第二話 たからもののような日々
━━かちゃ、かちゃ。
耳馴染んだ金属音が聞こえる。手持ち無沙汰になると、ローズはいつも腰の模擬剣をいじる癖があった。
「またやってる」
俺がそう言うと、ローズは少し驚いたように手を後ろに隠し、そして照れくさそうに笑った。
「シュユ。今日は何しようか。」
話を振られて俺はニヤリと笑う。
「騎士殿、今日はコカトリスの巣で宝が見つかったという話を小耳に挟みまして……」
「なんと、それは本当かい?魔術師よ。ならば今日の冒険はそれに決まりだな。」
俺たちが集まって遊ぶと言ったらこれに決まってた。いつも一緒にいる時以外は村の中の小さなダンジョンを探していた。
その日は〈コカトリスの巣〉と称した鶏小屋に忍び込み、〈宝〉の卵を奪い取る──そんな大冒険に挑むことにした。
「あった〜って、痛てっ!騎士殿コカトリスが襲ってきました!!いててっ!」
「魔術師よ、もっと慎重に……あいたっ!」
その日の冒険はなかなか手強くて、コカトリス共ときたら宝の前から離れず、にもかかわらず宝に手を伸ばせばそれまでの不動が嘘みたいにものすごい速さで手をつついてくる。
「また出たな悪ガキども!」
「げっマズい!巣を守るトロールだ!!」
「だーれがトロールじゃ!今日こそは逃さんからな!!」
「魔術師よ!アレを使うぞ!!」
コカトリスの守る宝……鶏の卵をようやく一つ手に入れたところで鶏小屋のある農家の主人に見つかってしまった。だけど俺たちはへっちゃらだ。
━━加速魔法
俺が魔法をかければ俺たちの動きが急激に速くなる。
「また逃げられた!!逃げ足だけは脱兎の如しだなあいつらは。」
「まあまあ、夜にはたんこぶ作って返しにくるんですからそんなに怒らなくても。」
「なにを言う!こういう時にちゃんと叱ってやるのが大人のやるべきことだろう!!」
「そういえば、あの子たちがウチのウサギ小屋から逃げたウサギを捕まえてくれてのう。」
「じゃあ本当に脱兎くらい速いじゃないか……」
そんな大人たちの呆れ声すら追いつけないくらい俺たちは速く走れた。俺たちが揃えば無敵だったんだ。
まあその後はそれぞれの両親にこっぴどく叱られて、卵を返しに行く羽目になったのは言うまでもないだろう。
ローズの家にはローズの両親が冒険者時代に集めたコレクションが沢山あった。大抵のものは棚に丁寧に飾られ、一部実用的なものだけがそれぞれの用途に合わせた場所に置かれていた。掃除用具入れにしまわれた使い古された箒が、実はローズの母親が冒険者時代に空を飛ぶために使っていたものだと聞いた時は大層驚いたのを覚えている。
「咄嗟に飛べるわけでもなければバランスも悪いしで、空を飛ぶよりはもっぱら泊まった宿屋の掃除に使ってたわよ。」
ローズの母親がそう言って笑っていたのをよく覚えている。
俺たちはそんな話を聞くのが大好きだったし、棚に飾られた冒険のトロフィーの横に自分たちのトロフィーを飾るのが憧れだった。
その憧れが暴走して鶏の卵を棚に置いていたのが見つかったことでこっぴどく叱られたわけだが。
こうして卵を返した帰りに俺はローズの家でお菓子を食べさせてもらった。肩を落として歩く俺たちを見て、少し甘やかしてくれたのだろう。大人の気遣いなど知るはずもなく、俺たちはクッキーを前にした頃にはすっかり機嫌を直していた。
「コカトリスの攻撃思ったより激しかったなー!あんなに激しく攻撃されたんだったらローズも剣を抜いてやっつけちゃえばよかったのに。」
「嫌だよ。そんな事をしたらコカトリスは死んじゃう。そんな事のために私は剣を持ってるんじゃないんだよ。」
クッキーを食べながら何気なくしていた会話。笑いながらそう言うローズの言葉に何か重たいものを感じた事、そんな俺たちを見てローズの両親が優しく微笑んでいたのを、なぜか今も忘れられない。
「そうだ、あなた。前から話してたあれ。持ってきてあげましょうよ。」
唐突に声を上げたのはローズの母親だった。
「え?今か?なんか変に調子に乗ったり……」
「そんな子達じゃないの知ってるでしょ?今がピッタリよ。シュユ君ちょっと待っててね。」
そう言うとローズの母親は立ち上がって、それからしばらくすると手の中に小さな砂時計を持って帰ってきた。
「あっ!それって!!」
「元冒険者の私の目を侮らないことね。いっつもうちに来るたびにこの砂時計を眺めてたのなんてお見通しなんだから。」
ローズの母親は大袈裟に身振りをつけながら俺の目の前に砂時計を置く。ローズの母親が言う通り、俺は何故か妙にその砂時計が気に入っていた。どれだけ傾けても決して砂が落ちる事のない不思議な砂時計。いつの日にかこの砂時計の話を聞ける日を密かに心待ちにしていた。そしてその時俺はなんとなく察したのだ。今日がその日なのだと。
「その砂時計はな、父さんたちが冒険者の頃に冒険した不思議な遺跡で見つけたものだ。」
「やだ、あなたったら。あの棚に乗ってるものなんて大抵がそうでしょ?」
「ははは、そうだな。でもあの遺跡は特に不思議だった。そうだろう?」
「そうねぇ。坂を駆け上る岩とか、汲めば汲むほど水が湧いてくる水源とか、色々な場所を冒険したけど、他では見た事ないことばかり起こったわよね。」
「そうだ。そしてそんな遺跡の最奥で見つけたのがこの砂時計だ。
この砂が落ちない砂時計は、抱きしめ合う男女の像が握りしめるように持っていてな。その様はまるでこの一瞬を逃さないように捕まえているようだった。仲間のうち1人が砂時計に触れれば、その像はまるで急速に風化していくかのように崩れ去ってしまったよ。」
「なんだか寂しげな像だったわね。まるで別れの一瞬を切り取ったかのような、儚くて美しい像だった。貴重な遺物とも言える像だったから壊したと思ってすごく慌ててたわねあの子。」
「あの慌てぶりときたら今思い出しても面白い。静かに佇む像が崩れる横で騒がしく慌てるもんだからどこか対になっててな。
で、壊したものはどうしようもないし、俺たちは戦利品としてこの砂時計を持ち帰ることにしたんだ。冒険者の特権だな。」
「綺麗な砂時計だし、あんな遺跡にあったものだから何か不思議な力でもあるかもしれないと思って持って帰ったのだけど、結局砂が落ちることがない以外は普通の砂時計だったわ。むしろ砂が落ちないから砂時計としての役割すら果たしてないんだけどね。」
それだけ?と思ったのが当時の正直な感想だ。俺が憧れて眺めていた砂時計にはもっと派手な冒険譚がついているものだと思っていた。しかし心のどこかでなんとなく察していた。ローズの両親もそれだけではない事をなんとなく感じているのだと。その上で、今日に至るまで語った事以上のことは何もなかったからこれ以上語れることがないのだ。
「とまあ、そんな置き物くらいにしか使い道がない砂時計ではあるが、今日の戦利品を失ったシュユに、代わりにこれをプレゼントしようと思う。」
「えっ本当に!?」
棚からぼたもち━━いや、まあ、棚から出てきたのは砂時計だが。これまでも、この後も、何度か冒険譚を聞かせてもらったことはあったが、このようにプレゼントをしてもらったのは最初で最後だった。
「えっ!ずるい!」
「ローズにはついこの前その剣をあげたとこだろう。今日は特別だぞ?」
「でもなんでくれるの?ほんとにいいの?」
「前からいつかあげようとは思ってたのよ。で、それがたまたま今日だっただけ。ウチにあっても置き物になるだけだしね。
それに、物はあれば嬉しいけど、物より楽しかった思い出がたくさんあるもの。砂時計も大切にしてくれるあなたが持ってたほうがいいわよ。」
そう言いながらローズの母親は砂時計に紐を括って、首からかけられるようにしてくれた。どれだけ月日が流れようとも、あの日もらった砂時計は宝物だ。
ローズの母親から砂時計を受け取る時、砂時計の砂が少し落ちたような気がした。




