夜の訪問
その夜。
食事を終え、世話係の少女が下がった後、翔は眠る支度を整えていた。
しかし部屋の戸が静かに開く音がした。
入ってきたのは──リャーナだった。
かすかに香る香油。
薄手の衣を纏い、長い黒髪を背に流し、静かに佇む彼女。
「リ、リャーナ!? え、ちょ、ちょっと待ってぇ……!」
翔は慌てて背を向けるが、リャーナは穏やかに言った。
「怖がらないでください。命じられたから来たのではありません。
あなたに拒まれた姫が、翌朝、どう扱われるか……それくらいは、私も分かります」
彼女は隣に横たわると、ただ目を閉じた。
翔も、ゆっくりと息を吐きながら、その隣に身を沈めた。
「眠れそうにないね……」
「私もです」
静かな夜。
少しの間を置いて、二人は話し始めた。
リャーナは星の名を憶えることが好きなこと、
古代文字に似たアークの文様が読めたのも、勉強好きだからだと語った。
翔も、正直に自分の出自を話す。
日本という場所。テストと教室と、家族の話。
そして──「帰りたい」と。
沈黙が一瞬流れた。
「そう……なら、私は……あなたの足枷にはなりたくない」
彼女は、どこか悲しそうに微笑んだ。
翔は、その手を取ることもなく、ただ夜の闇を見つめた。
そして、二人は何もなく、朝を迎える。