1/15 暗中サーチ
基本、地の文は作者視点ですが、たまにユウキ視点とかになります。その辺結構曖昧な感じで切り替わりますが、その方が書く方としては書きやすいので…。
「せ、成功だ・・・!」
「マジで!? やったじゃん!!」
「おめでとう、ユウキ」
とある一戸建ての家の庭で、叫ぶのは梅野家の長男、ユウキ。
彼の容姿は中の上で、体型は中肉中背。ツンツン頭の黒髪に、遺伝的に細い眉毛。これといって突出した特徴はないが、しいて言うならば片目だけ二重ということぐらい。
ユウキは今、自分の弟と母親とともに一つの喜びを共有していた。
「やっと、やっと! 人体憑依できたぁっ!」
「じゃぁさ! 兄貴の左手のやつ、三日月になんじゃね!?」
「おお! なんじゃねなんじゃね!」
『左手のやつ』とは、梅野一族に伝わる紋章のことで、ユウキの場合は左手の甲に、それはある。
基本目には見えないが、憑依能力を行使した場合と憑依能力が強化された場合に限り、青白い光を発しながら浮かび上がる。
梅野家の紋章は月の形を型どり、憑依能力の完成度が高ければ高いほど満月に近づき、満ちていくのだ。
さきほど、ユウキは弟の体を実験台にして、生物の中でも最高ランクである『人間』にとり憑く『人体憑依』に成功した。
「すげぇ!!」
「すげぇ!!」
ユウキとその弟は声の波長を合わせて叫んだ。ユウキの左手の甲にある紋章は淡青色に輝き、三日月へと満ちていく。
「あぁ早く爺ちゃんみたいになりてぇ!!」
「それはまだ早いわねぇ」
ユウキの祖父は憑依術の全てを網羅し、紋章は満月を示していた。
祖父は一族きっての天才と言われ、ユウキの人生の先輩であり、目標であった。
「ところでユウキ? 喜ぶのもいいけど、学校とかで使っちゃダメよ」
「わかってるよ。大丈夫大丈夫!」
梅野家が憑依能力を持っていることは隣に住む山吹一家すら知らない。それは広まると何かと不便で、何より科学者の研究の的になるのを危惧してのことだった。
ユウキの左手の甲から放たれる光は消え、月の紋章は肌色の中へと溶けていった。
ちょうどその時、梅野家と山吹家を仕切る木製の柵から、一つの頭がひょっこり現れた。
「あれ、ユウキだ」
「うおおっ!?」
「あら〜ツバメちゃんじゃない。こんにちわ〜」
「あー! ツバメ姉だっ!」
その頭の持ち主は山吹家の一人娘、山吹ツバメ。
ツバメは、その小柄な体なりに頑張って家と家を分ける柵をよじ登り、ちょうどユウキの後ろから予告なしに声をかけた。
ツバメは、ユウキと同い年の十七歳で、ユウキとは世間一般でいうところの幼なじみなのだ。
「何何? 何してんの?」
「べ、別に大したことじゃねぇから。気にすんな」
「何言ってんの。さっき何か叫んでたじゃん。教えなさいよ」
「っおぅ・・・!」
ツバメはその小さい頭とは相反した大きな二重の目を側め、ニヒル顔でユウキの顔面を覗いた。その瞳には疑いの念をはらんでいる。
「えっと〜、ほら、あれだよ。何ていうんだコレ!」
ユウキは二つの拳骨を前に突きだし、手のひら側でその二つをくっつけるような形をつくる。これこそユウキが低い知能なりに導き出した必死の誤魔化しであった。
「ほら、いっせーの、いち! とかいうやつだよ!」
「はぁ? 指スマ? 何で日曜の真っ昼間から家族ぐるみでそんなことしてんのよ。しかも庭で」
妙に不穏な空気が辺りを包む。そりゃそうだ、とユウキは自分の発言の不自然さを深く反省した。ただ、反省したところで空気が転換するわけもなく、時間が経てば経つほど淀んでいく。
しかし、助け船は以外と身近なところから現れた。
「あら? 母さんそれ箸挙っていうと思ってたわ〜」
「どっちでもいんじゃね。ってか、ツバメ姉も混ざってやろうぜ! けっこう盛り上がるよ!」
ユウキの弟の突き出した手には一枚の紙が握られ、その紙には対戦表が描かれてあった。どうやら即席で作ってくれたらしい。参加者の人名の筆跡からして、作成者はユウキの母のようだ。
ツバメにバレないように、ユウキは自分の弟と母に向けて手を合掌して、感謝を気持ちを送った。
(助かった・・・!)
ユウキの弟と母がユウキの辺鄙な誤魔化しを誤魔化してくれた。
弟に誘われたツバメは少し悩んで結局、まぁたまにはそれもおもしろそうね、と言って、軽快に柵を越えて梅野家の庭の芝に飛び降りた。
Tシャツ、短パンにハイソックス。休日の日において、これがツバメの基本スタイルだ。今日もその通りの服装で、露わになった両足は異常なまでに細く、着地の衝撃に耐えられるのか、と一瞬ユウキを不安にさせる。
後ろで二つに結び分けられた長い黒髪は太陽光を浴びても透けて茶色にならないほどの黒色だった。
「・・・何見てんの」
「えっ? あ、いや、えっと・・・」
ツバメは前髪を整えながら、ふてくされ気味に言った。
ツバメの、少しつり上がったブラウンの瞳は破壊力抜群。実は幾人もの男のハートを粉々に砕いてきたことをユウキは知っている。
ユウキにとって、その美しさはまるで宝石のようだった。手に入れたいけど、あまりに高価すぎるから手に届かない。一生眺めていたいけど、自分とはつり合わない。不相応すぎて、自分が惨めになるほどだ。
「え〜と、相変わらずチビだなぁって・・・」
「チビ言うんじゃねぇ!」
「いてぇっ!」
ツバメはハムスターのようなつり目をさらにつり上げ、ユウキの足を力一杯に踏んだ。ユウキの身長は170cmだが、ユウキの肩ほどまでしかないミニマムなツバメでも、踏みつける力はかなり強力なのだ。
「ぐほおぉ・・・」
「ふんっ!」
ツバメは腕を組み、仁王立ち。見上げるユウキを見下ろしていた。
しかし、ユウキはそれに対して悪い気は起こさなかった。むしろずっと眺めていたいと思っていた。精神修行、勉強、部活等で汲々としたユウキの心を優しく包み、潤いを与えてくれる。たとえそれがどんなシチュエーションでも、物理的には痛手を被るようなものでも、ユウキは構わないのだ。
(でも、なぁ・・・)
ツバメのことを想うユウキの心の隅にはいつも、もどかしさが埃の如く絶えず存在し、いつの間にか積もりに積もってしまっている。
それは、心がチクリと痛むほどに。
「ああぁぁ・・・」
「はっ、いつまで押さえてんのよ。ほら、早くやろ」
ユウキは爆撃された右足を押さえるのを止め、ゆっくりと立ち上がる。ユウキに襲いかかる痛みは、踏みつけられた足の指先一つだけではなかった。
*** *** ***
太陽が沈みかけた頃、指スマ大会で全敗したユウキは、自分の部屋でくつろいでいた。窓から伸びるオレンジ色のカーペットが、ユウキの部屋をその色で染めている。
そんな中、ユウキは一人考えていた。覚えたての憑依能力の有効活用法を。
(う〜む・・・どうしたものかな・・・)
無論、邪な案もあったが、憑依能力は由緒ある聖なる力。受け継いだその力を汚すことはしたくなく、脳内会議でそれは一次審査の時点で却下された。。
ユウキは、父と母と祖父に意見を仰いだが、少なくとも自分にはあまり有力なものではなかった。
(父さんは憑依能力を受け継いでないから分からない。母さんは替え玉だっけ。友達に乗り移って代わりにテスト受けたとか・・・)
脳のはたらきだけは術者のそれが対象の脳に適用される。
例外的に、対象に術者の肉体的能力まで同調させる『完全憑依』という憑依術はあるが。
(で、爺ちゃんは完全憑依を使って代わりに戦争に出てやったんだっけか・・・)
祖父の若い頃の友人に、身体的に軟弱な男がいた。その友人が徴兵された時、誰もが彼は死に行くものだと思い、当の本人もそう思っていた。
そんな時、当時筋骨隆々だったユウキの祖父は『完全憑依』をその友人に使い、友人の代わりに戦い、その命を死なせなかった。
勿論、祖父も徴兵されていたわけだから、祖父は『完全憑依』と共に、意識を自分に残しておくため『分身憑依』を併用する必要があった。
また、体が他の人のもの、つまり対象のものだからといって術者は安心できない。対象が死ぬとき憑依した状態のままだと、たとえ死んだ意識が一部分に過ぎなくても術者は、死ぬ。
(併用もすげーけど、何より持続時間が長すぎだろ・・・。俺なんて頑張ったって10分が限界なのに・・・。つーか、他人のために命をかけられるとか、もっとすげー)
「あー!! もうくっそ!! 何も思いつかねぇ!!」
ユウキは大きな独り言を呟いた後、深いため息をつき、改めて左手の甲を見つめた。
何も思いつかないまま、時間だけが過ぎていく。
そんな時ふと、ツバメの顔が頭に思い浮かんだ。ユウキはドクン、と心臓に太鼓を叩いたような衝撃を受ける。
「はぁ・・・」
ユウキは再びため息をつき、ベッドの上に飛び込むようにして寝ころんだ。
こういう気持ちは今に始まったことじゃない。かといって、いつからこうだったとか、明確な出発点を持ち合わせているわけでもない。
運命様は今の自分の姿を見て、青春だねぇと微笑むだろうか。何も行動にできず滑稽だと言って笑い転げるだろうか。
(う〜ん・・・。考えても仕方ない、かな)
ユウキは憑依能力の使い道と、ツバメへの恋心とで板挟みになり、頭の中がゴチャゴチャと散らかり始めた。
ユウキは布団に潜り込み、目をつむり、頭の中にある一室の明かりを消す。
外からは、消防車のサイレンが聞こえていた。
(ツバメは、俺のことどう思ってんだろ・・・)
読んでいただいて、というより私の作品に足を運んでいただいてありがとうございます。
まだ一話ですが、いかがだったでしょうか。読みづらかったりしたらスミマセン。
感想とか書いてもらえたらもう感無量です。
気をつけてはいますが、誤字、脱字の報告の方もお願いします。