第七話 空を仰ぐ
「ハァ……ハァ……勢いに任せて走るもんじゃなかったね……」
「ばあさん達色々持たせすぎなんだよ……さっき気づいたけどさ……荷物ん中にシャンプーハット入ってんだけど……入れたの誰だ……」
村を出て数刻、初めは期待と不安ではち切れそうな想いを胸に走っていたが、別に走り出したからといって新しい冒険がすぐさま幕を開くわけでもなく、その癖勢い任せに走り始めたせいで引き際も見失い、無駄に体力を消費した俺たちは既に完全にバテていた。大荷物の上で鎧まで着込んでいるローズはよく俺と同じくらいまで体力が持ったものだ。
「もう休まね?」
「ダメだよ。出発前に2人で決めただろう?日が暮れるまでに川に着かないと。ただでさえ無駄に水を飲んでしまったんだから。」
「はー……」
文句を垂れながらも足を進める。後ろを振り返ればいつの間にか俺たちの村は地平線の彼方だった。
「あっ」
ふとローズが前方を指差す。そこには泥濘に車輪を取られ立ち往生する馬車があった。
「助けようか。」
ローズは荷物を道の脇に下ろして馬車へと向かう。
「えー、まあいいけど。」
俺は渋々荷物を下ろしながら後に続く。まあ、ローズならそういうと思ってはいたが。
ローズは馬車の持ち主に声をかけて手伝う旨を伝えた。俺たちは馬車を後ろから押すことになった。
「ふんっ!」
「うおっ!足元滑るな……」
馬車の車輪が取られてるだけあり足元の泥が滑ってなかなか踏ん張れない。そこで俺はひとつ、魔法で足元の泥を固定する事にした。
━━減速魔法
足元の泥の動きを遅くする事で滑りにくくする。これで踏ん張りやすくなるはずだ。踏ん張りが効くようになった事で馬車を押す力のロスが減りなんとか馬車をぬかるみから押し出す事ができた。
「いやぁ〜ありがとうございます。この道を歩いてきたということはこの先の村から来られた方ですか?ちょうど村に商売に行く途中だったのですよ。助かりました。」
「いえいえ。街に向かう途中で偶然見かけただけですから。」
「ほう、街というとユノアですか。まだ結構距離がありますね。
そうだ!旅の方というのでしたら、お礼に荷車の中の商品、ひとつお譲りしましょう!」
「えっ、ラッキー!」
商人からの申し出に俺は迷わず飛びついた。
「そんな悪いですよ。」
「そんなこと言わずに貰っとこうぜローズ。」
「そうですよローズさん。どちらにせよあなた方が助けてくださらなければ荷車の中の食べ物は腐って無駄になってたかもしれません。それに私は借りを作らない主義です。金も恩義も借りれば返す時に高く付きますから。ささ、好きなものを選んで。どうしても気になるようでしたらお礼とは別に買い物していってもらってもいいんですよ。」
しれっと商売に繋げやがった。この商人逞しいな。なんて思っているとローズが下ろしていた俺の荷物を俺に投げ渡してくる。荷物の重さを受け止めきれずに俺は押し潰される。
「ぐえっ!」
「お言葉ありがたいのですがご覧の通り今は荷物も多くてあまり増やせそうになくて……」
「そうでしたか。それは失敬。私の主義には反しますが仕方のないことですね。」
「……いや、ひとつ。お水分けてもらえますか?」
こうして俺たちは商人と別れてまた歩き出した。
「わざわざ助けようなんて、ローズはお人好しだなぁ。」
水を飲みながら、俺はわざとらしくそう言う。
「そう言いつつシュユも手伝ってくれたじゃないか。」
ローズは笑いながらそう返した。
「そういえばシュユ、馬車押してた時何かした?」
「?なんで?特に何もしてないけど。」
「そっか、ならいいんだ。」
「?」
ローズの言葉に一瞬首を傾げたが、すぐに川のせせらぎが聞こえてくる。どうやら今日の目的地が近づいてきたようだ。気がつけばローズに抱いだ疑問は最初の旅の目的達成の喜びに上書きされていた。
「着いたね。日も暮れそうだし早くテント設営しよっか。」
「ふー、早くテント立てて休もうぜ。」
昔は冒険ごっことか言ってローズと一緒に庭にテントを立てて遊んだことを思い出す。子供の遊びだったが、その経験が今生かされている。慣れた手つきで手早くテントを設営して、火を起こした。
「ちょっと久しぶりだったけど体が覚えてたね。」
ローズは額の汗を拭いながら火の前に腰掛けた。
「へへっ、俺の加速火おこしが文字通り火を噴いたぜ!
……にしても本当に旅に出ちゃったな。あっち見てみろよ。もう村も地平線の彼方だ。」
軽く茶化してみたが少し寂しさを感じて村の話を振ってしまう。余計に寂しくなった気がした。
「本当だね……シュユのお父さん、ずっと泣いてたね。」
「こっちが恥ずかしくなるってのにな。」
「ははは。でも私は少し嬉しかったよ。離れるのが寂しいのは私たちだけじゃないって感じて。」
「でも俺たちは出発した。」
「そうだね。」
ふと空を見上げれば、紫がかった暗い空には無数の星が瞬き始めていた。川のせせらぎと小さな虫の声、そして湿った木のほのかな匂いだけが辺りを包む。
「ねえ、なんでシュユは一緒に冒険者になろうってついてきてくれたんだい?」
「?なんだよ急に。なんでってそりゃ……昔っから冒険者には憧れてたし……ずっとそうしようって言ってただろ?一人前になってみんなに認めてもらって、それで……」
星空に目を奪われている中での急なローズの問いに俺は困らされた。言われてみれば、なんでと聞かれて答えられるほどの理由がパッと出てこない。ここで口にした内容は本音だ。だけど、本当はもっと目的意識を持った方がいいんじゃないか?だがローズは一言、焚き火を見ながら、
「そっか。」
とだけ呟いて微笑んだ。まるで言わなくてもわかると言うかのようで、俺でもわからないのにと少し悔しくなる。しかし、その悔しさすらも輪郭を帯びる言葉にできずに、はぐらかすことしかできなかった。
「そういうローズはどうなんだよ。俺だけに言わせるのは無しだぜ?」
「んー?私はね、」
ローズは鞄を漁りながら包みを取り出して開いてみせた。その中にはローズが旅立つ前に“手放さなかった”ローズの両親の形見の数々があった。
「お父さんとお母さんが見た光景を見たいんだ。」
「なんだよ、前に“ものは必要としている人の元に”って言ってただろ。」
「その必要としているうちの1人が私やシュユだったんだよ。」
ローズはそう言って俺の胸の前に下げられた砂時計を軽く指で突いた。
「結局旅の話の全部は聞けなかったけど、お父さんとお母さんの見た景色を、お父さんとお母さんも見れなかった景色を、自分の目で見れたらなって。聞けなかったなら自分たちの目でってね。」
「わかっちゃいたけどちゃんとした目的あって悔しいな。」
「ふふっなにそれ。シュユがいて、一緒に来てくれたから立てられた目標だよ。私1人だったらきっとあの日だって立ち直れなかった。」
それを言ってローズはどこか遠くを眺めるように焚き火の火を眺めていた。一方の俺はなんとなく恥ずかしくなって空を見上げていた。気がつけば空は星に埋め尽くされている。村で家族と共に見上げた星空を思い出す。一日歩いてずいぶん遠くに来たと思っていたのに、空だけは時間も場所も超えて俺たちを見下ろしていた。
「……ねえ、シュユは知ってるかな?動物が火に近寄らないのは竜を怖がるからなんだってさ。竜は火を吐くから、動物たちは火が燃える場所の近くには竜が居るって思うんだよ。」
焚き火を眺めたままローズが突拍子もなく話を振ってきた。
「……邪竜のこと、気になるのか?」
「……まあね。」
パチパチと火が爆ぜる音が沈黙を強調する。これはお互いに言葉を選んでいるからだ。
「……ローズはお父さんとお母さんの仇討ちしたいって思う?」
「どうだろ。そもそも会うことになるかもわかんないし。案外強い冒険者がもう倒しちゃってるかもね。」
「……」
俺たちが口にしない旅のもう一つの目的、敵うかどうかもわからない無謀な復讐。口にすれば村のみんなは優しいから、優しいからこそきっと俺たちの旅立ちを止めただろう。ローズは今こう言ったが、「仇討ちなんて考えてない」と言わなかったのはそういうことなんだろう。
「もし、目の前に邪竜が現れたとしても、今のローズなら楽勝だろうけどな。」
「ふふっ無責任なこと言うなぁ。」
「無責任なもんか。ここ数年毎日のようにボコボコにされてきたんだぞ俺は。ローズの強さは俺が1番よく知ってる。本気のローズは俺を踏み潰そうとした邪竜なんかよりよっぽど怖いってね。」
「まあ、仮にも年頃の少女を捕まえて酷い言いようですこと。」
「年頃の少女っていうなら一回くらい勝ちを譲ってくれてもよかったろ。」
「それしてもシュユは納得しなかっただろう?」
「まあそうだけど。」
軽口を飛ばし合いながら顔を見合わせて笑う。
本音を言えば旅を終えるまで、いつ終わるかもわからない旅だが、内心では目の前に邪竜が現れない事を願っていた。邪竜が怖いのもあったが何より邪竜を目の前にした時にローズがどうするのか、それが1番怖かった。ローズは別に激情に流されるタイプではない、と思う。だけど両親の仇の前でも同じとは限らない。
あの日の冒険者の言葉がまた脳裏をよぎる。邪竜を前にした時、ローズはローズ自身を守れないかもしれない。だからこそ━━
「もし邪竜と戦う時が来たら、その時は絶対俺も隣で一緒に戦うからな。って足引っ張るだけかもしれないけど。」
「そこはカッコよく決めてよ。シュユだって強くなってるし頼もしいよ。私には一回も勝てなかったけど。」
「わざわざ勝てなかったこと言う必要ある!?」
「はっはっは!……でも頼もしいと思ってるのは本当だよ。ありがとう。」
そう言ってローズは優しく微笑む。焚き火に照らされたその顔は妙に印象的だった。優しく柔らかで、それでいて何故かどこか儚げに見えたのだ。
こうして旅の初日は静かに幕を下ろしたのである。
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「なによん!初々しくてアタシニヤニヤしちゃうわん!!」
街を当てもなくフラフラと歩いているうちに公園にたどり着いた俺とオネエは一度ベンチに腰を下ろして話を続けていた。
「あんたただの恋バナ好きみたいになってんぞ。」
「あらやだ恋バナって言った?あなた認めるのねんローズちゃんのこと好きなこと!!」
「だあーっ!ちげーよ!!うるさいなもう!!あんたに話したの間違いだったかな!!」
「あら残念ここまで話したからには最後までとことん聞かせてもらうわよん?今更後悔してもしつこいオネエに捕まった時点で逃げられないわよん!」
「あーーー!!うぜえ!!」
オネエに絡まれながら話した内容を思い返す。ふと、あの夜のやり取りが“俺たち”の旅の終わりを暗示していたんじゃないか、そんな考えが一瞬過ぎったが、オネエをいなすのに手一杯ですぐにそんな事は脳から弾き出された。




