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3/15 大根アクター



 火曜日。本日は開校記念日。ユウキ達の通う高校の生徒達がここぞとばかりに遊びへ出かける。

 しかし、一応は進学校であるため、今日という日を勉学にあてる者も多いはず。


「じゃぁいってきまーす」


「いってらっしゃーい」


 ユウキは金色のメッキが若干はがれた縦長のドアノブを握り、少し重たいドアを開けた。

 空は雲一つない快晴。風はやさしく吹き、ポカポカと太陽は大地を暖めている。天気予報によると日中は十五度を越えるらしく、ここ最近では珍しいことだ。


「あんなお洒落して・・・。どこ行くのかしら」


「デートなんじゃね」


「あらあら」


 少し季節が早い気はするがユウキの弟はアイスバーをくわえ、笑いながら言った。

 半分冗談だが、半分は本気だった。今まで見たことのないような服を着たユウキは、弟に少なからず何かを感じ取られていたようだ。


「昨夜のあれもそういうことかしら・・・」


 ユウキの母は手のひらを頬に当てて一人呟いた。



*** *** ***



 ユウキは約束の曲がり角に着いた。あとは歩いてくる二人を待ち伏せるだけだ。

 ユウキは、わざと緩めてあったネクタイに手をかけ、皮のジャケットを煽って体周りの空気を循環させる。ワックスで固められた前髪を指先でいじり、ジーパンの位置を少し下げた。


(上手くいくだろうか・・・)


 ユウキは一抹の不安を覚えながら、左手の甲をさすった。

 太陽は徐徐にその高度を上げ、日陰が減ってきた。そろそろと思い始めると、二人の凸凹コンビが歩いてくるのが見えた。


(来たよおい・・・!)


 こちらに歩いてくるその二人は、間違いなくツバメとナナだった。

 ナナは、胸元にボタンのあるオレンジ色のシャツにカジュアルな白のジャケットを重ね、ストレートタイプのパンツを着用。ブーツを履いている。肩にかけた小さな鞄は全面ピンク色で、銀色のハイビスカスがあしらってある。


(流石彼氏持ち・・・お洒落だ・・・)


 対してツバメはセーターのようにだぼついた長袖のパーカー一枚。藍色の袖は長すぎてツバメの手が完璧に隠れてしまっているが、ゆるゆるのおかげで体の起状は隠せている。

 下はベージュのショートパンツに黒のハイソックス。ハイソックスには銀色の星の点描が幾つもあった。そして、底が妙に厚い靴を履いている。首もとにはネックレスがあり、太陽光を反射して輝いていた。

 髪は二つに結わえ、休日のツバメの基本スタイルだ。


(うわぁ、ちっせー。ってか服のサイズ合ってない気が・・・)


 でもかわいい、と付け足しユウキは二人を覗く頭を引っ込めた。

 そして深呼吸。

 今日で何かが変わるはずだ、結果が出なくても行動にしたことに意義がある。そう自分に言い聞かせながら。


「やっぱあれはシチュー彗星だよー」


「違うよナナ。あれはカレー彗星・・・。あれ? 違うな」


「よ、よぉ! き、き、キグウダナ!」


 ユウキはがちがちに固まった腕を少し挙げ、ひきつった笑顔で二人の会話に割り込んだ。

 ツバメは、いきなりの幼なじみの登場に少し驚いた模様。

 ナナはナナで、ユウキの演技の下手さに軽い驚愕の表情を浮かべた。


「やや! 梅野ばいの君じゃないの!」


「あれユウキ、こんなとこで何やってんの」


 ナナは用意してあった台詞を叫んだが、ツバメは偶然友人に会ったときの、もっともらしいことを言った。


「お、俺は、ちょ、ちょっとっやや、やぼうよ、やぼよ用がな? あ、あつる」


「ユウキ頭大丈夫? 何言ってるのかサッパリなんだけど」


 普段からこんなではない。

 ツバメに好意を抱いてるとはいえ、自分でも恥ずかしくなるほどまでに呂律が回らないわけではないのだ。ある程度緊張はあっても、視線があちらこちらに泳いでしまうことは今まではなかった。

 ただ、今回は特別だから。裏の裏をかかねばならないから。


「で、でもほんと奇遇だね! こんなところでバッタリ会うなんてさ!」


「そそそそ、そうだな! キグウダナ!」


「ユウキ、暑さで頭イかれちゃったんじゃない?」


 ツバメの毒舌には慣れているつもりであったが、今日のユウキはツバメの抉るような発言が冗談に聞こえなかった。勿論ツバメは冗談のつもりで言ったのだろうが。

 ユウキは自分の気持ち悪くひきつった笑顔の醜さを認めざるをえなかった。

 ツバメは片方の目を半開きにし、他方の目を大きく見開いて、ユウキの顔を覗いている。


「あたし達はさー、これから映画に行くんだけどさー」


 ナナがユウキを見て、事前に打ち合わせてあった台詞を述べた。

 この後は、ユウキが自分は暇であることを二人に伝え、ナナに急用が発生し、ユウキとツバメの二人きりで映画、という手筈だった。


「これなんだけどー」


 ナナが映画の前売り券をユウキに向けて提示した。そのチケットには『運命のラプソディー』というタイトルが入っている。

 そして、この後のユウキの台詞は『いいなー俺暇なんだよねー』である。

 その予定なのだ。

 しかしそれは予定であって、それ以上も以下もない。


「ま、まじで? 実はさぁ・・・」


 ユウキは作りものの笑顔を全力で振りかざし、予定とは少し違う台詞を口にした。

 そしてそこから、ユウキだけの『ふたりきり大作戦』は幕を開ける。


「お、おお俺も、あ、あるんだよねそれ」


 ロボットのようにカクカクとした動きで、ユウキがポケットから取り出したのはナナが提示してみせたチケットとまったく同種の前売り券。つまり、この場には今『運命のラプソディー』が三枚あることになる。


「え・・・?」


 ナナは小さい声で呟いた。

 不測な事態は想定していたつもりだったが、まさか作戦の実行者サイドからそれが起こるとはまったく思っていなかった。

 完全に予定外。予想外。


「なんだ、時間も一緒じゃん」


 ツバメがユウキのチケットを見て、上映時間を確認してそう言った。


「一人で見る気だったの?」


「え? あ、ああ。まぁ、そうだけど・・・」


「悲惨・・・!! 寂しすぎる・・・!!」


「うっせ」


 ツバメはわざと大きく仰け反ってリアクションをとった。

 実はというと、ユウキは昨晩このチケットを母から譲ってもらったのだ。

 ユウキの母は懸賞で不本意ながらもこのチケットが当たり、近所の人に譲ろうとしていたのをユウキは昨夜思い出した。

 そこからもとよりあった作戦とは違う作戦を立て、現在実行中。


「彼女とかいないの?」


「いねーよ! 悪かったな!」


 できればお前とふたりきりで。そう思ったが、今のユウキにはそれ以上に優先されるべきことがある。


「でも、一人で純愛映画? 考えれば考えるほどウケるわね・・・!!」


 しまいには笑いだしたツバメ。お腹を押さえて含み笑いしていた。

 ユウキはそれを見て心の底からこみ上げる負の感情を抑え、一つの提案をした。


「あ、そそうだ。その、お、お前らと、い、一緒に、見ても・・・いいか?」


「う〜ん、いいんじゃない? どーせ時間一緒だし。ね、ナナ!」


 ツバメは少し頬を桃色に染めて、終始笑顔でナナに聞いた。


「え? あ、ああ。そうだね!」


 ナナは我に返ったようだった。

 ユウキとツバメが会話していた間に、ナナはユウキの意図を考えていたのだが、答えは一向にして分からなかった。

 なぜわざわざ三人になるような行動に出たのか。

 ナナはそこに何かしらの策略があり、ユウキにとって有意義な利益があると考えた上で、自分のチケットを破ってでも強引にその場から消えるような行動には出れなかった。


「マジ? よ、よし! じゃぁ行こうぜ!」


 ユウキはこの状況に慣れたからか、一仕事終えたからか、口調が落ち着いてきた。とはいってもやはりツバメを前にすると、相変わらず心拍数は容赦なくそのペースを上げる。


「ナナ? どうかした?」


「ん? いや、どうもしないよ!」


「そう? それならいいけど」


 ユウキを先頭にして、三人は映画館へと歩を進めた。

 その途中にナナはユウキに作戦変更の意図を聞こうとしたが、ユウキは先陣を切って歩いているため、なかなかに質問をし倦ねていた。


(どーゆうこと・・・?)


 疑問は疑問のまま、気づけば三人は映画館に着いていた。


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