7/15 鶏鳴スニーク
もうすぐ春休みです。私は受験生なので、勉強をせにゃなりません。ですので、なるべく早くこの小説を書き上げてしまいたいわけです。
そういうことで、3月中には完結させるつもりです。つまり、一日一話くらいのペースですね。
ハードだろっ!!
「いいか? 『マジカルゲッチュー』の『まじかる』は古文における打ち消し推量などを表す助動詞『まじく』の連体形にもかかっている」
「世界一どーでもいいわ」
本日はみどりの日。天気も良好。
日本中の人々が休日である今日を満喫するが、中にはそう楽もしていられない者達もいる。不幸にも無理矢理バイトをやらされている、とある高校生三人がちょうどそれに該当する。
ユウキ、ツバメ、レンジは、アンザイに約三十分間、『マジカルゲッチュー』の詳細を、耳にタコができる程聞かされていた。しかしその情報は右耳から入って左耳から抜けるように、頭の片隅にすら残らなかった。
「にしても高けェな」
「四十階建て、高さで言えば百五十メートルくらいあるからな。そして俺らが乗っているこのエレベーターは、最近商用化された最新鋭の高速エコエレベーターだ。難点は従来よりも壊れやすいことだが、基本的に壊れるなんてことはないだろう」
「アンザイ、よく知ってわね」
「ふっ。握手会会場の事前調査など、基本中の基本だ。蛇足だが、このエレベーターは無駄を省くために一階と三十三階しか止まらない」
「なんで三十三階なんだ?」
ユウキがエレベーターの壁にもたれ掛かりながら尋ねた。アンザイは待ってました、と言わんばかりに答えた。どうやら自分の持っている情報をなるべく多く垂れ流したいらしい。
「このエコエレベーターを運ぶためのコードが四十階まで足りないらしい」
「じゃぁあと七階どうするんだよ?」
「そこで一旦、他のエレベーターに乗り換えだ」
「うへぇ」
ユウキはエレベーターから見える、ガラス越しの風景を眺めた。エレベーターが四人を上へと運ぶにつれて、風景の中の物体は徐々に小さくなっていく。
四人はエレベーターを、一度乗り換えるため、屋上から七階下の階で下りた。
「何か人っ気なくね?」
ユウキ達が下りると、その目に飛び込んでくるのは豪華絢爛なここはパーティー会場ですか? とその辺のタキシードに聞きたくなるようなフロア。などではなく、パッと見ただ広い円形の空間。
そこに人は一人もおらず、あるのはユウキ達の近くの側面に設置された十七個のエレベーターと、外が見えるような多数の窓のみ。
ただ、エレベーターの幾つかには『故障中』と書かれた紙が扉にセロテープで貼り付けられていた。
「人気もなにも、今日は休日だから、このビルに社員は一人もいない。そもそも、ビルの上の方は仕事場としては使っていないらしい」
「じゃぁ何に使ってんだよ?」
「こういうイベントとかのためじゃないのか?」
たわいのない話をしながら、四人は『屋上行き』と横にプレートが立っているエレベーターに乗った。
そして、再び眼下に広がる町の風光を見ながら屋上へ向かう。
「いやいやしかし、早く会いたいものだな。カナさんに」
「それ言ッたの何回目だよ?」
レンジは、アンザイが濫用している台詞をくい止めるように言った。
「ってかアンザイ。そのマジカルなんとかと、カナさんって何か直接関係あったりすんのか?」
ユウキが、いつも通り白衣のポケットに手を突っ込んでいるアンザイに尋ねた。アンザイは、さっきまで何を聞いていたんだ、と言って勉強のできない子を見る親のような目をして。
「大ありだ。『マジカルゲッチュー』の主人公・清涼院アスカの友人であり、魔法使いとしてのライバルであり、同居人であり、密かにアスカが思いを寄せている、山田中島ケンシロウの第二人格の山田中島ヶ原ケンシロジロウ役を、カナさんは務めている」
「え? あ、はぁ!? な、何て!?」
「ちなみに山田中島ヶ原ケンシロジロウの塩基配列から山田中島ケンシロウの第二人格としての人格プログラムを作った人物・山田中島ヶ原之上ケンタウロスノジロウの上司である山田中島ヶ原之上ヶ崎フリューゲル・マルクス・アパルハントスヴァルキリア(通称・アパさん)役の田中島さんの弟の妻の妹はの下の名前は、主人公・清涼院と同じ、アスカだそうだ」
「・・・は!? はぁ!? はぁっ!?」
アンザイはどこで息継ぎしたのか分からないほど素早く、そして得意げに説明した。完全に混乱したユウキは、途中からアンザイに文句を言うように疑問符を投げかける。
そしてそうこうしている内に、エレベーターは屋上に着いていた。
「あっ、こんにちわー」
エレベーターの扉が開き、4人の目の前にいたのは、カナさんであった。どうやらちょうどこのエレベーターの前を通りかかったようで、アンザイにとってそれは、カラオケでまさかのご本人登場ばりに驚愕で、幸運な偶然であった。
カナさんは、女優業でもやっていけると思わせる程の美貌。彼女の肌はまるでとれたての桃のように、シワ一つなく張っていて、薄いピンク色だった。
ツバメよりも少し高いくらいの身長で、Tシャツにジーパンという、何ともシュールな姿だった。
そしてカナさんの斜め後ろにはマネージャーと思われる、黒のスーツに身を包んだ凛々しい中年男性がいた。髪型はオールバックで決めている。
「ここここに、こにん、こ、こんちに、ここ、こんにち、わ!」
『マジカルゲッチュー』のややこしい人名をあれほどスラスラ言えていたアンザイが、突然の幸福からか簡単な五文字を言うのに10秒はかかっていた。
「ふふっ。こんにちわ」
カナさんは、顔面に埋め込まれた二つの黒真珠を薄く延ばし、風で靡く長い黒髪を押さえながら笑った。
彼女の声は妙に甲高く、もっとも声優らしいとユウキ達に思わせた。
「えっと、高校生のアルバイトの方々、ですか?」
「はい! そうです!」
「アンタは高校生じゃない」
カナさんは、四人の胸元にある関係者用のプレートと、制服の彼らを見てそう言った。
そしてカナさんは小さく微笑み、アンザイに対しておもしろいお方、と呟いた。
「では、また」
「はい!」
カナさんとそのマネージャーは、四人の前を通り過ぎた。それとほぼ同時に四人はエレベーターから出て、屋上の開けた空間へと足を置く。
「アンザイ、キャラ変わりすぎだろ」
「ふん」
「もう戻りやがった!」
アンザイは何もなかったかのように、いつものクールな化学教師に戻った。
彼のサングラスが、雲一つない空から注ぐ太陽光を反射する。会場とされるこのフロアはサッカーコート一面分くらいの広さで、万が一落下事故が起きないよう、高い柵が屋上の周りを囲んでいた。その柵は、屋上に吹き荒れる風を防ぐ役目も果たしている。
ユウキとツバメとレンジは辺りを見渡し、あれはステージか? マイクあるしな。ここは握手会じゃないの? と三人の間で様々な言葉が飛び交うが、アンザイは無言でカナさんの背中を目で追っていた。
すると、アンザイの耳にカナさんとそのマネージャーの声が入ってきた。
「あれ? リップクリームが無い」
「楽屋に忘れてきたんじゃないか?」
「ああ、きっとそうだわ」
まだ四人の近くにいたカナさんが、困ったような顔で手提げカバンの中を覗いていた。
「お忘れ物でしょうか?」
「え、えと、あなたは、さっきの」
ユウキ達のそばにいたアンザイは、三人の前から忽然と姿を消し、カナさんに話しかけていた。
アンザイの目元が漫画のようにキラリと光る。
アンザイは、カナさんを目で追っていたから分かる。彼女は今困っていると。彼女は楽屋にマニキュアを忘れて取りに行かねばならないのだと。高々マニキュア一つのために、一階にある楽屋へ戻らなければならないのだと。
「さきほどもお会いしましたが、私は顧問のアンザイと申します。わたしがカナさんにその忘れ物、つまりはマニキュアをお届けしましょう」
「え、いや、でも」
「それくらいは私が行きます」
カナさんのマネージャーがアンザイとカナさんの間に割り込み、アンザイの提案を拒否した。
「まーまー、そちらは何かと忙しいでしょう? この程度の仕事くらいは暇な私めにお任せくださいませ」
マネージャーはアンザイを注意深く睨み、お引き取りください、と目で訴えかけた。しかしそれにめげず、アンザイはさらに詰め寄ってきて、しまいには懇願し始めた。
「頼みます。その仕事、私にやらせてください」
「なんでそこまでするんですか」
「カナさんの役に立ちたいからですよ!」
アンザイはストレートに、且つ大胆に叫ぶ。
マネージャーはその心意気に負け、アンザイにマニキュアを取りに行かせることにした。
出会い頭にマネージャーは、アンザイがこの高校生達の顧問の教員だということ、そしてこの握手会の関係者だということも、加えて理解していた。だからマネージャーは、一人前の社会人が妙な真似をすることはないだろうと思慮し、アンザイに余分な仕事をまかせたのだ。
「・・・わかりました。じゃぁお願いします。でも、変なことはしないで下さい。これ、楽屋の鍵です」
「了解しました」
アンザイは敬礼のポーズを取った。そしてマネージャーから鍵を受け取り、エレベーターの隣にある階段の方へ向かった。
「そこまですんなよ・・・」
「ッてかアンザイ、なんで階段?」
サクランビルは四十階建て。屋上であるここから一階まで行くのに、どう考えてもエレベーターの方が早いし、何より疲れない。
アンザイの無謀な奇行を、カナさん達含め五人が疑問に思い、レンジがそれを声にして尋ねた。
「愚か者。俺をナメるなよ」
レンジは愚か者に決定。アンザイはニヤリと笑い、レンジを見下した。
「俺は、階段の手すり滑りの日本記録を持っているんだ。俺の手すり滑りに勝てる奴はいない。例え、相手が最新式のエレベーターでもな」
「手すり滑りってお前・・・」
「バッカじゃない」
「勝てる訳ねーだろ」
ギャグなのか、ガチなのか。ツバメが呆れ返っているのをアンザイは無視し、レンジに指を指しながら豪語した。
そして、階段へと続く鉄の扉を開き、手すりに飛び乗り、その体を一気に滑らせる。
「以外に早い・・・!!」
その速度は決してそこらの中学生や高校生では出せないだろう。アンザイは風を切り、一つの手すりを滑り終わり一旦着地。滑っていた時のスピードそのままに、右手を軸にして方向転換した。そして、次の手すりに飛び乗り、猛スピードで滑り降りる。
「もうほっとこうぜアイツ・・・」
「そーだな」
五人は、どうせ彼はすぐにエレベーターを使うだろうと思う。
声にも出さず、目も合わせていない。しかし、五人の思考はピタリと一致していたのだった。
これからは、小説の質が落ちないようにガンガン更新していくつもりです。