第四話 灰の山の中で
あの日、ローズの両親は村の護衛として、元冒険者として勇敢に戦い、村を守って死んだ。後に調査のためにやってきた冒険者ギルドの人は村を襲った竜のことを邪竜と呼んで、ローズの両親を称えた。邪竜は既にいくつも村を襲い、滅ぼしていたから。ローズの両親が戦い、撃退したことで被害は最小限に抑えられたと言っていた。ローズの両親が命を賭して戦ってくれていなければ、俺たちは1人残らず死んでいた。
それを教えられた時、俺はこの場にローズがいなくて良かったと思った。と同時にふざけるなとも思った。小さな女の子の両親が死んで、育った村が焼かれて、被害は最小限と軽々しく口にする外から来た誰とも知らないやつに心底腹が立った。他の村がどうなったかなんて知ったことじゃない。今俺たちが置かれた状況を幸福だとでも言うかのようで。そんなわけないのに。
「おい!おっさん!!」
━━そうだった。腹がたったあまりに話を聞き終わった後にギルドから派遣された冒険者に喧嘩売りに行ったんだった。八つ当たりだよな今思うと。
「……すまなかったな坊主。」
冒険者が俺に返した言葉は予想外なものだった。子供である俺に深く頭を下げて告げられた謝罪の言葉に俺は動揺して言葉を失ってしまったのを覚えてる。
「あんな言い方されたら腹立つよな。でも事実だ。あの女の子のパパとママがやった事は本当にすごい事。そのおかげでお前たちは生きてる。俺はあの2人の同業者として敬意を持っているからこそ、自暴自棄になってその命を無駄にはしてほしくない。」
「……でも、ローズは1人になった。」
「お前がいるだろ?ってのは慰めにもならんか。結果としてそのローズちゃんのパパとママは死んでしまった。だけどな、別に2人も死ぬために戦ったんじゃない。生きて平和な毎日に帰るために戦ったんだ。生きて帰ることを考えてなきゃ、自分たちの帰る家を守りながら戦い抜くなんてできねぇよ。」
「……」
冒険者が言ったことは事実だった。村の被害は高台から見た時に感じたほどひどくはなかった。無事な区画があり、身を寄せ合えばしばらくの生活が成り立つ程度に家や畑、倉庫が残っていた。その中でも1番被害が少なかったのがローズの家だった。
「とはいえ、あの子にとってはパパとママに置いて行かれたように感じるかもしれない。坊主より寂しい思いをしてるのは坊主もわかるだろ?だからお前がそばにいてやって、あの子を守ってやってくれ。あの子のパパとママが1番守りたかった宝物だ。」
テキトーな顔したおっさんのくせにそれっぽいこと言いやがって。大人な対応をされて怒りに任せて喧嘩を売りに行った自分が途端に恥ずかしくなった。
「言われなくても守る!テキトーな顔したおっさんなんかに言われなくても!!」
「えっ、俺テキトーな顔したおっさんって思われてんの?」
それから数日、調査という名目で村に滞在した冒険者は
「いやあ、大変な中、世話んなりました。調査も済んだし、手持ちの食料も尽きそうなんで一旦報告に帰りますわ。」
と言って去っていった。結局調査はどんなことをしたのかよくわからない。それよりも瓦礫を担いで運んでる姿の方が印象に残っている。
村にひとまずの安息が訪れた頃、村をあげて葬式をすることになった。邪竜によって齎された被害はとても多く、これから村を復興していくためにも、気持ちの整理をつけるためにも、そして村を守った英雄のためにも、俺たちにはちゃんとした儀式が必要だったのだ。
冒険者のおっさんが帰る時に頼んで神官さんを呼んでもらった。
一人一人をちゃんと弔ってもらう。並べられた棺の数が、そのまま俺たちの心につけられた傷の数のように思えた。
俺はなんとなく、祖母の葬式を思い出していた。埋葬する前には棺の顔の部分を開いて祖母にお別れを言ったことを思い出す。だけどその日は何故か、ローズの両親にお別れを言う時間はなかった。
葬式は厳かに進み、ローズの両親や犠牲になった人たちに冷たい土の布団を掛けた。祖母の葬式の時から俺はこの時間が嫌いだ。大好きだった人たちに最期にできることがこれというのはあんまりじゃないかと、今でもそう思っている。
ふと隣にいるローズを見る。いつも自信に溢れて大きく見えていた彼女がその時はとても小さく見えた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたのを見たのは今日に至るまでで邪竜がやってきたあの日と、この葬式の2回だけだった。
逆に俺は葬式の日は泣けなかった。ローズは優しい。俺が泣いてるのを見たらきっと自分が泣くのもそっちのけで俺を気遣ってくれる。だからこそ、俺はその日泣くわけにはいかなかったのだ。
それからというもの、あの日死んだと思った村がいつもの調子を取り戻すのは意外と早いものだった。ローズの両親が守ってくれたものもあったし、村人達もやられっぱなしでいるほど弱い人たちではなかった。俺はなんとなく、これを村が蘇ったとは言いたくなかった。初めから死んでなどいなかったのだと、なんとなくそう思った。
両親を失い天涯孤独になってしまったローズは俺の家族と過ごすことになった。大人たちがどのように話し合って決めたのかは知らない。ただ、初めからそうなることが決まっていたのかと思うほどスムーズに話が進んでいたように思える。俺たちの家は邪竜にぺちゃんこにされていて住む場所がなかったが、いつの間にかローズの家に住むことになっていた。
「まず、ここが玄関です!」
「流石にそれはわかるよローズ。」
俺たちがローズの家に住むと決まると、ローズは張り切ったように俺と俺の両親に家を案内すると言ってきた。
「ここがキッチンです!母はよく魔法でかまどに火を入れてました!!」
「ローズちゃんのお母さんの魔法はすごかったものねぇ。」
「ここは倉庫です!父が隠してたお酒を見つけた時は内緒にする代わりにチョコを貰いました!!」
「あいつ禁酒するって言ってたのに隠れて飲んでたのか。どれ、まだ隠してるかも……」
「あなた?」
「じょ、冗談だよー。やだなー。」
「ここはお風呂場です!父がうっかり滑って湯船に沈んだことがあって……その時の顔が、こう!」
ローズはそう言って自分の顔を両手で押しつぶして見せる。俺と両親はつられて笑った。でも、どこかで気づいていた。ローズの語る思い出が、ずっと「父」と「母」の話ばかりだってことに。
「ここが……居間です。母がいつもこの椅子に座って、お茶を飲んでました。」
「落ち着いた人だったものねぇ。何を聞いてもふわっと笑ってくれて。」
「……うん。あ、こっちには父の書斎があって━━でもあんまり入っちゃだめって言われてて……でも、一回だけ、どうしても見たいって言ったら━━」
まるで次々と、思い出をこぼすように。ローズの声はだんだんと小さくなっていった。その一方で、俺の母さんはずっと穏やかな笑顔を崩さなかったし、父さんは「へえー」「そうなんだなあ」と頷きながらローズの話に相槌を打ち続けていた。
けれど、どこかで感じていた。二人とも、ローズが「今」の話を一切しないことに━━気づいてる。
「それで、最後の部屋が……」
「ローズ、大丈夫?」
俺はついに我慢できずに止めてしまった。最後の部屋は俺もよく知っている部屋だ。部屋に並べられたもの一つ一つがどんなものかまでよく知っていた。正直に言えば俺も、その時その部屋を見るのは少し辛かった。
「もう、どうしたんだいシュユ。大丈夫だよ。
ここは私の1番好きな部屋だから━━だから1番最後にしたんだ。ちゃんと紹介したかったから。」
少し困ったように笑ったあと、覚悟を決めたようにローズはそう言った。その顔を見て俺は少し悲しくなった。覚悟が必要なことなのだ。ローズがそうであるように俺も大好きな部屋だ。大好きな部屋だった。だからこそ、今この部屋を見るのは俺でも辛い。俺でも辛いのだからローズはもっと辛いに違いないのに。
ローズは俺の両親に向き直って紹介を再開する。俺たちを見る両親の顔はただただ優しかった気がする。
「この部屋はなんていうか物置みたいな部屋です!
父と母が冒険者だった時に集めたものがたくさん置いてあって……これは……」
ローズは時折声を詰まらせながらも俺の両親に部屋の説明を続けた。あれはゴブリンに不意打ちされた時に守ってくれた鎧だだとか、あれは村を助けた時にもらったその村伝統の染め方をされたスカーフだとか、その説明を俺は全て知っていた。全て一緒に聞いたのだから。
あの大きなツノみたいなものを持つ生き物はどんなのだったのだろうか、あの変な形の剣はどんな時に使ったのだろうか。疑問に思っても答えてくれた人はもういない。
ふと棚に集中していた視線を部屋全体に移す。その時になってようやく俺は気づいた。
俺はずっとコレクションの並べられた棚が宝箱みたいで好きだった。だけど違う。二つ大事そうに並べられた指輪、壁に飾られたローズ一家の絵、ローズが描いた家族の絵、柱に刻まれたローズの成長の記録。俺が憧れた棚はこの部屋のほんの一部でしかなかった。
この部屋こそが、ローズの家族の思い出の詰まった宝箱だったのだ。たくさんの宝を残して2人は死んだ。俺たちに笑いながら冒険の思い出を話してくれる人達はもういない。もうわかってたはずの事実が改めて胸を締め付けた。泣きそうになるのをグッと堪える。泣けるわけがなかった。ローズが泣かないようにしているのに、俺が泣いていいわけがなかった。




