STEP5 生活を整えよう
マコさんが安定したから時間を作れますが、魔力の注ぎ方を教えましょうか?ミーディからそんな提案を受け、二つ返事で頷いたルナが魔力の注ぎ方をマスターしてから数日。
神殿で寝泊まりしていたマコにとって初めて見る王都の街並みにキラキラと目を輝かせながら歩くこと30分。中央部から少し離れたところにある一軒家にたどり着いた。
「ここが私のお家だよ。ここ数ヶ月は白狼の牙でお世話になってたから食材は置いてないけど、この間オークションから入金があったからなんでも買っていいよ」
この間掃除したからそんな汚れてないと思うよ。そう言いながらルナは家の鍵を開ける。辺境にあるルナたちの故郷でよく見るような木製の家では無い、王都でよく見た石造りの家にマコが目を輝かせた。
「あまり家具がないから、マコのベットはユリナのおうちの御用達っていう専門店から取り寄せたんだ」
ルナがそう言いながらこじんまりとした一軒家に案内すると、マコは何も置いてない空間を見て、呆然とした。娯楽もない田舎で、外出しないマコよりも荷物が少ないのではないかと目を疑った。
「…お姉ちゃん、ここにホントに住んでたの?」
「うん。A級になった頃に買ったから4年くらい使ってるよ。毎月の送金額を減らしたくないからオークションが終わったあとに一括購入したんだ」
ちょっと古いけど雨漏りもないし人目を避けて休めるし持ち家って便利だよね。マコの質問になんの疑問も持たずニコニコと答えるルナの様子を見て、マコはルーク達が、パーティ拠点ではなくてルナの家で一緒に住むのか?と心配そうにしていたのを思い出した。
「4年暮らしていたにしては何も無いんだけど……これで生活できるの?
新品のベットを除いたら、床に置いてある毛布、備え付けの調理台と椅子くらいしかないよ…??」
「うん、何が必要か分からないから今から買うの」
基本乾燥パンだったからちゃんとした料理もしたことなくて。恥ずかしいなぁと笑うルナの言葉を聞いてマコは絶句した。
乾燥パンなんて、マコでさえそんな頻繁には食べるものでは無い。1か0か、そんな極端な性格だと薄々気がついていたけれどもここまで極端に節制していたなんてマコにとっても想定外で、なんて返したらいいのか分からなかった。
「ルークさんっ!お姉ちゃんおかしいよ!!」
様子を見るために、そして家具の移動要員も兼ねてやってきた白狼の牙のメンバーの顔を見たマコは、信じられないの!と訴えた。
見て、とマコのベット以外に家具がほとんど無い部屋は、宿屋の一室よりも貧相で、食生活や服にも無頓着だったことから家具は少ないと予想はしていたルークたちの予想もはるかに超えていた。
「…ルナ?お前のベットはどこだ?」
「そこの毛布だよ。包まって寝てることが多いかな」
辺境を行き来してたから、馬車で寝ることも多いし毛布で寝るのも慣れると結構楽だよ。それにこの毛布はね、討伐したロック鳥の羽を使って依頼主が作ってくれたお気に入りなの。
良いでしょ、と何故か自信満々に語るルナを見て、ルークたちは無言で頷き合う。
「ルナ、予算はいくらある」
「金貨4枚くらいあれば足りる?足りなかったらもっと出してくるけど…」
「十分だ。ルナ、マコ買い物に行くぞ。…いや、マコはシフォンとユリナと一緒に服を買いに行ってくれ。あまり色々連れ回すなってミーディに言われてるんだ」
心配そうにしつつもミーディの指示なら仕方ないねと了承したマコにルナは洋服代だと言って金貨1枚を握らせた。
ギョッとして返そうとするマコに、身一つで来たんだから揃えなきゃと押し返した。
「じゃあお姉ちゃんをよろしくお願いします」
そう言って先に街中に向かったマコたちを見送ったルークが改めて部屋を見渡した。
備え付けであろう調理台、ひとつだけぽつんと置かれた木製の椅子。寝床にしているという毛布、ローブや服を洗っているであろう洗濯板と桶。それと小さな箱に収納された衣類以外は見当たらない。
「これで全部か?」
「アイテムボックスに着替えとタオルは入ってるよ、あと乾燥パンと外泊用の毛布も」
その話を聞いてどこが安心できるのか分からないくらい少ない。引っ越したてだと思われてもおかしくない部屋を見て、ルナのお金を全て家に渡す弊害はこんな所にもあったのかとため息を吐いた。
「…最低限、うちのパーティ拠点にあるもん位は揃えるぞ」
「だな、力仕事なら俺に任せとけ!そのかわり終わったら勝負しろよ!」
「そうですね…お嬢様がいれば際限ないでしょうから男ばかりのうちに購入してしまいましょうか」
グランが普段使ってても割れないから気に入っているというとても太くて立派な木の年輪が見えるテーブル。
ゲイルが拠点で料理を作るために揃えたのと同じ商店で買った調理器具と食器。
ルークが拠点で愛用している、ツノウサギの皮で作った3人がけのソファー。
ルナはいらないと主張したがマコが気にすると言いくるめて、ソファーを買う時に一緒にベットも購入をした。
マコとルナの服を入れられるクローゼットに、食器を保管するための棚。
タオルや石鹸、備蓄の食材を一通り揃えて白狼の牙の男性メンバーで配置し終わった頃、ちょうどよく衣服を買い揃えてきたマコが帰ってきた。
「ただいま…わぁ!なんだか別のおうちみたい!」
キラキラと目を輝かせながら家の中を歩き回るマコは、自分のクローゼットを見つけて跳ねるように喜んだ。いそいそと買ったワンピースや普段着をかけていくと、随分余裕を持たせて買ったはずのクローゼットは服でいっぱいになった。
「随分沢山買ったんだな」
グランが女って山ほど服持ってるよなぁ、と呆れているとシフォンとユリナは少ない方よ、と反論した。
「私なんて実家に1部屋服のための部屋があるもの。こっちでもこのクローゼット3つ分は持ってるわよ」
「ユリナちゃんは特別多い方ですけど、私だってこれより大きなクローゼットいっぱいに服を持ってますよ。今日は最低限しか買っていません」
今までお洒落できなかった分まで楽しむなら全く足りませんよ。そう言い切る女性メンバーの勢いに呑まれて何も言えなくなるルークたちをよそにルナはニコニコと眺めていた。
「マコはおしゃれさんだね」
私のクローゼットも使っていいよ。ルナなりの善意のつもりの言葉は、男性陣に説教をしていたシフォンとユリナが叱る対象を変えるには十分だった。
「ルナ…?貴方マコちゃんを助ける前に、たった5セットの服を4年間も着回してるって言っていたの覚えてるからね?」
「サイズも変わって小さい、とも聞きました!」
「…寝込んでいた時の私より少ないよ…お姉ちゃん?」
今度はお姉ちゃんの番だからね。そう言ってマコはるなの腕を掴む。ルークに助けを求める目を向けたけれどもそっと目を逸らされた。
「る、ルークの裏切り者…」
確かに新調するか相談はしたけれども、マコのようにオシャレをしたいとは思えない。
…というかしたくても、防御力の低い服や装飾の多い服はいざと言う時に身を守れない。大抵のモンスターは攻撃を受けることなく倒せる自信があるが、それとこれとは別問題。
だからルナは、冒険者を続ける限り、S級として求められる限りは機能を軽視したお洒落とは無縁でいるべきだと考えている。
自分は着れないからこそ妹であるマコにはお洒落を楽しんで欲しい。その一心だったのになぜ華やかなワンピースの並ぶ店に連れてこられているのだろうかと頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「これなんかどう?お姉ちゃん」
そう言って見せられたのは明らかに体の線が出るようなスリムなニット。最近のよく街中の女の子が来ているようなへそ出しタイプの服を見てルナは首を横にブンブンと振った。
「もっと長いの無いの?ローブの下に着るなら何でもいいけど普段使いには短くない?わざわざ着るのは恥ずかしいよ…」
「何を今更、貴方いつも体に合わない小さめの服着てるじゃない」
「私だって着るし恥ずかしがらなくて大丈夫だよ!店員さんに聞いたら最近の流行りなんだって!」
「というかこれ、師匠に憧れた子が真似して始めたのがきっかけなので当の本人が否定的なのはちょっとおかしくて笑っちゃいますね」
その言葉にマコとルナは目を丸くしてシフォンを見る。シフォンはやっぱり気がついて無かったんだと苦笑いをしており、ユリナは何を驚いているのかと不思議そうに首を傾げた。
「ユリナちゃん、師匠って今までお洒落どころか食事だって蔑ろにしてたんだよ。知らなくても仕方ないって」
そう言いながらシフォンは白狼の牙で訪れたことのある街で聞いた話を語った。
ルナがロック鳥を倒した時、ルナに守られた少女が憧れて魔法を覚えようとしていたこと。あまり才能がないと知ったあとは格好だけでも近づきたいとショートだった髪を伸ばし、線の出る小さめの服を着るようになったこと。
そう言った子がポツポツと増え始めたのを知った、ハーレンド領地の服屋が線が出るお洒落な服を作るようになったこと。
ハーレンド領主の娘が“慈愛のルナ”を宣伝するのに丁度いいと色んな人々に宣伝した結果、S級ルナの名とともに線の出る服も流行りとなった。
そうシフォンが語りきった時にはルナの顔はリンゴのように真っ赤になってしまい、もうお外歩けない…としゃがみこんでしまった。
「お姉ちゃん、改めてちゃんと服買おう?皆が真似しても恥ずかしくない服」
これはこれで可愛いから私は着るけどね。そう言いながらマコはショートパンツと短めのトップスを戻してルナにどんな服を着たい?と質問した。
「…ユリナみたいにとは言わないけど国王様達に謁見する服は欲しいな…あと、簡単に手入れができる服」
でも本当は、少しこういうのも憧れて見てたんだ。そう言いながら手に取ったのは少し重厚感のあるワンピース。線の出るトップスとショートパンツが流行る前によく街で見た裾に少し刺繍が施された物だった。
「お洒落なんて、家族が苦しんでるのに楽しむなんて罰当たりだと思ってたから」
「ならそれ絶対買おう。お姉ちゃんが忙しくて手入れできないなら私がしておくよ!」
他にはどんなの着たい?マコが優しく尋ねると、ルナは少し大きめの麻の服と動く時に邪魔にならないようなショートパンツと普通のパンツを迷うことなくかごに入れた。
「麻の服って丈夫で戦闘の時も汗で蒸れたりしないから便利なんだ」
今の服小さいから新調したいなとは前から思っていたの。無地で地味な服を5セットほど、それに合わせて下着も新調して満足したルナは、お洒落は1着あるだけでも十分だよ。あとは謁見用のちゃんとした服をユリナに選んで欲しいな。
そう言いきった。進歩したと思った途端に後退したルナの発言にマコはガクリと肩を落とす。
「…まぁ、今はルナの意思で欲しいって思えただけでも十分かしら。謁見用のドレスは任せて、1人で着れるものを選んでおくわ……他は、そうね最低10セットは欲しいわね」
そう言ってうーんと考えたユリナは、名案だと言うように手を叩き、ゲイルたちを呼びましょうと言った。
「マコ、シフォン、ゲイル、ルーク、グランそれぞれが似合うと思う服を選ぶの!ルナも人に選んでもらった服ならタンスの肥やしにはしないでしょう?」
「それいいわね!誰が1番師匠に似合う服を探せるか勝負ね」
それを着て今度この4人で街中のカフェに行きましょうよ。
その提案に、マコが嬉しそうに頷いた。
「お姉ちゃんも、せっかく自由になったんだから楽しもうよ」
皆と沢山楽しい時間を取り戻そう
眩しい笑顔でこちらに手を伸ばすマコの手をそっとルナは握った。
「うん、そうだね。もうちょっとお世話になろうかな」
そんな風に始まった白狼の牙とルナとマコの新生活から約1年半が経った頃。貯金しろと妹のマコと白狼の牙のパーティメンバーに言われて貯金していたルナはギルドの金庫にコツコツと貯金をしていた。
そして一年ぶりにそれを取り出しに来て、固まった。
どうしよう、お金貯まっちゃった……
そう呟いたルナの目の前の金庫には数枚の白金貨と、大量の金貨が積み重なっている。
ユリナに、自分の衣服にもお金をかけなさい、見た目が人の印象を変えるのだからと、お金は循環しないといけないのよと言われていたことを思い出したルナは、その半分ほどの金貨を持って浮き足立った様子でパーティで借りている拠点に戻った。
「ねぇ、寄付するとしたら孤児院かな、神殿かなぁ」
お金は循環させるんだよね、身なりを整えたら偏見が減るなら寄付がいちばん平等だよね。ニコニコとそう切り出したルナに、ルーク達はギョッと目を見開いた。
「そうじゃねぇっつってんだろーが?!」
「お姉ちゃんまって、多分それ違う。いいことだけど違う!」
「……まだまだ、ルナはうちのパーティーで面倒見た方が良さそうね。ルナは個人で依頼受けること多いけどこれを機に本格的にうちのパーティーに入ってもらうべきね」
ルークとユリナが頭を抱え、ゲイルとシフォンが苦笑をしている。妹のマコは呆れ顔だった。
何故止められているか、ルナは1ミリも理解をしていないけれども、まだこのパーティーに居てもいいらしい。残りの半分を謝礼として渡して去らなければ行けないと思っていたルナにとっての朗報に笑っていると、俺でも分かるぞルナ、とグランに頭を叩かれた。
「でもね私今、みんなのお陰でひもじくないから。ひもじい思いをしてる人を助けたいの」
そう言うとルナらしいな、とみんなが笑う。
それにつられてルナも満面の笑みを浮かべた。
S級冒険者ルナはひもじいシリーズ完結となります。短い間でしたがお読み下さり誠にありがとうございました!
駄文長文でしたがお暇つぶしになっていれば幸いです