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6/15 ラッシュ妄動



「おいどーしたァ? 地球最後の日みたいな顔してェ」


「はは・・・」


 水曜日。多くの学生は学校へ、ほとんどの大人は会社へと出向く。ユウキもその例外なわけがなく、いつものように登校し、男女それぞれ同じブレザーの制服を着た者達が行き交う中、げた箱を開けた時点でレンジに会った。


「明日また休日なんだからさァ、今日は休みにすればいいのにな。一日挟んで学校なんてダルすぎィ」


「・・・そーだな」


 レンジは異常なまでにイケメンだ。虎のように鋭い瞳はパッチリ二重で、鼻は外人のように高く尖っている。体格は今時でいうところの細マッチョ。


「レンジ髪切った、よな?」


「ああ。どー? 似合ッてる?」


 ユウキの方から向かって左側だけ長く、右側は耳の上辺りを刈り上げている。今時の、アンバランスなお洒落カットだ。


「ライン入れたかッたんだけどなァ。あと色も」


 なぜこうも美形なのか。ユウキは、もし自分があんな美顔に恵まれていたら、と常に思う。きっと他の男子達も同じ気持ちであろう。決してユウキはブサイクではない。かといって人目を引くような容貌も持ち合わせていない。


「ん? どーしたユウキ。ジロジロ見んなよォ」


 レンジに対する憧れや羨み、尊敬の念は増す一方だった。ここ最近では憎しみに近い感情さえも芽生えてきた。


「そんな見るなッてのォ。お前は女子かよ」


「くっ!」


 さりげないモテモテ発言に、憎たらしさを抑えきれなかったユウキは、とうとうそのイケメンに手を出した。顔の形が崩れますようにと願いを込めながら、レンジの両頬を引っ張る。


「にゃ、にゃにひゅんだよォ〜」


「くっ! くっ!!」


 まだイケメンの面影が残っている。これはもっと手に力を入れた方が良さそうだ。


「にゃ、にゃめろ〜!」


「ん? ユウキ? 何してんの」


 横から不思議そうに二人を見つめているのは、今さっき登校したであろうツバメ。

 ユウキはおもわずレンジから手を離してしまった。


「よ、よぉツバメ」


「聞いてくれよツバメ! ユウキッたらひどいんだぜ!?」


 レンジはユウキの元から離れ、ツバメの小さく細い体に縋った。しかしツバメはレンジの頭を手のひらで押し退け、迷惑そうに眉間のシワをよせる。


「うざい! 離れろ!」


「そ、そんなァ」


「・・・・・・」


「・・・ってか、なんか今日のユウキ様子変ね。いつものレンジとドングリの背比べなテンションはどこにいったのやら」


「そ、そうか?」


「確かに今日のユウキおかしいィ。もッとテンション上げてもらわないと俺つまんねーぞ」


 ユウキはいつも通りに過ごしていたはずだった。しかし客観的に見たら通常の自分ではなかったらしい。

 ユウキはうっすら笑みを浮かべてその場をはぐらかそうとする。


「あっ、ナナ!」


「やや、ツバメ! おはよー!」


 微妙な空気が立ちこめる中、タイミング良くナナが登校し、ナナはツバメに一切陰りのない笑顔を振りまいた。昨日の今日で倒れた人には決して見えない。厳密に言えば、倒した、ということになるだろうが。


「ナナ大丈夫なの?」


「ん? ああ昨日のね。大丈夫だって!」


「昨日?」


 レンジがボヤッとした半目で、ツバメとナナの会話に割り込んだ。その疑問は数秒間宙をまい、ツバメがそれをキャッチした。


「昨日ね・・・」


「ふんふん」


 ツバメは包み隠さず昨日のことをレンジに話した。昨晩ユウキが聞いた『映画後のこと』はいくらか割愛はされているものの、主な流れからははずれていなかった。

 そしてツバメの説明中、ナナがなんとも微妙な、固定されていない表情でユウキに話しかけた。


「昨日さ、何か作戦あったよね? 二人きりになるとか何とか」


「えっ、だから言ったじゃん。俺にガチで急用ができたって」


「あれ? そうだっけ?」


「何だよボケてんのか?」


 ナナは、倒れてからの記憶が曖昧になっているらしかった。つまりそれは、こちらからしたら改竄し放題ということだ。

 また、ユウキが知ったのは今よりももっと後のことだが、実は昨日のうちにナナは医者に診てもらっていたらしい。診断結果は思ったよりも呆気なく、熱中症による立ちくらみだろうということだ。昨日は乾燥してて太陽光がいつもより厳しかったから、納得はいくと思う。


「確かに作戦実行できなかったのは悪かったよ。今度ジュースでも奢るからさ、それで勘弁!」


「え、あ、うん・・・」


 ナナは自分の記憶に正確性も確実性もなく、それを調べる手段もなかったため、それをそれとして、渋々ながらも受け止めた。


(とりあえず、一件落着・・・)


「えー!! いいないいなァ、お前等一緒に遊んだのかよ〜。俺も誘ッてくれればいいのにィ! つーかナナちゃんダイジョブ!?」


「あ、うん。平気平気」


 レンジがユウキに向かって、口を尖らせてユウキに刺すがごとく接近してきた。レンジはユウキから向かって左の方の髪を若干食っていて、眉毛を「ル」の字にしている。


「また今度、遊ぼうな」


「絶対な! 絶対だかんな! ッてか明日! 部活の後どッか行こ!」


「はいはい・・・」


 レンジはまるで、子供がお母さんにお菓子をとっておいてもらうかのような顔で、ユウキに縋るが、ユウキはツバメがやったように手のひらでレンジの頬を押し退けた。


「そろそろホームルーム始まるから教室いこうよ」


 ツバメがナナの制服の袖もとを摘み、引っ張りながら提案した。どうやら、げた箱前で長らくたむろってしまっていたようだ。


「何見てんのよ」


「え? あ、いや今日もチビだなぁと思って」


「だからチビ言うんじゃねぇ!」


 ツバメはユウキの足に向かって急転直下で自らの足をギロチンよろしく振り落とした。

 また、ナナとレンジが影でニヤニヤと、頬を丸形に赤く染めてにやついていたことをユウキは知っている。



*** *** ***



「よし、全員集まったな」


 ユウキ、ツバメ、レンジの三人、つまり陸上部の全部員は放課後のこの時間、視聴覚室にいた。

 部屋の中央には、長机を四つ連結させて作られた「口」の字があった。

 ホワイトボードを背にして座っているのがこの陸上部の顧問、アンザイ。


「ったく、ミーティングとかメンドー」


 レンジが体を沿って、パイプ椅子にもたれ掛かりながらそう言った。切ったばかりの髪をクシャクシャといじっている。


「俺だって今日は早く帰りたいんだ。でないと『萌え萌え☆マジカルゲッチュー』が始まってしまう」


 アンザイはサングラスを掛け直した。基本的にアンザイは端が尖ったスポーツサングラスを常に装着し、素顔を見た者は実はいないんじゃないかとまで言われている。

 前髪にはストレートパーマをかけ、前髪以外の部分は逆立てている。ゴツゴツとしているが、モデル体型でもある。

 端から見ればモテそうだが、アンザイの趣味は深夜アニメ。それも『萌え』系の。

 最近BSを使い始めたらしく、見逃した、もしくは見たことのない萌えアニメを日夜探索しているそうだ。


「アンザイ、マジその趣味止めた方がいいぜェ? クラスの女子、あの趣味さえ無ければッて、いつも言ッてッし」


「バカかお前。『萌え』は俺の人生において必要不可欠要素だ。一日に2時間は供給しないと死んでしまう」


「死ぬのか・・・」


 アンザイは大切なものを傷つけられたような気になり、かなり真面目な顔で言った。そして自分の指と指を交互に絡ませ、前のめりになってそれを口の辺りにもってくる。


「そもそも、ズレているのは俺ではない。お前等含め世間がズレてるんだ。自立心だの個性だのと叫ばれている昨今、なぜ好きなものを好きといって糾弾される。なぜ軽蔑と侮蔑の意を持って接され、オタクなどという固有名詞で一括りにされる」


「地雷踏んだなレンジ」


 やってしまった、と今にも言いそうな顔のレンジを横目に、ユウキはレンジに呟いた。アンザイは構わず評論にも似た言葉を紡いでいく。


「これは明らかな矛盾だろう。確かに『萌え』に嫌悪を持つのも自由だろうが、それにしたって『萌えが好きな者』までその嫌悪の範囲を広げる必要はないはずだ。なぜ自己の経験や理解範囲だけをもってして、他者を縮小して判断する。これはむしろオタク文化に限ったことじゃない。イエスノーに二分される事象はほとんどといって言い程、あてはまる。まぁつまり・・・」


「長い。早く用件言いなさいよ」


 ツバメがアンザイの言葉をバッサリと断ち切った。その太刀筋はまことしなやかで、アンザイは口を少し開けて固まってしまった。


「教師に向かってなんだその口の聞き方は」


「うるさい。なんであんたは毎回この手の話になるとそうなるなの」


「お前今教師にあんたって言った?」


 そしてアンザイが、まぁツバメだから許すが、と続けたことをユウキとレンジは聞き逃さなかった。

 要するにアンザイの好みはロリ。それを承知の上でレンジはアンザイに向けて軽蔑の視線を送った。ユウキはユウキで、俺もロリコンなのだろうか、と一瞬不安になったため、レンジと同じような行動にはでれなかった。


「さて本題だが、今回集まってもらったのは他でもない。一つ、お前等に頼みごとがある」


「頼みごと?」


 三人はキョトンとした顔で、アンザイを見た。アンザイのサングラスが蛍光灯の光で黒光りし、三人の姿を反射。サングラスの表面はまるで黒い鏡であった。

 アンザイはサングラスの真ん中にあるレンズのつなぎ目を軽くつつき、サングラスを掛け直した。


「ああ。受付のアルバイトなんだが・・・」


「受付? バイト?」


 レンジが、ユウキとツバメの心情を代弁するかのように、アンザイに疑問を投げかけた。

 基本的にこの学校ではバイト禁止だが、校長の許可をもらえばバイトをすることが出来る。


「明日行われる、とある声優さんの握手会の受付だ。実をいうと、俺はその声優さん、つまりカナさんの大ファンなんだ」


「・・・だから?」


 どうでもよい情報をきっかけにユウキがしびれを切らし、少し睨むようにアンザイを見て発言した。


「カナさんの握手会が明日、桜町にあるサクランビルで行われるという情報を俺は入手した。するとだ、生徒会にその受付役の依頼が来ているとういうではないか」


「・・・つまりィ?」


 アンザイ、声優、ファン等々のキーワード達から、大体は察しはついていた。それでも一応会話として成立させるため、レンジは言葉を続けた。


「俺はどうしてもその握手会に行きたくてな。生徒会からその仕事を無理矢理奪ってきた」


「そこまですんなよ!」


「呆れた・・・」


 レンジがツッコミを釘の如く打ち込み、ツバメがそれに呆れという名の蓋をした。

 その後も話を聞くと、どうやらカナさんの握手会は百人限定らしく、アンザイもその握手会に応募したが見事にはずれてしまったらしい。

 また、そのバイトは4人までだそうで、陸上部員と顧問のアンザイでちょうどその人数を満たす。


「俺はカナさんに会える。お前等はバイト代が貰える。双方、利益はあるだろう?」


「まぁ・・・確かに」


「うちは嫌。なんでそんなのに出なくちゃいけないのよ」


 ユウキが賛成しかけた直後、ツバメが自己主張の乏しい胸の前で腕を組み、口をすぼめて言った。


「これは部活動の一環、つまり強制参加だ。例外は許さない」


 アンザイはカナさんとやらに、部員が来なくて統率力のない顧問だと思われたくないのか、アンザイは常に例外的であったツバメも今回に限り特別扱いしなかった。


「何よそれ」


「まぁもうすでに名簿に登録してしまったんだがな」


「卑怯だァ!」


 レンジは少し残念そうな、かつ疲れたような顔で叫んだ。

 ツバメは、はぁと溜息を短くつき、パイプ椅子の背もたれに寄りかかった。

 ユウキは生まれて初めてのアルバイトに好奇心や興味にも似た冒険心を燃やす。

 アンザイは、ふっ、ははっ、と不気味にほくそ笑み始めた。

 

「明日はユウキ達と遊びに行こうと思ッてたのにィ」


「メンドくさ・・・」


「バイト・・・かぁ」


「ふふっ。くくくっ。ふっ。はははっ」



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