戦神覚醒
翌日、儀式は行われた。
部族全員が集まる広場。
その中央、神の箱──アークの前に、少年は一人立たされていた。
「書け。正しく答えを刻めば、お前は選ばれる」
ザルグの声が、地を這うように響く。
「だが、誤れば……書かれたものはお前ごと燃え尽きる」
手に渡されたのは、古びた獣の牙。
金属を刻むための、儀式用の道具だった。
(本当に……これで合ってるのか……?)
式の答え──因数分解の解は、
(a + b)²
少年は、それに近い構造を古代文字の記号から再構成し、震える手でアークに刻み始める。
ザリッ……ザリ……
音が、砂の中に響く。
観衆の中から失笑が漏れる。
中には彼が間違えて炎に包まれるのを娯楽にする者さえ。
「まだ燃えないな……」
「きっともうすぐだ」
だが炎は来なかった。
少年は最後の記号を書き終える。
……沈黙。
第二章 目覚めし箱
少年が最後の文字を書き終えると、
沈黙の中で──アークの表面が、まるで水面に石を投げたように、わずかに波打った。
それは、音のない“鳴動”だった。
誰かが息を呑み、誰かが後ずさり、誰かが震えた──と思った直後。
「──光った!」
アークの表面に、光が走った。紋様が浮かび上がる。それは数千本の細い神経のように網目を成し、中心に向かって収束していく。
そして、
ゴゴゴゴ……
と、地響きのような重低音が地面から湧き上がった。
「後ろへ! 退け!」
ザルグが怒号する。誰よりも冷静だった彼の声に、部族たちが一斉に下がる。
アークが、動いた。
蓋が開いたのではない。
全体が、変形を始めたのだ。
外殻が回転し、隙間から光が漏れ出し、複雑な構造が内部からせり出す。装甲が開き、空洞だったはずの空間に“骨格”が現れる。
関節。脚部。腕部。頭部。
──それは、人型の機械兵となって姿を現した。
アークは、変形した。
巨大な戦士の姿を持つ、銀の鎧を纏った異形の存在へと。
「あ……あれは……!」
白髪を後ろで束ねた、しわくちゃの老婆──巫女でもあり呪術師でもある“ハムナ”が、喉を震わせて叫ぶ。
「《マグ・ゼル=アーク》! 千年前に天より来たりし戦神!
そしてその“運び手”……まさか、おまえが“天の記されし者”か──!」
誰もが絶句した。
それまで「奴隷」として見下していた少年が、伝説に記された“運び手”の名と共に呼ばれたのだ。
ザルグの目に光が宿る。「やはり……」
リャーナは顔色を変え、翔へと視線を向けた。
彼は立ち尽くしていた。だが、その目だけは違った。
──運転してみたい。
それは少年の、静かな衝動だった。
あの巨大な戦士の中に、入ってみたい。操縦してみたい。
気づけば、アークの胸部にハッチのような入口が開いていた。
促されるように歩き出すと、まるでそれを待っていたかのようにハシゴがせり出し、彼の身体を迎え入れた。
コクピット。円形の座席。浮かぶホログラム。
そして──音声が流れた。
「ようこそ、パイロット認証・完了。音声システム起動。
初期設定言語:日本語。」
「……え? 日本語?」
「あなたは、《翔・ユウキ》さんですね。
記録に基づき、パイロットアクセス権限を確認。
ID No. ZE-Y1003。遡行移送完了。タイムカプセル起動時刻:1001年前。」
「……ちょ、待ってくれ。何言って──」
「本機は、かつて未来の技術を持つ者と、超古代魔法文明の技師によって共同開発された《マグ・ゼル=アーク》。
全エネルギー:永久駆動。機能:戦闘・移動・支援・搭載。
さらに──あなたが開いたことにより、最終フェイズへと移行しました。」
その言葉と同時に、機体全体が淡く光り出す。
だが、喜ぶ間もなく、外で騒がしい声が上がった。
「族長! 西の丘に、帝国軍の大部隊と思しき影が……!」
「なに……!」
ザルグはすぐさま立ち上がる。「こんな時に奴らが動いてくるとは……!」
リャーナも青ざめた顔で周囲を見渡す。
「お父様、まだ兵は整っていません。防衛線を築く時間すら──!」
ザルグは、アークを振り返る。
【第二章:アークの目覚め】
「……動かしてみたい。」
それは衝動だった。
翔はアークの内部、まるでゲームのコクピットのような操作パネルを前にして、恐る恐るレバーに手を伸ばした。
反応は驚くほどスムーズだった。まるで彼の動きを“先読み”しているかのように。
(やば……これ、超リアル……)
彼の中にある少年としての夢が疼いた。
巨大ロボ。未知の機体。操縦できるのは自分だけ。
そのすべてが、現実になっていた。
(そういえば、あっちの方角に広い平原が……)
部族の住居や人を巻き込まないよう、翔は慎重にアークを歩かせて集落の外へ出た。
そして小高い丘を越えたとき、彼はそれを見た。
──地平を埋め尽くすほどの大軍勢。
旗。槍。盾。弓隊。鎧に身を包んだ兵士たちが、長蛇の列をなしてこちらに向かっている。
(え? なにあれ、マジで戦争?)
突如、空気が張り詰めた。
一方その頃、帝国軍陣営──
「……あれは、いったい何だ……?」
第一王子、セリオ・ヴァルハルトは、遠くの地平から立ち昇った白光を目にし、眉をひそめていた。
「まさか……アークが起動したというのか?」
部下たちはざわめき、弓隊に緊張が走る。
セリオは鼻で笑った。
「ふん、ただの見世物だ。奴ら原始的な蛮族が、我らに抵抗できるわけが──」
その言葉が終わる前に、巨大な“それ”が視界に現れた。
──地を踏みしだき、ゆっくりと歩み寄る鉄の巨人。
「撃て! 弓隊、一斉射撃!」
空が黒く染まる。だが──
その矢はすべて、風に舞う枯葉のように、はらり、はらりと弾かれた。
「な……なんだと……?」
それだけではない。巨人の胸部から音声が鳴り響いた。
「こっちは敵意はないですー! 話し合いましょう!」
意味不明な異国語。だが声は明瞭で、頭上から降るように大きく響く。
「や、やめろ……退け! あれは悪魔だッ!」
王子の声より先に、兵士たちは武器を捨て、我先にと逃げ出していた。
崩れるように、陣形が瓦解する。
「待て! 誰か止め──……ぐっ、ぐわぁああっ!」
セリオ自身も、逃げ惑う馬と兵の波に押され、指揮どころではなかった。
再び翔の視点──
「……なに、今の?」
平原の端に立ち尽くす翔は、まるで映画の中にいるような錯覚に囚われていた。
矢を払って、音声で話しかけただけ。
それだけで、あの軍隊が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(いや……ちょっと待って? これってもしかして……)
──勝った?
その瞬間──カザルの集落──
「バンザイ!」「神の遣いだ!」「アークの主が目覚めた!」
翔が操るアークが帰還するころには、部族は熱狂していた。
歓喜の声、踊る子どもたち、ひざまずく大人たち。
ザルグもリャーナも、言葉なく立ち尽くし、
ただその巨体の前に、深く頭を垂れた。
「これは……まさしく神話の再来。天より遣われし、我らの救い主……!」