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あいつの早弁

「ここで黒船が来たから、日本は開国からの怒涛の明治維新に進んでいくことになるのです」


 先生が黒板を二回チョークで叩く。カカッと綺麗な音が聞こえたと思ったとき、ふと、僕の嗅覚が刺激された。どこかから、美味しいお弁当の匂いがする。

 ふと時計を見ると、まだ十時台。この学校の周りにも飲食店はいくつかあるが、まだ換気扇から料理の香りが広がる時間ではない。正確には、匂いはするかもしれないけれど、ここまで漂ってくるほどではない。ということは・・・


「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」


 先生の声を流し聞きつつ、そっと教室の中を見回す。


 ・・・見つけた。


 教室の真ん中あたりで、机の下に隠れて食べている一人。蝶野だ。あいつも早弁をするのか。

 いや、違う。あれは、僕が認める早弁じゃない。あいつは多分、今、いつバレるかもわからない緊張感の中食べている。味も十分に感じられていないに違いない。僕はああはなりたくない。

 僕の美学は、休み時間という限られた時間の中で、いかに美味しく食べるかどうかだ。


 蝶野がはっと気づいたように弁当を机の中に押し込んだ。ガタっと音がして、皆の意識が少しだけ集まる。それみたことか。先生が「早くない?」と呟く。この「早い」は食べる時間が早いのか、それとも入学して一週間くらいなのに食べていることに対しての早いなのか分からない。


 目の席の充が振り返って僕の机を叩いて、僕は初めて自分が先生にあてられていることに気付いた。

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