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STEP4 妹を治療しよう

「良かったじゃねぇか、ルナ」

そう言って貴族との軋轢の解消を祝ってくれたルーク達との生活も数ヶ月。最早パーティの一員とかしたルナはユリナ監修のもと、しっかりと食事をとるようになり、栄養失調直前に近かった体もすっかりと健康体になっていた。


以前のルナは一日の食事をパン一つで済ませてしまうような程にひもじい食生活をしていた為、筋力は衰えていたものの、しっかりと食事と筋トレをするようになった結果、長距離の弓を飛ばせるほどとは行かないがC級の弓士程の飛距離を出せるようになっていた。


「そういや師匠はローブを変えないの?ちょっと小さいように見えるけれど…」


ルークに弓の指導をしてもらう対価として、シフォンに魔法を教えることになり、教えているうちに師匠と呼ばれるようになっていた。


「うん。お金もないし、まだ着れるから……って思ってるんだけど、こういうのS級冒険者として良くないのかな」


以前は狩った素材も“譲り受けた”と持っていかれることもあったり、食事にかける費用さえ全て家族に送金していたこともあり、身なりに気を使う余裕もなかったルナは、そういったS級らしさと言ったことを考えたことがない。


食事ひとつでさえ人と違うのだとルークたち白狼の牙に仮加入することで知ったのだから、身なりについてもズレがあるのだろうと思い質問すると、シフォンは申し訳なさそうに頷いた。


「だいぶ、小さいかなぁと。そういう布面積の少ない服も流行ってますが、師匠はそういうのを好む感じでは無いと思いますし、気になって」


「待って?ルナ。貴方ちゃんと報酬を支払われてて、素材も確保出来てるんじゃないの……?」


「うん、報酬はあるんだけど、妹が難病にかかってるから治療しないといけなくて、お母さんたちの借金もあるし、毎月足りないって言われてるの」


その言葉に、パーティメンバーたちはひくりと頬を引き攣らせた。

「あー、そうだったな……そっちが本題だったわ」

忘れていた、とルークも項垂れている。


ルナの受ける依頼は初心者向けからS級までと幅広くあり、報酬もまちまちではある。しかし白狼の牙でさえ難しい災害級のクエストも受けているルナの月間の報酬は金貨20枚は超えるはずだった。


この国の貨幣では、1番安いパン一つで銅貨5枚ほど。銀貨1枚で良い料亭のメニューを食べたり服を購入できる。金貨1枚もあれば2ヶ月の生活費を賄えるレベルである。


食費としてパーティに銀貨30枚を収め、弓矢を買うために銀貨10枚、そして依頼があった時の交通費として金貨1枚、合計金貨1枚半を除いた全てを送っているとルナは笑顔で言うが、ルナが冒険者をしてS級になった年月を考えても、ゆうに白金貨12枚、金貨にして1200枚を超える。


そんな大金を送っても借金が返しきれない両親や、病気の治らない妹とはどんな家なのだろうか。想像すら出来ない家庭に、お金に頓着のないグランでさえ引いていた。


「いや、そんな使っても治んねぇって医者が悪いに決まってらぁ。ちゃんと神官に治癒の奇跡を起こしてもらった方が妹も楽なんじゃねぇか?」


そんな長期間苦しい方が辛いだろうというグランの言葉にシフォンもうんうんと頷いた。

「お金を送ってあげるより、神官を連れていく方が助かるかもしれませんね」


「神官さんかぁ」


「そっちもなにか因縁があるのか?」

「ううん?むしろご縁が無さすぎてどの神官様が良いのかわかんないだけだよ」


因縁があるどころか話をしたことすらない。心配そうに覗き込んできたルークの言葉を否定して首を横に振ると、ルークはほっと安堵していた。


(そう、近寄ったことすらないもんなぁ)


お父さんが神官なんかに近寄るな、と口酸っぱく言っていたから。あいつらは金を搾取するだけで治療もろくにできない奴らだから、と。

だからルナもその教えに従って薬師から買った薬をメインにしている。

……とはいえ、神殿で作られたポーションをギルドで購入して使っているのだけれども。


神官に関わるなと教えられたとはいえ、ルナの任される任務は薬で賄えるほど安全なものでは無い。ポーションがなければ死んでしまうような任務もあるため、仕送りに支障をきたさないためにやむを得なく使っている。父の言葉に背いたことが心苦しく家に帰れていない、というのも、妹の治療を送金だけにしている原因でもあるのだけれども。


そんな思想のお父さんの言いつけで妹の治療だって薬師頼り。そんな家に神官を連れて行って大丈夫なのかと不安があるものの、グランたちの言う通り難病を抱えたままこれからも生きていく方が辛いだろう。


「うん、まだ神官様にあったことは無いけど大神殿に行けば会えるのよね。今から行ってお願いしてみるね」


「って待て待て、行動が早すぎるっつーの!妹?の今の病気と治療方法が分からねぇと治療は出来ねぇよ。なんか分かる手がかりは無いのか……?5年も治療してるんだったら知らされてるんだろ?」


ルークに引き止められたルナは、無言で目を逸らす。わ、分かるよ……?という声は震えていた。


誰から見ても分からない人の反応であるその態度に、シフォンも呆れ気味に苦笑した。

「妹さんからの手紙とかないんですか?」

その質問にルナは首を横に振る。数少ない家族からの手紙の中に妹の文字は無い。


「あの子は手紙すら書けないくらい重症だから、もっと送金しなさい、薬が足りないわってお母さんが」


「病名は分かるの。でもどんな投薬されてるのかは手紙には書いてなかったの」


魔力欠乏症って病気なんだけど。そう言うとゲイルが、薬師ではなく神官の仕事ですねと断言した。


「ユリナお嬢様の身に何かあった時のためにと、ある程度の病気については勉強しましたが、魔力欠乏症を直せる薬は公爵家でも取り扱っておりませんな」


その言葉に今度はルナが目をぱちくりとさせた。お母さんからの手紙には今の治療法があっているから送金さえすればいい、そう書かれていたから信じて送金していた。なのに公爵家ですら魔力欠乏症を治す薬は無いという。

その矛盾に混乱していると、きな臭いわねとユリナが眉をひそめた。


「というか会ったことがないって何……??ルナはドラゴン退治だってしているんだから、薬で治らない火傷とかだってあるでしょう?そういう時に神官に治療されたことあるはずよ。その時に妹さんの病気について相談しなかったの?」


「?うん、お父さんが神官様を嫌ってて近寄るなって言ってたから神殿に行ったことは無いよ。風邪をひいた時は薬を使うし、……よっぽどの場合はギルドで委託販売されてるポーションを使えば何とかなるから」


体は頑丈な方だから大丈夫なの。ルナが数少ない特技なの、と笑うとユリナはふらりと 立ちくらむ。

冒険者をしているとはいえ、ユリナの生い立ちは高位貴族。女性が体に傷を作って放置するなどもっての外。同じパーティのシフォンが怪我をした場合は切り傷だろうと神官を呼ぼうとした経験のあるユリナからすればルナの父親の言葉も、それに従うルナの行動も信じられないものだった。


「信じられない……そんなお家に残された妹さんがどんな治療を受けてるかわかったものじゃないわ…嫁ぐ前の女性の体に何かあってはいけないもの。ルナに神官の知り合いがいないなら、白狼の牙がよくお世話になってるミーディさんにしましょう。あの人ならルナの故郷まで着いてきてくれるはずよ」


ゲイル。急ぐわよ。パーティの誰よりも、いちばん当事者に近いルナよりも真剣な眼差しで護衛兼パーティのメンバーであるゲイルに早馬を呼ぶように指示を出した。討伐依頼で敵の攻撃を避けきれず、切り傷を作った時に神官を連れてこられた経験のあるシフォンは苦笑いをしながらルナの方をぽん、と叩いた。


「師匠、ああなったユリナちゃんは止まらないんです。どうしてもダメな時は気絶させてください…師匠から見れば強引に見えると思いますが、ユリナちゃんなりの信念と優しさの行動なので、出来れば軌道修正かけつつ自由にしてあげて貰えると嬉しいです」


それから数時間後、ゲイルがどのように交渉したのか分からないけれども、神殿内での治療で忙しいはずの神官、ミーディは息を切らしながら白狼の牙の拠点にやってきた。




「……魔力欠乏症を薬で治していた…?そんな奇跡が起こるならば我々はもっと時間に余裕のある生活ができますよ」


事情が把握できないルナと、興奮しているユリナに変わってシフォンが簡単に事情を説明すると、ミーディはそんな状況で生きてる方が奇跡ですよ、と言った。どうして?と青ざめるルナに、ミーディは簡単に説明しますが、と前置きをして素人でもわかるように噛み砕いて説明をした。



「魔力欠乏症は、名前の通り本来であれば体内にある魔力が何らかの原因によって少なくなっている状態です。知識がないと貧血と似たようなイメージをされる方も多いですが、実際には治療をしないまま生活するともって5年の、命のリスクのある病気です。今知られてる治療方法は魔力が安定するまで定期的に魔力を流し込むことだけ…魔力そのものを凝縮する研究も未完成な今、薬でなおすことは困難です」


ルナさんが冒険者になって5、6年と言うならば、妹さんの体は持ちこたえていたとしてもギリギリでしょう。


その言葉にショックを受け崩れ落ちたルナの肩をルークが掴み、しっかりしろと叱責をした。


グラン達に早馬の馬車を借りてきてくれと声をかけつつ、ルナに手紙の住所であっているのかと確認をした。


「良いか、ルナ。気をしっかり持てまだ死ぬと決まった訳じゃないんだ。今ならまだ間に合うかもしれない、この馬車が止まることなく進めば優秀な神官であるミーディが何とかしてくれる。だから馬車を止めようとするモンスターを退治しなきゃ行けないんだ。放心するのはその後にしろ、いくぞ」



ぼんやりと虚ろな目をしているルナが弱々しく頷くのを確認し、グランが借りてきた馬車にミーディとルナを押し込んだ。




馬を走らせること数時間、森の中を走っているとまるで予言のように、ルークの言う通り馬車の前を盗賊が塞いでいた。


「げ、ルークお前、変な事言うからマジで来ちまったじゃねぇか!」


俺人間と戦うの苦手なんだぞ!!グランがぶーっと文句を言う。しかし、文句を言ったからとて敵がいなくなる訳では無い。仕方ねぇ、殺さねぇ程度にやるかと剣を構えた横で、ここ1ヶ月ルークに教わっていた神経毒を塗った矢をルナが盗賊たちに当てていく。

馬車の前が塞がっちまうだろ!と止めようとしたルークの言葉を無視して、痺れて動けなくなった盗賊の手足を氷で固め、風魔法で竜巻を作ると、盗賊たちを一気に吹き飛ばした。


「道、空いたよ!」


呆気にとられる早馬の御者にルナは道は空けるから止まらずに進んで、と声をかけた。


「あの盗賊はどうされるんですか……動けないとはいえ放置していけませんし、乗せると早馬のスピードも落ちてしまいますが…」


「止まっている場合じゃないの!盗賊の処分はお父様に任せるわ。そのために持たされた通信機があるもの。何とかしてくれるから先に進んで!」


アルトバーン公爵家の紋章の入った通信機を見せて御者と交渉して説得したユリナの横でグランがルナに興奮した様子で話しかけた。


「ルナいつの間にあんなすげえ魔法操作できるようになったんだよ!前バトルしようって言った時は初級魔法でも普通の奴に当てれないって断ったじゃねぇか!!嘘ついてたのかよ!」


「最近できるようになったの。ちゃんと食べて体力つけたからかな?細かな魔力操作できるようになったの。今度バトルするからグランも今は手伝って!」


お願い。と上目遣いにお願いするその行動が想定外だったグランは、文句の行き先を失ったように静かになり、おぅと頷いた。

ルナが自分から頼み事をすること自体が稀で、大抵の事はルークやシフォンが先に世話を焼いていたし、大事となった貴族の不正に関してはユリナが自主的に先導していた為、この行動はグラン以外にとっても想定外だった。


目を丸くして驚いた後に、そんな風に言われちゃ断れねぇなとグランは笑った。


とても良い雰囲気で協力して戦おうと言う流れになったものの、白狼の牙のメンバーの出る幕もなくルナは森から飛び出してくるモンスターをなぎ倒していく。そんなルナの活躍もあり、馬車は1度も止まることなく走り続ける。


「……S級冒険者というのは、本当にすごいんですね」


呆気にとられたようにミーディが呟いた。

ルークもそれに同意するように頷く。


「……ひとつランクが違うだけでこんなに変わるのかって俺達も今、驚いてるよ。そりゃA級から2年も階級が変わらないわけだ…こんな実力差があったなんてな」


マジで俺の弓の講師と、ルナの魔法の指導が釣り合ってるのか考えるのが恐ろしくなってるところだ。


そんなことを話していると、急に馬が脚を止めて暴れ出す。御者が宥めるも馬は落ち着く気配は無い。


何事かとルークたちが周りを見るもモンスターは見渡す限り見当たらない。一体どうしたんだと困惑している中、シフォンが空を見つめて、固まった。


なんだろうかとつられてルナも空を見上げると、そこにはA級判定を受けている飛竜が旋回している。

先程倒していたモンスターをくわえている事から、倒したモンスターの血に引き寄せられたのだろうとルナが推測していると、ルーク達はあからさまにうろたえた。


「なんでA級モンスターの飛竜がいるんだよ、こいつの相手をしていたら日が暮れちまうどころか数日足止めされちまう」


A級のモンスターは、A級の冒険者で引き分ける程度のものという線引きで判定されている。なので実際に対応するのは、確実に勝てるであろうS級冒険者が求められる。


ルーク達もS級冒険者となるためにいずれは飛竜を討伐すると決めているものの、実際に討伐したことは無い。今の実力では勝てるかどうかすら怪しいものだった。


「仕方ねぇ、グラン、ゲイル、3人で足止めすんぞ!シフォンとユリナはルナと一緒にミーディを守ってくれ」


死ぬ覚悟を決めて馬車を飛び降りようとするルークを引き止めてルナは動かないで、邪魔と言い張った。


「は?何言ってんだ、ここで俺らが足止めしねぇと遅れちまうどころか全員お陀仏だ。そしたら妹だって救えねぇんだぞ」


「何言ってるの、あんなの私ひとりで十分だよ」


森も近いから炎以外かな。そんなことを呟きつつルナは普段の魔法では使うことの無い杖を取りだして構える。そして水を作り出したルナはその水を弓矢のように飛竜へと飛ばす。


音速と言われるような勢いで飛んで行った水の矢が飛竜の羽を貫き、飛竜の体勢が崩れる。飛竜が体勢を戻すよりも先にルナが天候を操り特大の雷を飛竜に落とした。


馬が固まってしまうほどの爆音が響きわたり、その数秒後、ドンと地震を連想させるような地響きとともに飛竜が地面に叩きつけられる。


地面に叩きつけられてもなお闘気を見せる飛竜の吐いてきたブレスをルナは眉一つ変えずに土の壁で防ぐ。


「うん、結構弱ってるね……それとも若い個体だったのかな」


これならすぐ終わるね、そう言いながらルナは風魔法で作った、いわゆる鎌鼬のような鋭い風で急所である首を切った。


「……これがS級」


圧倒的な実力差。普段とは雰囲気さえ変わったルナのバトルに固唾を呑んで見入っていたシフォン達へルナは終わったよと告げた。


「……あれ?固まってる…え、なんで?!馬車も止まってるし、ねぇ御者さん?ルーク?なんでみんな固まってるの?!」


先程までの冷静な態度とは一変、オロオロと泣きそうになるルナに、シフォン達は安堵の息を零した。


「う、馬も落ち着きました。すみません急ぎます!」


先程までフレンドリーに接していた御者はルナの実力を知り、とんでもない人にタメ口を使ってしまった…と慄いていた。その変化には気がついているものの、原因が分からずしょんぼりとしてしまうルナを見て、シフォンは思わず呟いた。


「ハーレンド伯もこれみてたら師匠から素材を奪おうなんて思わなかっただろうなぁ」


その言葉にルーク達は迷いなく頷いた。


そこから馬を走らせること数日。時々現れるモンスターたちをなぎ払いつつ村へたどり着いた。


「……こんな早くつくとは、神殿からの出張でこの辺りに来る時は最低でも3週間ほどかかったと記憶しておりますが、6日で着くとは……」



感心するミーディの手を引いて、ルナは赤い瓦屋根の家、ルナの実家へと駆け込んだ。


「お父さん、お母さん。マコはどこ?」


「ルナ!久しぶりね、おかえりなさい。マコは変わらず1番日当たりのいい二階の部屋にいるわよ…そちらの方は?」


「マコを治してくれる人よ、ミーディさん、こっち!」


階段を駆け上がり南に向いた部屋の扉を開くと、今にも息を引き取りそうな程に弱々しく息をする、ルナの妹であるマコがベットに横たわっていた。


「っ!!応急処置します!」


ミーディが顔面蒼白になりながらも魔力を流し込む。勢いよく流された魔力に、マコの体がビクリと痙攣する。

応急処置とは思えないほどのマコの痙攣具合を見て不安になり、落ち着きなくソワソワと歩き回るルナを見て、ルークがぽんと肩を叩く。


「大丈夫だ、信じろ。白狼の牙の神官の名は伊達じゃねぇから」


その言葉にこくりと頷き、徐々に呼吸が安定するマコをパーティメンバー皆で見守っていると、ドタドタとルナの父親が2階に上がってきた。


「おい何事だルナ!急に帰ってきたかと思えば挨拶もなしか…っ!おい、ルナ!!何故ここに神官なんぞが入り込んでいる!!」


教えを忘れたのか。そう言いながらミーディを追い出そうとする父親の足をルナは氷で固め、邪魔したら許さないからと精一杯の表情で睨む。


「薬師に頼んだって治らない病気だったんでしょ!こんな状態だったならお金送金しないでもっと早く神官様に相談するべきだったと後悔してるわ」


その言葉にグッと反論できずに狼狽える父親とは逆に母親はルナの言葉を聞いてどういう事?と青ざめた。


「…母親は知らなかったのか…確かに王都と違いここには情報を知り得る手段は無い、か」


ポツリとそう呟いたゲイルが改めて魔力欠乏症の治療法と、魔力をくすりに変える技術は王都でもまだ無いことを説明すると、あのお薬も祈祷も意味がなかったの…と呆然と立ち尽くした。


「ごめんなさい、マコ。私たちはずっとあなたを治す所か、苦しめていたのね」


たしかに今、ここ数年で1番落ち着いた顔をしてるわ。そう言って納得する母親を叱りつけ、騙されるなと叫ぶ父親は憤りを隠さない。


「神官など信頼できるか!マーレ教が間違うなどありえない!神官は魔力による治療なんぞを謳って金を騙し取る詐欺師だ」


「でもマコがこんな柔らかな顔をしてるのよ?」


今までお薬を飲んでも、マーレ教に幾ら奉納してもこんな柔らかな顔をしなかったわ。そんな母親の反論も聞く耳も持たない。


「魔法には一時的に痛みを無くす魔法もある。今柔らかな表情をしているからと信じられん!」


「そうよね、マーレ様は祈りを捧げれば必ず救ってくれるもの。疑ってごめんなさい。もっと祈りを捧げなければ…ルナ、マコはご祈祷が足りないだけよ。マコはうちでいたらちゃんと治るのよ、だから大丈夫。今まで通り祈祷料をお願いね」


その父親の言葉を疑うことなく信じてしまう母親を見て、ルナは家に見切りをつけた。


「…マコは連れてくわ。こんな所に置いて置けない」


ミーディの応急処置も一段落したのを確認したルナは、そう言ってミーディに渡す予定だった金貨30枚の入った袋を床に置いた。


「あと数年はこれで生活できるでしょう?マコが戻りたいなら自由にさせるけれど、私はもう帰ってこないし援助もしないわ」


ゲイルに抱えられたマコの頭を撫でながらルナはキッと両親を睨む。


そんな、と絶句する母親と父親がこちらに来ないようにと、ルナは悲しそうに氷の壁を作る。


「さようなら、最後まで私のこともマコのことも見てくれなかったね」


その言葉に両親は何も言えずに口ごもる。心配そうにルナの様子を伺う白狼の牙のメンバーとミーディに行こう、とルナは笑顔を作った。




「元々ね、身体の弱いマコが中心の家だったから私の居場所ではないんだ」


心配そうに馬車の中でそう語り始めたルナは憑き物が落ちたように穏やかだった。


「それでも血の繋がりのある人達だったし、マコは病気だったから。それに幼い頃マコは私のことも慕ってくれていた。この子が治ったらあの家に戻れる、そう思っていたけれど、あんなに可愛がってたマコに対してさえ蔑ろにするならもう無理だと思ったの」


「それがいいと思いますよ。神官と昔何かあったのかも知れませんが子どもの命より宗教を大事にする人と一緒にいて良いことはありません」


よく決断しましたね、そう言って微笑むミーディの言葉にルナは安心したように、今度こそ穏やかな笑みを見せた。


治療費は置いてきてしまっまたので、今度改めてお渡しに行きますね。というルナの言葉にミーディは急ぎませんしあんなに必要はありませんよと首を横に振った。


「にしても、困りましたね。マーレ教とは」


「…確かに国教とは違うけどもそんなやばいのか?マーレ教っつーのは」


グランが不思議そうに質問すると、ミーディは苦笑しつつ頷いた。


「魔法を嫌う人達の集まりです。昔は大きい宗教だったんですよ?モンスターとの戦いやその治療ですらも魔法を使わないと聞きます。そのせいで怪我の跡が残っても仕方ないという考え方ですね。

そういう考え方自体は自由ですが、厄介なのは祈祷料などが一家を潰してしまうくらい膨大な上、払わなければ家まで徴収に来る悪質さですね。

ルナさんが家で不当な扱いをされていたのも魔法の才能があるからでしょう」


「つまり、いつもの膨大な師匠の送金はマーレ教への奉納や祈祷料に消えた…と」


シフォンの言葉に、グランやルークも不愉快というようにムッと口を結んだ。


そんな事のせいでルナが魔力が不安定になるくらいひもじい思いをしてもいいっつーのか、と吐き捨てるルークの言葉に対して、どういうこと?という声がした。


弱々しいその声を聞いたルナ達がギョッとして眠っているはずのマコを見ると、今にも泣きそうな様子で目を潤ませていた。


「マコ、大丈夫なの?」


「そんなことより、送金ってどういうこと…?お父さん達そんなこと一度も言わなかったよ、お姉ちゃんは私たちが嫌になって家出したんじゃなかったの?」


「むしろ逆だ」


マコの言葉にショックを受けて固まっているルナの代わりにルークが首を横に振る。


「お前さんの薬代にと、オークション入金の度に金貨20枚近く送金してる。オークションの売値しだいで変わるがな。信じられないならギルド経由で送金してるから記録があるはずだ」


その言葉に今度はマコの方が固まった。

金貨20枚。あまり外出することの無いマコでさえその金額が膨大であることは知っていた。


金貨5枚も出せばかなり状態の良い馬車を買えるくらいに。安い家であれば新しく立てられるくらいの大金である。

この5年で20枚だと言われても、十分有り余るくらい家に送金してると言えるのに、毎回送金してるのだという。公的証拠も見せれるとはっきりと断言されるくらいには周知の事実らしい。


そんなに稼げるほどに姉が冒険者として成り上がったのも聞いたことは無い。魔法なんかにまやかされた大馬鹿者としか父親は言わなかったし、母親もルナのことを語ることは無かった。


「でも驚きましたよ。妹さんを連れて帰るって宣言した時に金貨30枚置いてきたのには…それを私に治療代として支払おうとしてたことにも」


「え…?」


普通じゃないの?と首を傾げるルナをみて、マコは、治療費に金貨何枚もを支払うのがルナにとって当たり前のことなのだと知った。


(金貨20枚を稼ぐなんて簡単じゃないのに、それを毎回送金してくれたお姉ちゃんを、“魔法が使えるから”なんて理由で爪弾きにするお父さんに、私は賛同していたなんて)


恥知らずにも程がある。あのまま見捨てられたって仕方ないくらいには不義理なことをしていた。それなのに、今も心配そうにのぞき込むルナに、マコは敵わないなぁと笑う。



そんなやり取りをしながらゆっくりと馬車で揺られながら王都に向かうこと2週間。現れるモンスターを颯爽と倒してしまうルナの実力に目を白黒とさせたり、5年間の時間を埋めるように話をして、マコも随分と安心して笑えるようになった頃、馬車からでも王都が見える距離となった。


一人で立つことはできないものの、支えてもらいながらであれば歩けるようになったマコを支えながらルナは心配そうにミーディに質問を投げかけた。


「ミーディさん、マコは治るまでずっと神殿で預かってもらうことになるんでしょうか…?」


今まで寝たきり状態だったマコにとって数年ぶりに見る外の世界。代わり映えのない森でさえワクワクと眺める様子を見ていたルナは、家から神殿に場所が移動しただけで不自由な生活をさせてしまうのではないかと不安になってしまっていた。


「最初のうちは神殿で寝泊まりしてもらいますが、魔力を注ぐだけならルナさんでも可能ですよ」


安定期に入れば、1日1回魔力を注ぐだけで問題なく観光もできるでしょう。長期の冒険に行く時は神殿に来てもらっても大丈夫ですよ。


「1年…いえ、半年もしないうちに治ります。安心してください」


優しく微笑むミーディの言葉にルナとマコは嬉しそうに笑った。


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