テスト早弁への挑戦
「植田くんは確認しなくていいの?次数学だよ」
今日はちゃんと午後まで学校があることは確認済みだ。お弁当も間違いなく持っている。つまり、早弁できる条件は整っている。朝は浮足立つ気持ちを抑えながら、スキップに近いテンションで学校の校門を通って、今日こそ夢をかなえる日だと思っていたのに。
弁当を出そうとした僕に、二つ前の席に座っている飯川さんが声をかけてきた。手には数学の公式集。
「いま食べるとテスト中眠くなったりするんじゃない?数学のテストが終われば昼休みなんだから」
その目はいたって真剣で、僕の弁当を不思議そうに見ていた。
飯川さんの言うことはもっともだった。今は所謂新入生テストの真っ最中で、今日は午前に英語、国語、数学のテストがあり、午後に学年集会がある、そんな一日だ。
英語と国語の間だと少し早すぎるから、早弁のタイミングとしては今、つまり国語と数学の間しかなかった。
「いや、ちょっとお腹空いちゃって。僕は別に食べた直後でも眠くはならないから」
嘘だけど。ついでに言えば、お腹が空いたとかより早弁がしたいだけ。
「でもさ、これから大学入試とか、そんな食べながら受けられるテストなんてないし、そこに向けての練習くらいに考えて、時間割通りにご飯食べる練習も必要だと思うよ」
「気が早くない?昨日高校に入学したのに」
「大学入試は高校に入学した瞬間から始まってるの。ほら、この公式覚えた?」
飯川さんが公式集を僕に向ける。展開公式。昨日確認しようと思ったところまでは覚えてる。
「まあ、でも僕の場合大学入試がどうなるかなんてわからないし」
「でも勉強しといて損はないよ」
飯川さんが公式集を自分が読めるように開きなおしてぱらぱらとページをめくる。春休み中に配られたこの教材は確か白黒青みたいな色合いだったけど、少し見た飯川さんの公式集は赤や黄色も入っていて、既に使いこまれていた。ちなみに僕のは鞄の中だ。まだカラフルじゃない。
僕だって漠然と大学に行きたいとは思ってるし、勉強もするつもり。でも今の僕には早弁の方が大事だから。
マーカーの引かれた式を眺めながら、ぶつぶつと公式を唱えている飯川さんを横目に、弁当を食べることを決意した僕は箸箱に手をかけた。
そのとき、ガラッと教室の扉が開く音が聞こえた。全員の視線が扉に向く。
「え?あ、ごめん先生じゃない」
充が扉を開けた音を、先生が来た音と勘違いしたのだ。一瞬で張り詰めた緊張がまた一瞬で緩んだ。
「でもそろそろ時間だから本当に先生来るかも」
充の言葉に時計を見ると、確かにあと五分くらいでテストが始まる。
……あと五分?
「勉斗もそろそろ弁当仕舞わないと」
充が僕の前の席に戻ってきて言った。さっきまでその机に身を乗り出していた飯川さんは気づいたら自分の席で前を向いて座っている。
あと五分、でも五分ある。一口なら。
「はい、じゃあそろそろ準備してください」
先生の声が教室に響き、生徒たちが席に戻りはじめる。まだ箸も取り出しきれてなかったから、食べることができなかった。仕方なく片付けることにする。
正確に言えば、食べられたのかもしれない。でも、先生が話し始めたらもうタイムオーバーなのだ。早弁はしたい。でも僕がやりたい早弁は、授業中に教科書の裏で食べるあれではなく、短い休み時間でいかに食べるかという方なのだ。
充から回ってきたテスト問題を一部取って後ろに回しながら、今日早弁ができなかった要因を考えてみる。
時間は十分あった。あ、この十分は「じゅうぶん」ではなく「じゅっぷん」だ。その短時間で、僕は飯川さんとテストについて話していた。見せてもらった公式集を見てしまった僕は、テストを諦めきれなかった。諦めるべきだとは思ってないけれど、それができたら早弁的には強い。
でも、一番の原因はおそらく僕が話しながら食べられないことだ。でもこの特性は直せない。直したくないから。そして気付く。これはすごく大きなハンデだ。このハンデを抱えて、早弁をしなければならない。
上等だ。思わず笑みが零れる。明日は絶対に早弁を成功させてみせる。
テスト開始を告げるチャイムが教室に響き渡った。




