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12/15 デスパレート

「あッ!! アンザイ!!」


「むっ!!」


 ヘリコプターが、ユウキ達のいるエレベーターの方とは逆の方向、つまり床が傾いた方向にいるレンジやアンザイの元へ、方向転換して飛んできていた。

 垂れた梯子に、警備員達が飛び乗る。どうやら先ほどの二発の爆発で押さえ込みがなくなっていたようだ。


「くそッ!! 逃げられたぞ!!」


「なっ・・・お前等ぁ!! 裏切ったなっ!!」


 これでおあいこ。警備員二人からそんな声が聞こえた。クロカワは歯を食いしばって悔しがっている。目は血走り、血の涙を流す寸前のように見えた。

 計画通りにいかなかった悔しさ。裏切られたことへの憎しみ。這い蹲っている自分の惨めさ。クロカワの頭はそれらを押さえ込めるほど、大きな容量は持ち合わせていなかった。


「く、そ、がああぁぁっ!!!」


 クロカワは鬼のように暴れだし、それを何人かのオタクが押さえ込む。しかし怒りに満ち満ちていたクロカワは、それらをも振り払い、ナイフを拾い上げてそれを振り回した。

 運命様はそれが気に食わなかったのか。クロカワに天罰を食らわせようとした。クロカワのところへ、会場に設置されていた人工の木が、倒れ込んできたのだ。クロカワはそれに反応しきれず、近づいてくる人工樹の幹を見ることしかできなかった。


「危ねえぇっ!!」


「きゃっ!! ユウキ!?」


 ユウキがクロカワに飛びつき、横から倒れてきた木にクロカワが直撃するのを紙一重で回避した。

 しかし、それで終わりではなかった。

 倒れた木は、床の傾斜のせいで動き、傾いた方にいたユウキとクロカワをさらった。

 木の重心は、鉢の方にあり、ユウキとクロカワは斜めの方向に流され、壁に直撃した。


「がっ!!」


「くっ!!」


「ユウキぃっ!!」


 ツバメが声を荒げて叫び、ユウキの元へ走った。それを追うように、レンジもユウキのところへ駆けた。

 オタク達はエレベーターを開けて待っていたが、爆発の衝撃で著しく気を悪くしている者が多い。だから、ユウキ達を待たずエレベーターを閉じた。助かるためにはそうすることしかできず、仕方がないことだった。


「早く、柵が壊れる前に・・・!!」


「分かってるてェ!!」


 煙が周りを覆い、視界が霞む。息もしづらい。柵の隙間から見えた外の光景は、来た時に見たそれとはまったく違うもののようであった。

 ツバメとレンジはユウキの手を精一杯引っ張るが、汗で滑ったり、ユウキの体が木の枝に引っかかったりして、上手く助けられずにいた。しかしそれでも、ツバメとレンジは歯を食いしばってユウキを引っ張りだし、救出することができた。


「サ、サンキュ・・・」


「ッたくよォ」


「早く、うちらも避難しなくちゃ!!」


 こんな状況下であっても、ユウキは嬉しい、とまず最初に感じた。自らの身を省みず、自分のことを助けてくれた友が。想い人が。

 しかしユウキはまたしても足を怪我してしまったようだった。それも、刺された方ではない足を。

 ユウキは立ち上がることにすら四苦八苦し、息を荒げた。


「アンザイにはキリヤ背負ッて階段で逃げてもらッた。残りは俺らだけだ! 早く逃げるぞッ!! ユウキは俺がおぶるから!!」


「レンジ・・・待ってくれ」


 ユウキは汗を払いながら言った。そして、クロカワの方を見る。クロカワは気を失い、目を閉じて、まるで眠っているかのよう。


「おい待てッて!! こいつは俺らを殺そうとした奴だぞ!!」


「分かってる・・・。こいつがしたことは、許されることじゃねぇ」


 黒い煙が風で一時的に吹き飛び、ユウキ達の背中に風とともに熱気がはりついた。

 床が揺れる。そろそろ逃げないと本当にまずいことになるかもしれない。


「でも、それでも、俺らが見捨てていい理由にはならないはずだ。それに、キリヤとかいう奴も言ってたろ? こいつは、ちゃんと裁かれるべきなんだ。刑務所で、罪を償うべきなんだ。・・・だから、頼むレンジ、ツバメ。こいつも、助けてやれないか?」


「でも・・・」


 ツバメもクロカワを助けることには賛成ではなかった。かといって反対、というわけでもない。

 床がまた揺れた。その揺れのせいでユウキの足に限界が来てしまい、ユウキは大きな尻餅をついた。


「ユウキッ!!」


「・・・頼むよ。あいつも助けてやってくれよ」


 偽善者にでもなったつもりか。それも飛び越えて神父になったつもりか。ユウキの頭は、自分の言っていることの重さを測れるほど精巧にできていなかった。

 ただ、死んでほしくない。そう思うことしか、ユウキにはできなかった。

 上半身を起こし涙を浮かべて、ユウキはツバメとレンジに嘆願した。頼む、頼む、と繰り返して。


「・・・はァ、しャーねェーな・・・」


「・・・まったくよ」


 ツバメが木をほんの少しだけ浮かせ、レンジはクロカワの肩に手を回し、無理矢理引き上げる。


「確かに、ユウキの言う通りだ。見捨てちゃ、いけねェな。よし、ユウキ。俺の肩に掴まれ。早く逃げるぞ!!」


「あ、ああ。悪い、レン・・・」


 ユウキが足の激痛で床に完全に倒れ込んでしまった。左足の脹ら脛からは、絶えず血が流れ出ている。ユウキは声すら出なくなるほどに苦しがった。

 レンジは急いでクロカワを肩に担いだまま、ユウキも一緒に肩に乗っけようとする。しかし、それをツバメは阻止した。


「大丈夫レンジ。ユウキは、うちがおんぶするから」


「・・・ツバメ・・・?」


 だがツバメはユウキの胴体を自分の背中に密着させ、一気に持ち上げて背負った。突如かかった重力に、ミクロなツバメの体は支えきれず一瞬転けそうになるが、ツバメはすぐに立て直した。


「無茶だッて!!」


「レンジが二人を担ぐことの方が無茶よ。それに、うちだけ、何もしないなんて嫌だから。ユウキには庇ってもらった恩があるし」


 だから、ユウキはうちにまかせて。

 そう言って、ツバメは枝のように細い足で、のしかかる重力に耐えた。ユウキは意識が朦朧としてきたのか、ツバメに体を完全に預けてしまっていた。そしてほどなくして眠ったかのように気を失った。

 ツバメとレンジはそれぞれ人を背負ったまま、傾いた床をまるで山を上るようにして進み、やっとのことでエレベーターの元までたどり着く。しかし。


「嘘・・・」


「マジかよ・・・」


 ツバメとレンジは絶望した。

 エレベーターの扉が開かないのだ。何度ボタンを押したって、ランプの一つもつかない。高速エレベーターならもう往復してもいい頃なのに、だ。

 二度目の爆破時にはまだ正常に動いていた。これはつまり、ビルの損傷が回ってきているということだった。


「階段で逃げるぞッ!! 七つ下の階には他のエレベーターがあッから、それに乗ろう!!」



*** *** ***



「はぁ・・・はぁ・・・」


「大丈夫かツバメ・・・?」


 階段の一段一段が辛い。ツバメはバランスをとりながら、転げ落ちないように細心の注意を払って次の一歩を踏み出す。

 真っ黒な煤煙が立ちこめ、ひび割れた天井からは灰色の粉塵が降り注ぐ。鼻の奥を貫くような匂いもした。


「平気・・・。あと一階でしょ? もう、少し」


 このビルの上層部はもう今にも崩れ落ちそうなのだ。実際、ビルに使われているコンクリートが天井から落下したような形跡が見られる。

 そこかしこに転がる岩石を避けながら、ツバメとレンジが最後の階段を降りようとした時だった。

 籠もるような爆発音が聞こえた。それも、音源は案外近いかもしれない。


「きゃっ!!」


「くッ!!」


 二人は足を止め、床の震動に耐えた。直後、ガラスが割れる音、何かが倒れる音、太い紐がちぎれるような音が同時にした。


「早く、しねェと」


「うん・・・」


 まるで夢の中にいるようだ。リアリティのある嘘みたいなシチュエーション。感じる感覚は作られたようにフワフワとしていて、自分が自分でない。

 たぎる汗やひしひしと全身に伝わる熱気。ツバメの足は大きすぎる荷重に耐えられず、折れてしまいそうだった。

 そうして二人はやっとのことでエレベーターのあるフロアに着いた。


「よし、ここだ」


 レンジが重い扉を開く。

 二人の目の前に映る光景は、まるで地獄絵図だった。このフロアは円の形状をしていて、その側面の一部に等間隔で十七個のエレベーターが並ぶ。

 しかしちょうど二人がいる場所の向こう側の側面に巨大な穴が開き、そこから真っ黒な塵芥が沸き上がっている。それを含んだ煙が、天井に暗黒の空を形成していた。

 破損箇所は鉄材がむき出しになり、紅蓮の劫火が噴き上がっている。


「くそッ!! なんでだッ!!」


 レンジは一番近いエレベーターの扉を開けようとするが、スイッチを押しても、うんともすんともしない。レンジは悔しがって何度も押すが、それは全くの無駄だった。

 跡形もなく吹き飛ばされたエレベーターもある。制御がきかず、扉を開いたり閉じたりしているそれもある。

 十七個中、十五個のエレベーターを調べた。しかし、そのどれもが使えそうにない。

 そして、新たな爆裂音。ここは一応『小屋』であり、そこら中に爆弾の類が大量にある。ただ、レンジ達がそれを知る由もない。

 刻々と迫るタイムリミットが、二人を焦らせる。目元に浮かぶ水滴はもう汗なのか涙なのか、まったく分からなくなっていた。


「ツバメ!! これ使えそうだ!!」


 レンジがやっとのことで動きそうなエレベーターを見つけだした。それは、四人が来るときに乗ったエレベーターであった。つまり、そのエレベーターに乗れば地上まで一直線ということ。

 レンジはそのエレベーターの前に立って横についたスイッチを押す。頭上の数字が徐々にツバメとレンジの元へエレベーターが近づいていることを示した。


「よし、これなら!!」


 レンジの顔から笑みがこぼれた。それにつづいてツバメも笑う。

 やっと助かる。

 この悪夢から覚めることができる。

 レンジは希望の光を掴むように手を伸ばし、そのエレベーターに乗り込んだ。そのエレベーターの中には下でオタク達が呼んだ救急隊員が二名いた。


「ここにいましたか!! さ、早く乗って下さい!!」


「きゃっ!!」


「ツバメッ!!」


 ツバメは、乗り込む寸前で後ろに倒れてしまった。気を抜いてしまったのか、ユウキの重みに耐えきれなくなったのか、それともそのどちらでもあるのか。

 ツバメは安堵の息を漏らし、微笑んだ。

 レンジはそれを見て、ッたく、と言って手をツバメに差し出そうとした。

 しかし、運命様はそれを面白く思わなかったようで、更なる試練を二人に与えた。


「おわッ!! 何だよコレ!?」


「えっ・・・?」


 エレベーターの前に柱のような、大きなコンクリートが一つ、ズガンと音をたてて落下してきたのだ。それもちょうど、レンジとツバメを分けるようにして。 

 ガラガラと音を立てて岩がツバメの前に、エレベーターの入り口の隙間を埋めるように積もっていく。徐々にレンジの姿が見えなくなり、最終的には頭一つ分の隙間しかなくなってしまった。

 所々に隙間はあるものの、決してツバメが通れるほどの大きさではなかった。


「う・・・そ・・・」


「くッ!! どうなッてんだよ!?」


 落ちた灰色の岩は、ツバメ達の近くだけではなく、そこら中に落下していた。今にも、ビル内が崩れそうな勢いだ。


「ぐ、ぐァッ!! くそッ!!」


「く、なんだこれは・・・!!」


 レンジはクロカワを一旦置き、救急隊員とともに必死にコンクリートをどけようとした。しかし、レンジの爪が割れようが、関節近くから血が出ようが、ビクともしなかった。


「待ってろツバメッ!! 今どけッから!!」


 レンジは痛みに耐えながら、コンクリートの塊を崩そうとしていた。ツバメの目に飛び込んでくるのは、悲痛に歪むレンジの表情だけだった。

 そして、そんな顔は見たくないと思った。


「くそッ!! くそッ!!」


「・・・レンジ、ごめんね」


 最初から分かっていたのかもしれない。この壁は壊せない。でも、可能性はゼロじゃない。ゼロでない限り、諦めるわけにはいかない。


「平気だよッと!! おらッ!!」


「堅いな・・・!! くそっ!!」


 救急隊員の二人は、腰からドリルのような器具を取り出し、コンクリートを破壊しようとした。

 しかし、壁は崩れなかった。

 なぜなら、そのコンクリートはサクラングループが独自に開発した超硬度のそれだったからだ。二つの簡易ドリルの先は、バキンッと音をたてて折れ曲がってしまった。


「嘘・・・だろ?」


「・・・ちッ!! 待ッてろツバメ!! 今すぐ壊すからなッ!!」


 レンジはわざと笑いながらコンクリートの壁を蹴った。しかし、壁は動く気配すらしない。徐々に絶望がツバメの周りを覆っていく。ツバメは、それを振り払うように落ちていたコンクリートで壁を殴りつけ、レンジに応戦した。


「えいっ!!」


 しかし、むしろ絶望と不安は増大するばかりであった。

 コンクリートの壁の堅さが、尋常じゃない。高校生男子と、成人男性二人が協力しても崩せないのだ。

 とてもじゃないが、人間の力のみで壊せるような代物ではなかった。それに、そこら中に舞う煤煙が呼吸を著しく妨げている。

 それでもツバメは負けじとコンクリートの破片を振るった。


「えいっ!! えいっ! えい・・・」


 段々と、力が抜けていくのが分かる。

 こんな恐怖初めてだ。少し、気持ち悪くなってきた。


「ツバ、メ・・・?」


「あ、れ・・・」


 ツバメの目には涙が溢れていた。泣いてる場合じゃない。そう思いながらも、涙は流れ続けた。

 それに気づいたツバメは、立ち尽くしてしまった。どうしようもない絶望と、不安、そして恐怖に飲まれてしまっていた。

 もう、一筋の光すら見えない。


「もう・・・無理、なのかな」


「ダイジョブかツバメッ!」


 レンジの声すらツバメには届かなかった。ただ、涙を止めることに精一杯で、他のことにまわす力は、これっぽちも残っていなかった。今まで溜めてきた涙が、一気に溢れている気がする。


「もう・・・駄目・・・」


「ツバメェッ!!」


「レンジ・・・先・・・行ってよ」


「何言ッてんだ!! ろくでもねェこと言うんじゃねェ!!」


 初めて見る顔と、初めて聞く声に、ツバメは少し驚いた。それでも、ツバメは怖じ気付くことなく続けた。


「先行ってよ。うちらは階段で行くから。もう七階分降りたら、また別系統のエレベーターがあるって、アンザイから聞いた。うちらはそれに乗っていく」


「ダメだッ!! お前も分かッてるだろ!? 時間がねェんだ!!」


 レンジは叫びながらも、目の前の壁を壊そうとしていた。

 しかしもうこれ以上、ツバメは耐えられなかった。


「先に行ってよ!! お願いだから!! うちのせいで、死んでほしくないの!!」


 突如変化したツバメの声色に、レンジは呆然と立ち尽くした。ツバメの声は所々で詰まり、涙を堪えているのが明確に分かった。

 レンジの耳に入ってくるのは、炎の燃えたぎる音と、自分の荒い息とツバメの泣き声。

 レンジの拳に、今更痛みが伝わってきた。


「・・・やッぱダメだッ。置いていくなんて・・・できねェ!」


「レンジっ!!」


 今のツバメの瞳は、クロカワの命を思ったユウキの瞳そのものだった。

 真に願う瞳。心からそう思う瞳。一切の疑いも、他力も含まない、真っ直ぐな瞳。体力は底を尽きて、弱々しいけど強い瞳。

 ツバメはお願いだから、と続けた。


「ダメだッつッてんだ!!」


「レンジっ!! お願い!! うちの言う通りにしてよ!! ・・・絶対、助かってみせるから。お願い・・・先に行って!!」

 

「ッ・・・・・・!!」


 救急隊員も、それが最善の策だと思っていた。ここでいつまでも時間をくっていたら、ここにいる六人は全員死んでしまう。

 救急隊員の一人が、レンジの肩に手を乗せた。


「もう、それしかありません。彼女を、信じましょう」


 なんでこうなるんだ。俺にできることは何もないのかよ。なんでここにいるのが俺で、目の前で泣いてんのがツバメなんだよ。

 神様。頼むからツバメと俺の立場を入れ替えてくれ。俺ならユウキを担いで七階下まですぐに降りられるんだ。

 なぁ。聞いてんのかよ。助けろッつッてんだよ。

 おい。何とか言えよ。

 

「・・・・・・くそッ!!」


 レンジは黙って、エレベーターのボタンを殴った。エレベーターは一階のランプを点滅させ、ゆっくりと扉を閉めた。レンジは、なんでこういうときに限って扉が綺麗に、そしてスムーズに閉まるのか不思議に思えた。

 静かに速度を上げ、扉についたガラスから見えるコンクリートの群が、徐々に地面とともに上がっていく。

 レンジの体は震える。空気は熱のせいで暑いのに、寒気がした。


「ふざけんな・・・」


 ユウキとツバメを、あのフロアに置いてきてしまった。また戻ってくる時には、破損の進み具合からして、ビルの上の部分はもう倒壊しているだろう。

 レンジは壁にもたれて座り込み、俯いた。自分がしたこと本当に正しかったのか。


「ほんとに、ふざけんな・・・」


 正しいわけがない。仲間を置いて自分だけ逃げるなんて。

 ツバメは、泣いていた。

 俺のしたことは、間違ってたんだ。

 そう思ったところで、もうエレベーターは止まってくれなかった。なぜなら、レンジの乗っているエレベーターは、この先一階しか止まれないから。


「ふ、ざ、け、んなああァァッ!!!」


「き、君!!」


 レンジは痛めた両手を地面に強く、叩きつけた。


「ふざけんなァッ!! 今すぐ止まれッ!! 今ッ!! 止まれッ!! 止まれよッ!! 止まれッてェ!!」


「お、落ち着いて!!」


 痛みをはらんだその声は、どこにも届かず、宙を漂うばかりだった。


「止まれええェェッ!!!」


 レンジの両手には激しい痛みが迸った。指が紫になるまで床や壁を殴りつけ、どうにかして止めようとする。

 しかしエレベーターは、無機質にレンジとクロカワを地上へと運んだ。


「ッ・・・!!」


 レンジは気を失ったクロカワに詰め寄り、拳を上げた。


(こいつのせいで・・・全部、こいつのせいで・・・!!)


 しかし、その顔を殴ることは出来なかった。レンジの脳に残るユウキの言葉が、そうさせたのだ。

 レンジは本気で殺したい衝動を、無理矢理宥め、再び床を殴る。その時、妙に生々しい音がした。手の中で何かが、折れる音が。


「くそおおォォッッ!!!」


 レンジは何もすることができず、その場に座り込んだ。


 


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