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4/15 空中キャッスル

お気に入り登録をしてくれた方へ。本当にありがとうございます。

これを励みに、日々精進していこうと思います。まだまだ未熟で至らない部分はありますが、これからも恋チキをよろしくお願いします。


「僕は、君を愛してる! キャサリン!」


「ダメよダニエル! 私には、もう父が決めたフィアンセがいるの!」


「それでも、それでも構わない! もうほんとに! ほんと構わない!」


 大スクリーンに大音量、フワフワのシートやポップコーン。

 どれも映画館ならではだが、ユウキは少々の違和感を覚えていた。それは見ている映画が純愛ラブストーリーだからにほかならない。

 ユウキが今まで見てきたものといえば、ど迫力のアクションムービーといった、大スクリーンをフル活用したような作品ばかり。

 これを前のめり気味に、まじまじと見ているツバメの気が知れない。


(眠ぃ・・・。そろそろかな・・・)


 ユウキはおもむろに立ち上がる。そしてナナに向けてお前もこっち来い、と軽く指を引くジェスチャーをした。

 ユウキの隣にいたナナはそれに気づき、少しの時間差で立ち上がった。


「ちょっとあたしもトイレ」


「うん・・・」


 今のツバメには、左横の二人がほぼ同時にお手洗いに行くことに疑問を呈しはしなかった。そのくらい映画を食い入るように見ている。

 ユウキは音響世界を抜けだし、閑散としたロビーに出た。世間的に言えば今日は平日だから、館内の殺風景は何ら不思議なことではない。

 程なくしてナナが現れ、低級悪魔のような、凶暴性を備えつつもかわいらしさも兼ねている表情でユウキに近づいた。


「ちょっと!」


「やっぱ、そういうリアクションになるよな」


 二人はトイレ付近にいたが、勿論トイレに来るために映画の席をはずしたわけではない。

 ユウキはナナに変更した作戦を説明するため。ナナはユウキに変更された作戦の意図を尋問するため。


「どーゆうこと? なんで計画通りにしなかったの?」


「え〜っとぉ・・・」


 ナナは問いつめた。これでしょうもないことを言ったら一発パンチを食らわせるつもりだった。何せ、ナナは本来彼氏と見るためのチケット二枚を無駄に使ってしまう形になるからだ。


「いいか? これはな・・・」


 ユウキは口に手を添え、ナナだけに聞こえるように耳元でしゃべろうとした。ナナはそれを真剣に聞こうと、耳に神経を集中する。

 しかしそのとき、ナナは気づかなかった。

 ユウキの口の方にある手とは逆の手が、ナナの後方で振りかざされていたことに。

 その手の甲は青白く輝いていた。


「うっ・・・!」


 ユウキは掲げた左手を振り降ろし、ナナの後頭部と手のひらを接触させる。その刹那、『ユウキが』骨抜きにされたように倒れた。


(憑依・・・成功!!)


 今ユウキの意識は完全にナナの内部へと入り込んだ。今のナナはユウキだった。

 胸の辺りがきつく、下半身の異物感は皆無。仄かに香水の香りがするのはいいが、髪の毛がうっとおしく感じるし、声帯の高さには到底慣れる気がしない。


「やっぱ変な感じすんなぁ」


 ナナの体をしたユウキは、自分、つまりユウキ本体の脇を持ち、引きづりながらボヤいた。なにしろ、自分がそこにいるのだから。

 ナナは周りを警戒しながらユウキの体を男子トイレの個室へ置き、鍵をしめる。そしてナナは個室の壁をよじ登ってその外部へ出た。


「よし・・・いないな・・・」


 ナナは辺りを注意深く見て人がいないことを確認すると、急いで男子トイレを飛び出し、館内のロビーへと出た。


「急がないとな・・・」


 ナナの体を借りたユウキは急いでツバメの隣へと急いだ。



*** *** ***



「あれ、ナナ・・・?」


「え?」


「そこユウキの座席だよ?」


 ナナはツバメと一つシートを挟んだ二個となりの座席に座ってしまっていた。あそっか、とわざとらしく答え、ナナはツバメの隣に腰を下ろした。


「なんか、ユ、梅野ばいの君、帰るって」


「・・・あそう」


 あまりに淡泊な反応に、ユウキは心臓に釘を打ち込まれたように胸が痛んだ。帰った理由も用意していたが、ツバメはそれを聞こうとする素振りも見せない。


(こんなもんか・・・)


 ユウキの目的。

 二人きりよりも、少しいい雰囲気になることよりも、ユウキにとって大切なこと。

 それはツバメの、ユウキに対する気持ちを知ることだった。

 ナナから何度かそれを聞いたことはあるが、どれも曖昧で、普通だとか、ただの幼なじみだとかであった。


(でも、今度こそ・・・!)


 ユウキはナナの体に憑依して、直の本心をツバメから聞き出すつもりだったのだ。

 もしかしたらナナはユウキに嘘の情報を教えているのかもしれない。そうだとしたら、それはユウキに恋を諦めさせないための配慮になるだろうが、ユウキにとってそれは少し迷惑だ。


(本当のことを、聞き出すんだ・・・!)


 ツバメが自分のことを嫌いと思っているならば、それでユウキの恋は終了。さっぱり諦めるつもりだった。つまり、ユウキの恋心は今日限りで潰えることになるかもしれないということ。

 それでも、本当にツバメはナナの言った通り、ユウキに何も感じていないのか、ユウキは確かめたかった。

 

(そのためには、まず睡眠をとらないと話にならねー)


 ユウキの憑依持続時間は10分。つまり、映画が終わるころには憑依が解けてしまう。だから、ここで睡眠を取る必要があった。

 対象に憑依した状態で眠ると、その時間帯は憑依における継続時間にカウントされないどころか、睡眠時間1時間につき15分ほど継続時間を伸ばす効果がある。


(これで眠れば、起きたときの持続時間は・・・)


 25分。ツバメの気持ちを聞き出すのには十分な時間。

 今見ている映画は、ユウキにとっては退屈なそれでしかない。そのため、ナナの体のユウキはすぐに眠りにつくことができた。



*** *** ***



「え〜? 見てなかったの?」


「ごめんごめん。ちょっと寝ちゃってさ〜」


 2人は映画館を離れ、車が行き交う街路の脇にある、歩行者用通路を歩いていた。

 ユウキは自分の体の安否を心配しつつ、ツバメを願わず見下ろし加減に見つめた。

 2人きりで歩くのはひどく懐かしく、小学生以来のような気がする。ただ今のユウキの体はナナだからそれが成立するかは今一分からない。


「でも残念だったねぇ梅野君。途中でドロンするとかさ」


「うちはアイツが途中で消えても一向にかまわないし」


「ははっ。そう、なんだ・・・」


「どんな理由であれ、うちが関知するところじゃないし。というか、そもそも知りたくないし。あいつがいなくなっても、まぁったく興味もないし!」


 ユウキは自分について話題をふってはみたものの、どうもさっきからずっと愚痴を聞かされている気がする。

 その内にツバメは言いたいことを全て吐き出し、スッキリとしたような面持ちで今までの辛口な口調とは違う、優しい口調で続けた。


「じゃぁこの後どーする? ナナ」


「え〜っと」


 ユウキは慣れない女言葉に四苦八苦しながら、なるべく足を大きく開かないように心がけていた。しかし肩にかかったバックが何度もずり落ち、その度ごとにバックを掛け直す。


(なんでこんな重いんだ・・・?)


 バックの中身を持ち主の了承なしに開け放つほど、ユウキは不作法な人間ではなかった。ただ、その重量から少なからず中身が気になっているのも事実。


「バッセン、とか?」


 バックのことばかり考えていて、ユウキは素の自分を出してしまい、しまったと思った。普通、帰宅部で彼氏持ちの女子が、時間が空いたからといってバッティングセンターに赴くだろうか。

 ついいつもの癖で出てしまった自分の言葉を自分で呪った。


「ぷっ。ふふっ」


「ん? ツバメ何笑ってん、るの?」


 口からいつもの男言葉が漏れてしまいそうになった。

 そんなユウキ基ナナをよそに、ツバメはニコニコと、ユウキが見たことのないような、猫の幸せそうな寝顔のような笑顔をしている。


「何か、ユウキみたい・・・。ふふっ・・・」


「ユウ、梅野君・・・?」


 突然、ツバメの口から自分の名前が出てきて心底驚いた。それは良いことなのか悪いことなのか、はっきりはしない。

 ただ今はツバメのフニャっと砕けた笑顔を見続けていたい、そう思った。そうやって思えた。


「うん。ユウキね、小さい頃、暇があったらバッティングセンター! って言って、うちがいつも付き合わせられたの」


「へ、へぇ・・・」


「そういえばその時貸したお金、まだ返してもらってないな」


 自分のいない場でツバメが自分のことを話していることが、ユウキには嬉しかった。それ以上に、小さい頃の自分を覚えていてくれたことが、ユウキの心をこの上なくハッピーにさせた。

 と同時に、これはチャンスだと思った。


「えーと、ツバメは梅野君と幼なじみなんでしょ?」


「そうだけど・・・」


「ツバメは梅野君のこと、ど、どう思ってるの?」


 ツバメの顔は先の天使の微笑みとはうって変わって、捕食者を警戒する小動物のような表情を浮かべ、ナナの衣を被ったユウキの目を見た。


「ナナまたその質問?」


「へ? また?」


 また、とはつまり一度は聞かれたことがあるということ。ただこれは一度きりではないようだ。何度もしつこく聞かれたようで、疲れと呆れ、それと少々のダルさがツバメの表情から見てとれた。


「何度も言うけど、ユウキとは何もないからね」


 これまでは一応予想通り。ナナが言っていたように、フツーというやつだろう。だが、決してここで引き下がるわけにはいかない。

 ナナの作戦に抗ってでも実行した作戦だ。

 もっと問いつめなければなるまい、とユウキは焦燥感にも似た感情を抱いた。


「え〜ほんとに?」


「ほんとだってば」


 ユウキは少しずつだが女語に慣れてきた。

 そして会話が自然にできるようになると、相手の細かい表情を読みとるだけの余裕ができてくる。今のツバメは、ユウキが見たことないような自然体で、とても優しい目をしていた。それはおそらくナナと二人でいると思っているからだろう、とユウキは思った。


「じゃぁ、梅野君を動物に例えるなら?」


「ど、動物・・・?」


 これは昨夜、布団の中で考えた質問。我ながら阿呆な質問であると思う。

 しかし、この質問は初めてだったのだろうか。ツバメは驚いたようにユウキ兼ナナの目を見た。そして考える間もなく。


「ふむ、チキンだね」


「ち、ちきん?」


 ユウキの頭に浮かぶのは、鶏冠のついた、三歩歩いたら忘れるといわれる鳥類。などではなく、弱虫、臆病者、腰抜け、ビビりの類。


「それは・・・また、どうして?」


 ユウキはある程度の中傷と罵倒には耐性ができていたが、精神修行を積んでいる身としては、その表現は酷くユウキの心を抉った。しかしユウキは必死にナナの女らしい顔を形成しつつ、チキンと認識されている由縁を尋ねた。


「たしか小五のころだったかな。下校中に野良犬を見つけた途端、うちのうしろに隠れて、ツバメ助けて〜って」


 あぁそういえば、とユウキは思った。

 あの頃はよくツバメと一緒に帰っていた。ツバメは、成績優秀・運動神経抜群の美少女というような位置にいて、小学校での評判が頗る良かった。

 だから、ユウキにとってはその下校が一種の自慢になっていたのだ。

 そんな気持ちもあってか、ツバメに依存していた部分もあったように思う。


「あと、中二の時に夏祭り誘われて行ったんだけど、そこでユウキがお化け屋敷は無理っていうの。結局入ることになったけど、その間ずっとうちの後ろにいてさ、暑苦しかったの覚えてる」


 夏祭りに行ったのは、ユウキとツバメを含め男女3人ずつだった。その中には超絶イケメンのレンジもいて、そのレンジがお化け屋敷に行こうと提案したのだ。それも男女二人のペアで。

 ツバメ以外の女子二人はレンジ目当てらしかったので、レンジと執拗に入りたがっていた。

 そこでツバメがユウキと一緒に入ろうとしたのだが、ユウキはそこで石のように動かなかった。やっとのことで入場しても、終始目を瞑ったまま小さなツバメの背中に身を潜めていた。


(確かに・・・あれはない、よな・・・)


「まったく、意地を張ってでも女の子の前に立ちなさいよね〜」


「ゴメンナサイ・・・」


「? なんでナナが謝るの?」


「えっ? いや、何でもない! 何でも!」


「変なの」


 ツバメの独り言がまるでユウキ本人に話しかけているようで、一瞬脳が停止し、自分の体がナナであることを忘れていた。


「あと、入試の結果とか怖くて、見るのに三時間かかったとか」


 中学のころ、あの時は必死だったのをユウキはよく覚えている。自分より遙かにレベルの高い高校を狙っていたからだ。理由は至極単純。

 ただ、ツバメと離れたくない、それだけ。

 ユウキにとってはそれで十分だった。

 端から見れば本当に馬鹿げているように見えるかもしれない。しかし恋は盲目というもの。ユウキは無謀と言われようが、他の高校を薦められようが、模試の結果がD判定だろうが、かまわず突っ走った。

 入試の結果を見るときに感じた異常なまでの緊張は、今でも鮮明に頭の中に蘇る。

 何せ、ここで思いをよせる人と高校生活を過ごせるどうか決まるのだから。

 しかしそんな純情も、ツバメにとっては馬鹿な奴、チキンめ、などといって一蹴してしまうのか。ユウキにはそれがたまらなく悔しかった。


「あれじゃ絶対女の子に告白とか無理だよね。チキンだから」


「うん・・・そうだね」


 言われなくても分かっている。

 どんなに精神修行を積んでも、弱虫な自分が消えていないことにも薄々気づいている。いざというときに限って足が震える。肩が竦む。肝が冷える。

 ツバメに告白をしようと考えて何度失敗したか分からない。

 一度はゴミ箱を失敗作のラブレターで一杯にしたときもあった。

 時が経てば経つほど、伝えづらくなってしまっていたのだ。


「ツバメ、じゃぁ一ついい?」


「ん? 何? 急に畏まっちゃって」


 そろそろ憑依が切れてしまう。ユウキは最後に、核心に迫る質問をツバメに投げかけた。


「もし、梅野君が告白してきたら、ツバメはどうする・・・?」


 ツバメの目が大きく開き、それと同時に微かにだが頬を赤くした。ナナはかつてにこの質問はしてなかったのか。

 ツバメは高校でもモテていて、何気に結構な数の告白を受けている。

 結果はそれぞれ。

 バッサリ振る場合もあれば、悩んだ挙げ句に承諾する場合もあった。しかし付き合うことにしても、すぐに別れていたが。最も長続きで一ヶ月。


(俺の・・・場合は・・・?)


 幼なじみというスキルだけで太刀打ちできる相手でないことはわかっていた。

 それでも、確かめたい。ツバメの気持ちを。

 それでも、信じたい。自分に残された可能性を。


「ん〜。そうね、うちだったら・・・」


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