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STEP3 断ろう

「兎も角、ルークが休暇…でもないけど、一応休暇から戻ってきたんだし早速依頼を受けましょう」


実はいいの探してきてあるの。そう言ってユリナは依頼の紹介が書かれた紙をルークとルナにみせた。


そこに書かれていたのは、街に出没する頻度が増えたゴブリンの討伐依頼かつ、恐らく街周辺に作っている巣の捜索と確認というもの。


ゴブリン退治だけであれば初心者のE級冒険者でも可能だが、巣の探索となるとゴブリンの上位種であるホブゴブリンやら、そのホブゴブリンをまとめるゴブリンキングやらが住んでいる可能性もあり迂闊に初心者が手を出せないものとなっていた。

ゴブリンキングに至っては人間に近い頭脳を持つ個体が多いため、早急な討伐が求められる。


そんな依頼を見て、ルークは仕留めがいのある敵がいるかもしれないことへの期待と、早く住民を安心させてやりたいという気持ちになったが、ちらりとルナの方を見るとルナは険しい表情で眉をひそめている。


何がそんなに険しい表情にさせるのかとルークが疑問になっている中、ルナは依頼主の名前を見てため息を零しそうになった。


(また、この領主さんの依頼かぁ…)


街が森に近いこともあり、頻繁に依頼をしてくる領主とルナは顔見知りだった。否、普通の顔見知りであれば問題は無いのだが、この領主は“街の復旧作業のための資金が必要だ”と言ってルナが討伐したモンスターを持って言ってしまうことがあった。


そして断るよりも先に『冒険者ルナが街のために素材を寄付してくれた』と噂を流して断れなくしてしまう為、ルナにとっては苦手意識のある領主だった。

S級冒険者が呼ばれるということはそれなりの被害があっての緊急依頼であり、街の被害も大きいので、ルナとしても多少安く譲るくらいならば考えてもいいと思っているけれども、無断で持っていかれてそれがあたかもルナが善意で渡したと吹聴されるのは嫌だった。


とはいえ街の人に罪はなく、守るべき人達であるのは変わりないのだが、依頼料を貰っても素材を売ればお釣りが来るような状態は、頑張った成果に似合わず、どうにもモヤモヤとしてしまう。


そんなことを考えて無意識に眉をひそめてしまっているルナを、グランたちは心配そうに見つめているが、自分の世界に入ってしまったルナはその視線に気が付かない。


「おい、ルナ。聞こえてるか?ルナ」


ルークが覗き込んできて目の前で手を振った時ようやくルナの意識は外へ向く。


何か嫌な思い出でもあるのか?と心配そうに問いかけるルークに、なんでもないよとルナは笑う。


しかしルークもグランも、白狼の牙のパーティメンバーはそんな作った笑顔に誤魔化されるほど観察眼は鈍くない。

セクハラ領主だった?と質問するシフォンの言葉にルナは首を横に振る。


「そうじゃないの。ちょっと苦手なだけで、個人的な事情だから依頼は受けるつもりだよ」


その言葉に、ルークはルナが貧乏になってしまう理由の一つに討伐モンスターを取られてしまうことが多いと言っていたことを思い出した。


「もしかして、討伐したモンスターを横取りする領主のひとりってこいつか?」


その問いが図星だったルナは言い訳が考えられずに視線を逸らす。その表情は心做しか陰っているように見えた。


「…素材を、持っていかれるきっかけだった人なの、

素材の売却益の方が依頼料より多いのを見ると、なんのために頑張ったのか分からなくなるから苦手」


そうしてルナが例えに出したのはワイバーンの討伐依頼があった時のこと。

ワイバーンは竜の亜種と呼ばれるくらいには強く、もちろんその素材の価値も高い。

爪ひとつで銀貨50枚というその素材を丸ごと持っていかれ、その報酬が爪2本分の金貨1枚だったことに釣り合わないと反発したけれども、ルナが仲介業者であるギルドに訴えかけるよりも前に、領主がギルドに『ルナから譲り受けた』と売却してしまい、取り返すことが出来なくなったこと。

そういったことが何度か起こる度に“慈愛のルナから譲り受けた”というのがギルドでも共通認識となりルナの確認も取られなくなったこと。


「あの街、ハーレンド領がモンスター被害に遭ってるのは事実だし、仕方ないって最近は反発するのさえ諦めちゃったけど、やっぱりモヤモヤが消化出来なくて」


その説明にパーティメンバーは黙り込む。

(確かに、流動的なモンスター被害の修繕費がかさむ筈なのに税が高くない街だとは思っていたけれども)


それは、領主の手腕なのだと思っていたルークたちは領主に感心していたぶん裏切られたような気持ちになった。

ルナが貧乏生活をしなければいけない原因のひとつが、自分たちへの依頼料を賄うための横領だという事実を知り、シフォンもグランも眉をひそめ、ゲイルに至っては頭を抱え込み椅子に座り込んだ。


そんな中、ユリナが何かを決意したようにルナの名前を呼ぶ。


「被害者である貴方には酷な言葉を言うけれども、…なんでルナは諦めてしまったの?

最終的に被害を被るのは街の人々なんだから、ちゃんと断らないとダメなのよ」


その言葉にルナはキョトンと首を傾げた。ゲイルとルークはハッとしたように目を丸くしており、何かを理解したようだったがほかのメンバー、特にグランは理解ができないというように首を傾げた。


「なんでだよ、ルナは誰から見ても被害者だろうが」


「…今は被害者かもしれないわね。でも将来的に困るのは、ルナから奪った素材の売却費で経営している街に住む人達なの」


ユリナは、そう言って言葉を続ける。


「今は、それで成り立つからいいんでしょうね。街の税も高くないし、ルナの犠牲の上で成り立つ幸せを傍受できるわ。

でも、ルナが素材を譲らなくなったあと街はどうなると思う?モンスター討伐依頼のお金が払えなくなって、復旧支援もできなくなった時、あの街は壊滅の道を辿るのよ。そこまで困窮しなくても、モンスター討伐依頼のために税金は大きくなって街は貧するでしょうね…ねぇ、ルナ。そうなってしまった時に責任は取れる?」


「え?責任…?」


理解ができずに首を傾げるルナに、ユリナは言葉を続ける。

街のために何十年も寄付ができないならいずれ街の経済が回らなくなること。

“ルナから素材を貰いそれで回せばいい”と領地が腐ること。

ルナが居なくなった後に“NOと言えない冒険者”が犠牲になってしまう前例となったこと。


そこまで説明をされたルナは、サァーっと顔を青ざめさせた。


「…きつい言葉になってごめんなさいね、でも今ルナが許容するってことは、いずれそんな世界を生み出すってことよ」


「…ユリナの言う通りだ。

自分が我慢すればいいって思うのは美徳かもしれねぇが、ルナが居なくなった後にその我慢のしわ寄せを解決する手段がないなら、責任が取れないなら今後の犠牲を生まないためにも断るべきだ」


この負の連鎖はどこかで断ち切らなきゃ行けない。断ち切るなら腐り切る前…早い方がいいという2人の言葉に、ルナはこくこくと頷いた。

そして、ユリナの手を掴み、ありがとうと頭を下げた。


「次の被害者…なんて、考えもしなかった。

教えてくれてありがとう。ユリナさんが気付かせてくれなかったら間違いに気が付かないままでした」


「…だから、変わりたいので、助けてください」


「ううん、私も強く言いすぎたわ。自分と家族で手一杯なのは分かっていたのに言ってしまったもの。…ところで助けるって何を?」


「断るのを、見守って欲しいの。ギルドの人達にも、ハーレンド領主さんにもちゃんと説明したいの」


手伝って貰えませんか。そう言って改めて頭を下げたルナに、ユリナは泣きそうになりながら頷いた。



「でもどうやって断るんだ?ルナ言い負かされちまうんじゃねぇの?」


まるでドラマのワンシーンのような感動的なその雰囲気を壊したグランに、シフォンは今いいとこだったでしょ、とグランを睨みつけた。でもよぉ、と反論するグランに、涙を拭ったユリナは同意する。


「でもまぁ、グランの言う通りよね。断れないから今に至るわけで…でも早くしないと街の人が困るわけだし」


「じゃあユリナ嬢の人脈を使って上に訴えればいいんじゃね?ハーレンド伯爵より上の人に言われればNOとは言えねぇだろ?それこそユリナ嬢の親父さんに頼むとかはどうだ?」


ルークの提案に、ユリナは少し考え込むも、いいアイディアねと笑う。

「ゲイル、お父様に面会の許可を取ってきてもらえる?」

「了解しましたお嬢様」


そのやり取りに今度はルナが目を白黒とさせた。

「え?」


まるで執事とご令嬢のようなやり取りに頭が着いていかずに混乱しているルナに、ゲイルが困ったように笑い、改めて自己紹介をした。


「アルトバーン公爵家重騎士のゲイルです。今はユリナお嬢様の護衛兼白狼の牙の盾役をしています」


「私は、今は公爵家の役割を放棄しているけどね…一応公爵家の庶子のユリナ・アルトバーンよ。兄様が後継を決めるまで、ややこしい事にならないように家を出ているの。あ、でもちゃんと白狼の牙には実力で入ったから心配しないで?兄様から教えてもらった槍の実力は本物だから」


アルトバーン公爵家にも後々影響する出来事だもの。お父様は対応してくれるわ。ユリナがそう宣言した通り、早馬を出してからたった一日で公爵家への訪問が決まった。



「君がかの有名なS級冒険者の慈愛のルナ殿か」


王宮に劣らない華やかな装飾品に囲まれた応接室で、ユリナとルナはアルトバーン公爵と対面した。

オドオドと縮こまるルナと対称的にハキハキと本領発揮と言わんばかりにユリナが事の経緯を説明した。


ルナの功績であるはずの素材を横領され、訴えにくくなるように“譲り受けた”と公表していること。ハーレンド伯爵家がそれを流動的な経費として使っているため、ルナが譲らなければ街の人がいずれ困窮することまで語ると、ユリナの父であるアルトバーン公爵は、はぁ、とため息を吐いた。


「……良くもそんな愚かなやり方で領地を治められたものだな。この件は私が預かろう。ルナ殿、我が国のものが迷惑をかけた。恨まれて当然であろうに、寛大な対応、誠に感謝する」



ハーレンド領の依頼は当分受けないでくれないだろうか。国王と話し合い、国会に議題として持ち出させてもらうつもりだ。だから安心して任せて欲しい。



アルトバーン公爵は、そう言ってルナに頭を下げた。そう言われた翌月。本当に公爵が国王様へ直訴したのか、ギルドに国王直々の張り紙がされた。


『不当な取引によって不利益を被る冒険者が無いよう、依頼にない素材は全て冒険者のものとする。これを破るものは相応の罰金を処す』


その次の依頼から、素材を領主に奪われるということは無くなった。

それどころか、今まで素材を持って行った領の依頼を受けた時、土下座をされるようになった。


「る、ルナ様。今まで本当に申し訳ございませんでした。どうか、どうかご容赦ください」


特にハーレンド伯爵は報復が怖かったのか、それとも国王から余程の罰金が課せられたのか、何も言っていないにも関わらず今までの分全ては払えませんが、と換金して財物庫に保管していたであろう金貨や白金貨をルナに差し出してきた。

「…それは罰金とは別に国王様からの命令でしょうか」


「いえ、とんでもない。私どもの誠意でございます」

今まであんなにこちらが言っても素材を貰ったと嘘をついて持っていったのに……?と不信感が募るルナに、逆効果だと悟ったのか再度綺麗な土下座を披露した。


「今まで失礼な態度を取り本当に申し訳ございません。どうか、どうか今後ハーレンド領の依頼を避けることはご勘弁頂きたいのです」


アルトバーン公爵や国王様から、依頼を受けるのを止められたのがそれほど大きかったのか、今後現れるであろうモンスターを討伐してくれる冒険者との縁が無いのか、そう懇願された。


「……ええ、素材をもう取らないのであれば私は構いませんよ。領民に罪はありませんから」


そう返すと、とても安心したように、今度こそ敬意を払うような態度で頭を下げてきた。


後日そのことを報告すると、ルークやグレン、シフォンもユリナもゲイルも自分の事のように喜んでくれた。



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