内の広まった場所に出ると、人混みは行列へと姿を変えていた。
行列は人を押し固めたところてんのように、先へ先へと押し出されていく。
「うぇ~、あれに並ぶのかぁ?」
「行列の先にあるはずの神社の拝殿が見えないほど列が伸びてるよ。」
「ねえ、ちょっと空くまで待たない?」
ところが、人出は後から後から続いていく。
時間を置いても、混雑は増える一方だ。
学生たちは困り果てた。
二年参りには来たものの、大行列に並ぶ程には信心深くなかったから。
なるべく楽をしてお参りだけを済ませたい。
そんなことを考えていると、一匹の猫が目の前に現れた。
「あっ、猫ちゃん。」
「この辺の野良猫かな?」
するとその猫は、左手で顔を洗い始めた。
「ねえ、左手を上げた招き猫って、人を呼んでるんだっけ?」
「そうだったかも。」
左手で顔を洗った猫は、学生たちに一瞥をくれて、スタスタと歩いていく。
行く先は神社とは別の方向のようだ。
少し進んでは立ち止まり、こちらを振り返っている。
「もしかして、付いて来いって事?」
「そうかも。どうする?」
学生たちは考えた。
二年参りに来たのは良いものの、その待ち時間は果てしなく、
とても耐えられるほどではないように見える。
あるいは今が最も混む時間帯なのかも知れない。
「時間潰しに、猫に付き合ってみようか?」
誰も反対する者はいなかった。
そうして学生たちは、進む猫に付いて行く事にした。
最初はほんの暇つぶしのつもりだった。
猫は暗い夜道を進んでいく。
あれだけあった人の姿も、少なくなっていく。
「この猫、どこへ向かってるんだろう?」
学生たちの疑問は、間もなく明らかになった。
猫が向かう先に、こじんまりとした神社が現れた。
そこは猫がたくさんいる神社で、猫神社といった様相だった。
屋台がいくつも出ていて、年越し蕎麦や、焼き餅、甘酒などを売っている。
「こんなところに神社なんかあったか?」
「さあ?私はよく知らないけど。」
「あるんだから、あるんだろう。」
それはそうなのだが、その神社には、先程の神社のような人混みが見られない。
通りゆく人たちはいるのだが、まるでそこに神社など無いかのように、
目もくれず通り過ぎていく。
猫の神社を認識しているのは、まるでその学生たちだけのようだった。
「みんな、この神社ではお参りしないのかな?」
「きっと、向こうのもっと大きな神社でお参りするんだよ。
なんたって向こうは有名な神社だからね。」
「でも混んでたよなぁ。」
「あれに並ぶのは嫌だな。」
「ねぇ、私たちはこの神社で二年参りしてみない?」
予定とはちょっと変わるが、ここも神社には違いない。
だとすれば、二年参りにはなるだろう。
学生たちは猫神社で二年参りをすることにした。
神社の境内に足を踏み入れる時、
何かの壁を乗り越えたような感触があった。
猫神社、学生たちがそう呼んでいるだけだが、
そこは人ではなく、猫で賑わっていた。
どこもかしこも猫だらけで、思い思いに過ごしている。
屋台から食べ物を貰ったり、毛皮を舐めて掃除をしていたり。
ただ何をするでもなく集まって座って、猫の集会もあちこちで行われていた。
「わっ、かわいい。」
学生たちの中から一人の女子学生が手を伸ばして猫を撫でてやった。
すると猫は喉を鳴らして喜んでいた。
「真っ直ぐお参りするだけじゃ勿体ないよ。
ちょっと猫たちと遊んでいかない?」
「いいよ。屋台で食べ物も食べよう。」
そうして学生たちは、手近な屋台の椅子に腰を下ろした。
「食べ物が欲しいんですが。」
すると、どことなく猫のような顔をした屋台主がやってきて言った。
「それだったら、年越し蕎麦はどうだい?
うちの年越し蕎麦は手打ちの自家製だよ!」
「それは美味しそうだ。人数分ください。」
「それと甘酒を。」
「あいよ!」
二年参りの前にまず腹ごしらえと、次々と注文していった。
早速蕎麦が茹で始められる。
その合間に、甘酒が各々に配られていった。
年末の冬の寒さに、甘酒のぬくもりが手に伝わってくる。
ずずっと甘酒をすすって、学生たちは顔を見合わせた。
「この甘酒、薄くない?」
「ああ。甘みがほとんどないな。」
「ケチって水で薄めてるんじゃないか?」
文句を言いながらも、学生たちは温かい飲み物をすすった。
学生の一人が、屋台主に言う。
「おじさん、この甘酒、薄くない?薄めてるの?」
「そうかい?薄めたりなんかしてないけどなぁ。」
「そういうメーカーの甘酒なのかな?」
不承不承、薄い甘酒を飲み終わった頃。
待望の年越し蕎麦がやってきた。
「はいよ!年越し蕎麦、お待ち!」
学生たちは我先にと蕎麦の器を奪い合った。
そして器を手にした順に、蕎麦をすすっていった。
「うん、美味しい!」
その屋台の年越し蕎麦は、十分に美味しいと言えるものだった。
味に関しては。
もぐもぐと蕎麦を噛んでいる学生たち。
しかし蕎麦はいつまでたっても噛み切れない。
その年越し蕎麦はまるでゴムのような歯ごたえで、
どんなに噛んでも一向に切れることがない。
学生たちは口に蕎麦を入れたままで屋台主に言う。
「おじさん!この蕎麦は何だ?」
「全然噛み切れないよ。」
すると屋台主は、カラカラと笑って答えた。
「うちの蕎麦は特製でね、縁が切れないようにという縁起担ぎで、
噛み切れないようにできてるんだよ。
それに本来蕎麦ってのは、噛まずに飲み込むものだよ。」
「そうなの?」
「そういえば蕎麦食いは噛まないって聞いたことはあるけど・・・。」
学生たちは再び顔を見合わせた。
お互い口の中には噛み切れない蕎麦が残っている。
決して不味いわけではない。味はちゃんとしている。
それを吐き出すのも無作法というものだろうか。
学生たちは観念して、噛み切れない蕎麦を飲み込んだ。
ゴクン。
すると、何だか体が何かに繋がったような気がした。
その感触がなんだか独特で、学生たちは残った蕎麦も飲み込んでいった。
学生たちは、薄い甘酒と噛み切れない年越し蕎麦を食べた。
「ごちそうさま!」
「美味しかったよ!」
「それはありがとう。この神社の屋台は、どこも美味しいから、行ってみな!」
年越し蕎麦の屋台主にそう言われて、学生たちは屋台を食べ歩きした。
みたらし団子、焼き餅、中には気の早いおせち料理まであった。
それはいいのだが、どこの食べ物にも言えること。
甘みが薄い。噛み切れない。
どれも、あの甘酒と年越し蕎麦と同じように感じるのだった。
学生たちは首を傾げている。
「確かにここの屋台の食べ物は美味しいんだけど・・・」
「どうしてどれも甘みが薄くて、ゴムみたい噛み心地なんだ?」
それぞれ屋台主に聞いてみるが、商品に異常は無いという。
確かに、見た目も匂いも、おかしなところはない。
では何故、味や噛み心地がおかしいのか。
答えは出ない。
やがて、食べ歩きをしていた学生たちは、
猫神社の拝殿らしき場所にたどり着いた。
猫神社という通称は、あながち間違いでもなかったようだ。
その神社の拝殿には、狛犬の代わりに大きな招き猫の像が置かれていた。
神社の拝殿の柱も賽銭箱も、木でできているものだから、
猫の爪研ぎ跡だらけで、ボロボロに削れてしまっていた。
そして拝殿の奥には、大きな木彫りの猫が置かれていた。
「これはまた珍しい。」
「猫ばっかり、猫神社だね。」
「お参りしていこうか?」
「そうだね。」
学生たちは財布の小銭を出して、賽銭箱に投げ入れた。
そして学生たちは、神社での作法もわからず、
とにかく鐘から吊るされた縄を揺する。
すると、鐘の音の代わりに、猫の鳴き声が聞こえてきた。
「なんだ?この音。」
「おもちゃか何かか?」
ところが、数人の学生たちは異議を唱えた。
「なんかおかしいところがあったか?」
「私にも、普通に聞こえたけど。」
なんだか様子がおかしい。
食べ物の味もそうだが、音の聞こえ方まで変わってしまった。
すると、学生の一人が、しゃがみ込んで腕を舐め始めた。
「おい、どうしたんだお前!」
慌てて他の学生たちが制止しようとして、様子が変わった。
他の学生たちも、体を舐め始めている。
見てみると、そこには薄く毛皮が生え始めていた。
一番正気に近い学生が、内なる衝動に耐えながら言った。
「おい!そこのやつ、聞いてるんだろう?俺たちに一体何をしたんだ?」
すると、木彫りの猫の目が、ギョロッと光ってこちらを見据えた。
拝殿の奥に祀られた大きな木彫りの猫。
それの目が動き、そして口が動いて話し始めた。
「ほう、この神社に人間がやってくるのは、久しぶりだ。
誰ぞが呼んで来たのだろう。ありがたいことだ。」
「お前は誰だ?俺たちに何をした!?」
すると木彫りの猫は、目を細めて話し始めた。
「ここは猫の神社だ。名前はまだ無い。
この神社は、来たるべき猫年を祝うために、作られたものだ。」
「猫年?干支に猫は無いはずだ。」
その指摘に、木彫りの猫は、少し牙を剥いたように見えた。
「ああ、確かに。今の日本の干支に猫は無い。
その理由は色々あるが、我々は対抗策を実行中だ。」
「対抗策?」
「そうだ。他の干支の生き物を上回るほどに数を増やし、
知恵をつけ、干支の資格を奪おうというのだ。」
「そんなことができるわけが・・・」
「できないとは限らない。
現に猫が干支の座を得ている場所もある。
数と知恵があれば、干支になることができるはずなのだ。
しかし、ここ日本では、人間はその邪魔をしようとする。
猫が増えるのを好まない人間が、猫の数を減らしている。
だから我々も考えたのだ。
それならば、人間に手伝ってもらおうとな。」
「猫が干支になる手伝いなんて、誰がするものか。」
「もちろん、ただ話をしても無駄だろうな。
だから我々は、呪いを使って人間を利用することにした。
人間は我々の魅力には抗えないからな。
人間はもう忘れてしまっているだろうが、
二年参りにまつわることには、それぞれ意味があるのだ。
年越し蕎麦が蕎麦なのは、切れやすい蕎麦を使い、
今年の不幸を断ち切るため。
甘酒を飲むのは、体を守るため。
その効能に、ちょっとばかり呪いを仕掛けた。
噛み切れない年越し蕎麦は今年の厄を引き継ぎ、
甘酒の甘みを抜くことで、猫の味覚に近付けた。
わかるか?
この神社で食べ物を食べ、飲み物を飲み、
詣まで済ませたお前たちは、もう我々の仲間なのだ。
「俺たちが、猫の仲間?そんなはずが・・・」
そんなはずが、あった。
さっきまで腕を舐めていた学生は、全身を毛皮に覆われていた。
座って毛づくろいしている学生は、体が縮んで猫と見分けがつかない。
「騙したな!」
そう息巻く学生も、全身に生えてくる毛皮を止めることはできなかった。
木彫りの猫は言う。
「そう悲観するな。
お前たちのように、ここで人間から猫になったものは少なくない。
いずれ我らの悲願が成就された暁には、褒美もつかわそう。
それまでは、我らと同じ猫として、仲間を探して来るのだな。
それが厄から身を守る、唯一の方法だ。」
木彫りの猫の言葉に、人間の言葉で返事をできるものはもういなかった。
学生たちは皆、小さな猫となって、衣服の隙間から出てきた。
学生たちは自分たちが猫になって初めて理由を知った。
この猫神社が猫だらけである理由を。
そして、自分たちをこの猫神社に呼び寄せた猫の正体を。
しかしそれはもう遅い。
学生たちは猫となって、大晦日の闇夜の方方に散っていた。
この猫神社では、猫年が来るまで新年はやってこない。
猫年が来るまで、虎視眈々と機会を伺っている。
そして猫神社の猫たちは、今年も、人間を誘おうと狙っている。
二年参りや初詣をする時は、せいぜい注意することだ。
干支になりきれなかった猫が、あなたを狙っているのだから。
終わり。
今年も残り僅か。大晦日はすぐそこです。
年末恒例の年賀状を書いていて、干支の動物の姿を見て、
干支に選ばれなかった動物とは何が違うのだろうと思い、
身近ですが干支ではない筆頭の猫の話を考えました。
外国では猫が干支に含まれるところもあるそうで、
猫が干支に含まれないのは、日本の都合も大きそうです。
そうであれば、いずれ猫年も作られるかも。
いや、あるいは猫がそんなことを狙っているかも。
猫の野望には注意する必要があるかも知れません。
お読み頂きありがとうございました。




