プロローグ
「全く…こんなんなるまで呑むなよ」
男は泥酔した同僚を彼の家まで送っていた。
闇に紛れたカーブミラーが嘲笑するかのように二人を映していた。
この時間帯では普段通勤する住宅街でも見慣れない異世界に来たような感覚に陥る。
二人の千鳥足を不気味な静寂が包んでいく。
「うっ…」
担がれている同僚がゴム風船を擦ったような声を出した。
「どっどうした!?」
「う゛ぶぅ…」
同僚が、暴れている。
「うぐぐぐぅーーー!!」
子猫のように体を捩って男の腕の中から逃亡しようとする。
「何だ!どうした!」
何かを察知した男が同僚に向け耳を傾ける
汗腺が風に吹かれたように震え額がむず痒くなった。
「う……うぅ…」
「どうした!言ってみろ」
心配そうな顔と裏腹に男の声は元気づけるためか熱っぽくなった
「ぐギィ」
同僚は身体を震わせながら何とか口を開けた
掠れた呼吸音と混じって頼りない声が出てきている
「一旦落ち着け!」
男が同僚と目を合わせると
「………吐く」
突如同僚の顔は夥しい吐瀉物のカーテンに遮られた
「ギィイイアアアア!!」
今年で40となる男の喉からは子供のような悲鳴が溢れた
男は何とか回避し
吐瀉物が白線とコンクリートの上に放射状に散乱した
水よりもドロッとした物が堆積する音が静寂に塗り替えられ
一度吐き終わった同僚は2、3度湿っぽい息を吐いた後
再度吐いた
前よりも少量の吐瀉物が再度滴る音を聞くだけでこちらも吐き気を催してくる
「あ…あのぅ……大丈夫ですか?」
後ろの暗闇から一人の青年が顔を出した
整髪料で整えられたであろう髪が少々崩れていることから、
朝からどこかに遊びに行っていたのであろう
丸文字の英語と既視感のあるカートゥーン風のキャラクターがプリントされたTシャツが季節感を混乱させる
右手には何かしら縦動画が流れているスマホを、
左手にはついさっきまで付けていたイヤホンの片方を持っている
「よかったら、タクシー呼びましょうか?」
ヤンチャっぽい青年の口調は意外にも礼儀正しかった
「ああ、お願いします…」
男の口調も釣られて丁寧になる
普段はいつも年下と思われる人にはタメ口で喋っているので
男自身も驚愕した
「んで、服も汚れてますね…どっかにコンビニないかなぁ?」
青年に指摘されて、え?っと下を見るとだらし無くヨレヨレになったネクタイに吐瀉物が付着している。
青年がこちらに寄ってくる
そして誰にも聞こえないように静寂と溶け込むようにして囁いた
「やっと、見つけたぁ」
道路上の吐瀉物を左手で掬い上げ口内に流し込む
「マッズぅ、酒臭ぇ」
青年のような[何か]は顔を顰めた
いや、この青年は[何か]ではなく名称がある
【人狼】と我々は呼んでいる
政府はどういうわけかこの人狼の存在を否定している
生物学上では人間の亜種にあたる存在だが、人間と明らかに異なる点が二つ存在する
それは人間いや全生物と比較しても明瞭なほどの消化酵素の少なさだ
彼らは普通の食事を食べることができない、
もし摂取してしまえば消化不良により死に至ってしまう
よって彼ら【人狼】は人間の腹部にある消化されかけの食物から栄養を摂取する
そしてもう一つは
人間は思考力方面で、人狼は身体的方面で進化した
つまり
彼ら【人狼】は異能を使用できる
青年は道路上の煙草の吸い殻を手に取って前に翳した
すると煙草の吸い殻が発光した
ウギィ!と男と同僚は小動物みたいな声を出した
「はぁあ…まぁた時間外労働かよ」
「報告書帰ってから書かねえといけねえじゃんかよぅ…だっるぅ」
男と同僚は今迄の酔っ払いの顔を拭い取り普段の仕事人の顔となった
「つっても報告書書かねえと残業手当もらえねえんだぜ?」
そう…我々人間も黙って腹を掻っ捌かれる訳ではないのだ
彼らは人狼を駆除する生業を持つ者
警視庁特殊機動課_【特機】と呼ばれる彼らは
通称“狩人“と呼ばれている




