飯川さんとの出会い
桜舞う、春。
今日からDKになる植田勉斗には夢がある。
何を隠そう、「早弁」である。
ありがたいことに、中学校まで公立だったにも関わらず給食のある学校に通っていた。
だから、憧れていたのだ。「早弁」に!
「行ってきます!」
家の中に大きな声で叫ぶ。ドアに手をかけようとしたところで母親に呼び止められる。
「お弁当忘れてるわよ!」
はい、ごめんなさい知ってました。一回やってみたかったんです。
ごめんごめんと言いながら受け取る。ありがとう、と言うのも忘れない。気を取り直して家を出る。
時計を確認すると、どうやら悠長に歩いている場合ではないみたいだ。少しだけ速度を出して、駅を目指す。
「うわっ!」
住宅街を抜ける寸前の曲がり角で誰かとぶつかった。ごめん、と見ると女子高生だった。
しかも、倒れたその上に食パンが乗っている。まさかくわえて走ってきたのか?
「私もごめん、前見てなくて…」
「大丈夫?」
「うん」
そう言って立ち上がった女子高生が本当に大丈夫そうだったので、謝りながら駆けだす。
そろそろ電車が来るのだ。
発車チャイムに合わせて滑り込み、ここまでの出来事を、反芻する。
まだ高校についていないのに、驚くほど青春した気がする。
「おはよ」
教室に入って自分の席に座ると、前の席の伊賀充が話しかけてくる。高校に同じ中学の奴がいるのはやはり心強い。しかも同じクラス。
ちゃんと早めに来ていた充によると、これから入学式まで少し時間があるらしい。
「伊賀くんの友達?」
充の一つ前の席の人が声をかけてきた。充が答える。
「紹介しとくよ、同じ塾の飯川さん」
よろしくと見ると、飯川さんはどうしてか僕のことを見て、小さく微笑んだ。
これから飯川さんとの、早弁をめぐる壮絶な戦いが始まることを、僕はまだ知らない。




