不安の芽
だが、セリオの進言にある弩弓機とは──
単なる「大きな弓」ではない。
それはもはや、槍を飛ばす巨大な刺突兵器だった。
矢の長さは翔の身の丈よりも長く、
もし命中すれば、コックピットごと貫かれ──即死する。
カザル族には、これを迎え撃つ手段はない。
翔は、次の戦いで本当に死ぬかもしれないのだ。
【鉄と火の進軍】
帝都を出たセリオ王子軍は、かつてない規模で構成されていた。
最前列には、鋼鉄で補強された弩弓機が三基。
その矢は、鉄を編んだ槍のような凶器であり、風を裂いて進めば、城壁も紙のように貫く。
試射では、遠方にそびえる小山を撃ち抜き、山肌をえぐり、向こう側まで突き抜けた。
「──ハハッ、見たか父上! 神の器など、鉄と火の前には無力だ!」
セリオ王子は、アークと同じ等身大の巨人の木偶を作らせ、王の眼前で粉砕してみせた。
バリスタの一撃で頭部は砕け、投石機の弾で胴体が吹き飛ぶ。
王の顔に安堵と賞賛が浮かぶのを見て、セリオはにやりと笑った。
補給も抜かりない。
道中の岩場で、投石機の弾となる巨岩を無尽蔵に調達しながら軍は前進する。
荷車は無数。水と食糧を積み、鍛冶師と医師、荷役獣まで整備された進軍隊列──
まさに、鉄の嵐。
それを率いるは、敗北から甦った若き王子。
「あと二週間で、あの部族の地に火を放ち、神などいなかったと知らしめてやろう」
軍旗がなびく。
──勝利の凱旋を信じて疑わぬ軍隊が、砂を踏みしめて進んでいた。
【水鏡に映る影】
その一方、遠くカザル族の地。
老婆の巫女・ハムナが手をかざすと、祭殿の器に満たされた水面が揺れた。
水鏡に映るのは、進軍する帝国軍の姿。
「来たか……鉄と火の獣が」
彼女はザルガに告げ、隣で耳を澄ませていたリャーナの表情が険しくなる。
「翔が……危ないわ」
ハムナがうなずく。
「神の器とて、無敵ではない。人の業の結晶、“戦の知恵”には限界がないのじゃ」
リャーナは立ち上がる。
「父上、聞いてください。あれほどの兵器を前にすれば、マグ・ゼル=アークといえど防ぎきれません。
もし翔が乗っていれば、コックピットごと串刺しにされてしまう可能性もあるのです」
ザルガは腕を組み、黙した。
だが、やがて重く頷く。
「たしかに……お前の言う通りかもしれぬ。
我らの誇りを守るために、翔を失うのは、愚かなことだな」
そしてザルガとリャーナは、部族の総避難を決断した。